学位論文要旨



No 124496
著者(漢字) 幸田,俊希
著者(英字)
著者(カナ) コウダ,トシキ
標題(和) 分裂酵母におけるオートファジーの生理的役割と制御機構の解析
標題(洋) Analysis of physiological roles and regulatory mechanisms of autophagy in fission yeast
報告番号 124496
報告番号 甲24496
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5394号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

オートファジーは真核生物に広く保存されたタンパク質分解機構であり、栄養源飢餓時に誘導される。オートファジーが誘導されると細胞質の一部分を囲い込んだ二重膜に包まれた構造体 (オートファゴソーム)が形成され、このオートファゴソームがタンパク質分解酵素を豊富に含むリソソーム (酵母・植物では液胞)に融合する。そして内側の膜で包まれた細胞質 (オートファジック・ボディ)がリソソーム中に放出されて分解されるという過程を経る (図1)。オートファジーは、その形式から大規模かつ無差別のタンパク質分解機構という特徴を持っている。

分裂酵母は単相・単細胞の真核生物であり、分裂により増殖する。図2に示すように、窒素源が存在する条件 (図2の+N; NはNitrogenを示す)では分裂により増殖するものの、外部環境から窒素源を得ることができない窒素源飢餓条件下におかれると細胞周期をG1期で停止する。この段階で異なる接合型の細胞と出会うと、接合し減数分裂を経て胞子を形成するという有性生殖過程へ移行する (図2の-N)。他のモデル生物における解析から、オートファジーは栄養源飢餓時に誘導されることが知られていたので、本研究では、分裂酵母において窒素源飢餓により誘導されるこれらの飢餓適応過程に、オートファジーがどのような役割を果たしているかを解析することを目的とした。

分裂酵母の野生株は窒素源飢餓条件におかれた時に強いタンパク質分解活性を示すが、オートファジーに必要な出芽酵母ATG遺伝子 (AuTophaGy)の相同遺伝子 (atg遺伝子)を破壊した株はほとんどタンパク質分解活性を示さないことが明らかとなった。また電子顕微鏡を用いた観察で、分裂酵母におけるオートファジーの中間体を捉えることができた。これらの結果から分裂酵母においてもオートファジー機構が窒素源飢餓条件下で機能していることが示唆された。続いて、atg遺伝子破壊株を完全に窒素源の存在しない条件におくと、両接合型の細胞がそろっていても接合できないことが明らかとなった。従って、オートファジー機構は、窒素源飢餓条件下におかれたときに適切に飢餓適応を実行するために重要であるといえる。しかし意外なことにatg遺伝子破壊株は、少量だけ窒素源が存在する条件下では正常に飢餓適応を完了できた。従ってオートファジーの役割は、外部環境から窒素源を得られない条件におかれたときに、タンパク質分解を通して細胞に「窒素源」を供給することだと考えられた (図2)。

続いて分裂酵母オートファジーの制御機構について解析した。分裂酵母のオートファジーは窒素源飢餓により活性化されることを前述したが、窒素源飢餓により誘導されたオートファジーは、窒素源を加えると速やかに抑制された。従ってオートファジー機構のON/OFFは、外部環境の窒素源量をモニターする機構によって厳密に制御されていることが予想された。オートファジー機構が、窒素源の有無に敏感に反応することと対応するように、オートファジー関連分子も窒素源の有無により挙動が変化する様子が観察された。atg1はキナーゼをコードする遺伝子であるが、Atg1は窒素源存在下から窒素源飢餓条件に移ることで部分的な脱リン酸化を受け、キナーゼの活性が上昇する様子が観察された。またAtg13は窒素源存在下で高度にリン酸化を受けているものの、窒素源飢餓条件に移ると速やかに脱リン酸化された。

このような実験的経緯から本研究では、外部環境の窒素源をモニターする機構がオートファジーを制御する分子機構に興味を持って以降の実験を行った。「外部環境の窒素源をモニターする」機構には、真核生物において広く保存されたTOR (Target Of Rapamycin)キナーゼが関与していることが明らかにされていたが、TOR以外に関与している分子は全く不明であった。そこでこの機構に関与する新規因子を単離するための遺伝学的スクリーニングを行うこととした。オートファジーに関係する液胞プロテアーゼをコードするisp6遺伝子は、その転写活性が窒素源の有無に影響を受け、窒素源存在下では低く、窒素源飢餓条件で速やかに上昇する。このisp6遺伝子のORFをマーカー遺伝子に置き換えた株を作製し、isp6遺伝子の転写活性を正に制御する因子を探索した結果、転写因子をコードするgaf1遺伝子が得られた。その後Gaf1と同じタイプの転写因子を解析した結果、Gaf2もisp6遺伝子の転写活性制御に役割を果たしていることが明らかとなったので、これらの因子の機能について解析した。

解析の結果gaf1 gaf2二重破壊株は、窒素源の豊富なYE培地などでは正常に生育したものの、単一種の窒素源のみを含むEMM+NH4Cl培地などでは全く生育しないという表現型を示した。このことからGaf1とGaf2は単一種の窒素源、例えばNH4Clのみしか得られない条件で、その窒素源を様々な種類の窒素源 (アミノ酸など)に変換するために必要な因子であると予想された。実際に野生株をYEからEMM+NH4Cl培地に移すと、NH4Clを代謝する酵素群やアミノ酸を合成する酵素群の転写活性が上昇するが、gaf1gaf2二重破壊株ではこのような現象が観察されなかった。従ってGaf1とGaf2は、外部環境に存在する窒素源が限られている条件で、その窒素源を多種類のアミノ酸に変換するために重要な役割を果たす因子であると考えられる。

本研究で得られた結果をまとめると、図3に示したような概念図を描くことができる。まず、オートファジー機構は外部環境から窒素源を得られない条件で、タンパク質分解を通じて細胞内に窒素源を供給し、飢餓応答を保証する役割を果たしている。Gaf1/Gaf2は単一の窒素源しか得られない条件で、代謝酵素の転写活性化を通じてその窒素源を多種類の窒素源に変換する役割を果たし、細胞の生育を保証している。オートファジー機構とGaf1/Gaf2は共にその関与するレベルは異なるものの、外部環境の窒素源の状況に対して適切な対応をとることに重要な役割を果たしていると言える。

図1. オートファジー機構の概略図

図2. オートファジー機構が分裂酵母において果たす生理的役割

図3. オートファジー機構とGaf1/Gaf2の窒素源代謝における役割

審査要旨 要旨を表示する

オートファジーは真核生物に広く保存されたタンパク質分解機構であり、栄養源飢餓時に誘導される。オートファジーが誘導されると細胞質の一部分を囲い込んだ二重膜に包まれた構造体が形成され、この外側の膜がタンパク質分解酵素を豊富に含むリソソーム (酵母・植物では液胞)と融合する。そして内側の膜に囲まれた小胞がリソソーム中に放出されて分解される。オートファジーは、その形式から大規模かつ無差別のタンパク質分解機構という特徴を持っている。

学位申請者が研究で用いた分裂酵母は、単相・単細胞の真核生物であり、窒素源の存在下 (+N条件)では分裂により増殖するものの、外部環境から窒素源を得られない窒素源飢餓条件下 (-N条件)におかれると細胞周期をG1期で停止する。この段階で異なる接合型の細胞と出会うと、接合・減数分裂を経て胞子を形成するという有性生殖過程へ移行する。学位申請者は、分裂酵母において窒素源飢餓により誘導されるこれらの飢餓適応過程にオートファジーが果たす役割を解析し、以下の結果を得た。

分裂酵母の野生株は-N条件で強いタンパク質分解活性を示すが、オートファジーに必要な出芽酵母の遺伝子 (ATG遺伝子)の、分裂酵母における相同遺伝子 (atg遺伝子)を破壊した株はほとんどこの分解活性を示さなかった。また電子顕微鏡を用いた観察で、分裂酵母におけるオートファジーの中間体を捉えることができた。これらの結果から分裂酵母においてもオートファジーが-N条件下で機能していることが示唆された。続いてatg遺伝子破壊株の表現型を解析したところ、-N条件で接合しなかったことから、オートファジーは-N条件下で適切に飢餓適応を実行するために重要であると考えられた。しかしatg遺伝子破壊株は少量だけ窒素源が存在する条件下では正常に飢餓適応を完了し、オートファジーの役割は、-N条件におかれたときに、タンパク質分解を通して細胞に飢餓応答を果たすための窒素源を供給することだと考えられた。

分裂酵母のオートファジーは-N条件下で活性化されるが、+N条件にうつすと速やかに抑制された。従ってオートファジー機構のON/OFFは、外部環境の窒素源量をモニターする機構によって厳密に制御されていると予想された。申請者は、この制御機構を探るために以下の実験を行った。外部環境の窒素源をモニターする機構には、真核生物において広く保存されたTORキナーゼ以外に関与している分子は不明であった。この機構に関与する新規因子を単離する目的で、窒素源飢餓で誘導されるisp6遺伝子の転写活性を指標にした遺伝学的スクリーニングを行った。isp6遺伝子はオートファジーに重要なプロテアーゼをコードし、転写活性が+N条件では非常に低く、-N条件で速やかに上昇する。スクリーニングの結果、isp6遺伝子の転写活性を上げるものとして転写因子をコードするgaf1遺伝子が得られた。さらにその遺伝子産物Gaf1と同じタイプの転写因子を解析した結果、新規因子Gaf2もisp6遺伝子の転写活性制御に役割を果たしていることが明らかとなった。

Gaf1/Gaf2の機能について解析したところ、gaf1 gaf2二重破壊株は完全培地では正常に増殖するものの、最少培地では全く増殖しないという表現型を示した。最少培地に多種類の窒素化合物 (アミノ酸)を添加した培地上ではgaf1 gaf2二重破壊株は増殖したため、最少培地上で増殖しないのは窒素化合物不足が原因と考えられる。この表現型から、転写因子Gaf1/Gaf2の機能は、最少培地で得られる窒素源 (通常NH4Clなど一種類の窒素源)を、様々な種類の窒素化合物 (アミノ酸など)に変換するために必要な酵素群の転写活性化であると予想された。実際に野生株を完全培地から最少培地に移すと、NH4Clを代謝する酵素群やアミノ酸を合成する酵素群の転写活性が上昇するが、gaf1 gaf2二重破壊株ではこのような現象が観察されなかった。

以上、幸田俊希は本研究において、オートファジー機構は-N条件でタンパク質分解を通じて窒素源を供給し、飢餓応答を保証する役割を果たしていること、また新規転写因子Gaf1/Gaf2が-N条件で代謝酵素の転写活性化を通じて、得られる窒素源を多種類の窒素化合物に変換する役割を果たし、細胞の増殖を保証していることを示した。これらの研究成果は、細胞が栄養源飢餓に適応する分子機構の理解に対する重要な寄与であり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は田仲加代子、許斐麻美、佐藤眞美子、大隅正子、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、幸田俊希に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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