学位論文要旨



No 124498
著者(漢字) 相良,将樹
著者(英字)
著者(カナ) サガラ,マサキ
標題(和) 癌抑制遺伝子APCに結合する新規グアニンヌクレオチド交換因子Asef2の機能解析
標題(洋) Role of the APC associated guanine-nucleotide exchange factor Asef2
報告番号 124498
報告番号 甲24498
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5396号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 講師 末次,志郎
 東京大学 教授 秋山,徹
内容要旨 要旨を表示する

癌抑制遺伝子APCは、家族性腺腫性ポリポーシスの原因遺伝子として単離された。APCは散発性の大腸癌においても80%以上の患者で変異を起こしており、大腸癌発症の初期段階で重要な役割を果たしていると考えられている。多くの大腸癌細胞ではAPCが変異し、短い断片となっている場合が多い。このような変異APCは、Wntシグナル伝達経路の因子であるβカテニンの分解を誘導することが出来ず、恒常的なWnt標的遺伝子の転写活性化を引き起こしており、細胞癌化の一因となっている。一方、APCは低分子量G蛋白質Rac1およびCdc42に対するグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) であるAsefを活性化し、アクチン細胞骨格系の再構成を誘導することにより細胞運動を制御している。大腸癌細胞で発現している変異APCは、全長APCよりも顕著にAsefを活性化し、癌細胞の異常な運動能の亢進を引き起こしていると考えられている。最近我々の研究室ではAsefと約60%の相同性を持つ新規のGEFを見出し、Asef2と名付けた。本研究ではAsef2の機能を解析することで、APCを中心としたシグナル伝達経路をさらに明らかにすることを試みた。

pull-down assayおよび免疫沈降実験の結果、Asef2 とAPCは直接結合し、細胞内でも複合体を形成していることが示された。さらにAsef2はRac1およびCdc42に対するGEF活性をもち、Asef2のGEF活性は、大腸癌細胞で発現している変異APCとの共発現により増強された。Asef2を強制発現するとラメリポディアやフィロポディアの形成が誘導され、これらの表現型は、変異APCとの共発現によってより顕著になった。また、Asef2はGEF活性依存的にMDCK細胞の運動能を活性化することがわかった。さらに、変異APCを発現している大腸癌細胞株SW480において、Asef2の発現をRNAiによって抑制すると、細胞運動能が低下した。これらの結果から、Asef2はAPCによってそのGEF活性が正に制御され、Rac1やCdc42を活性型へと変換することで、ラメリポディアやフィロポディアの形成を誘導し、細胞運動を活性化することが明らかになった。また、Asef同様にAsef2も変異APCを発現している大腸癌細胞の異常な運動能の亢進に重要な役割を果たしていることが示唆された。

Asef2の機能をさらに明らかにするために、質量分析法を用いてAsef2結合蛋白質の探索を行い、F-アクチン結合蛋白質Neurabin2/Spinophilinを同定した。Neurabin2はクロスリンク活性やキャッピング活性を持ち、足場蛋白質として働くことが知られている。 Pull-down assayおよび免疫沈降実験により、Asef2とNeurabin2は直接結合することが確かめられた。APC、Asef2およびNeurabin2の細胞内局在を調べた結果、三者はHGF(肝細胞増殖因子)刺激により誘導されるラメリポディアやラッフル膜に共局在することがわかった。さらに、APC、Asef2またはNeurabin2の発現をRNAiにより抑制すると、HGF依存的な細胞運動が抑制された。Neurabin2の発現を抑制すると、Asef2の活性型変異体の発現により形成されるフィロポディアの数が減少した。一方、Neurabin2はAsef2のGEF活性に影響を与えなかった。これらの結果から、APC、Asef2、Neurabin2はHGF依存的な細胞運動に重要な役割を果たしており、Neurabin2はAsef2と結合することで、アクチン細胞骨格系を協調的に制御する足場蛋白質として働いていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は癌抑制遺伝子APCに結合する新規グアニンヌクレオチド交換因子Asef2の機能解析に関する研究であり、四つの章からなる。

第一章は全体の内容の序論が述べられており、癌抑制遺伝子APCについての詳細な解説である。APCは、家族性腺腫性ポリポーシスの原因遺伝子として単離され、散発性の大腸癌においても高頻度で変異を起こしており、大腸癌発症の初期段階で重要な役割を果たしていると考えられている。APCは低分子量G蛋白質Rac1およびCdc42に対するグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) であるAsefを活性化し、アクチン細胞骨格系の再構成を誘導することにより細胞運動を制御している。最近Asefと約60%の相同性を持つ新規のGEFを見出され、Asef2と名付けられた。本研究はAsef2の機能を解析することで、APCの変異による大腸癌発症の分子機構の一端を明らかにすることを目的としている。

第二章ではグアニンヌクレオチド交換因子Asef2の分子レベルにおける機能解析の結果が述べられている。Asef2はAPCとin vitroおよびin vivoで結合することを示し、Asef2のABR/SH3ドメインとAPCのアルマジロリピートドメインが両者の結合に必要であることを明らかにした。さらにAsef2はRac1およびCdc42を活性化する能力があり、Asef2のGEF活性は、大腸癌細胞で発現している変異APCとの共発現により増強することを示した。Asef2を強制発現するとラメリポディアやフィロポディアの形成が誘導され、Asef2はGEF活性依存的にMDCK細胞の運動能を活性化することを明らかにした。さらに、変異APCを発現している大腸癌細胞株SW480において、Asef2の発現を抑制すると、細胞運動能が低下することを示した。これらの結果から、Asef同様にAsef2も変異APCを発現している大腸癌細胞の異常な運動能の亢進に重要な役割を果たしていることを明らかにした。

第三章ではAsef2結合蛋白質の探索を行い、同定されたF-アクチン結合蛋白質Neurabin2およびAPC、Asef2のHGFシグナル伝達経路における機能解析の結果について述べられている。Asef2結合蛋白質の探索した結果、Neurabin2を同定した。また、Asef2とNeurabin2はin vitroおよびin vivoで結合し、Neurabin2のカルボキシル末端部位とAsef2のカルボキシル末端部位が両者の結合に必要であることを明らかにした。また、APC、Asef2、Neurabin2はHGF刺激依存的にラメリポディアやラッフル膜に共局在し、HGF刺激依存的な細胞運動において重要な役割を果たしていることを明らかにした。また、Neurabin2はAsef2のGEF活性の制御には関与していないが、Asef2依存的なアクチン細胞骨格系の制御に重要な役割を果たしていることを明らかにした。以上の結果から、Asef2の結合蛋白質の同定と、Asef2、Neurabin2、APCによる細胞運動制御の分子メカニズムを初めて明らかにしている。

第四章は、本研究および関連する研究から得られた結果に基づく総合討論である。本研究ではAsef2の分子レベルでの機能明らかにし、またAsef2結合蛋白質の同定し、HGFシグナル伝達経路におけるAPC、Asef2、Neurabin2の機能を明らかにしており、これまで知られていなかった癌抑制遺伝子APCによる新たな細胞運動制御のメカニズムの一面を明らかにした。本研究によりAPCの変異による大腸癌発症の分子機構における新たな一面が明らかになり、極めて重要な研究であると言える。

なお、本研究の第二章は川崎善博、柴田葉子、白水美香子、横山茂之、秋山徹との共同研究であり、第三章は川崎善博、家村俊一郎、夏目徹、高井義美、秋山徹との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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