No | 124502 | |
著者(漢字) | 星名,直祐 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホシナ,ナオスケ | |
標題(和) | 中枢神経系におけるFynチロシンキナーゼ標的タンパク質の機能解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of substrates for Fyn tyrosine kinase in the central nervous system | |
報告番号 | 124502 | |
報告番号 | 甲24502 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5400号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Src型チロシンキナーゼファミリーに属するFynチロシンキナーゼは脳神経系に高く発現しており、中枢神経系の発達と機能に重要な役割を果たす。Fyn欠損マウスは長期増強の減弱、空間記憶の障害、海馬・大脳皮質の形成異常、ミエリン形成不全などの様々な神経系の障害を引き起こす。このような多様な表現型を示すのは、Fynがシナプス可塑性、オリゴデンドロサイトの分化、軸索ガイダンスなどの様々な細胞内シグナル伝達に関与するためであるが、個々のシグナル伝達経路については未だ明らかになっていない部分が多い。本研究では中枢神経系の細胞におけるFynチロシンキナーゼシグナルを明らかにすることを目的として、リン酸化プロテオーム解析によりFyn標的タンパク質の探索を行った。そして同定した基質候補分子の中から、オリゴデンドロサイトにおけるfocal adhesion kinase (FAK)の機能解析と、神経細胞における機能未知の接着分子Protocadherin17 (PCDH17)の解析を進めた。 1. オリゴデンドロサイトの突起伸長におけるFAKの機能解析 ミエリンは神経細胞の軸索を取り巻く脂質に富んだ絶縁体構造であり、中枢神経系においてはオリゴデンドロサイトが担っている。Fynがミエリン形成及びオリゴデンドロサイトの分化に重要であることが明らかとなっているが、オリゴデンドロサイトにおけるFynの基質分子については十分な知見が得られていない。本研究では、オリゴデンドロサイトの分化誘導が可能なCG4細胞をモデル系として用い、CG4細胞におけるFynの基質分子を同定するため、抗リン酸化チロシン抗体を用いたタンパク質精製と質量分析法による解析を行った。その結果、細胞質型チロシンキナーゼFAKの同定に成功した。 オリゴデンドロサイトでのFAKの役割は未知のため、CG4細胞におけるFAKの機能解析を進めた。CG4細胞の分化誘導に伴いFAKのチロシンリン酸化が亢進することを確認し、このリン酸化がFyn依存的であることを示した(図1. A)。また、Integrinのリガンドの一つであるLaminin刺激によりFAKのチロシンリン酸化が亢進することを見出し、このパスウェイにFAKが関与していることを示した。続いて、FAKのオリゴデンドロサイトの機能を明らかにするために、CG4細胞においてFAKのノックダウンを行い、CG4細胞の形態と下流のシグナルについて調べた。その結果、FAKノックダウンCG4細胞においてLaminin上での突起伸長が有意に抑制されることを見出した(図1. B)。また、オリゴデンドロサイトの形態制御に重要なRhoファミリーGタンパク質Rac1とCdc42の活性が、FAKノックダウンCG4細胞で低下した。さらに、FAKノックダウンCG4細胞に野生型FAKを発現させると突起伸長の抑制を回復したが、FAK Y397F変異体(不活性型)を発現させても回復しなかった。以上より、オリゴデンドロサイトの突起伸長にFyn/FAKにより動員されるRac1, Cdc42のシグナル系(図1. C)が関与することを提唱した。 続いて、ミエリン形成におけるFynチロシンキナーゼシグナル系の全貌を明らかにする目的で、CG4細胞におけるチロシンリン酸化タンパク質の網羅的な同定を試みた。CG4細胞にSrc型キナーゼを活性化させる刺激として過酸化水素・バナジン酸を加え、細胞内のチロシンリン酸化レベルを過剰に亢進させ、この条件下で質量分析法による解析を行う実験系を確立した。その結果、多数のシグナル伝達分子を含む200種類近くのタンパク質の同定に成功した。同定したタンパク質の中で、Fynが主要なチロシンキナーゼであり、既存のSrc型キナーゼの基質分子を数多く同定した。このようなリン酸化プロテオーム解析から、Fynを介した新たなシグナル伝達機構の発見につながると予想される。 2. 神経回路形成におけるPCDH17の解析 中枢神経系の複雑な神経回路は、多様な神経細胞がシナプスを形成することにより構築される。このような神経ネットワークの構築には神経細胞同士の細胞間相互作用が重要な役割を果たしており、様々なシナプス接着分子が神経細胞の標的認識、シナプス形成の開始、成熟シナプスの安定化さらにシナプス可塑性においてそれぞれ機能していると考えられている。カドヘリンスーパーファミリーも神経細胞間の接着を介したシナプス形成に関与することが示唆されているが、N-Cadherinに代表されるクラシックカドヘリンに比べて、プロトカドヘリンのシナプス形成を介した神経回路網構築機構はほとんど明らかになっていない。そこで、前述のリン酸化プロテオーム解析よりFyn基質候補分子として同定したσ2-プロトカドヘリンファミリーに属するProtocadherin17 (PCDH17)に着目し、中枢神経系の神経回路形成における役割を解析した。 まず、PCDH17特異的抗体を作製し、詳細な発現プロファイル解析を行った。PCDH17は脳特異的に発現しており、胎生期から生後一週まで発現量が上昇し、それ以降に減少していくことを見出した。このような発現時期は神経細胞の軸索投射からシナプス形成が起き始める時期に対応しており、この分子がこれらのプロセスに関与している可能性がある。また、この発現変動パターンはクラシックカドヘリンに属するN-Cadherinとは異なるが、PCDH17と同じσ2-ファミリーに属するPCDH10とは同様なパターンを示し両者の関連性を示唆した。続いて、PCDH17の生後10日前後の脳内における発現分布を検討したところ、線条体-淡蒼球/黒質経路に沿って強い発現が見られた(図2. A)。その中でも、線条体では吻側、淡蒼球外節及び内節においては内方、さらに黒質網様部では後方のみで発現を示し、大脳基底核の神経回路内でゾーン特異的な発現パターンを示した。また、同ファミリーのPCDH10との発現の関連性を検討したところ、線条体、淡蒼球外節/内節、黒質網様部においてPCDH17/PCDH10の両分子の発現が完全に相補的なパターンを示すことが分かった。続いて、PCDH17の結合様式を検討したところ、PCDH17はカルシウム依存的にホモフィリック結合をするが(図2. B)、PCDH10とはヘテロフィリック結合をしないことを示した。以上のことを踏まえると、PCDH17とPCDH10の結合特異性が特定の神経細胞を認識する符号となり、大脳基底核におけるゾーン特異的な投射を担っていると考えられる。 次に、PCDH17の神経細胞におけるシナプス形成との関わりについて検討した。アデノウイルス発現系を用いて初代培養神経細胞に発現させたPCDH17は、培養4日目の未成熟神経細胞では神経突起の接触部位に集積し、アクチンフィラメントと共局在していた。培養18日前後の成熟神経細胞ではアクチンフィラメントと共局在し、さらに、シナプスに局在するN-Cadherinと一部、共局在することを見出した。また、プレシナプスマーカーであるSynaptophysinとの共染色から、PCDH17の一部がプレ及びポストシナプスに局在することを見出した。さらに、PSD画分を生化学的に精製しPCDH17の存在を検討したところ、PSDに強い濃縮は見られないものの、その存在を確認することができた。従って、PCDH17はプレ及びポストシナプスに局在するシナプス接着分子であると考えている。続いて、野生型PCDH17を神経細胞に過剰発現させると、神経細胞のシナプス部位の形態が異常になるが、細胞質領域欠損型PCDH17を発現させるとシナプス部位での異常は見られなかった。以上の結果より、PCDH17は個々の神経細胞を細胞間相互作用により標的認識していることに加えて、シナプス間における接着を通してシナプス形態を制御し得ることを示した。 シナプス形態の制御にはPCDH17の細胞質領域が必要であることを見出したため、PCDH17細胞質領域との結合分子を同定してその分子機構を明らかにすることを試みた。その結果、マウス脳を材料とした免疫沈降による精製と質量分析法による解析から、PCDH17がRacの下流でアクチン細胞骨格の再編成を行うWAVE複合体因子Nap1、CYFIP1/2及び WAVE1と結合することを見出した(図2. C)。これまでに、個々のWAVE複合体因子(WAVE1, Nap1及びAbi-1/2)がシナプス形成の初期過程において、樹状突起スパインの形成を促進することが報告されており、PCDH17とWAVE複合体因子の相互作用がシナプス形態を制御し得ると考えている。さらに、PCDH17の細胞内領域のどの部位でWAVE複合体構成因子と結合するかを検討したところ、PCDH10を含む喜2σ-ファミリーに保存されている領域が必須であることが明らかとなった。また、PCDH10もWAVE複合体因子と結合することが最近報告されている。以上のことから、σ2-ファミリーの細胞外領域に基づく結合特異性がシナプス結合の特異性を決定し、細胞内領域における結合分子の保存性がシナプス形態制御において同一の分子機構を保障している可能性がある。さらに、PCDH17はFynの基質候補として同定した分子であり、HEK293T細胞においてFynによってリン酸化されることを示した。また、神経細胞に過酸化水素・バナジン酸刺激を与えると、内在性のPCDH17のチロシンリン酸化が亢進することを見出した。そして、PCDH17のチロシンリン酸がWAVE複合体因子との結合を制御することを見出し、チロシンリン酸化を介したダイナミックな制御がシナプス形成において重要な役割を果たすと考えている。 図1.オリゴデンドロサイトの突起神長におけるFyn/FAKを介したシグナル系 (A)分化誘導前(P)から誘導後(D)においてFAKのチロシンリン酸化が亢進する。Fynをノックダウンするとリン酸化は減少する。(B)オリゴデンドロサイトにおいてFAKをノックダウンすると、Laminin上における突起伸長が抑制される。(C)Laminin上でのオリゴデンドロサイトの突起伸長はFyn,FAKにより動員されるRac1,Cdc42のシグナル系が関与する。 図2.PCDH17の脳内での発現パターンと結合タンパク質 (A)PCDH17は大脳基底核の神経回路(線条体(Str)、淡蒼球(GP)、黒質網様部(SNr))に発現が高い。 (B)PCDH17はカルシウム依存的にホモフィリック結合する。 (C)PCDH17は脳内で、WAVE複合体と結合している。 | |
審査要旨 | 本論文は中枢神経系の細胞でのFynチロシンキナーゼ標的タンパク質の同定・解析を試みたものである。本論文ではリン酸化プロテオーム解析によりFyn標的タンパク質の探索を行い、同定した基質候補分子の中から、オリゴデンドロサイトにおける細胞資型チロシンキナーゼEAKの機能解析と、神経細胞における機能未知の細胞接着因子Protocadherin17(PCDH17)の機能解析を行っている。以下にその内容を要約する。 オリゴデンドロサイトの分化誘導が可能なCG4細胞をモデル系として用い、EAKをFynの基質分子として同定した。オリゴデンドロサイトでのFAKの役割は未知のため、CG4細胞におけるFyn/FAKの機能相関を検討し以下のことを示した。(1)CG4細胞の分化誘導に伴うFAKのチロシンリン酸化はFyn依存的であった。(2)CG4細胞のラミニン依存的な突起伸長はFAKノックダウンにより抑制された。(3)オリゴデンドロサイトの形態制御に重要なRhoファミリータンパク質Rac1とCdc42の活性はFAKノックダウンにより低下した。(4)FAKノックダウンCG4細胞への野生型FAKの発現は突起伸長の抑制を回復したが、FAK Y397F変異体(不活性型)の発現は回復しなかった。以上より、オリゴデンドロサイトの突起伸長にFyn/FAKにより動員されるRac1,Cdc42のシグナル系が関与することが示唆された。この研究は、これまで十分な知見が得られていなかったオリゴデンドロサイトにおけるFynチロシンキナーゼシグナル系の一端を明らかにした研究として意義のあるものとして認める。 続いて、神経回路形成においてPCDH17が果たす役割について以下のことを明らかにした。(1)PCDH17は脳特異的に発現しており、胎生期から生後一週まで発現量が上昇し、それ以降に減少していくことを見出した。(2)PCDH17は線条体-淡蒼球/黒質経路に沿って強い発現が見られた。中でも、線条体では吻側、淡蒼球外節及び内節においては内方、さらに黒質網様部では後方のみで発現を示し、大脳基底核の神経回路内でゾーン特異的な発現パターンを示した。(3)PCDH17/PCDH10は線条体、淡蒼球外節/内節、黒質網様部において完全に相補的な発現パターンを示した。(4)PCDH17はカルシウム依存的にホモフィリック結合するが、PCDH10とはヘテロフィリック結合しないことを示した。(5)PCDH17が神経細胞シナプスに局在することを見出し、PCDH17の過剰発現が樹状突起上の形態を制御することを見出した。(6)PCDH17細胞質領域との結合分子としてRacの下流でアクチン細胞骨格の再編成を行うWAVE複合体因子Nap1、CYFIP1/2を同定した。(7)PCDH17がFynによってリン酸化されることを示し、さらに、PCDR17のチロシンリン酸がWAVE複合体因子との結合を制御することを見出した。以上の研究内容は、PCDH17とPCDE10による大脳基底核におけるゾーン特異的投射を示唆するものであり、またシナプス形成を制御する新たなメカニズムを提唱し得るものとして高く評価できる。 以上、論文提出者はオリゴデンドロサイトにおけるFyn/FAKを介した新たなシグナル伝達経路と神経回路形成においてPCDH17が果たす新たな役割について明らかにした。 なお、本論文のオリゴデンドロサイトにおけるFAKの機能解析は手塚徹、横山一剛、秦裕子、尾山大明、山本雅との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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