No | 124505 | |
著者(漢字) | 木村,鮎子 | |
著者(英字) | Kimura, Ayuko | |
著者(カナ) | キムラ,アユコ | |
標題(和) | 固有のドメイン構造を持つ補体系因子の進化 | |
標題(洋) | Evolution of the complement components with unique domain structure | |
報告番号 | 124505 | |
報告番号 | 甲24505 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5403号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 哺乳類補体系は、血中自然免疫系において中心的な役割を果たす複雑な生体防御系であり、主に肝臓で作られる約30の因子から構成されている。補体系の活性化には、抗原に結合した抗体分子や病原体表面の多糖などによって引き起こされる、古典経路・第二経路・レクチン経路の3経路が働いている。これらの活性化経路は、基質特異性をもつ一連の補体系セリンプロテアーゼによる蛋白質限定加水分解のカスケードによって進行し、最終的にはいずれも中心成分C3分子を活性化する。活性化されたC3は、病原体に共有結合することによってこれを異物として標識し、貪食細胞による貪食反応の促進や、膜障害経路による細胞溶解反応を引き起こす。補体系において中心的な役割を担う因子をコードする遺伝子の多くは、特有のドメイン構造をもつ以下の5つのファミリーに分類される。C3ファミリー:C3・C4・C5、Factor B(Bf)ファミリー:Bf・C2、MASPファミリー:MASP-1/-2/-3・C1-r/-s、C6ファミリー:C6・C7・C8-a/-b・C9、Factor I(If)ファミリー:Ifのみ。これらの遺伝子ファミリーは、多細胞動物の蛋白質に見られる様々なドメインが複雑な組み合わせで連なったモザイク型蛋白質をコードしており、エクソンシャフリングによって固有のドメイン構造を獲得した祖先型遺伝子が、さらに遺伝子重複/機能分化を起こして進化してきたものと考えられている。遺伝子重複/機能分化は、進化的な起源の古い自然免疫的な活性化経路から抗体依存的な古典経路を創出し、また膜障害経路を誕生させたと考えられている。しかしながら、補体系の発展に大きく寄与したこれらの分子進化が起きた時期は、明確でなかった。 そこで本研究では、固有のドメイン構造をもつ補体系遺伝子の起源を明らかにするため、中心成分C3遺伝子の存在が報告されている動物のうち、哺乳類との分岐が最も古い刺胞動物(二胚葉動物)に着目し、イソギンチャクの一種であるネマトステラ(Nematostella vectensis)のゲノム情報に基づく補体系遺伝子の網羅的なクローニング、およびこれらの因子の機能解明を目指した遺伝子発現部位の同定を行った。また、原始的な後生動物である海綿動物・平板動物および系統的にこれらの動物に最も近い単細胞動物とされる、立襟鞭毛虫のゲノム情報の検索もあわせて行った。 次に、哺乳類補体系の形成に重要な役割を果たした各遺伝子ファミリー内での遺伝子重複/機能分化の起きた時期を明らかにするために、進化的に重要な位置を占めながら、これまで補体系遺伝子に関する情報の乏しかった円口類ヤツメウナギ(Lethenteron japonicum)に着目し、補体系遺伝子の体系的な探索を行う目的で肝臓EST解析を行った。 さらに、これらの動物から見つからなかったC6遺伝子ファミリーについては、軟骨魚類ホシザメ(Mustelus manazo)およびギンザメ(Chimaera phantasma)を用いて、C6ファミリーに共通する配列を元に作成した縮退プライマーによるRT-PCRを行い、その起源の解明を試みた。 〈第一章:ゲノム情報に基づくPCRによる二胚葉動物ネマトステラ補体系遺伝子の単離と遺伝子発現部位の解析〉 ヒト補体系因子のアミノ酸配列を用いて、ネマトステラのドラフトゲノムデータベースに対するBLAST検索を行った。得られた断片的なゲノム配列を参考にRT-PCR・RACE-PCRを行い、正確な完全長配列を決定した。これらの配列について、固有のドメイン構造とヒト補体系因子において活性に必須であるとされるアミノ酸配列の保存の有無を確認した。また、Clustal Xによりこれらの遺伝子と他の動物の補体系遺伝子のアミノ酸配列のマルチプルアライメントを行い、全長配列情報を用いて近隣結合法により分子系統樹を作成し、遺伝子の系統関係を推定した。また、三胚葉動物の補体系因子の分泌部位である体腔・血管に相当する腔所・機能的な循環系を欠く二胚葉動物における、補体系の作用部位を明らかにするために、補体系遺伝子の発現部位の同定を行った。まずネマトステラの成体ポリプを用いてWhole mount in situ hybridizadon(WISH)を行い、さらにWISHサンプルの切片化により発現組織の特定を行った。また、これらの遺伝子の発現時期、発現部位と、病原体構成成分による誘導の有無を明らかにするために、それぞれRT-PCRを行った。 結果としてBLAST検索により、C3・Bf・MASPファミリー遺伝子の断片配列を得たが、C6・Ifファミリー遺伝子は見つからなかった。またC3遺伝子ファミリーについては、C3・C4・C5遺伝子の重複以前に分岐したA2M・CD109遺伝子の配列も見つかり、A2M遺伝子、CD109遺伝子、およびC3・C4・C5遺伝子の共通祖先型遺伝子の遺伝子重複/機能分化が、二胚葉/三胚葉動物の分岐に先立って生じたことが確認された。また、同様の検索で海綿動物および立襟鞭毛虫のドラフトゲノム配列中には中心成分C3を構成するドメインそのものが全く見つからなかったのに対し、平板動物からはドメイン構造および分子系統の点からCDI09遺伝子と思われる配列が見つかった。他の補体系遺伝子ファミリーに関しては、調べた3つの動物とも、構成ドメイン自体は見られるものの補体系因子に固有の組み合わせでは保持していなかった。これらの結果から、補体系が、海綿動物を除いた後生動物(真性後生動物)に固有のものであることが推測された。 得られたネマトステラC3-1、C3-2、Bf-1、Bf-2、MASP遺伝子は、ヒトのオルソログ遺伝子とのアミノ酸アイデンティティーが12~33%と低いにも関わらず、全ての三胚葉動物の補体系遺伝子に共通する固有のドメイン構造と、補体活性に必須とされるアミノ酸残基をほぼ完全に保持していた。また分子系統解析の結果、ネマトステラの遺伝子を最外群としたときMASPファミリーについては動物の系統を反映した樹形が得られたのに対し、C3・fBファミリーについては無脊椎動物におけるC3・fB遺伝子の進化過程が複雑であったことを示す、動物の系統とは矛盾した樹形が得られた。 またWISH・RT-PCRの結果、ネマトステラC3・Bf・MASP遺伝子は、孵化前の幼生の段階から発現し、成体ポリプでは特に触手先端部の内胚葉と、食物の消化吸収を行う隔膜糸に共通して発現すること、病原体構成成分によって発現誘導を受け発現部位が内胚葉全体に拡大することが分かった。内胚葉特異的な発現パターンは、これらの因子が体外ではなく、二胚葉動物唯一の腔所である胃体腔や触手内腔に分泌される可能性が高いことを示した。また、補体系遺伝子の発現が特に触手の先端や貪食細胞の局在する隔膜糸に限局されていることは、これらの部位が明確に分化した循環系を持たない二胚葉動物の補体系の主要な機能部位であることを示唆した。 〈第二部:円口類ヤツメウナギの肝臓EST解析による補体系遺伝子の網羅的な単離〉 脊椎動物の補体系遺伝子の主要な発現部位である肝臓のRNAをヤツメウナギから単離し、これを元に2種のcDNAライブラリを作成して、計12,483クローンの塩基配列を解読した。これらをクラスタリングしたものをBLAST検索にかけて遺伝子を同定し、新規補体系遺伝子についてはRACE-PCRで完全長配列を決定した。得られた補体系遺伝子についてドメイン構造を確認し、また、全長アミノ酸配列を他の動物の補体系因子のアミノ酸配列とアラインして近隣結合法による分子系統樹を作成し、遺伝子ファミリー内での系統関係を推定した。 結果として、3種のC3様遺伝子を103クローン、2種のBf様遺伝子を26クローン、MASP様遺伝子を7クローン、If様遺伝子を3クローン得たが、C6様遺伝子は見つからなかった。 得られたC3様遺伝子配列と他の動物のC3ファミリー遺伝子のアミノ酸配列をClustal Xによりアラインし、全長配列を用いて分子系統樹を作成すると、軟骨魚類サメのC3、C4、C5遺伝子はそれぞれ哺乳類C3、C4、C5遺伝子を含むクレードに入るのに対し、ヤツメウナギC3様遺伝子は全てC3遺伝子のクレードに入り、C4、C5遺伝子のクレードに入るものは1つもなかった。哺乳類のC4、C5の血中濃度はC3の1/2、1/20程度であることから、C3遺伝子のみが103クローン得られた今回の結果は、円口類にC4、C5遺伝子が存在しない可能性の高いこと、C4、C5遺伝子の誕生につながる遺伝子重複/機能分化は有顎脊椎動物の系統で起きたことを示唆した。Bf、MASP遺伝子ファミリーについても同様の結論が得られた。これまでの遺伝子・蛋白質レベルでの研究により、軟骨魚類には重複/機能分化後のタイプの補体系遺伝子が一通り揃っていると考えられるため、今回の解析から、全ての補体系遺伝子ファミリーにおける遺伝子重複/機能分化は、有顎脊椎動物の系統において、円口類の分岐後、軟骨魚類の分岐前に起きたことが示唆された。 また、If・C6遺伝子ファミリーが尾索動物のゲノム中に存在しないことと今回のEST解析の結果とを統合すると、If遺伝子・C6ファミリー遺伝子はそれぞれ円口類の分岐前・分岐後の脊椎動物の系統で出現したものと考えられた。 〈第三部:軟骨魚類サメのC6遺伝子のクローニングと一次構造解析〉 二種のサメおよびヤツメウナギの肝臓RNAを鋳型として、C6ファミリー分子内で保存されているアミノ酸配列を参考に作成した縮退プライマーを用いて、RT-PCRを行った。 結果として、ホシザメからC6、ギンザメからC8Bに相同性をもつ部分遺伝子配列がそれぞれ得られたが、ヤツメウナギからはC6ファミリー遺伝子が全く得られなかった。RACE-PCRにより決定されたホシザメC6遺伝子の全長配列からは、活性化した他の補体系成分との相互作用に関わるCCP・FIMドメインを含む、ヒトC6と完全に一致するドメイン構造が予測された。このことから、補体系の活性化に連動した膜障害経路に関わるC6の機能が軟骨魚類でも保存されていることが示唆された。また、これら2つの配列および既報のコモリザメのC8A遺伝子を他の動物のC6ファミリー遺伝子とアラインして分子系統樹を作成すると、サメの3つのC6ファミリー遺伝子はいずれも100%のブーツストラップ値でそれぞれ対応する哺乳類遺伝子のクレードに分配された。これらの結果から、軟骨・硬骨魚類の分岐以前に、補体系膜障害経路を誕生させたC6ファミリーの出現と遺伝子重複が完了していた可能性が示された。 〈結論〉 固有のドメイン構造を持ち、補体系活性化カスケードの基本骨格を成すC3・Bf・MASPの少なくとも3因子からなる補体系の起源は非常に古く、二胚葉/三胚葉動物の分岐前に遡ること、二胚葉動物ではこれらの因子が胃体腔内における独自の生体防御系を構成する可能性の高いことが分かった。これら3因子から構成され、自然免疫的な2つの活性化経路と病原体のオプソニン化を中心とする原始的な補体系は、一部の旧口動物などでは二次的に失われている一方で、新口無脊椎動物においては広く保存されている。 その後、哺乳類へと至る脊椎動物の進化過程において、尾索動物の分岐後・円口類の分岐前に制御因子fIが出現し、補体系活性化の厳密な制御が可能になったと考えられる。さらに円口類の分岐後・軟骨魚類の分岐前に膜障害経路因子C6の出現、fB・MASPのセリンプロテアーゼドメインの構造特化、および全ての補体系遺伝子ファミリー内での遺伝子重複/機能分化という3つのイベントが集中して起こり、原始的な補体系にさらに2つの経路、古典的経路と膜障害経路をつけ加えたことが分かった。免疫グロブリン、MHC分子、T細胞受容体遺伝子の出現による獲得免疫系の誕生と同時期に起こったこれらのイベントは、それまでの自然免疫的な原始補体系を、獲得免疫系とも連動するより複雑で洗練された哺乳類型の補体系へと転換させたと思われる。 | |
審査要旨 | 本論文は三章からなり、第一章では二胚葉動物イソギンチャクの補体系遺伝子の網羅的な単離と発現解析について、第二章では円口類ヤツメウナギの肝臓EST解析による補体系および凝固系遺伝子の網羅的な探索について、第三章では軟骨魚類サメからの補体系膜傷害因子遺伝子の単離について述べている。 補体系は、哺乳類の血中において、主に感染初期の生体防御反応に関わるほか、抗体分子による殺菌作用を補う働きも持つ、自然免疫系の主要構成員の1つである。哺乳類補体系は30種以上の因子によって構成され、3つの活性化経路と膜障害経路に加えて、幾つかの活性制御機構を有する非常に複雑で洗練された反応系であるが、その主要因子の多くは複雑で固有なドメイン構造を共有する5つのモザイク蛋白質ファミリーに分類される。これらの因子はエクソンシャフリングによって生じた共通祖先型分子が、さらに遺伝子重複・機能分化を経てできたものと考えられている。 論文は、血中補体系の起源と進化過程を明らかにするために、固有のドメイン構造をもつ5つの補体系因子ファミリーがエクソンシャフリングと遺伝子重複。機能分化によって成立してきた過程に着目した解析について述べている。 これまで、新口動物ホヤやナメクジウオでは補体系遺伝子ファミリーの網羅的な探索が既に行われており、ほぼ全ての遺伝子ファミリーが既に存在することが分かっている。新口動物以外の動物では、旧口動物カブトガニからC3・factor B遺伝子が、旧口動物イカと二胚葉動物サンゴからはC3遺伝子の存在が報告されているが、各補体系遺伝子ファミリーの出現時期を特定する情報は存在しなかった。また、補体系遺伝子ファミリー内での遺伝子重複・機能分化の生じた時期についても、重要な系統的位置を占める無顎脊椎動物である円口類における体系的な情報の不足のため、明らかではなかった。 本論文の第一章では、ドラフトゲノム配列に基づくRT-PCR。RACE-PCRにより、補体系遺伝子ファミリーのうちの3つ、C3・factor B・MASPファミリーの遺伝子が二胚葉動物イソギンチャクから初めて単離された。これらの遺伝子は、哺乳類の補体系因子の機能に必須と考えられる固有のドメイン構造とアミノ酸配列をほぼ完全に保持しており、二胚葉動物の補体系因子が哺乳類のものと類似の生理機能を持つことが示唆された。また、ドラフトゲノム検索の結果から、これらの遺伝子が平板動物、カイメンやエリベンモウチュウのゲノム中には存在しないことも分かり、これら三つの補体系因子が、二胚葉・三胚葉動物の共通祖先において生じたことを明らかにした。また、これらの遺伝子がいずれも内胚葉性組織、特に触手の内胚葉において強く発現していることがin situ hybridizationによって明らかになった。この結果は、二胚葉動物の原始補体系が、内胚葉に接した未分化の胃腔(胃体腔)内で働く系であることを強く示唆した。 第二章では、円口類ヤツメウナギの肝臓EST解析により、円口類には補体系経路のうち、抗体依存的経路や膜障害経路で働く因子をコードする、遺伝子重複・機能分化後の哺乳類タイプの遺伝子が全く存在しないことが明らかになった。また、有顎脊椎動物以外の動物で初めてfactor I遺伝子を単離して、そのドメイン構造の起源が円口類の分岐以前に遡れることを示し、またC6ファミリーについては遺伝子そのものが円口類に存在しない可能性の高いことを明らかにした。 第三章では、これらの動物から全く見つからなかったC6遺伝子ファミリーの起源を明らかにするために、軟骨魚類サメの肝臓のRNAを用いて、C6ファミリー遺伝子の全配列に共通した縮退プライマーを用いたRT-PCRおよびRACEを行った。結果としてサメから、ヒトC6と全く同じドメイン構造をもつ06遺伝子が単離され、補体系膜障害経路に関わる伍遺伝子ファミリーの出現時期が軟骨・硬骨魚類の分岐以前であることを明らかにした。 これらの結果を総合して本論文は、多成分から構成される哺乳類補体系の原型が、これまでの認識より遥かに古く、二胚葉・三胚葉動物の分岐以前から存在していたことを明らかにした。また、血管系や体腔を持たない二胚葉動物においては、胃体腔が補体系による生体防御の場として機能する可能性を示した。さらに、遺伝子重複・機能分化による原始的な無脊椎動物型の補体系から複雑な哺乳類型の補体系への劇的な進化は、円口類と有顎脊椎動物の分岐以降に集中して起こったことが初めて明らかになった。これらの研究成果は、補体系および自然免疫系の進化過程についての従来の概念を大幅に変えるものである。 なお、本論文第一章は、坂口絵里・野中勝との共同研究であり、第二章は池尾一穂・野中勝との共同研究であり、第三章は野中勝との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/26108 |