学位論文要旨



No 124506
著者(漢字) 儘田,博志
著者(英字) Mamada, Hiroshi
著者(カナ) ママダ,ヒロシ
標題(和) アフリカツメガエル初期眼発生における新規核膜タンパク質Nemp1の解析
標題(洋) Analysis of a novel nuclear envelope protein, Nemp1, in early Xenopus eye development
報告番号 124506
報告番号 甲24506
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5404号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 准教授 越田,澄人
 学習院大学 教授 岡本,治正
内容要旨 要旨を表示する

脊椎動物の神経形成やオーガナイザー活性に関与する分子の実体は、主にアフリカツメガエル胚を用いた解析により、オーガナイザー特異的転写因子や分泌性因子などの発生制御因子の発見を経て急速に進展した。しかし、原腸形成から神経管形成を経て脳形成に至るまでの一連の分子カスケードのうち、転写因子や分泌性因子、あるいは細胞内シグナル伝達因子以外の分子の役割は十分に明らかにされていない。脊椎動物の眼は前脳由来の眼杯と表皮由来の水晶体により形成されるが、最近種々の転写因子の相互作用が眼の領域化・初期形成に関わっていることが明らかにされつつある。それによると眼の発生は初めNogginやOtx2, Sox2の制御を受けてrax, tbx3, pax6, six3等の転写因子が誘導されることによって眼の領域化と初期形態形成が行われていくと考えられている。しかしこれら転写因子の直接の標的遺伝子とその作用機序について、その多くは未だ明らかにされていない。このように、眼の発生に関わる制御因子群は明らかになりつつあるが、その多くは転写因子であり、他の因子やそれらとの相互作用についての知見は未だ少ない。当研究室ではこれまで、神経誘導や頭部形成の分子機構を解明する目的で、アフリカツメガエル予定脳領域である前方神経外胚葉 (anterior neuroectoderm以下ANE )のcDNAライブラリーを作製し、ANEに発現する新規因子の同定と機能解析を行ってきた。

私は頭部形成に関わる新規遺伝子を同定・解析するため、ANEライブラリーから、22個の新規遺伝子候補に関してESTs検索やcDNAクローニングを行い、そのうち全翻訳領域の得られたクローンについては、タグをつけたコンストラクトを培養細胞COS7に遺伝子導入し、タンパク質の細胞内局在を共焦点顕微鏡により観察した。その結果、核膜に局在する新規のクローンを見出し、それに注目した。核膜は核内膜と核外膜、核膜孔複合体で構成され、核膜タンパク質は細胞分裂時の核膜の消失と再構築や核構造の維持に関わると考えられている。これまで核膜タンパク質のそのような役割が主として解析されてきたが、発生過程おける核膜タンパク質の役割についての解析は殆どなされていなかった。そこで私はこの遺伝子の全翻訳領域を同定し、Nemp1(Nuclear envelope integral membrane protein 1)と名付け、この因子の発生現象における核膜タンパク質の役割を明らかにすることを目的とした。

アミノ酸配列の構造予想プログラムにより、Nemp1は、N末側にシグナルペプチド様の配列と、5つの膜貫通領域が予測されたが、既知のドメインやモチーフは持っていなかった。またNemp1遺伝子のオーソログはヒトから線虫まで存在することを見出したが、いずれも機能未知であった。我々は進化的に保存された領域は何らかの機能ドメインとして働くのではないかと予測し、相同性の高い領域を2ケ所決定し、それぞれ領域A、領域Bとした。領域 Aは膜貫通領域内に、領域 BはC末端側に存在した。次にNemp1の時間的空間的発現パターンを解析したところ、nemp1 mRNAは母性mRNAとして存在し、中期胞胚変移後でも発現しており、また神経胚期には前方神経外胚葉に発現し、尾芽胚期では眼を含む頭部に強く発現が見られた。

次にNemp1の核膜での局在を検討した。これまで核内膜への局在性やN末端やC末端の配向性は免疫電子顕微鏡観察を用いて行われてきたが、私はそれらを解析するための簡便な方法を考案した。まず核膜の内腔側と核質側を識別するための指標として、それぞれに配向するようにタグを付けた核内膜タンパク質MAN1-HAi(内腔側)とEmerin-HAc(内腔側)、HAn-Emerin(核質側)を作成した。次いでそれらを発現させた培養細胞を、細胞膜の抗体透過性を引き起こすdigitoninを用いて処理したところ、時間依存的に核外膜の抗体透過性が上がるのに対して、核内膜の透過性がそれほど上がらないことを見出した。このdigitonin透過性免疫染色法により、Nemp1のC末端領域は核質側に向いていることが示され、したがってNemp1は核内膜に局在していることが示唆された。

Nemp1の機能解析を行うためにmRNAによる過剰発現実験、アンチセンス・モルフォリーノオリゴ(MO)による機能低下実験を行った。興味深いことに、いずれの場合においても神経胚期において予定眼領域に発現するマーカー遺伝子であるrax, tbx3, pax6の発現が低下し、また尾芽胚期においては眼の欠損した表現型が得られた。対照的に前脳中脳マーカー遺伝子であるotx2や神経板マーカー遺伝子であるsox2の発現には影響は見られなかった。これはNemp1が眼の発生に特異的に働くことを示唆する。さらにNemp1の各種欠失型コンストラクトを作製し、mRNAの顕微注入実験を行った結果、シグナルペプチドと膜貫通領域がNemp1の活性と核膜局在に必要で、特にNemp1のC末端領域の核膜への局在が必要であることが示された。以上の結果から,Nemp1は核内膜に局在し、核質側で化学量論的に制御された複合体を形成する可能性が考えられた。

そこで次にNemp1のC末端領域と相互作用する因子としてクロマチンタンパク質のBAF (barrier to autointegration factor)に注目した。BAFは核内膜タンパク質や眼の発生に関わる転写因子と相互作用することが知られている。解析の結果、bafはnemp1と眼胞領域で共発現すること,Nemp1の領域Bに存在するBAF結合配列を介して相互作用することが示された。さらに、nemp1 MOによる眼の形成阻害はnemp1 mRNAの共注入では回復するが、BAF結合配列を欠いたコンストラクトでは回復効率が著しく低下した。これらの結果からNemp1は核内膜において、少なくともBAFを介して眼特異的マーカー遺伝子の発現制御に関与することが示唆された。

本研究は、核膜タンパク質が発生過程の組織特異的な遺伝子発現を制御する可能性を初めて示したものであり、核膜タンパク質の役割に新たな知見を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は一部構成で要旨、序論、方法、結果、考察、文献、図表からなっており、アフリカツメガエル胚の初期眼発生における新規核膜タンパク質Nemp1の機能解析結果について述べられている。

脊椎動物の眼は前脳由来の眼杯と表皮由来の水晶体により形成され、その発生機構は良く解析されているが、発生初期の神経板における予定眼領域の決定から眼胞形成に至る経路の解析は数少ない。これまで報告されているものとして、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)での初期眼形成に関わる転写因子の遺伝子カスケードがある。それは、まずOtx2の制御を受けてTbx3が予定眼領域に発現し、次いでOtx2とSox2によりRax,Pax6,Six3等の転写因子が順に発現誘導されるというものである。しかし、これら転写因子の直接の標的遺伝子の同定やその発現制御機構については未だ明らかにされていない。一方、核膜タンパク質はこれまで細胞分裂時の核膜の消失と再構築、ならびに核の構造を維持する役割が主として解析されてきた。しかし発生過程における核膜タンパク質の役割についての解析は殆どなされていなかった。本研究ではアフリカツメガエルの予定脳領域である前方神経外胚葉に発現する遺伝子のスクリーニングから新規の核膜タンパク質Nemp1を同定しその機能解析を行った。その結果、Nemp1が核膜内膜上において眼の発生に関与すること、またその活性にはNemp1が核膜内膜に局在していることが必要であること、さらに核質側に存在するC末端側領域と核タンパク質BAFとの相互作用が重要であることを示すなど、発生学における重要な知見が得られている。

Nemp1はアミノ酸配列の構造予想プログラムにより、N末側にシグナルペプチド様の配列と、中央に5つの膜貫通領域が予測されたが、既知のドメインやモチーフは持っていなかった。またNemp1遺伝子のオーソログはヒトから線虫まで存在していたが、いずれも機能未知であった。しかし進化的に保存された相同性の高い領域を2ケ所見いだし、それぞれ領域A、領域Bとした。領域Aは膜貫通領域内に、領域BはC末端側に存在した。次にNemp1の時間的空間的発現パターンを解析したところ、nemp1 mRNAは母性mRNAとして存在し、中期胞胚遷移後も発現しており、また神経胚期には前方神経外胚葉に発現し、尾芽胚期では眼を含む頭部に強い発現が見られた。

核膜でのタンパク質の局在に関する検討は、これまで免疫電子顕微鏡観察を用いて行われてきたが、本研究においてそれらを解析するための簡便な方法を新たに考案した点が高く評価できる。本研究では、まず核膜の内腔側と核質側を識別するための指標として、それぞれに配向するようにタグを付けた核内膜タンパク質MANI-HAi(内腔側)とEmerin-HAc(内腔側)、HAn-Emerin(核質側)を作成した。次いでそれらを発現させた培養細胞を、細胞膜の抗体透過性を引き起こすdigitoninを用いて処理したところ、核外膜の抗体透過性が核内膜に比べ経時的に増大することを見いだした。この「digitonin透過処理一免疫染色法」を用いることで、Nemp1のC末端領域は核質側に配向していることが示され、またこのことよりNemp1は核膜内膜タンパク質であることが示唆された。

Nemp1の機能解析を行うためにmRNAによる過剰発現実験、アンチセンス・モルフォリーノオリゴ(MO)による機能低下実験を行った。興味深いことに、いずれの場合においても神経胚期において予定眼領域に発現する眼特異的マーカー遺伝子であるrax,tbx3,pax6の発現が低下し、また尾芽胚期においては眼の欠損した表現型が得られた。対照的に前脳中脳マーカー遺伝子であるotx2や神経板マーカー遺伝子であるsox2の発現には影響は見られなかった。これはNemp1が眼の発生に特異的に働くことを示唆する。さらにNemp1の各種欠失型コンストラクトを作製し、mRNAの顕微注入実験を行った結果、シグナルペプチドと膜貫通領域がNemp1の活性と核膜局在に必要で、特にNemp1のC末端領域の核膜への局在が活性に必要であることが示された。以上の結果から,Nemp1は核内膜に局在し、核質側で化学量論的に制御された複合体を形成する可能性が考えられた。

そこで次にNemp1のC末端領域と相互作用する因子として核タンパク質のBAFに注目した。BAFは核内膜タンパク質や眼の発生に関わる転写因子と相互作用することが知られている。解析の結果、baf mRNAはnemp1と眼胞領域で共発現すること、Nemp1の領域Bに存在するBAF結合配列を介して結合することが示された。さらに、nemp1MOによる眼の形成阻害はnemp1mRNAの共注入では回復するが、BAF結合配列を欠いたコンストラクトでは回復効率が著しく低下した。これらの結果からNemp1は核内膜において、少なくともBAFを介して眼特異的マーカー遺伝子の発現制御に関与することが示唆された。

以上のように本研究は、核膜タンパク質が発生過程の組織特異的な遺伝子発現を制御する可能性を初めて示したものであり、核膜タンパク質の役割に新たな知見を与えるものとして、高く評価できる。

なお、印刷公表した論文中のNemp1のクローニングは共著者の高橋範行によるものであるが、本論文に記載されている解析は全て論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24462