学位論文要旨



No 124507
著者(漢字) 水嶋,崇一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミズシマ,ソウイチロウ
標題(和) 縄文人と現代日本人における主要四肢骨の成長パターン : 胎児から成人にわたる骨幹長と断面形状の比較解析
標題(洋) Growth patterns of the major long bones of the Jomon and modern Japanese people : a comparison of diaphyseal lengths and cross-sectional geometries from fetal through subadult developmental periods
報告番号 124507
報告番号 甲24507
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5405号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 諏訪,元
 東京大学 教授 河内,まき子
 東京大学 准教授 近藤,修
 東京大学 准教授 海部,陽介
 筑波大学 准教授 足立,和隆
内容要旨 要旨を表示する

成人期縄文人の四肢骨骨幹部は現代日本人より断面が太く扁平であり、このことは狩猟採集行動にともなう力学負荷に骨幹部が機能適応した結果と考えられてきた。しかし近年、骨幹部の形状は必ずしも力学負荷との単純な対応関係のみでは説明しきれないことが様々に提言されている。特に、ラブジョイら(Lovejoy et al., 2003)は発生生物学の知見をもとに、骨の形態特徴の決定には発生初期における位置情報に基づいたパターン形成が大きく関与しているであろうと唱えている。

縄文人四肢骨の形態特徴に関して、その発現・発達のタイミングと推移様式を知ることにより形質獲得に関与した成因について検討することができるだろう。従来説のように縄文人の形質獲得が狩猟採集行動の力学的負荷環境によるところが大きいならば、形質の発現は狩猟採集行動開始以降の成長段階で検知され、その後の成長とともに形質が発達していくパターンが見られると予測される。一方でラブジョイらの発生学的な観点に則すれば、縄文人の形態特徴の基盤は個体発生の初期段階で検知され、その後、成長期を通じて当初の特徴がモデリングにより調整されながら保持されると予測される。例えば成人の骨幹部形状に関しては成長板(physis)のかたちが反映されるものと考えられている。

本研究では、胎児期から成長末期にわたる縄文人と現代日本人の主要四肢骨を用いて上記の予測を検証した。具体的には、各四肢骨の骨幹長を相対的な年齢指標として、骨幹中央部の外径、断面示数、CT撮影に基づく各種断面特性値で表わされる"頑丈性"と"扁平性"の成長パターンについて比較検討した。その一環として、頑丈性と扁平性に関して、胎児期以来の骨形成・吸収パターンに由来する可能性についても検討した。また、本研究ではphysisのかたちの影響を調査するため、その一例として扁平脛骨の形成機序を取り上げ、脛骨の扁平性が骨幹部に対する近位骨端の捻転の度合いに起因する可能性について検討した。さらに四肢骨間のプロポーション、アロメトリーについて調査した。

まず成長期の調査に先立って成人の特徴を確認した。縄文人68体(男36、女32)、現代日本人84体(男63、女21)の上腕骨、橈骨、大腿骨、脛骨を用いた。縄文人男性は現代日本人に比して全身の四肢骨が太く、上肢骨は前後方向、下肢骨は内外側方向に扁平であり、上肢・下肢ともに近位骨に対する遠位骨の相対長が大きいことがわかった。縄文人女性は男性と部分的に類似する傾向であった。

つぎに個体発生の節目である新生児期の集団差を調査した。縄文人34体、現代日本人110体の上腕骨、橈骨、大腿骨、脛骨を用いた。縄文人は現代日本人に比して全身の四肢骨が太く、橈骨は前後方向に扁平であり、上腕骨に対する橈骨の相対長が大きいなど、成人に類する特徴が見られた。一方で上腕骨と脛骨の各断面示数に有意な集団差は認められず、大腿骨では成人の場合とは逆に縄文人の方が前後方向に扁平であった。また大腿骨脛骨示数に有意な集団差は認められなかった。

つぎに、胎・乳児期(胎生8ヶ月~生後3ヶ月)の成長パターンを調査した。縄文人49体、現代日本人185体の上腕骨、橈骨、尺骨、大腿骨、脛骨、腓骨を用いた。縄文人の四肢骨は成長期を通じて一貫して現代日本人より太く、力学負荷に対して頑丈であることがわかり、一方で断面形状の各変数の増加パターンに有意な集団差は見られなかった。特に外形断面積と髄腔部断面積の成長パターンに有意な集団差が見られなかったため、2集団の骨形成パターン、骨吸収パターン共に明確な違いはないと考えられた。これらのことから、縄文人の頑丈な特徴は胎生8ヶ月以前に遡ると考えられ、初期発生モデルで示されたパターン形成の関与が示唆された。断面示数に有意な集団差はほとんど見られず、成長期を通じて2集団の断面形状に明確な変化がないことがわかった。2集団とも成長とともに上肢骨より下肢骨(特に大腿骨)が、上肢・下肢の各々では遠位骨より近位骨が相対的に伸長することがわかった。成長期を通じて一貫して縄文人の上腕骨橈骨示数は現代日本人より有意に大きく、大腿骨脛骨示数に有意な集団差は見られなかった。上記の、上腕骨に対する橈骨の相対長が大きいという縄文人の特徴については、発生初期の四肢軟骨原基の形態形成パターンに由来する可能性が考えられた。

つぎに、乳児期から成長末期(生後3ヶ月~20才未満)の成長パターンを調査した。縄文人104体、現代日本人84体の上腕骨、橈骨、大腿骨、脛骨を用いた。成長期を通じて一貫して縄文人の四肢骨は現代日本人より太く、力学負荷に対して頑丈であることがわかり、胎・乳児期の結果も考慮すると、縄文人の径の太さ、骨量の多さは胎児から成人にわたる一貫した特徴であったと考えられた。大腿骨前後径を除いて四肢骨の外径拡大パターンに有意な集団差は見られなかった。大腿骨外形断面積の拡大率は縄文人の方が高く、髄腔部断面積の拡大率は現代日本人の方が高いことがわかった。また縄文人の外形断面積では10才以降に拡大率が急増することがわかり、機能適応的な観点を支持する結果であった。髄腔部断面積においては、2集団に見られた拡大パターンの相違が成長期にわたり一定であったため、乳児期以来の集団固有の骨吸収パターンが成長末期まで卓越していたと考えられ、遺伝要因に大きく起因すると考えられた。成長期を通じて2集団の上腕骨と橈骨の各断面示数はほとんど変化がなく、一貫して縄文人の方が前後方向に扁平な傾向を示した。胎・乳児期の結果も考慮すると、上肢骨の扁平性の集団差は乳児期の早い段階で現われると考えられた。2集団の大腿骨・脛骨は成長とともに前後に伸長した扁平さとなり、形状の変化率は縄文人の方が有意に高いことがわかった。2集団とも成長とともに上肢骨より下肢骨が相対的に伸びることがわかった。この傾向は胎・乳児期においても見られたが、乳児期以降では大腿骨の成長率が脛骨程度にまで減少しており、大腿骨の長さの特に高い成長率は胎・乳児期のみに見られると考えられた。2集団の上腕骨橈骨示数、大腿骨脛骨示数は成長期を通じてほとんど変化しておらず、いずれも一貫して縄文人の方が有意に大きかった。

縄文人の頑丈性の特徴は、胎生時における集団固有と思われる骨形態およびその延長上の乳児期以降の骨形成パターン、乳児期以来の一貫した骨吸収パターン、10才以後における骨幹部の全体的な骨形成という複数の形成要因が関与した結果と考えられた。従来、骨幹部形態形成においては力学負荷の役割がもっぱら強調されてきたが、むしろ力学負荷の影響以上に集団特有の遺伝要因や骨代謝パターンの影響が反映されたと解釈すべきであろう。

大腿骨の成長パターンについて検討した結果、縄文人の柱状性の発達は10才以降の前後径の急激な拡大に起因することがわかった。髄腔部の図心を通るML軸に対して骨幹部断面を腹側部・背側部に二分し、成長にともなう各領域の形状変化を追跡したところ、前後径の拡大は背側部の骨形状が大きく変化することに起因しており、主にピラスター部分が局所的に張り出したためであろうと考えられた。ピラスター周辺部に局所的な骨変化をもたらす要因として、筋量の増大が筋付着部に及ぼす影響(cf. Hamrick et al., 2000)により、大腿骨粗線部で成長とともに局所的な骨増殖が起こり、これが柱状性の発達につながった可能性が見出された。

脛骨近位骨幹端の捻転について調査した結果、2集団とも成長が進んだ個体ほど捻転が強いパターンが認められ、また成長とともに縄文人の捻れの方が大きくなることがわかった。さらに、2集団とも、捻転が強い場合ほど骨幹中央部は前後方向に伸長した扁平さとなることがわかった。これらのことから、骨幹中央部の扁平性と近位骨幹端の捻転度の間に関連があり、従って骨幹部形状とphysisのかたちとの関連性が窺われた。縄文人の扁平脛骨の形成機序に関しては、大腿骨顆体角の形成とともに脛骨近位骨端では捻転が強まり、さらには脛骨骨幹部の扁平性につながったという四肢骨間の形質形成における相互関連性が提示された。

審査要旨 要旨を表示する

形態人類学の分野では、力学的負荷に対する骨の機能適応の観点から、古人骨集団の生活・生業活動を骨形態から推定することが従来から試みられてきた。中でも、四肢長管骨の断面形状と骨分布から、集団ごとの生業特徴や活動レベルを論じた先行研究が数多く存在する。一方、発生遺伝学と形態形成の知見に基づき、骨形態変異に対する力学的負荷の有意な影響を疑問視する見解も示されている。本研究は、そうした背景のもと、胎生期から大人期までの成長に伴う骨形態変化を調査し、集団特徴の個体発生上の出現時期とパターンを示し、形態形成課程と要因について、新たな視点で論ずることを目的としている。形態解析にはマイクロCTによる精密な骨分布データが含まれており、また、なるべく初期の胎児期の骨形態・分布を調査しており、これらにより、独創性が高められている。

本論文は、序文と第1部から第4部の結果の提示、ならびに全体にわたる考察と結論からなる。第1部と第2部では、成人と新生児それぞれにおける主要四肢骨の骨幹中央断面形状と骨幹長プロポーションについて、現代日本人に対する縄文人の特徴を確認している。その上で、第3部で胎児から新生児周辺期までの状態を、第4部で出生後から大人期までの成長を調査、報告している。

第3部では、胎児から新生児周辺期までの骨形成とその集団差を明らかにするため、縄文人骨49体、現代日本人骨185体(胎生8ヶ月~生後3ヶ月)の骨幹長と中央径、骨幹中央部についてはマイクロCTによる内部形状データ(30もしくは35ミクロンボクセル解像度)を取得している。結果、縄文人の各主要四肢骨の骨幹中央部は、胎生後期から出生期を通じて現代日本人のそれより太く、骨量が多いことが示された。一方、断面形状各変数の増加パターンに有意な集団差は見られず、特に外形断面積と髄腔部断面積の増加(骨形成と骨吸収に対応)パターンに有意な集団差が見られなかった。これらのことから、縄文人主要四肢骨の骨幹部の形状的頑丈さは胎生8ヶ月以前に遡り、初期発生におけるパターン形成の影響下にあることが示唆された。また、縄文人では胎生から新生児期周辺を通じて上腕骨に対する橈骨の相対長が長く、大腿骨に対する上腕骨の相対長が短く、骨間プロポーションにおいても初期形成パターンの影響が示唆された。

第4部では、出生後の初期から大人期までの成長に伴う骨形成と集団差を明らかにするため、縄文人104体、現代日本人84体(生後3ヶ月~20才未満)の主要四肢骨の骨幹長と中央径、大腿骨についてはマイクロCTによる内部形状データ(120ミクロンボクセル解像度)を取得している。また、考察の部では、若干のデータと解析を加え、第3部、第4部の結果と合わせて論考を進めている。

主要な結果と考察は以下にまとめられる。縄文人の主要四肢骨は、成長期を通じて現代日本人のそれより太く、力学的負荷に対して形状的に頑丈であることが示された。また、大腿骨の骨幹中央外形断面積の増加率は縄文人において高く、髄腔部断面積の拡大率は現代日本人において高いことが判明した。さらに、縄文人の外形断面積は、筋量と運動量が増すと思われる10才以後の増加率が特に高く、これは成長期のモデリングに伴う力学的負荷に対応した骨形成と解釈された。反面、髄腔部断面積の拡大パターンの集団差は、出生後の成長期を通じて一定であり、遺伝的要因を反映した集団固有の骨吸収パターンを示しているものと解釈された。また、縄文人の特徴である、大腿骨と脛骨の骨幹中央部形状(大腿骨の柱状性、脛骨の扁平性)については、成長を通じてその特徴が出現し、顕著になることが示された。大腿骨について骨形成パターンを詳細に検討したところ、10歳以後の高い骨形成率と骨幹後面の筋付着部(粗線部)近傍に集中した骨形成により、現代日本人との差異が出現することが判明した。これには、力学的負荷に対応した骨形成の上に、筋量増と関連した局所的な骨形成が特に影響していると解釈された。また、脛骨の骨幹中央部の扁平さについては、近位骨端のねじれとの相関が見出され、骨端形状が骨幹形状に反映されている可能性が示された。主要四肢骨間のプロポーションに関しては、出生以前から見られた集団差と共に、大腿骨に対する脛骨の相対長の集団差が出生直後に形成されている可能性が示された。

以上により、縄文人主要四肢骨における諸形態特徴について、胎生期以来発現する集団固有と思われる骨形状および骨形成・吸収パターンを基盤に、出生以後の複数の要因が関連して形成される、複雑な形成過程の一部が示され、その要因について一定の論考が提示された。以上、本論文は、形態人類学の分野において、博士論文としての価値を十分に有すると判定された。

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