学位論文要旨



No 124510
著者(漢字) 岡本,暁
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,サトル
標題(和) 根粒形成のオートレギュレーションにおける根由来シグナルの探索
標題(洋) Search for root-derived signals in autoregulation of nodulation
報告番号 124510
報告番号 甲24510
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5408号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川口,正代司
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 准教授 舘野,正樹
 東京大学 教授 平野,博之
内容要旨 要旨を表示する

〈背景〉

窒素の乏しい土壌ではマメ科植物は根に根粒と呼ばれる器官を形成し、根粒菌と共生する。両者の共生関係は根粒菌が植物に窒素固定産物を供給し、植物は根粒菌に光合成産物を提供することによって成り立っている。しかしながら宿主植物は根粒菌との共生に多くの生体エネルギーを消費するため、必要以上の根粒形成はかえって植物の生長を妨げる結果となる。そのためマメ科植物は土壌中の窒素の濃度や、既に形成されている根粒の数に応じて新たな根粒形成を制御している。特に後者の根粒形成のフィードバック抑制を「根粒形成のオートレギュレーション」と言い、シュートを介したシステミックな制御であることがわかっている。また近年、根粒菌の分泌するNodファクターは根粒形成の初期応答を誘導するだけでなく、根粒形成のシステミックな抑制を誘導することが明らかにされている。これらの知見から根粒形成のオートレギュレーションはNodファクターにより誘導されると考えられており、根とシュートの間を結ぶ2つの遠距離シグナルが想定されている。その2つの遠距離シグナルとは、Nodファクターにより根で誘導されてシュートへ根粒形成を伝える「根由来シグナル」と、シュートからシステミックに根粒形成を抑制する「シュート由来シグナル」である(図1)。しかしこのモデルの妥当性あるいは分子的機構は長らく謎のままであった。

ミヤコグサ(Lotus japonicus)では2002年に根粒形成のオートレギュレーションに関わる因子としてHAR1が単離された。HAR1はロイシンリッチリピート(LRR)を持つ受容体型キナーゼ(RLK) をコードし、接木実験によりシュートで機能することが明らかにされている。このことからHAR1は根由来シグナルをシュートで受容し根粒形成を抑制すると予想された。また、HAR1はシロイヌナズナの全RLKの中で茎頂分裂組織の未分化細胞の増殖を負に制御するCLAVATA1(CLV1)と最も相同性が高いことがわかっている。CLV1は成熟型CLV3ペプチドをリガンドとして認識することが明らかにされており、成熟型CLV3ペプチドは前駆体CLV3タンパクのC末端側にある保存領域(CLEドメイン)に由来する。なお、CLEドメインを持つペプチドをコードする遺伝子をCLE遺伝子と言い、CLV3はCLE遺伝子の一種である。本研究ではこれらの知見からHAR1は根由来シグナルとしてミヤコグサCLE(LjCLE)ペプチドを受容して根粒形成を抑制すると想定し、その探索を行うことにした。

本研究では当初、根由来シグナルの候補としてシロイヌナズナのCLV3と相同性の最も高いLjCLE遺伝子(LjCLV3)に着目して解析を行ったが、LjCLV3はミヤコグサの茎頂分裂組織の維持に関わることが示唆された。そこで次に全LjCLE遺伝子から根由来シグナル候補の探索を行い、その有力な候補としてLjCLE-RS1, -RS2を見出した。学位論文では第1章でLjCLE-RS1, -RS2について述べ、第2章ではLjCLV3について述べる。

〈結果と考察〉

第1章 Nod factor, nitrate-induced CLE genes that drive systemic regulation of nodulation

1.LjCLE-RS1, -RS2, 3は根粒菌の接種により根で強く誘導される

根由来シグナルの候補となるLjCLE遺伝子を見つけるため、ミヤコグサのゲノム情報から39個のLjCLE遺伝子を同定した。根由来シグナルは根粒菌の接種に応答すると考えられたので根粒菌接種に対するLjCLE遺伝子の発現応答を調べたところ、シュートでは大きく発現量の変化したLjCLE遺伝子は無かったが、根では3つのLjCLE遺伝子(LjCLE-RS1, -RS2, 3) の発現量が顕著に上昇することがわかった(図2A)。なお、LjCLE-RS1, -RS2は根のみで発現が検出され、これらがコードするペプチドのCLEドメインは14アミノ酸中12アミノ酸が一致していた。以降はこの3つのLjCLE遺伝子に焦点を絞って研究を行った。

2. LjCLE-RS1, -RS2はシステミックかつHAR1依存的に根粒形成を抑制する

根由来シグナルは根粒形成のシステミックな抑制を誘導すると考えられている。そこで主根を切除したミヤコグサのシュートにアグロバクテリウムを感染させてLjCLE-RS1, -RS2, 3を過剰発現させた毛状根を誘導し、形成される根粒数を調べた(図3)。なお、形質転換マーカーとしてGFP蛍光を用いた。その結果、野生型バックグラウンドのGFP蛍光を示す根では過剰発現させたLjCLE-RS1, -RS2は著しく根粒形成を抑制することがわかった。また、興味深いことにGFP蛍光の見られなかった根でも根粒形成が強く抑制されていた。このことからLjCLE-RS1, -RS2はシステミックに根粒形成を抑制することが示唆された。このシステミックな抑制効果を明確に示すために本研究では主根系(非形質転換根)を保持した植物体から毛状根(形質転換根)を誘導する新たな毛状根形質転換法を開発し、主根系に形成される根粒数を計測した(図4)。その結果、過剰発現させたLjCLE-RS1, -RS2は主根系の根粒形成を強く抑制することがわかり、LjCLE-RS1, -RS2はシステミックな効果を持つことが明らかになった。なお、LjCLE3は過剰発現させても根粒形成を抑制しなかった。一方、har1根粒過剰着生変異体バックグラウンドではLjCLE-RS1,-RS2の過剰発現による有意な根粒形成の抑制は見られなかった(図3)。従ってLjCLE-RS1, -RS2による根粒形成の抑制はHAR1依存的であることが示された。また、HAR1はシュートで機能することを考えるとLjCLE-RS1, -RS2ペプチドは根からシュートへ移行しHAR1に受容されて根粒形成のオートレギュレーションを誘導する可能性が考えられる。以降はLjCLE-RS1,-RS2について研究を進めた。

3.LjCLE-RS1, -RS2は根粒菌の接種後速やかに応答する/根粒形成の抑制を誘導するNodファクターやLjCCaMKはLjCLE-RS1, -RS2の誘導にも必要である

根粒菌接種後のLjCLE-RS1, -RS2の経時的な発現解析を行ったところ、LjCLE-RS1, -RS2は根粒菌の接種からおよそ3時間後に発現量の上昇が始まり、24時間後にはピークに達することがわかった。ミヤコグサでは根粒菌の接種からおよそ3日で根粒形成のオートレギュレーションが観察されることから、LjCLE-RS1, -RS2はそれに先立って応答することがわかった。

根粒菌の分泌するNodファクターやそのシグナル伝達経路の構成因子であるLjCCaMKは根粒形成のオートレギュレーションの誘導にも関わると考えられている。そこでNodファクターを合成できない根粒菌変異株(nodA)、ミヤコグサLjccamk変異体、さらに他のNodファクターシグナル伝達経路の構成因子であるcastor, Ljnsp2変異体を用いてLjCLE-RS1, -RS2の発現を調べた。その結果、NodファクターやCASTOR, LjCCaMKはLjCLE-RS1, -RS2の発現応答に必要であることがわかった。また、LjNSP2はLjCLE-RS1の発現応答に必要であることがわかった。

4. LjCLE-RS2は硝酸によって強く誘導される

土壌中に高濃度の窒素が存在すると根粒形成は抑制されることが知られている。また、HAR1やダイズのオーソログであるNTS1/ NARKの変異体では硝酸による根粒形成の抑制が弱くなることが報告されている。そのためこの現象にLjCLE遺伝子が関わる可能性を考え、硝酸に対するLjCLE遺伝子の発現応答を調べたところ、LjCLE-RS2は硝酸に対して強く誘導されることがわかった(図2B)。またLjCLE-RS2は硝酸濃度依存的に発現量が上昇し、この発現応答にはNodファクターシグナル伝達経路の構成因子であるCASTOR, LjCCaMK, LjNSP2は関与しないことがわかった。なお、LjCLE-RS1は硝酸により発現が抑制された。

第2章 Functional analysis of Lotus japonicus CLAVATA3

5.LjCLV3は茎頂、腋芽で発現する

本研究で単離した39個のLjCLE遺伝子のうち、遺伝子構造やコードするペプチドのCLEドメインの配列がシロイヌナズナのCLV3と高い類似性を示すLjCLE遺伝子をLjCLV3とした。器官別発現解析ではLjCLV3は主に茎頂で発現が検出され、根粒菌を接種しても発現量に変化は見られなかった。またin situ hybridizationでは、LjCLV3は茎頂及び腋芽分裂組織で発現が確認された。

6.LjCLV3は茎頂分裂組織の維持に関わる

LjCLV3の機能を調べるためにLjCLV3過剰発現体および発現抑制体の作成を行った。その結果、LjCLV3を過剰発現させたカルスではシュートの再生が強く抑制された。一方、LjCLV3の発現抑制系統ではシュートの帯化や一つの花柄に形成される花の数の増加が見られたが(図5)、形成される根粒数に変化はなかった。これら結果から、LjCLV3はミヤコグサの茎頂分裂組織の維持に関わることが示唆された。

〈まとめ〉

・根粒形成のオートレギュレーションモデルで想定されていた「根由来シグナル」の分子的実体は長らく不明であったが、本研究はその有力な候補としてLjCLE-RS1, -RS2を見出すことに成功した。さらに、LjCLE-RS2は硝酸にも応答することから、本研究はLjCLE-RS1, -RS2がHAR1を介して根粒形成のオートレギュレーションと硝酸による根粒形成の抑制の両方で機能するモデルを提唱する(図6)。

・ これまでCLE遺伝子は細胞間近距離シグナル伝達を介した分裂組織の恒常性の維持に関わることが報告されてきたが、LjCLE-RS1, -RS2はシステミックな効果を持つ点、根粒菌の接種や硝酸の添加という植物の外部環境の変化に応答する点で新しいタイプのCLE遺伝子であると言える。

・ これまでマメ科植物では茎頂分裂組織の維持に関わる因子は知られていなかったが、本研究はLjCLV3の機能解析を通して、CLV3を介したシグナル伝達系がマメ科植物の茎頂分裂組織の制御機構に存在する可能性を見出した。

図1 ミヤコグサにおける根粒形成のオートレギュレーションモデル

図2 根におけるLjCLE遺伝子の(A)根粒菌接種及び、(B)硝酸に対する発現応答。ND: 発現が検出されなかった。n=2、2回とも同じ傾向が観察された。

図3 毛状根形質転換法によるLjCLE-RS1, -RS2, 3の過剰発現。Bars = 1 cm

図4毛状根形質転換法によるLjCLE-RS1, -RS2 のシステミックな根粒形成の抑制。(A)植物体の主根を切り落とさずに胚軸にアグロバクテリウムを感染させると、(B)その部分から毛状根が誘導される。毛状根系は赤の三角で、主根系は青の三角で示す。Bars = 1 cm

図5 LjCLV3発現抑制系統の表現型。Bars = 1 cm

図6 LjCLE-RS1, -RS2, HAR1による根粒形成の抑制モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。まずイントロダクションに、マメ科植物と根粒菌の共生が、土壌中の窒素や「根粒形成のオートレギュレーション」と呼ばれる全身的な制御系によって制御されていること、オートレギュレーションは根粒菌の感染により根で誘導されてシュートへ伝達される「根由来シグナル」と、シュートから根に伝達され根粒形成を抑制する「シュート由来シグナル」より構成されることなどが記されている。・

マメ科のモデル植物ミヤコグサでは、近年根粒形成のオートレギュレーションに関わる因子としてHAR1が単離されている。HAR1はロイシンリッチリピートを持つ受容体型キナーゼ(RLK)をコードし、接木実験によりシュートで機能することが明らかにされている。また、HAR1はシロイヌナズナの全RLKの中でシュートメリステムの活性を負に制御するCLV1と、イネの全RLKの中では花メリステムの活性を負に制御するFON1と最も相同性が高いことがわかっている。一方、CLV1はCLE遺伝子の一種であるCLV3に由来するペプチドを認識することが明らかにされており、FON1もCLE遺伝子の一種であるFON2と遺伝的に同一経路で機能することが明らかにされている。これらの知見から、学位申請者である岡本はHAR1が根由来シグナルとしてCLEペプチド(LjCLE)を受容して根粒形成を抑制すると想定し、その候補となる遺伝子の探索を行った。

第1章ではシロイヌナズナとイネにおいてCLV1,FON1とCLV3,FON2の対応関係が保存されていることに着目し、ミヤコグサのゲノム情報より見出した39個のLjCLE遺伝子の中からCLV3,FON2と最も相同性の高い遺伝子LjCLV3を根由来シグナルの候補として解析している。器官別発現解析ではLjCLV3は主に茎頂で発現が検出され、根粒菌を接種しても発現量に変化は見られず、in situ bybridizationでは、LjCLV3は茎頂及び腋芽分裂組織で発現が検出された。また、LjCLV3過剰発現体および発現抑制体の作成を行った結果、LjCLV3を過剰発現させたカルスではシュートの再生が強く抑制された。一方、LjCLV3の発現抑制系統ではシュートの帯化や一つの花柄に形成される花の数の増加が見られたが、形成される根粒数に変化はなかった。これら結果から、LjCLV3は根粒形成のオートレギュレーションには関わらず、ミヤコグサの茎頂分裂組織の維持に関わることが示唆された。

第2章では根粒形成のオートレギュレーションにおける根由来シグナルは根粒菌の接種により誘導されると考えられていることに着目し、そのシグナル分子の探索を行っている。根粒菌の接種に対するLjCLE遺伝子の発現応答を調べた結果、シュートでは大きく発現量の変化したLjCLEは無かったが、根では3つのLjCLEの発現量が根粒菌の接種により顕著に上昇した。そこで、このLjCLEに関して毛状根形質転換法を用いて根で過剰発現させたところ、LjCLE-RS1,-RS2は根粒形成をシステミックに抑制することを見出した。また、この抑制効果はHAR1依存的であった。従って、LjCLE-RS1,-RS2は根粒形成のオートレギュレーションにおける根由来シグナルの有力候補であると考えられた。さらに、HAR1は硝酸による根粒形成の抑制にも関わることから、硝酸に対するLjCLE-RS1,-RS2の発現応答を調べたところ、LjCLE-RS2は硝酸に対しても強く誘導されることがわかった。このことからLjCLE-RS2はHAR1を介して根粒形成のオートレギュレーションと硝酸による根粒形成の抑制の両方に関与することが示唆された。なお、これまでCLE遺伝子は細胞間近距離シグナル伝達を介して分裂組織の恒常性の維持に関わることが報告されてきたが、LjCLE-RS1,-RS2はシステミックに作用する点、根粒菌の接種や硝酸の添加という植物の外部環境の変化に応答する点で新しいタイプのCLE遺伝子と言える。

審査会においてin situ hybridizationやレーザーマイクロダイセクションによるLjCLV3やLjCLE-RS1/2の発現解析について質問があり、留意点が指摘された。シグナル物質の遠距離移行やhar1の病原微生物に対する応答等に関する質問等があった5また英語での表現方法について指摘を受けた。審査員の評価は、全員合格であった。

第2章の成果は、日本植物生理学会の国際誌Plant Cell Physiology誌に論文が掲載されている。またその論文は、大西恵梨香、高橋宏和、中園幹生、佐藤修正、田畑哲之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分あると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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