学位論文要旨



No 124511
著者(漢字) 加藤,恵介
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ケイスケ
標題(和) 外温性有羊膜類PPAR-UCP系の機能 : ヒョウモントカゲモドキにおける分子同定と飢餓刺激による発現変動解析
標題(洋) Functions of PPAR-UCP system in the ectothermic amniotes : its molecular identification and expressional change after fasting in the leopard gecko, Eublepharis macularius
報告番号 124511
報告番号 甲24511
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5409号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 朴,民根
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 教授 竹井,祥郎
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 准教授 兵藤,晋
内容要旨 要旨を表示する

1研究の背景と目的

1-1有鱗目と環境適応

爬虫類は有羊膜類の中で外温性のものの総称で、ワニ目・カメ目・ムカシトカゲ目・有鱗目(トカゲ亜目、ヘビ亜目)の4目からなる。この中でも有鱗目はそれだけでも7000種以上(トカゲ亜目4000種、ヘビ亜目3000種)の動物種を含んでおり(哺乳類全体は4500種前後)、砂漠や熱帯雨林からヨーロッパ北端の寒冷地帯までの広範な地域に適応・生息している。こうした環境適応を考える上で、気候変動などによりもたらされる餌量の年次的変動に対して、エネルギー収支をどのようにして一定に保つのかは重要な問題である。例えば、内温性動物である哺乳類や鳥類の場合、高い基礎代謝率により外環境に関わらず活動性を一定に保つことで、常に短い間隔でエネルギー収支の帳尻を合わせている。一方、外温性動物である爬虫類は、低い基礎代謝率と外環境依存的に活動性を変化させる「省エネルギー戦略」を用いることで、月間や年間といった長い間隔でエネルギー収支を調整している。こうした有鱗目の環境適応に対する独自性を明らかにする上で脂質代謝機構の研究は大変興味深いが、有鱗目におけるその分子的背景は明らかにされてこなかった。そこで私は、当研究室で飼育・繁殖法が確立されており、またその尾を第二の脂質蓄積部位として利用していると考えられている、ヒョウモントカゲモドキ(leopard gecko,Eublepharis macularius)をモデル生物として位置付け研究を行った。

1-2脂質代謝におけるPPAR-UCP系の働き

今回の研究で私は、哺乳類において主要な脂質代謝調節因子であることが知られているPeroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)と、それにより制御されていることが近年明らかになったUncoupling proteins(UCP)に着目した。

PPARは核内受容体スーパーファミリーに属するリガンド依存的転写因子で、脂質・糖質代謝にかかわる様々な因子を遺伝子レベルで支配する主要な制御因子として知られている。哺乳類を中心に3種のアイソフォームPPARα・β・γが同定されており、独立した遺伝子にコードされ、異なった組織発現分布を示すことが明らかになっている。

PPARαは肝臓で強い発現を示す。おもに脂肪酸のβ酸化に関与しており、ペルオキシソームβ酸化系に属する数多くの遺伝子を含む様々なペルオキシソーム増殖剤応答性遺伝子の発現を制御している。また、炎症反応の制御における働きも示唆されている。PPARβは広範な組織発現を示し、脂質合成と代謝回転、細胞の分化などの基礎的な細胞機能に関与していると考えられている。また破骨細胞による骨吸収や脂肪細胞の分化などへの関与が示唆されている。PPARγは脂肪組織に多く発現し、脂肪細胞の分化・脂肪蓄積にとって必須の役割を担っていると考えられる。

UCPはミトコンドリア内膜に存在する膜タンパク質である。哺乳類の褐色脂肪細胞で特異的に発現する発熱因子としてUCP1が最初に同定され、その後、様々な組織に発現するUCP2、骨格筋に主に発現するUCP3などのホモログが同定された。

これまでの有鱗目を利用した先行研究から、外温性動物が内温性動物よりも低い基礎代謝率を示す背景として、ミトコンドリアにおけるプロトンリークの影響が大きいことが知られていた(Brand et al.1991;Brookes et al.1998)。ミトコンドリアでは呼吸鎖によって生成されたプロトン駆動力を利用してATP合成が行われるが、プロトン駆動力の全てがATP合成に利用されるわけではなく、一部のプロトンはマトリクス内に逆流する。これをプロトンリークという。プロトンリークの機構は明らかではなかったが、近年の研究から哺乳類において、UCP2・3の関与が明らかになってきている(Porter 2001;Fink et al.2002;de Lange et al.2001)。また、様々な哺乳類における飢餓実験の結果から、飢餓状態において褐色脂肪細胞や骨格筋などで生じるグルコースから脂質への燃焼基質の制御がこれらUCP1ホモログの主要な機能なのではないかと考えられ始めている(レビュー,Dulloo et al.2004)。

近年、哺乳類において組織特異的に、異なった組み合わせのPPARアイソフォームがそれぞれのUCP遺伝子発現の転写制御を行っていることが明らかになってきている。UCP1は褐色脂肪細胞の分化と脂質酸化に関してPPARYとPPARαによって、UCP3は骨格筋・心臓・脂肪細胞においてPPARYとPPARβによって、またUCP2は骨格筋・心臓・脂肪細胞・すい臓のβ細胞・肝臓など様々な組織でPPARβによってそれぞれ制御されている。

以上にあげた点から、PPAR-UCP系は様々な組織における脂質代謝の指標として有用であると考えた。

1-4研究の目的

本研究ではまず、PPAR・UCP発現変動を測定するため、有鱗目では未同定であったそれらのcDNA配列をヒョウモントカゲモドキにおいて決定し、それにもとづき、競合的PCR法による定量系を確立した(Chapter 1)。次に、ヒョウモントカゲモドキの各組織における脂質代謝活性を明らかにするために、飢餓実験を行い、PPAR-UCP系の変動を調べた(Chapter 2)。

2結果と考察

2-1ヒョウモントカゲモドキにおけるPPAR-UCP系の働き

Chapter 1において有鱗目において初めて、PPARα・β・γ、UCP2・3の完全長のcDNA配列を同定した。それら遺伝子の発現分布を調べたところ、PPARβは哺乳類と同様の発現パターンを示し、PPARα・γは大腸において種特異的に顕著な発現を示した。またUCPに関しては、UCP2は骨格筋を除く様々な組織で発現し、UCP3は骨格筋でのみ組織特異的な発現を示した。

続くChapter 2の飢餓実験において、様々な組織におけるPPAR-UCP系の応答をしらべた。また、爬虫類においてプロラクチンは脂肪蓄積に、甲状腺ホルモンは代謝率に関わることが知られているが、これらの因子は哺乳類においてPPAR-UCP系への関与が知られている。そこで、これらホルモンの各組織でのPPAR-UCP系への影響を調べるために、その受容体の発現変動も合わせて調べた。その結果、大腸におけるPPARγ mRNA発現量において飢餓刺激による有意な発現量の減少が観察された。有鱗目の消化管は餌の乏しい時期に縮小することが報告されており(Naya et al.2008)、実際ヒョウモントカゲモドキにおいては消化管の縮小が観察された。こうした縮小はオートファジーによってもたらされるのではないかと考えられる。近年PPARγが神経芽細胞腫やマウスの肝臓において、オートファジーを促進することが示唆されている(Rodway et al.2004;Shien et al.2008)。これらと大腸における平常時の高いPPARγ発現を合わせて考えると、ヒョウモントカゲモドキの大腸は常に自食作用に曝されているが、この自食作用はPPARγによって制御されており、餌の乏しいときには抑制されるのではないかと考えられる。

また発現量の相関関係をスピアマンの順位相関係数調べたところ、回復群の脂肪組織において有意な相関が見られた。その結果、腹側の脂肪組織ではUCP2がPPARαによって、尾の脂肪組織ではPPARβによって正の制御を受けている可能性が、また、尾ではPPARαとβの間の拮抗的な制御が示唆された。これらをまとめると、PPARαによって腹と尾どちらの脂肪が優先的に利用されるかが決定されるのではないかと考えられる。今後上記二つの仮説を明らかにするために、PPARのリガンド投与実験を行い、大腸での形態的変化や各組織でのUCP発現変動を調べることなどが必要だろう。

また、有鱗目の1種マブヤトカゲの尾の再生に関して、プロラクチン・甲状腺ホルモンの投与によって、再生が促進されること、また、腹側の脂肪体から再生中の尾への脂肪の輸送がみられることが知られている。今回の実験ではプロラクチン受容体・甲状腺ホルモン受容体とPPAR-UCP系の関係は明瞭ではなかったが、尾を再生している途中の個体を用いた実験系において調べることにより、明らかにできるのではないかと考えられる。

2-2有羊膜類における内温性の進化

UCPは内温性動物である哺乳類・鳥類において発熱原因タンパク質として注目されてきた。当初は、UCP1は哺乳類特異的に発生したホモログであると考えられていたが、魚類でのUCP1を含む3種のホモログの発見から、UCP1の分子的起源がこれまで考えられていたよりも古いものであることが明らかとなった。その後の研究から、哺乳類にはUCP1・2・3が存在し、その中でUCP1が発熱能力を獲得してきたこと(Saito et al.2008)、鳥類ではUCP3のみが存在し、この唯一のUCPが発熱に寄与していることが明らかになってきた(Emre et al.2007)。哺乳類と鳥類で異なったUCPが発熱に利用されていることから、有羊膜類におけるその機能進化について興味がもたれるが、爬虫類の情報が欠けていることから明らかではなかった。

本研究において、Chapter 1-2において行ったグリーンアノルのゲノムデータベースを利用したシンテニー解析から、有鱗目ではUCP1が欠損していることが示唆された。このことから、有鱗目と鳥類の共通祖先でUCP1の欠損が生じたことが示された。また、Chapter 1-2と2の結果から、ヒョウモントカゲモドキのUCP2・3は哺乳類と同様の組織発現分布を示し、特にUCP2は脂肪細胞での脂質代謝に関与している可能性が示唆された。

これまでの知見と合わせて考えると、鳥類・爬虫類のUCP進化に関して以下のような経路が考えられる。(1)有羊膜類の共通祖先ではUCPは3種存在し、そのなかでもUCP2・3が脂質代謝において重要な働きを担っていた。(2)鳥類・爬虫類の共通祖先でUCP1が欠損する。UCP2・3は脂質代謝機能を維持する。(3)その後、鳥類への進化の過程でUCP2が欠損し、この機能を代替するような変化、もしくは飛行の為のミトコンドリア機能の効率化などの過程でUCP3の発熱能力が強化された。一方爬虫類は共通祖先の形質を維持し、発熱能力を獲得しなかった。(図2)。

2-3まとめ

本研究では有鱗目ヒョウモントカゲモドキを有鱗目のモデル生物と位置づけ、PPAR-UCP系に着目し飢餓刺激に対する応答を調べた。その結果、PPAR-UCP系の有鱗目の省エネルギー戦略への関与が示唆された。また、有鱗目のUCPが鳥類・爬虫類の共通祖先の形質を維持している可能性が考えられた。こうしたことから、有鱗目の環境適応の分子的背景を考える上で、PPAR-UCP系を中心とした研究が重要な知見をもたらすものと期待される。

Baregamian et al. Biochem. Biophys. Res. Com.2009; 379 (2): 423-427Brand et al. Biochem J. 1991; 275 (1): 81-6.Brookes et al. Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol. 1998; 119 (2): 325-34.Naya et al. J. Comp. Physiol. B, Biochem. Syst.Environ. Physiol. 2008; 178 (8): 1007-1015.Porter. Biochimica et Biophysica Acta (BBA)-Bioenergetics. 2001; 1504 (1): 120-127.Rodway et al. Biochem. J. 2004; 382 (1): 83-91.Shin et al. J. Surg. Res. 2008; 147 (2): 200-205Fink et al. J. Biol. Chem. 2002; 277 (6): 3918-3925.Lange et al. Endocrinology.2001; 142 (8): 3414-3420.Dulloo et al. Physiology&Behavior.2004; 83 (4): 587-602.Saito et al. Gene. 2008; 408 (1-2): 37-44.Emre et al. J Mol Evol. 2007; 65 (4): 392-402.

図1哺乳類におけるPPAR-UCP系

図2有鱗目におけるUCP分子

審査要旨 要旨を表示する

本研究論文はヒョウモントカゲモドキを有鱗目のモデル生物と位置づけ、PPAR-UCP系に着目しその脂質代謝機構を調べたものである。PPAR (peroxisome proliferator-activated receptor)は脂質代謝を調節する因子であり、UCP (uncoupling protein)はPPARによってその発現が制御される因子である。これら因子は哺乳類ではよく研究がなされているが、爬虫類ではあまり進んでいなかった。本論文は、これらの両因子のcDNA配列を爬虫類の有鱗目に属するヒョウモントカゲモドキで同定し(Chapter 1)、飢餓実験におけるPPAR-UCP系の変動を調べた(Chapter 2)内容で構成されている。

爬虫類は有羊膜類の中で外温性のものの総称であり、その中でも有鱗目の動物たちは砂漠や熱帯雨林からヨーロッパ北端の寒冷遅滞までの広範な地域に適応し繁栄している。こうした環境適応を考える上で、気候変動などによりもたらされる餌量の年時的変動に対して、エネルギー収支をどのようにして一定に保つのかは重要な問題である。例えば、内温性動物である哺乳類や鳥類の場合、高い基礎代謝率により外環境に関わらず活動性を一定に保つことで、常に短い間隔でエネルギー収支の帳尻を合わせている。一方、外温性動物は、低い基礎代謝率と外環境依存的に活動性を変化させる「省エネルギー戦略」を用いることで、月間や年間といった長い間隔でエネルギー収支を調整している。こうした有鱗目の環境適応に対する独自性を明らかにする上で本論文のテーマである脂質代謝機構の研究は大変興味深い。しかしモデル生物の不在もあり、有鱗目におけるその分子的背景は明らかにされてこなかった。このことから、研究室で飼育・繁殖法が確立されており、またその尾を第二の脂質蓄積部位として利用していると考えられるヒョウモントカゲモドキ(leopard gecko, Eublepharis macularius)をモデル生物として位置づけられ本研究は進められている。

先ず本研究では、PPARとUCPのすべてのisotypeのcDNA配列を同定するとともに、これら因子の競合PCR測定系を樹立している。そして飢餓刺激によりこれら因子のmRNA発現を詳しく解析している。その結果、脂肪蓄積部位の使い分けや非採餌期における大腸の縮小にPPAR-UCP系が関与していること、また生殖戦略とUCP発熱能力の間にエネルギー消費効率を介してトレードオフの関係が成立することがUCP機能進化に対して影響を与えた可能性が示唆されている。

このような本研究での結果は、有羊膜類における内温性/外温性の進化と胎生/卵生という環境適応戦略の進化的背景に強い関連性があることを示唆するものでもあり、環境適応における有鱗目の生殖戦略の進化を考える上でも重要な知見をもたらすことが期待される。これらの本論文に示された研究成果は外温性有羊膜類である有鱗目の環境適応と現在に置ける繁栄を理解する上で大変重要な知見であり、論文提出者の研究成果は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいと判定した。

なお、本論文は、岡良隆及び朴民根との共同研究によるものではあるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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