No | 124513 | |
著者(漢字) | 錦織,健児 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシコリ,ケンジ | |
標題(和) | アブラムシ細胞内共生系の宿主の生理状態依存的な動態とその制御機構 | |
標題(洋) | Dynamics and regulatory mechanism of aphid endosymbiosis in relation to host physiologic conditions | |
報告番号 | 124513 | |
報告番号 | 甲24513 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5411号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 相利的な細胞内共生は、宿主の適応度を上げ、多様な環境への進出に大きく寄与すると考えられている現象である。この様な共生系において共生細菌が親から子へと垂直伝播される例がいくつも報告されており、両者の安定した関係が伺える。しかしながら共生の場である細胞内環境は宿主の生理状態を反映して大きく変動するため、それに応じて宿主共生者間の相互作用が変化していることが予想される。この相互作用の変化は、細胞内共生が成立する機構を探る上で大変興味深い研究課題であるが、その分子機構はほとんど明らかにされていない。アブラムシ類の多くは体腔中に菌細胞と呼ばれる巨大な細胞を数十個持ち、その細胞質にブフネラと呼ばれる共生細菌が密に詰まっている。この共生関係は約2億年続いていると推察されており、アブラムシはブフネラを失うと成長遅延や生殖能力の欠失が起こる一方で、ブフネラは菌細胞外では生存不可能であることから、相互依存度の高い関係が伺える。本研究で用いた、エンドウヒゲナガアブラムシは通常は翅を持たない無翅型(無翅虫)であるが、生育密度が高まると翅を持った有翅型(有翅虫)が生じる。この二型の分化は母親の体内で既に決定されるが、外観からは三齢若虫になるまで区別が困難である。有翅虫は羽化後、分散のための飛翔して新たな餌場へと移動する。無翅虫と有翅虫では菌細胞の合計容積が異なる変動をする事が知られている。私はこの共生系の動態及びその制御機構を詳細に解析することで、共生系維持機構の一端を明らかにしようと考え、博士課程の研究に着手した。 先ず無翅虫と有翅虫の日齢を追って菌細胞を組織学的に解析した。最終脱皮2日前(day -2)及び、最終脱皮後0、1、4、7、10、13、18日(day 0 、1、4、7、10、13、18)の有翅虫と無翅虫を固定し、切片を作成し、ヘマトキシリンエオシン染色後、顕微鏡観察を行なった。その結果、ブフネラはその染色様式により3つのパターンに分けられた。Type 1 は成虫一般に見られ全体がヘマトキシリンにより染まった。Type 2 は周辺部位が濃く染まるブフネラで、day 10以降の老齢のアブラムシに多く見られた。Type 3は中心部分が濃く染まるブフネラで、胚にのみ観察された。この染色パターンの違いはブフネラ内のヘマトキシリン陽性の因子が宿主の生理状態に依存して局在を変えている可能性が考えられた。 組織学的な解析において、さらに菌細胞内のブフネラ密度が変動していることを見出した。菌細胞断面積とそこに含まれるブフネラ数を計測し、ブフネラ密度を算出すると、有翅虫では最終脱皮前後のday -2から day 1 にかけてブフネラ密度が急激に減少していた(図 1 a-e)。一方無翅虫ではこの時期は一定に保たれた後day 1からday 4にかけて減少していた。さらに day10 以降は無翅虫と有翅虫両者で、徐々にブフネラ密度が減少することが分かった。ブフネラ密度が減少する原因として菌細胞の容積が増大している可能性が考えられたが、中心を通る断面積はブフネラ密度の減少が見られたほとんどの時期で逆に減少している傾向が見られ、ブフネラ密度の減少は菌細胞内のブフネラの数の減少が原因であると考えられた。ブフネラ密度が宿主の日齢や形態を反映して変動することから、宿主生理状態依存的に制御されている可能性が示唆される。 共生細菌由来と考えられている真核細胞のミトコンドリアがリソソームにより分解されることから推察すると、ブフネラ密度の減少は、リソソームによりブフネラが分解されることにより起こっている可能性が考えられた。そこで、菌細胞リソソームの形態観察するため酸性オルガネラ染色試薬を用いた。day -2 及び、day 0のアブラムシから菌細胞を単離し、LysoTracker 染色した後、ブフネラとの関連を光学切片像で観察した。その結果、密度の減少が見られたday 0 有翅虫では大小様々に発達した多数のリソソームが観察された。ドーナツ状のリソソームも複数観察され、その内部には膨潤した、おそらく分解過程にあるブフネラが観察された(図 2矢じり)。次にリソソーム関連因子について発現量を定量解析すると、day0無翅虫に比べ有翅虫で有為に増加していたことからリソソーム系が day 0 有翅虫で活性化されていることが示された。 次に、ブフネラの分解構造を観察するために day 0 の無翅虫と有翅虫の菌細胞を透過型電子顕微鏡により観察した。無翅虫に比べ有翅虫ではブフネラが疎に観察され光学顕微鏡の結果が確認された。有翅虫では正常なブフネラ(図 3 a)に比べて細胞質の電子密度に偏りが生じた特徴的なブフネラ像が多数観察された。 さらに図 3 bに示すように隣り合った2個のブフネラを同時に包囲した極めて特徴的な電顕像も観察された。LysoTracker染色像と電顕像の結果と考え合わせると、ブフネラがリソソームにより分解されることによってブフネラ密度が減少していることが強く示唆された。 次に、ブフネラ密度の減少の分子機構を解明するために、有翅虫で急激な減少が観察された day0 のアブラムシから菌細胞を単離し、タンパク質を抽出し、二次元電気泳動法 (2-DE) によって無翅虫と有翅虫でタンパク質の発現パターンを比較した。発現量に差のあるスポットについてLC-MS/MS 解析を行ない、得られた質量データをもとにアブラムシ菌細胞 EST 及びブフネラゲノムデータベースに対して検索を行ない、タンパク質を同定した。その結果、無翅虫選択的に発現するタンパク質候補としてブフネラ由来の Outer membrane protein A(OmpA)を検出した。一方、有翅虫選択的に発現するタンパク質候補として、宿主ゲノムがコードする Carboxypeptidase vitellogenic-like(CPVL)、g glutamyl hydrolase、2種類の acyl-CoA dehydrolase、及びブフネラゲノムがコードする S-adenosyl methionine synthetase を検出した。CPVLはブフネラ密度の減少において実働分子としてブフネラタンパク質の分解に関与する可能性が考えられる。そこでアブラムシCPVLの特性を明らかにするため、まず全長 ORF をクローニングした。結果、アブラムシ CPVL の予想アミノ酸配列は他昆虫や哺乳類ホモログと約50% の相同性を示し、セリンプロテアーゼの活性中心の共通配列も保存していたことから、プロテアーゼとして機能する事が推察される。また、N 末端シグナル配列及び糖鎖付加可能配列が存在することから、合成後分泌顆粒を経て、リソソームまたは細胞外に運ばれて機能する可能性が考えられる。さらに、リコンビナント CPVL に対するポリクローナル抗体を作製し、イムノブロット解析を行なったところ、day0 の有翅虫と無翅虫の両者に59 kDaのシグナルが検出され、さらに2-DEの泳動度と一致する57 kDaに有翅虫特異的な強いシグナルが検出された(図 4)。有翅虫におけるCPVLの発現強度は無翅虫の約1.8 倍であった。また、CPVLのホモログでは酸性条件で数kDaの分子量減少を伴うプロセシングにより活性化することが報告されている。したがって、アブラムシ CPVL は有翅虫の菌細胞リソソーム内で特異的に活性化され、ブフネラ密度の減少に寄与する可能性が考えられた。 以上の結果からブフネラ密度の減少機構として、宿主が、生理状態依存的に菌細胞内のリソソームを発達させて一部のブフネラを取り囲み、CPVL の発現増加及び活性化を誘導し、ブフネラを分解することにより、ブフネラ密度を調節するというモデルを立てた。今回ブフネラ密度の急激な減少が観察された時期(day -2からday 1) は有翅虫において飛翔筋が急速に発達する時期と重なることから、ブフネラ自身が飛翔筋形成のための栄養源となっていることが予想される。また、ブフネラ密度の減少がリソソームによる分解に起因するならば、宿主による栄養物質の再利用という観点で非常に合理的であると考えられた。寄生細菌の場合、細胞内への侵入が引き金になり、オートファジーが誘導されリソソームにより分解されることが報告されているが、相利共生細菌であるブフネラは常に細胞内に存在しており、リソソームの発達を誘導する引き金は宿主の生理状態に依存していることが予想される。このようにリソソームによる分解という同様の機構を用いながらも、その制御機構が異なっていることは、寄生から共生への進化を反映しているのかも知れない。本研究は細胞内共生系において宿主側の生理状態に応じて共生菌の存在様式を変化させる機構をもつことを示す初めての例であり、細胞内共生の分子基盤の理解に寄与すると期待される。 図1 ブフネラ密度の変動 無翅虫の4齢若虫(a)と day 0 (b)、有翅虫の4齢若虫(c)と day 0 (d)の切片を HE 染色した。赤枠部分の拡大図をそれぞれの右に示した。 (e)ブフネラ密度を1000 μm2 のブフネラ数で表した。 有翅虫では最終脱皮前後にブフネラ密度が急激に減少していた。 図2 Day0 有翅虫の菌細胞におけるリソソームの発達 無翅虫(a)、有翅虫 (b)から単離した菌細胞を LysoTracker 及びSyto13で二重染色した。 有翅虫ではリソソームが発達し、SYTO13で染まっているブフネラを包囲したドーナツ状の構造も観察された(b )。 図3 ブフネラの電子顕微鏡観察 Day0 有翅虫から菌細胞を単離し、透過型電子顕微鏡により観察した。 正常なブフネラ(a)、特徴的なブフネラ (b). 特徴的なブフネラは、細胞質の電子密度に偏りが生じており、一部複数のブフネラが共通の膜に囲まれた像が観察された。 図4 イムノブロットによる CPVL の検出 Day0 有翅虫と無翅虫から菌細胞を単離し、SDS-PAGE 後抗-CPVL 抗体染色を行った。両者で 59 kDa にシグナルが検出され、有翅虫では 57 kDa のシグナルも観察された。 | |
審査要旨 | 細胞内共生は宿主の適応度を上げることで、多様な生物の進化に大きく寄与したと考えられている。こうした細胞内共生系が、宿主の生理状態に応じてどう変化するか、という問題は細胞内共生の成立を探る上で興味深い課題であるが、その分子メカニズムはほとんど明らかにされていない。アブラムシ類の多くは体腔中に菌細胞と呼ばれる巨大な細胞を数十個持ち、その細胞質にはブフネラと呼ばれる共生細菌が密に詰まっている。この共生関係は約2億年続く相互依存度の高いものであり、アブラムシとブフネラは単独では生存できない。本研究で用いたエンドウヒゲナガアブラムシは通常は翅を持たない無翅虫であるが、生育密度が高まると翅を持った有翅虫を生じる。この二型の分化に伴って菌細胞の容積が変化することが知られていた。論文提出者は、この共生系の動態とその制御機構を解析することで、共生系の維持機構の一端を明らかにすることを目的に本研究に着手している。 本論文は全編が大きな1章立てであり、要旨・序論・材料と方法・結果・考察・図表・締め括りの言葉・引用文献・謝辞で構成されているが、結果と考察はそれぞれ対応する4つの章を含んでいる。まず第1章と第2章では、無翅虫と有翅虫の羽化後の日齢を追って菌細胞を組織学的に解析した結果、ブフネラの染色像(第1章)と、菌細胞内でのブフネラの密度(第2章)が、それぞれ特有な変動を示すことを報告している。この内、ブフネラの密度に関しては、有翅虫では最終脱皮の2日前(day-2)から1日後(day 1)にかけてブフネラ密度が急激に減少していたが、無翅虫ではこの時期は一定に保たれ、day 1からday 4にかけて減少していた。 第3章では、菌細胞内でのブフネラ密度の減少がどのような機構で起きるのかが解析されている。まず共生細菌に由来すると考えられる真核細胞のミトコンドリアがリソソーム系により分解されることからの類推で、ブフネラが宿主細胞のリソソームにより分解される可能性を考え、酸性オルガネラ染色試薬(Lyso Tracker)により菌細胞リソソームの形態を観察した。その結果、ブフネラ密度が減少したday Oの有翅虫では発達したリソソームが多数観察された。また、分解過程にあると考えられる膨潤したブフネラを含む、ドーナツ状のリソソームも多数観察された。次に、day Oの無翅虫と有翅虫の菌細胞を電子顕微鏡で観察した結果、有翅虫では正常なブフネラに比べ、細胞質の電子密度に偏りが生じた特異なブフネラ像が観察された。これらの結果は、ブフネラが宿主のリソソームにより分解されることでその密度が減少することを示唆している。 第4章ではブフネラ密度の減少の分子機構を解明するため、有翅虫でブフネラ密度が急激に減少したday Oのアブラムシの菌細胞からタンパク質を抽出し、二次元電気泳動法で無翅虫と有翅虫のタンパク質発現パターンを比較した。LC-MS/MS解析の結果、無翅虫選択的に発現するタンパク質を1つ、有翅虫選択的に発現するタンパク質を5つ同定した。後者の1つはアブラムシ由来のCarboxypeptidase vitellogenic-like(CPVL)であり、ブフネラのタンパク質分解に関わる実働分子の可能性が考えられた。そこでアブラムシCPVLの特性を解析するため、リコンビナントタンパク質を用いて抗体を作製し、イムノブロツト解析を行なったところ、day O有翅虫と無翅虫の両者で59kDaのバンドが検出され、さらに有翅虫に特異的に57kDaのバンドが検出された。CPVLの哺乳類ホモログは数kDaの分子量減少を伴うプロセシングにより活性化される。従って、アブラムシCPVLも有翅虫の菌細胞内で活性化され、ブフネラ密度の減少に働く可能性が考えられた。 以上の結果から、ブフネラ密度の減少機構として、宿主がその生理状態に応じて菌細胞のリソソームを発達させるとともに、CPVLの発現亢進と活性化を誘導することでブフネラを分解する、というモデルが提唱されている。ブフネラ密度が減少した時期(day-2からday 1)には、有翅虫の飛翔筋が急速に発達することから、一部のブフネラを分解することで、飛翔筋形成のための栄養源を得ている可能性が考えられた。本研究は細胞内共生系において、宿主の生理状態に応じて共生菌の存在様式を変化させる機構を示す世界初の例であり、今後の動物生理化学、共生生物学の進展に寄与するものと考えられる。 なお、本論文の研究は、森岡瑞枝助教(東京大学)・森岡清和博士(都立臨床研究所)・久保健雄・(東京大学)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を計画し、遂行したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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