学位論文要旨



No 124515
著者(漢字) 小川,拓郎
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,タクロウ
標題(和) 緑色硫黄細菌Chlorobaculum tepidumにおける硫黄酸化多酵素系に関する研究
標題(洋) Studies on sulfur oxidizing multienzyme system in the green sulfur bacterium Chlorobaculum tepidum
報告番号 124515
報告番号 甲24515
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5413号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 寺島,一郎
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 神奈川大学 教授 井上,和仁
内容要旨 要旨を表示する

葉緑体やシアノバクテリアは 2 種類の光化学系を持ち、H2O を光合成の電子供与体として用いる。一方、緑色硫黄細菌は光化学系I に近縁の1種類の光化学系のみを持ち、チオ硫酸や硫化水素などの還元的な無機硫黄化合物を光合成の電子供与体として用いる。緑色硫黄細菌 C. tepidum の光合成の電子供与体側の無機硫黄化合物酸化機構を明らかにするために、緑色硫黄細菌Chlorobaculum tepidum 細胞破砕液よりチオ硫酸酸化に関連する蛋白質の精製を行った。精製の結果チオ硫酸を酸化し、光化学反応中心複合体への直接的な電子供与体であるシトクロム (cyt) c-554 を還元するのに必須な成分としてSoxYZ、SoxB、SoxAX-CT1020を、またチオ硫酸酸化促進に関与すると考えられる成分、 SoxF2 を単離した。これらの成分を構成する蛋白質の遺伝子は全てゲノムDNA 上のsox (Sulfur OXidizing) クラスター内に内在していた。soxクラスターは、化学合成細菌や紅色硫黄細菌などチオ硫酸を利用する硫黄酸化細菌に広く見出され、緑色硫黄細菌がこれらの細菌と共通する反応機構によってチオ硫酸を酸化する可能性が示唆される。しかし、sox クラスターを構成する遺伝子群の構成には生物種による差がみられ、またSox 蛋白質についても、SoxA 蛋白質のように細菌のグループ間で顕著な差がみられるものがある。Sox 蛋白質による無機硫黄化合物酸化機構の生化学的研究は主として化学合成細菌において研究が進められているが、未だ不明な点が多い。本論文では、C. tepidum のチオ硫酸酸化機構を明らかにするために Sox 多酵素系の生化学的解析を行い、そのなかでも特に緑色硫黄細菌のSox 多酵素系に特徴的なSoxK (CT1020)、SoxF2 (CT1015) に焦点を当て報告する。

1. 緑色硫黄細菌における新奇のチオ硫酸酸化因子、SoxKの機能解析

SoxAX-CT1020 はC. tepidum の細胞から複合体として単離されたが、他の生物でCT1020 のホモログがSoxAX と共精製されたという報告はこれまでになく、チオ硫酸酸化に必須の成分であるかどうか不明であった。CT1020 は sox クラスターを持つ緑色硫黄細菌で保存されており、機能的な関連が示唆されることから最近soxK とも呼ばれるようになった。以後、CT1020 を SoxK と表記する。単離したSoxAXK 複合体はシトクロムを含むが、SDS-PAGE 後のヘム染色およびMALDI-TOF MS による質量分析の結果から、SoxA、SoxX はそれぞれ1 分子のヘムを結合しているが、SoxK は電子伝達成分を結合していないことが示された。SoxAXK は複合体として単離され、各サブユニットを分離することが困難であった。そこでSoxK の役割を明らかにするため、soxA、soxX、soxK をそれぞれ独立に大腸菌で発現させ、組み換え蛋白質rSoxA、rSoxX、r SoxK を精製した。チオ硫酸酸化反応には SoxAXK、SoxB、SoxYZ の3 つの成分が必要であるが、SoxAXK の代わりに rSoxA、rSoxX、rSoxKのいずれかを単独で SoxBとSoxYZ を含む反応液に加えてもチオ硫酸の酸化反応は起こらなかった。しかし、rSoxA、rSoxX、rSoxK の等モル混合液を上記の反応液に加えると、C. tepidum の細胞から単離した SoxAXK 複合体とほぼ同程度の反応速度が得られた。rSoxA と rSoxXの2成分を加えた場合は、同濃度のSoxAXK と比較して1/30 程度の活性が見られた。これにrSoxK を加えて濃度を増加させていくと、およそrSoxA、rSoxX と等モルになるまで反応速度は上昇し続けた。rSoxAまたはrSoxX の濃度をさまざまに変化させると、反応速度が一方の濃度に依存したレベルで飽和することから、rSoxAとrSoxXは溶液内でゆるく会合していることが示唆された。rSoxA、rSoxX、rSoxK が実際に複合体を形成できるかを調べるため、各成分を様々な組み合わせで混合し、ゲル濾過クロマトグラフィーを行った。その結果、rSoxK と rSoxA を混合したときに保持時間が短くなり、これにrSoxXを加えた3成分混合の場合は、SoxAXK と同じ保持時間となり、いずれも複合体形成が証明された。なお、rSoxAとrSoxXのみを混合した場合はクロマトグラフィーからは複合体形成を証明できなかったことから、両者の結合は弱いものと結論された。様々な硫黄酸化細菌の SoxX の一次構造の比較から、C. tepidum を含む多くの種では他のグループのSoxX に含まれている配列の一部が欠けている領域が存在することが分かった。SoxK ホモログを持たない紅色硫黄細菌Rhodovulum sulfidophilum ではSoxAXの結晶構造が明らかにされており、C. tepidumのSoxX に欠けている配列領域がSoxA、SoxX の複合体形成に重要な役割を果たすことが示されている。SoxK およびそのホモログは、上記のSoxX 内の欠損による複合体形成の不安定さに重要であると考えられる。以上の結果から、SoxK およびそのホモログは緑色硫黄細菌をはじめとする一部の細菌において SoxA とSoxX の複合体形成に関与する重要な成分であることが示された。

2. チオ硫酸酸化促進効果を持つ SoxF2 の機能解析

チオ硫酸酸化因子の精製過程で、活性を促進すると考えられる成分SoxF2 を単離した。SoxF2 によるチオ硫酸酸化促進効果は、これまでにどの生物種においても生化学的に確認されていなかったので、促進機構について研究した。まずSoxAXK、SoxB、SoxYZ からなる Sox 酵素系が作用する基質を調べたところ、チオ硫酸のほかに、亜硫酸、硫化水素を酸化できることを見出した。次にSoxF2 がそれぞれの基質に対してどのような効果を示すか調べた。チオ硫酸を基質とした場合、SoxF2 は単独ではこれを酸化できないが、SoxAXK、SoxYZ、SoxB からなるSox 酵素系に加えるとチオ硫酸酸化を促進した。電子受容体として C. tepidum 由来のcyt c-554を用いた場合、SoxF2 の添加は最大活性をおよそ2倍に上昇させるが、ウマ心臓cyt c を用いると、最大活性の上昇は1.3倍程度にとどまった。このことから、SoxF2 の促進作用に対して、最終電子受容体としてのcyt cの種類が大きく影響することが示された。Sox 酵素系成分であるSoxB、SoxAXK、SoxYZの濃度を成分ごとに様々に変化させて、SoxF2 の効果の変化を調べると SoxB と SoxYZ の濃度が低いほど、SoxF2 の促進効果は高くなった。一方、Sox 酵素系による亜硫酸の酸化は、逆にSoxF2 により阻害され、後者の阻害効果は非競合阻害の型を示すことが分かった。Sox 酵素系の各成分の濃度を変化させて阻害効果を調べると、SoxBとSoxYZの濃度変化につれて、阻害定数も変化した。硫化水素に対しては、SoxF2 は単独で酸化することができ、電子受容体 cyt c を還元するが、cyt c-554と馬心臓cyt cでは前者に対する活性がおよそ50倍高かった。Sox 酵素系はSoxF2 なしでも硫化水素を酸化できるが、SoxF2 単独の場合と比較して、最大活性は 1/6 程度であった。Sox 酵素系に、SoxF2 を添加しても、SoxF2 単独の場合と最大活性は変わらず、活性に相乗効果は見られなかった。Sox 酵素系は、単独でチオ硫酸 1 分子あたり 2 分子の cyt c を還元することができるが、SoxF2 の添加によって獲得電子数に変化は見られなかった。また、その獲得電子数から、酸化産物として硫酸 1 分子と元素硫黄を生じていることが示唆された (S2O3(2-) + H2O→SO4(2-) + S + 2H+)。

以上に述べたようにSoxF2 は、硫化水素 (H2S) 酸化能を持つことに加えて、Sox酵素系によるチオ硫酸 (-SSO3-) 酸化に対しては促進的、亜硫酸 (SO3(2-)) 酸化に対しては阻害という異なる効果を示す。SoxF2 の効果の程度が電子受容体であるcyt c の種類による差があることから、SoxF2 はSox 酵素系の成分と結合することにより間接的に反応速度を高めることのほかに、反応経路の途中から電子を受け取り、付加的経路で直接 cyt c-554 に電子を渡す可能性も考えられる。亜硫酸酸化時に阻害的に作用するのは、亜硫酸酸化時の反応中間体からは電子を受け取れないこと、SoxYZ または SoxB もしくはその両方と相互作用することによりそれらの立体構造変化を通じて、反応速度に影響していると考えられる。

本研究により、sox クラスター内にコードされる SoxK および、SoxF2 が、チオ硫酸酸化に関わることが明らかとなった。さらに、SoxK がチオ硫酸酸化に必須な成分、SoxA と SoxX の複合体形成安定化に関わること、SoxF2 が Sox 多酵素系のチオ硫酸酸化反応を促進することを生化学的に明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

緑色硫黄細菌は1種類の光化学系のみを持ち、チオ硫酸や硫化水素を光合成の電子供与体としている。緑色硫黄細菌における無機硫黄化合物、特にチオ硫酸の酸化過程に関する生化学的な理解は進んでいなかった。この酸化過程に関与する因子の同定と酸化機構に興味を持って申請者は、ゲノム解読が完了しているChlorobaculum tepidumを用いて生化学的な研究を行ってきた。チオ硫酸の酸化と光化学系への電子供与の研究をsoxクラスターに存在する遺伝子産物に注目して開始し一連の研究で新知見を加えることができた。

【第一章 緑色硫黄細菌における新奇のチオ硫酸酸化因子SoxKの機能に関する研究】

申請者は組換え蛋白質rSoxA、rSoxX、rSoxKを用いて解析を行い、まず、rSoxA、rSoxX、rSoxKを等モルSoxBとSoxYZを含む反応液に加えると、C. tepidumの細胞から単離したSoxAXKを加えた場合とほぼ同程度の反応速度が得られることを確認した。rSoxAとrSoxXの2成分を加えた場合、同濃度のSoxAXKと比較して1/30程度の活性が見られた。これにrSoxKを徐々に加えていくと、およそrSoxA、rSoxXと等モルになるまで反応速度は上昇した。rSoxAまたはrSoxXの濃度を変化させると、反応速度が一方の濃度に依存したレベルで飽和することから、rSoxAとrSoxXは溶液内でゆるく会合している可能性が推測された。rSoxA、rSoxX、rSoxKを様々な組み合わせで混合し、ゲル濾過クロマトグラフィーを行ったところ、rSoxKとrSoxAを混合したときに保持時間が短くなり、これにrSoxXを加えた3成分混合の場合は、SoxAXKと同じ保持時間となり、いずれも複合体形成を肯定する結果を得た。

SoxKを持たない紅色硫黄細菌Rhodovulum sulfidophilumではSoxAXの結晶構造が解かれており、SoxAXの複合体形成にSoxXに存在する10数残基からなる領域が特に重要であることが示されている。C. tepidumのSoxXはこれに相当する領域を欠いており、SoxKは、上記のSoxXで欠損している領域を補い安定した複合体形成に関与する可能性を示した。

【第二章 チオ硫酸酸化促進効果を持つSoxJの機能に関する研究】

SoxJは単独ではチオ硫酸を酸化できないが、SoxAXK、SoxYZ、SoxBからなるSox酵素系にSoxJ加えるとチオ硫酸酸化は促進された。電子受容体としてC. tepidum由来のcyt c-554を用いると、最大活性はSoxJの添加により約2倍に上昇したが、ウマ心臓cyt cでは最大活性の上昇は1.3倍程度に留まった。SoxAXK、SoxB、SoxYZの濃度を成分ごとに変化させて、SoxJの添加効果を調べるとSoxBとSoxYZの濃度が低いほど、SoxJの促進作用は高まった。一方、Sox酵素系による亜硫酸の酸化は、逆にSoxJにより阻害され、非競合阻害型を示した。硫化水素に対しては、SoxJは単独でこれを酸化することができ、電子受容体cyt cを還元するが、cyt c-554と馬心臓cyt cでは前者に対する活性がおよそ50倍高かった。Sox酵素系はSoxJなしでも硫化水素を酸化できるが、SoxJ単独の場合と比較して、最大活性は1/6程度であった。Sox酵素系に、SoxJを添加しても、SoxJ単独の場合と最大活性は変わらず、活性に相乗効果は見られなかった。Sox酵素系は、単独でチオ硫酸1分子あたり2分子のcyt cを還元するが、SoxJの添加によって獲得電子数に変化は見られなかった。また、酸化産物として硫酸1分子と元素硫黄を生じていることが示唆された。

これらの結果からSoxJはSox 酵素系の成分と結合することにより間接的に反応速度を高める可能性のほかに、反応経路の途中から電子を受け取り、付加的経路で直接cyt c-554に電子を渡す可能性を示した。また、亜硫酸酸化時に阻害的に作用するのは、亜硫酸酸化時の反応中間体から電子を受け取れないこと、SoxYZまたはSoxBもしくは両者と相互作用することにより反応速度に影響している可能性も提案した。

以上のように、無機硫黄化合物の酸化過程に関与する蛋白質因子、特にSoxKとSoxJの機能について、申請者は新知見を得て、C. tepidumにおける光合成電子供与体側の電子伝達鎖の理解を進めた。

なお、本論文第1章は、古澤利成、野村怜平、瀬尾悌介、松田直美、櫻井英博、井上和仁との共同研究として発表済みであるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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