学位論文要旨



No 124516
著者(漢字) 川島,明弘
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,アキヒロ
標題(和) 精子形成の時期特異的に発現するタンパク質の同定と機能解析
標題(洋) Studies on the functions of two proteins, NYD-SP26 and Ski2-l2, expressed at the specific stages of mouse spermatogenesis
報告番号 124516
報告番号 甲24516
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5414号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,直道
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 講師 吉田,学
 東京大学 准教授 朴,民根
内容要旨 要旨を表示する

近年、男性生殖細胞に発現するタンパク質は男性不妊のマーカータンパク質や避妊薬のターゲットタンパク質として注目されている。これらのタンパク質は減数分裂以後に発現するものが多く、その検出には以前から幼若マウスや分離生殖細胞などを用いた数多くの研究がなされてきた。しかし、これらの解析系では、1)幼若マウスと成熟マウスでは精子形成のパターンが異なる点と2)精子形成は多様な段階を経て分化するので厳密な細胞分離が困難である点が問題となる。これらの問題点を改善するために、私はBusulfanを成熟マウスに投与して精子形成の各段階の生殖細胞を解析する新たな実験系を構築し、時期特異的に発現するタンパク質の探索を試みた。その結果、Superkiller viralicidic activity-2 like-2(Ski2-l2)とTestis development protein NYD-SP26(NYD-SP26)の2つの新規タンパク質の同定に成功した。Ski2-l2は精母細胞と精子細胞のみに発現し、RNA結合能、ATPase活性を有することを明らかにした。また、NYD-SP26は伸長精子細胞で特異的に発現して精子の鞭毛主部に局在化するカルシウムイオン結合タンパク質であることを明らかにした。

成熟マウスにBusulfan 20mg/kgを腹腔内に投与すると、精細管内の生殖細胞は、投与後32日目において未分化精原細胞のみの状態となるが、41日目には精子形成の復活が観察され、77日頃には、精子形成がほぼ完全に回復した。続けてこの投与系で精巣内の各細胞のマーカー遺伝子の発現量を解析したところ、体細胞のみに局在する遺伝子の多くは32日目で一過的に増加したのに対し、分化生殖細胞に局在する遺伝子は32、41日目に著しく低下し、その後回復するパターンを取った。また、その遺伝子が発現する時期は回復期の精子形成の中で各細胞が再び出現する時期に対応していた。

Busulfan投与後の精巣の各時期の詳細なProteome解析から、Ski2-l2、NYD-SP26の2つの新規タンパク質を同定した。両遺伝子のmRNA、タンパク質の発現量の変化はともに分化生殖細胞で発現しているタンパク質と同様であった。これより2つのタンパク質は生殖細胞で時期特異的に発現していると予想し、In situ hybridizationならびに免疫染色により、それぞれの精巣内での局在を調べた。In situ hybridizationによりSki2-l2は精母細胞、NYD-SP26は伸長精子細胞に特異的に発現していることを明らかにした。免疫染色を精巣、精巣上体尾部精子で行ったところ、Ski2-l2は、精母細胞と精子細胞のみに、NYD-SP26は伸長精子細胞の細胞質、残渣体および精巣上体尾部成熟精子の鞭毛主部に発現していることを明らかにした。

Ski2-l2の構造解析から、Ski2-l2はDEXH型RNA helicase familyに属していることが判明し、RNA結合能やATPase活性を持つ可能性が考えられた。そこで、それらの機能ドメインを含む組み替えタンパク質を用いて解析したところ、Ski2-l2がRNA結合能、ATPase活性を有することが明らかになった。精子細胞の初期に転写される遺伝子は、すぐに翻訳されずに一時的に貯蔵されて、後に必要な時期に翻訳されることが知られている。このmRNAの一時的な貯蔵にmRNAと結合するタンパク質であるmessenger ribonucleoprotein(mRNP)が深く関与している。実際、成熟哺乳類精巣に発現しているmRNAの2/3はmRNPと結合する。Ski2-l2が精母細胞から精子細胞にかけてのみに発現していること、また、RNA結合能を有していることから、Ski2-l2は他の精巣RNA helicase において報告されているようにmRNPの一つとして働いていることが強く示唆される。

一方、NYD-SP26遺伝子はカルシウムイオン結合リン酸化タンパク質遺伝子クラスター内に位置しており、このクラスターのタンパク質の多くはカルシウムイオンとの結合能を有している。そこで、Stains-all、Ruthenium redを用いて解析したところ、NYD-SP26がカルシウムイオンとの結合能を有していることが明らかになった。

また、精巣精子と精巣上体尾部精子とを比較するとNYD-SP26の2次元電気泳動上の泳動位置が異なっていた。すなわち、精巣タンパク質の2次元電気泳動上のスポットは酸性部位(pI 4.1/66kda)に位置していたが、成熟精子タンパク質のスポットは、より中性部位(pI 5.8/ 58kda)に位置していた。この2次元電気泳動上のスポット位置の変化は、成熟精子内のNYD-SP26がカルシウムイオンと結合したためであると考え、成熟精子タンパク質をEDTAで処理した後に2次元電気泳動して、Western blot解析を行ったところ、大部分が精巣精子で認められる酸性スポット位置に移動した。逆に、精巣精子タンパク質を5mMカルシウムイオンと反応させた後に2次元電気泳動を行うと、成熟精子のNYD-SP26と同じ位置に一部泳動されることが判明した。これらの実験結果から精巣精子のNYD-SP26はカルシウムイオンと結合しておらず、排精されて精巣上体で成熟する過程でカルシウムイオンと結合していると考えられる。

カルシウムイオン結合リン酸化タンパク質クラスターに位置するタンパク質は主として酸性タンパク質である。これら酸性タンパク質は負電荷を帯び、陽イオンであるカルシウムや鉄などのイオンと結合する。Stains-allとNYD-SP26組み替えタンパク質との相互作用のスペクトル解析からも、NYD-SP26は電荷によりカルシウムイオンと結合していると示唆される結果を得た。また、このクラスターの代表例であるカゼインはタンパク質のリン酸化によりカルシウムイオンの結合能が向上することが報告されている。リン酸化部位の同定、およびリン酸化とカルシウム結合活性との関連については更なる解析が必要である。

超活性化運動精子内でのカルシウムイオン濃度の上昇など、以前からカルシウムイオンが精子の運動能に大きく関与すると考えられている。精子の運動活性化は以下の順に進むと考えられている。まず、重炭酸イオン、カルシウムイオンが精子内に取り込まれ、両イオンがアデニル酸シクラーゼを活性化する。そして、アデニル酸シクラーゼが精子内のcAMP濃度上昇を引き起こし、PKAが活性化され、精子内タンパク質のリン酸化が起こり、精子の運動が引き起こされる。精子はERを持たない為、精子内のカルシウムイオンは先体やneck領域のRedundant nuclear envelop(RNE)で保持されていると考えられている。しかし、カルシウムイオンが精子内でどのように鞭毛運動に作用しているのか未だ不明な点が多い。NYD-SP26は精子鞭毛内に局在し、精巣から精巣上体尾部へ移動する間にカルシウムイオンと結合するタンパク質である。この移動の間に精子は運動の潜在的な能力を獲得する。これらの事実は、NYD-SP26がカルシウムシグナリングを通して精子の運動性の調節に関与するタンパク質であることを示唆していると考えられる。

本研究では、Busulfanを用いた新規精子形成解析系を構築し、精子形成時期特異的に発現する2つのタンパク質について、それらの精巣内の局在と機能を明らかにした。今後は更に、Ski2-l2およびNYD-SP26の遺伝子欠損マウスなどを用いて、精子形成・成熟の受精過程においてどのような役割を果たしているかを明らかにすることが必要である。また、Busulfan投与系を用いて、銀染色、蛍光染色などにより更に高感度のProteome解析を行うこと、ならびにcDNAマイクロアレイ解析を行うことによって、より詳細に精子形成関連遺伝子の同定を試みたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、Busulfanを用いた新規精子形成解析系を構築し、精子形成時期特異的に発現する2つのタンパク質について、それらの精巣内の局在と機能を明らかにした。今後は更に、Ski2-l2およびNYD-SP26の遺伝子欠損マウスなどを用いて、精子形成・成熟の受精過程においてどのような役割を果たしているかを明らかにすることが必要である。また、Busulfan投与系を用いて、銀染色、蛍光染色などにより更に高感度のProteome解析を行うこと、ならびにcDNAマイクロアレイ解析を行うことによって、より詳細に精子形成関連遺伝子の同定を試みたい。

精子形成過程は、生殖幹細胞の自己複製と分化、減数分裂、精子完成の3つの過程に大別されるが、体細胞の作り出す微小環境の制御のもとに発現する多くのタンパク質が関与している。成熟マウスに低容量(20mg/kg)のbusulfanを腹腔内投与すると、精巣間質細胞やセルトリ細胞の機能を損なうことなく生殖細胞の分裂を阻害することで一時的に精子形成が停止され、精細管内の生殖細胞が未分化精原細胞のみの状態になる。残存する未分化精原細胞は精子形成を再開して精子形成サイクルが回復するが、この過程を経時的に詳細に解析することにより、精子形成の各時期に特異的に発現するタンパク質群を同定することを可能にした。

伸長精子細胞で特異的に発現するタンパク質として新たに同定したNYD-SP26は、精巣上体尾部の成熟精子では鞭毛主部に局在化することが明らかにされた。また、Stains-allとの相互作用のスペクトル解析などから、NYD-SP26に多数含まれる酸性アミノ酸の負電荷を介してカルシウムイオンと反応するカルシウム結合タンパク質であることを明らかにした、さらに、精巣精子のNYD-SP26はカルシウムイオンと結合しておらず、排精されて精巣上体で成熟する過程でカルシウムイオンが結合することも明らかにした。カルシウムを介したシグナル伝達系が精子の代謝、運動性や受精活性の調節において中心的な役割を担っていることは良く知られている。一方で、カルシウムシグナリングに関与するタンパク質は、精子完成過程でそれらが働く部位に局在化され、精子が受精に至るまでの種々の反応を調節することになる。NYD-SP26は、その局在部位から、これまで明らかにされていなかった鞭毛内のカルシウムシグナル伝達を担うタンパク質の一つであることが強く示唆され、今後の研究の進展が期待される。

Ski2-12は、その構造解析から、DEXH型RNAヘリカーゼファミリーに属していることが判明し、実際に、RNA結合能、及びATPアーゼ活性を有することを明らかにした。精子細胞期に転写される遺伝子の一部は、すぐに翻訳されることなく一時的に貯蔵されて特定の時期に翻訳されることが知られている。Ski2-12は、精母細胞から精子細胞にかけての時期のみに発現していること、また、翻訳前のmRNAが保持されるchromatoid bodyに局在化していることから、messenger ribonucleoprotein(mRNP)としてmRNAと結合することによりその翻訳時期の制御に関わる新たなタンパク質であり、また、精子完成の制御にも寄与していると推測され、非常に興味深い。

本研究で確立された、busulfanを用いた精子形成の解析系は、本論文の2つのタンパク質の同定に止まらず、精子形成の各段階を担う種々の因子をタンパク質レベル、遺伝子レベルで解析できるものであり、評価に値する。

なお、本論文第2章は、ボランオスマン・高島稔・菊地昭彦・河内沙絵・佐藤恵美子・丹波道子・松田学・岡村直道との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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