学位論文要旨



No 124518
著者(漢字) 玉置,裕章
著者(英字)
著者(カナ) タマキ,ヒロアキ
標題(和) シロイヌナズナの器官再生系における頂端分裂組織の新形成に関する分子遺伝学的研究
標題(洋) Molecular genetic studies on apical meristem neoformation during shoot regeneration in Arabidopsis thaliana
報告番号 124518
報告番号 甲24518
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5416号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 准教授 川口,正代司
 東京大学 准教授 澤,進一郎
 東京大学 教授 塚谷,裕一
内容要旨 要旨を表示する

序論

植物の組織片を適切な条件下で培養すると、シュートや根が再生する。これらの再生器官は、新たに形成された頂端分裂組織、すなわち茎頂分裂組織(SAM)および根端分裂組織(RAM)に由来する。器官再生の初期過程では、胚発生・胚後発生を通して築かれた位置情報が組織培養によって大きく乱された状態から、頂端分裂組織の新形成が始まる。これより、頂端分裂組織の構築の基層に、自立性の高い統御機構が存在することが窺われる。このような機構は通常の発生過程にも関与することが考えられるが、器官再生に際して頂端分裂組織の新形成が起きるときにはとくに大きな役割を担っているはずである。こうしたことから私は、頂端分裂組織新形成の分子基盤に着目し、これを分子遺伝学的に捉えることを目指して、器官再生が温度感受性を示すシロイヌナズナの変異体rid3、rgd3、rpd2の解析を行ってきた。修士課程では、組織学的観察によりシュート再生に関する各変異体の表現型を調べるとともに、既知のSAM制御遺伝子の発現レベルに対する変異の影響を調べた。その結果、どの変異体も制限温度下ではSAM形成不全のためにシュートを再生できないこと(図1)、rid3変異はCUC-STM経路の遺伝子発現を異常に亢進しrgd3変異は逆に抑制することを見いだした。また、変異体の責任遺伝子のうちRID3のポジショナルクローニングを行って、新規WD40リピートタンパク質をコードすることを明らかにした。博士課程では、RGD3遺伝子の同定を行い、RID3とRGD3によるCUC-STM経路の制御を中心に、シュート再生におけるSAM新形成の分子機構について解析を進めた。

結果と考察

1. 温度感受性変異体rid3、rgd3、rpd2 におけるシュート再生障害の解析

シロイヌナズナの胚軸外植片をカルス誘導培地(CIM)で培養した後にシュート誘導培地(SIM)に移植すると、表面に細胞質に富む細胞の集塊が生じ、やがてそこにSAM が構築されてシュート再生に至る。CYCB1;1p::CYCB1;1: GUSレポーターを分裂期マーカーに用いて、このシュート再生過程における細胞増殖のパターンを観察した結果、SIM 移植後速やかにカルス全域で細胞分裂活性が低下し、その後カルス表層で活性化した細胞分裂により細胞集塊が形成される、という過程を辿ることがわかった(図2)。これと比較すると、制限温度の28°Cで培養したrid3 の外植片では、カルス表層の細胞分裂活性が著しく高く、それを反映して細胞集塊も大きく発達した。逆にrpd2 では、カルス表層の細胞分裂が不活発であり、細胞集塊の成長が停滞している様子が観察された。rgd3 では細胞分裂の活性化がほとんど見られず、細胞集塊が形成されなかった。これらの結果から、SAMの基となる細胞集塊の形成に際して、細胞増殖の開始にRGD3 が、始まった細胞増殖の維持にRPD2がそれぞれ関与し、一方でRID3が細胞増殖を負に制御していると予想された。

次に、RT-PCR 解析でrid3 変異とrgd3 変異の影響が認められたCUC-STM 経路の遺伝子CUC1 およびSTM について、シュート再生過程における発現の時空間的変化をGUSレポーターを用いて調べた。より早い段階で発現変動が見られたのはCUC1で、野生型の外植片をSIM に移植したときには2日以内にカルス全体で発現が高まり、その後表層では発現がモザイク状となって、発現が高い部位から細胞集塊が発達しSAM が構築された(図3)。制限温度で培養したrid3 の外植片ではこのようなCUC1 発現のパターン変化が見られず、一様で高レベルの発現が持続し、rgd3 ではCUC1 発現が検出されなかった(図3)。rid3 で観察されたような均一なCUC1 発現を再現するために、分解制御を受けないようmiRNA標的サイトを改変したCUC1 を過剰発現させると、シュート再生が抑制された。また、rgd3 においてCUC1 を強制発現させたところ、不完全ながらシュート再生能力が回復した。これらより、rid3、rgd3 ともに、シュート再生障害は(少なくとも部分的には)CUC1 発現の異常に起因すると考えられた。

2. RGD3 遺伝子の同定およびその発現パターンに関する解析

rgd3 変異の位置を染色体マッピングにより絞り込み、この領域の塩基配列解析を行った結果、TATA-binding protein associated factor の一種AtBTAF1 をコードするAt3g54280 内に塩基置換を発見した。相補性検定によりこの遺伝子のT-DNA 挿入変異とrgd3 変異が対立遺伝子の関係にあることが確認されたので、At3g54280 がRGD3 遺伝子であると結論した。次に、GUS レポーター遺伝子を作成して、同定したRGD3について発現解析を行った。播種後2週間目の芽生えでは、SAMおよびRAM全体でRGD3が強く発現していた。この発現パターンは、制限温度で育てたrgd3の芽生えではシュート及び根の成長が著しく抑制されることと一致している。シュート再生過程においては、RGD3 は初めカルス全体で発現していたが、表層では次第に限局化していった(図4)。RGD3 の高い発現が残った部位に細胞集塊が発達していたが、これはCUC1 の発現が高い部位でもあり、rgd3 変異によりCUC1 発現と細胞集塊形成が抑制されることとよく対応していた。以上より、SAM 新形成におけるRGD3 の働きには、AtBTAF1 によるCUC1 発現と細胞増殖の促進が関わっていることが示唆された。

3. RID3 遺伝子の発現パターンと機能に関する解析

GFP 融合RID3 タンパク質をRID3 プロモーターの制御下に発現する植物体を作出して観察を行った結果、RID3 が初期胚などに多く、細胞内では核に局在していることが明らかになった。シュート再生過程におけるRID3 の発現パターンについては、RID3p::GUS をレポーターとして追跡した。RID3 はSIM 移植時にはカルス全体で発現していたが、カルス表層における発現はその後不均一に低下し、細胞集塊が盛り上がってくる頃にはこれを避けるような発現を示した(図4)。細胞集塊との位置関係で見れば、この発現パターンはCUC1 と逆であり、rid3 変異がCUC1 発現と細胞増殖を亢進したことと合致していた。さらにRID3 を過剰に発現させて、CUC-STM 経路への影響を調べた。その結果、RID3 過剰発現体ではCUC1、STM の発現が著しく低下していることがわかった。また、本葉形成の抑制など、stm 変異体と似た表現型も見られた。これらの結果と先述したrid3 変異体の解析結果から、RID3 はCUC-STM 経路を抑制的に制御することにより、SAM 構築に先立つ細胞増殖を調節していると推定された。

まとめと展望

以上全てを総合すると、シュート再生時のSAM 新形成には、主にCUC-STM 経路の遺伝子発現制御を介して行われる、RID3 による細胞増殖の負の調節とRGD3 による正の調節が深く関与していると考えられる(図5)。またこのとき、RPD2 は既知のSAM 制御系とは独立に細胞増殖に関わっているようである(図5)。今後各遺伝子の一次機能とこれらの作用とを結びつけていくことで、頂端分裂組織構築の基本機構の新たな側面が明らかになると期待される。

図1.シュート再生に対する各突然変異の影響

図2.シュート再生過程における細胞増殖パターン

図3.シュート再生過程におけるCUCIの発現パターン

図4.シュート再生過程におけるRID3、RGD3の発現パターン

図5.シュート再生におけるRID3、RGD3、RPD2の役割

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主要部分は3章からなり、第1章にはシロイヌナズナの温度感受性突然変異体rid3、rgd3、rpd2におけるシュート再生障害の解析が、第2章にはRGD3遺伝子の同定と発現解析が、第3章にはRID3遺伝子の発現と機能に関する解析がそれぞれ述べられている。また、主要部3章に先立つ序章では、研究の背景として植物の器官再生と頂端分裂組織形成についての分子生物学的情報がまとめられており、これと関連づけて研究の意義と目的が記されている。研究全体の統括と展望は、3章とは別に終章として記述されている。

本研究では、器官再生が特異な温度感受性を示す3つのシロイヌナズナ突然変異体rid3、rgd3、rpd2を利用して、頂端分裂組織とくにシュート頂分裂組織(SAM)の新形成に関する分子遺伝学的解析を実行している。まず、シュート再生過程における細胞増殖および既知SAM制御遺伝子の発現パターンとそれに対する各変異の影響を調べ、シュート再生初期にはカルス全域で細胞増殖が不活発になり、その後カルス表層で細胞増殖の局所的な再活性化が置き、これが細胞集塊を形成してやがて不定芽SAMの構築につながること、カルス表層でのCUC1発現域が細胞集塊形成部位と関連していること、rid3変異がCUC1やSTMの発現レベルの上昇と発現域の拡大、細胞増殖の異常昂進をもたらすこと、rgd3変異がCUC1やSTMの発現を抑制して細胞増殖の再活性化を阻害することなどを示した。rpd2変異については、細胞増殖パターンへの影響と論文提出者が修士課程の研究で得ていた知見とを考え合わせて、CUC-STM経路とは無関係に、細胞集塊での細胞増殖を停滞させると推測した。ポジショナルクローニングにより、RGD3がTBP結合因子の一種AtBTAF1をコードする遺伝子であることを突き止め、そのシュート再生時における発現がCUC1の発現と同様に細胞集塊形成部位に関連していることを示した。RID3遺伝子については、新規WD40リピートタンパク質をコードしていることを、修士課程での研究によりすでに明らかにしていたが、ここではその発現パターンを調べて、シュート再生に際しカルス表層で細胞集塊形成部位を避けるように発現が不均一に低下することを見出した。また、RID3の強制発現がCUC1およびSTMの発現を抑制することも確認した。以上の研究を総合し、RID3がCUC-STM経路の遺伝子発現の限局化を通して細胞増殖の負の制御を、一方RGD3はCUC-STM経路の遺伝子発現の局所的な維持を通して細胞増殖の正の制御を担い、さらにCUC-STM経路とは独立にRPD2が細胞増殖の持続に関与し、これら全てが組み合わさって細胞増殖が適切な空間的調節を受けることで初めてSAMの新形成が実現する、というモデルを提示した。研究全体を通して得られた結果は質・量ともに膨大であり、植物の発生にとって決定的に重要な頂端分裂組織新形成の分子機構に関し、画期的な新情報をもたらしている。

本論文は、これらの研究成果をわかりやすい図表と正確かつ明快な英文で記述している。実験結果についての考察では、精緻な論理展開により仮説が検証され、合理的な結論が導かれている。また、当該分野の文献は、過不足なく適切に引用されている。

なお、本論文に記載された研究は、主査である杉山宗隆(東京大学大学院理学系研究科准教授)のほか、小西美稲子(東京大学大学院農学生命科学研究科博士研究員)、大門靖史(京都大学大学院生命科学研究科特定研究員)、相田光宏(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科准教授)、田坂昌生(奈良先端科学技術大学院大学教授)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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