学位論文要旨



No 124519
著者(漢字) 鳥羽,大陽
著者(英字)
著者(カナ) トリバ,タイヨウ
標題(和) イネ花器官の形態形成に関する発生遺伝学的研究
標題(洋) Developmental genetic studies on floral organ morphogenesis in Oryza sativa
報告番号 124519
報告番号 甲24519
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5417号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 准教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

花の器官は葉から派生したものと考えられている.しかしながら,雄蕊や雌蕊は生殖器官として分化し,その形態は葉とは大きく異なっている.また,雄蕊と雌蕊以外の花器官の形態も植物の種類によって様々であり,我々を魅了する多種多様な花が存在する一因である.イネの花序には,小穂,小花といった特殊な構造単位があり,小花には, 外側から各1枚の外穎と内穎,2個のりんぴ,6本の雄蕊,1本の雌蕊が存在している.外穎と内穎は内部器官を包み込む特殊な形態をもち,外穎の内側に存在するりんぴが,花弁に相当すると考えられている.このように, イネは独特な形態の花器官を持っているが,その形態を制御する機構解明は,その端緒についたばかりである.本研究ではイネの花器官の形成機構に新たな知見を得ることをめざし,花器官が背軸化するなどの多面的な形態異常を示すrod like lemma (rol) 変異体の発生学的・遺伝学的解析を行った.また,モデル植物であるシロイヌナズナにおいて,背軸側の細胞運命決定に関わる YABBY 遺伝子ファミリーに着目し,逆遺伝学的手法によりイネのYABBY 遺伝子の機能と花器官形成との関係を解析した.

結果と考察

1. 多面的な形態異常を示すrol変異体の表現型解析と原因遺伝子の単離

当研究室において単因子劣性変異体として単離されたrol変異体は,すべての花器官において形態的な異常が生じていた.この変異体にみられる大きな特徴の一つは,扁平な組織を持たない,棒状の外穎である.この外穎を詳しく観察した結果,その表皮組織は完全に背軸化していることが明らかとなった.また,外穎以外の扁平な構造を持つ花器官も共通して向背軸に沿った組織分化が損なわれていた.したがって,ROL遺伝子は向背軸に沿った組織分化に関与し,背軸側の細胞運命の抑制または,向軸側の細胞運命の促進を行っていると考えられる.さらに,野生型ではほとんど形成されない芒がrol変異体では形成されていることも明らかとなり, ROL遺伝子は様々な形態形成に関与していることも示唆された.次に,花器官形態の制御機構の分子レベルでの解明を目指し,ROL 遺伝子の単離を行った.その結果,ROL遺伝子はsmall RNAの生成に関わっているタンパク質をコードしていることが明らかとなった. rol 変異体の示す表現型の多面性は,花器官の形成において様々な遺伝子がsmall RNAにより制御されている可能性を示唆していると考えられる.

2. 雄蕊の形態形成機構の解析

イネの雄蕊は先端部に葯を,基部に花糸を持つ.葯は2つの半葯とよばれる単位からなり,それぞれの半葯には2つの葯室が存在する.また,半葯同士をつなぐ葯隔が存在する. ROL変異体の雄蕊は,葯が全て欠失する,一方の半葯が欠失する,4つの葯室が向軸側に偏在する,という3つのパターンに分類できることが判明した.この結果は,ROL遺伝子は葯のパターン形成に関与していることを示唆している.雄蕊の発生過程をより詳しく理解するために,側生器官の向軸側と背軸側にそれぞれ特異的に発現するマーカー遺伝子 (OsPHB4,OsARF3d など) の発現パターンを解析した.その結果,野生型の雄蕊の発生過程において,これらマーカー遺伝子の発現パターンが劇的に変わること,また,ROL変異体においては,その発現パターンが大きく影響を受けていることが明らかとなった.以上の結果を総合して,雄蕊における葯のパターン形成モデルを提唱した.このモデルに基づくと,半葯が向背軸を持つひとつの葉に相当すると考えることができ,4つの葯室を持つ葯の形成は,二つの葉 (半葯) が互いに背軸側を向けあって発生することによってできると説明される.

3. イネYABBY 遺伝子ファミリーの解析

シロイヌナズナにおいてYABBY 遺伝子ファミリーは,側生器官の背軸側の細胞運命決定に関わっていることが示されている.イネにおいては,このYABBY 遺伝子ファミリーに属するDROOPING LEAF (DL) が心皮の器官アイデンティティー決定と中肋形成に重要であることが明らかとされているがその他のYABBY 遺伝子に関する知見は乏しい.そこでまず,イネのYABBY 遺伝子ファミリーの全体像をつかむことを目的に包括的解析を行った (1).その結果,イネのYABBY 遺伝子は4つのグループに分けられることが示された.発現解析の結果からOsYABBY1は背軸側の細胞運命決定には関与せず,厚壁機械組織などの組織分化に関わっている可能性が示唆された.そこで, OsYABBY1, および, 同じサブファミリーに属するOsYABBY2とOsYABBY6の機能を解明することを目的として,RNAiによる発現抑制体と構成的発現体を作製した.その結果,これら3つの遺伝子は互いに重複した機能をもつこと,背軸側の細胞運命決定とは異なる機能を持っていることなどが示唆された.

結論と展望

本研究によって,イネの花器官において扁平な器官の形成には向背軸に沿った組織分化が重要であることが示された.また,向背軸に沿った組織分化において,背軸側の細胞運命の抑制または,向軸側の細胞運命の促進にsmall RNAを介した遺伝子制御機構が関与する可能性が示された.しかしながら,イネの側生器官形成において向背軸に沿った分化を制御する機構はほとんどわかっていない.イネの花器官の発生について,より理解を深めるためには, 向背軸に沿った組織分化に関わるsmall RNAとその制御を受けている遺伝子の同定が必要であると考えられる.被子植物では,一般的に葯は4つの葯室から構成される.本研究により提唱した葯のパターン形成モデルが,どの程度普遍的に当てはまるのかは,今後の重要な課題である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる.第 1 章は,イントロダクションであり,本研究の学問的背景とその目的について述べられている.第 2 章から第 4 章までは,イネの発生と形態形成,特に,側生器官の背腹性の制御に着目しつつ,それを制御する遺伝子の同定とその機能に関する研究結果とその考察について述べられている.第 5 章では本研究で使われた材料と方法について述べられている.最後の第 6 章では,得られたすべての結果を受けて,イネの側生器官の背腹性の制御機構について,包括的な考察を行っている.

植物では,葉や花など成体のほぼすべての器官は,シュート頂や根端に存在するメリステムから発生する.葉や花は,一般に側生器官と呼ばれており,これらの側生器官の形がいかなるメカニズムで形成されるかは,植物発生学の大きなテーマの1つである.側生器官には,背腹軸,先端-基部軸および中央-周縁軸の3つの軸が存在し,この軸に沿った極性に依存して,側生器官の発生は制御されている.本論文において,論文提出者は,単子葉類のモデル植物であるイネを研究材料とし,花器官の発生・形態形成を,主に背腹性の制御面から明らかにすることを目的に研究を行った.

第 2 章は,イネのYABBY 遺伝子の包括的な解析とその1つのメンバーであるOsYABBY1の空間的発現パターンの解析とその機能の解析について述べられている.YABBY 遺伝子は,シロイヌナズナの研究から,側生器官の背軸側の細胞の運命決定に関与することが知られている.論文提出者は,まず,イネゲノムから8つのYABBY 遺伝子を見出し,その包括的解析を行った.これら8つのYABBY 遺伝子は,タンパク質の相同性から4つのグループに分けられたが,組織別の発現パターンを解析したところ,グループ内の遺伝子は,類似した発現パターンを示すことが判明し,機能も類似していることが推定された.次に,OsYABBY1 に着目し,空間的発現パターンの詳細な解析を行った.その結果,この遺伝子発現は,背腹軸に沿った極性を示さないこと,厚壁機械組織の細胞分化と密接な関係があることが判明した.したがって,YABBY 遺伝子は,被子植物の進化の過程で機能分化していることを示唆した.

第 3 章では,多面的表現型を示す rod-like lemma (rol) 変異体の表現型解析と,その原因遺伝子の単離について述べられている.rol 変異体では,花の器官に様々な変異が生じていた.最も顕著な表現型は,外頴に現れ,全く外頴が発生しない場合や棒状の外頴へと変化する場合など,3つのパターンに分類された.表現型の詳細な解析から,棒状外頴では,向軸側の細胞が欠失している可能性が示唆された.背軸側,向軸側の細胞でそれぞれ特異的に発現する遺伝子を用いて,空間的発現パターンを解析したところ,棒状外頴の表皮では,向軸側のマーカー (OsPHB) が消失し,背軸側のマーカー (OsARF3cなど) のみが発現していることが明らかとなった.内頴でも向軸側のアイデンティティーが弱くなっていることが示され,ROL 遺伝子は向背軸に沿った側生器官の極性を制御していることが推定された.ROL 遺伝子を単離したところ,tasiRNA経路に関与する RNA dependent RNA polymerase (RDR) をコードしていることが判明した.そこで,tasiRNAによって制御されていると考えられる OsARF3 遺伝子の機能を解析した.rol 変異体で,OsARF3 遺伝子の機能を抑制すると,棒状頴など rol 変異の特徴が抑圧された.以上の結果から,ROL 遺伝子は,tasiRNAの生成を制御することにより,OsARF3 遺伝子の向軸側での抑制を通して,側生器官の向背軸の極性を制御していることを明らかにした.

第 4 章では,向背軸の極性形成に着目した,イネの葯の発生制御機構の解明について述べられている.被子植物の葯は,2つの花粉嚢からなる半葯一対から構成される.rol 変異体では,葯全体の欠失,半葯の欠失,花粉嚢の向軸側への偏在などの変異が現れる.野生型の発生過程において,OsPHBとOsARF3 の発現パターンを解析したところ,発生初期に,向背軸の極性が大きく転換することを見出した.極性の転換後は,半葯を単位とした向背軸の極性に基づいて,葯の発生が進むと考えられる.花粉嚢は,向軸側と背軸側の境界領域から突出してくる領域から形成されることが示唆され,葯の形成も,葉など扁平な側生器官の形成メカニズムと同様であることが推定された.向背軸の極性に基づく雄ずいの形成機構に関しては,シロイヌナズナでも報告されておらず,本研究は,花の側生器官の発生に新しい知見をもたらすオリジナリティーの高い研究である.

以上の3つの各章は,それぞれ,論文提出者が第一著者として印刷公表する独立した3報の論文(既報1報,第2章)に相当している.本研究により得られた知見は,イネの花の側生器官の発生メカニズムの解明にとどまらず,高等植物の全般に共通する発生制御機構にも貢献するものであり,学術上,極めて高い価値をもつものと考えられる.

なお,本論文第 2 章は,原田浩介,高村篤志,中村英光,市川裕章,寿崎拓哉,平野博之氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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