学位論文要旨



No 124520
著者(漢字) 福田,雅和
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,マサカズ
標題(和) ツメガエル初期発生における接合体性 VegT の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of zygotic VegT in Xenopus early development
報告番号 124520
報告番号 甲24520
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5418号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 准教授 松田,良一
 東京大学 准教授 奥野,誠
内容要旨 要旨を表示する

〈序論〉

動物の発生において胚葉形成は、ボディープランを規定する重要なプロセスである。三胚葉は胚発生過程で形成される層状の細胞集団であり、将来異なる器官や組織に分化する。なかでも中胚葉は筋肉、心臓、腎臓、血球などに分化する細胞群である。両生類の中胚葉は予定内胚葉細胞から分泌される複数の因子により予定外胚葉細胞から誘導される。また背側中胚葉に形成されるオーガナイザーは原腸陥入運動に伴い裏打ちする予定外胚葉細胞を神経に誘導する。このように中胚葉は、脊椎動物の体づくりのセンターとして重要な役割を担っており、その誘導、形成及び領域化機構の解明は発生学における最も重要な課題のひとつである。これまで種々のモデル動物を用いた先行研究により、中胚葉特異的に発現する多数の遺伝子が同定され、そのうちの数種類の遺伝子が T-box 転写因子をコードすることが知られていた。またこれら複数の T-box 遺伝子の変異体が様々な中胚葉形成異常の表現型を示すことから、T-box 転写因子は中胚葉形成に必須であり、これらが複雑に協調的に働き、中胚葉の形成及びその領域化が生じると考えられてきた。ツメガエルの中内胚葉の誘導には、T-box 転写因子である母性VegT (mVegT)の関与が必須であることが示されている。VegT には母性及び接合体性(zVegT)の二種類のバリアントが存在することが報告されており、これまでは mVegT に関して盛んに研究が成されてきた。mVegT は胞胚期において中内胚葉形成に必須である TGF-βスーパーファミリーに属す分泌性のシグナル分子をコードする Nodal 関連遺伝子の発現を誘導する。また複数の内胚葉特異的遺伝子の発現を直接的に制御し、内胚葉決定因子としてツメガエル初期発生において極めて重要な役割を担っている。一方、原腸胚初期において汎中胚葉特異的に興味深い発現を示す zVegT に関しては殆ど解析が成されていない。

そこで本研究では、zVegT の機能及び転写制御機構の解明を通し、脊椎動物の中胚葉形成及びその領域化メカニズムの一端を明らかにすることを目指した。

〈結果と考察〉

接合体性 VegT の機能について

zVegT の機能を知る目的で、zVegT のオルソログを比較ゲノム学的アプローチと機能阻害実験により探索した。まず中胚葉形成に関与する脊椎動物の T-box 遺伝子の分子系統樹を作成した。その結果、ツメガエル VegT はゼブラフィッシュ Spadetail 及びニワトリ Tbx6L と同一の遺伝子サブファミリー(VegT/Spadetail サブファミリー)に分類されることが分かった。次にこの遺伝子サブファミリーに属す遺伝子のゲノム構造を比較したところ、これら遺伝子のエキソン構造及びシンテニーは高度に保存されていることが分かった。また zVegT の時間的・空間的発現を in situ ハイブリダイゼーションで調査したところ、初期原腸胚期においては汎中胚葉で発現し、後期原腸胚ではその発現は沿軸中胚葉に限局し、脊索が形成される背側領域の発現は消失していた。このような発現パターンはゼブラフィッシュ Spadetail 及びニワトリ Tbx6L と発現時期及び領域が同一であった。さらに zVegT のタンパク質翻訳を特異的に阻害するモルフォリーノアンチセンスオリゴ(MO)を用いた機能阻害実験を行った。その結果、zVegT の機能阻害により、脊索に影響が認められなかった一方で、体幹部中胚葉構造の乱れ、筋肉の減少及び体節の分節化に異常が観察された。この zVegT MO 顕微注入により生じる表現型は、ゼブラフィッシュ Spadetail 変異体の表現型と著しく似通っていた。これらの結果から、ツメガエル zVegT はゼブラフィッシュ Spadetail 及びニワトリ Tbx6L のオルソログであり、沿軸中胚葉形成に重要な働きを担うことが明らかとなった。

接合体性 VegT の転写制御機構について

zVegT のシス制御領域を同定するため、まず VegT 遺伝子のゲノム構造を Xenopus tropicalis(X. tropicalis) のゲノム情報を用いて明らかにした。その結果、mVegT 及び zVegT は各9 つのエキソンから構成され、第2 エキソンから第9 エキソンは両者で共有し、zVegT の第1 エキソンは mVegT の第1 イントロンに位置していた。まず mVegT 及び zVegT の各第1 エキソンの間をクローニングし、トランスジェニック胚を作製した。その結果、作製したトランスジェニック胚において内在性の zVegT の発現パターンを模倣したレポーター遺伝子の中胚葉特異的な発現が観察された。この結果は mVegT と zVegT の各第1 エキソン間約6 kb の領域内にzVegT の転写を中胚葉特異的に活性化するシス制御領域が存在することを示唆している。次にこのシス制御領域をより絞り込む目的で欠失解析を行い、シス制御領域が2 箇所に離れて存在することを明らかにした。これら領域中には、Nodal シグナルのメディエーターである FoxH1及び Smad の結合配列、FGF-Ras-MAPK シグナルのメディエーターである Ets 及び T-box 転写因子の結合配列が複数存在していた。そこで zVegT の中胚葉特異的発現に Nodal シグナル及び FGF シグナルが寄与していることを予想し、これらの関与を調査するため、各シグナルを特異的に抑制することが報告されている Cerberus-short (CerS) 及びドミナントネガティブ型FGF レセプター (XFD) の各 mRNA をツメガエル初期胚に顕微注入し、機能阻害実験を行った。その結果、XFD mRNA 過剰発現胚においては zVegT の発現に影響は見られなかった一方、CerS mRNA 過剰発現胚においては zVegT の発現に顕著な消失が観察され、zVegT の発現に対する Nodal シグナルの関与が示された。さらに、FoxH1 転写因子及び T-box 転写因子の各結合配列に対する点変異導入により、ルシフェラーゼアッセイ及びトランスジェニック胚作製において zVegT の中胚葉特異的なシス制御活性に著しい減少が生じることを確認した。さらにゲルシフトアッセイにより、in vitro において FoxH1 タンパク質及び T-box タンパク質Eomesodermin (Eomes)、Tbx6 が zVegT のシス制御領域の各結合配列に結合することを明らかにした。次に T-box タンパク質であるトランス制御因子の更なる絞り込みを目的に、まず原腸胚期において発現が報告されている T-box 遺伝子 zVegT、Eomes、Xbra、及び Tbx6 の時間的・空間的発現パターンを詳細に比較した。その結果、これら遺伝子のうち Eomes のみがzVegT よりも早く発現し、トランス制御因子の最有力候補であると予想された。この仮説を実証するため、Eomes の pre-mRNA スプライシングを特異的に阻害する Eomes MO を用いた機能阻害実験を行った。その結果、Eomes の機能阻害により、in vivo において内在性 zVegT の発現の消失が認められ、zVegT の発現に Eomes が寄与していることが明らかとなった。興味深い事に、zVegT の中胚葉特異的シスエレメントである FoxH1 転写因子及び T-box 転写因子の各結合配列は、ゼブラフィッシュ Spadetail の上流配列においても多数存在し、今回同定した転写制御機構が種を越えて保存されていることが予想される。

本研究により、VegT/Spadetail サブファミリー遺伝子の種間における対応関係が明らかとなり、zVegT がゼブラフィッシュ Spadetail 及びニワトリ Tbx6L のオルソログであり、沿軸中胚葉形成に重要な役割を果たすことが示された。また zVegT の中胚葉特異的な転写が Nodal シグナル及び T-box 転写因子 Eomes により2箇所に離れて存在するシス制御領域を介して活性化されることが明らかとなった。これらの知見は、複雑に制御される中胚葉形成及びその領域化における T-box 遺伝子の役割分担の一端を明らかにしたものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はツメガエル初期発生において中胚葉で発現するT-box 転写因子である接合体性 VegT (zVegT)の機能及び転写制御機構について述べられている。中胚葉は将来、筋肉、心臓、腎臓、血球などに分化し、また原腸陥入運動に伴い予定外胚葉細胞を裏打ちし神経に誘導する。このように中胚葉は脊椎動物のボディープランの決定に極めて重要な役割を担う細胞群であり、その誘導、形成及び領域化機構の解明は発生生物学における最重要課題のひとつである。T-box 転写因子は脊椎動物において中胚葉誘導、形成及び領域化に重要であることが示唆されている。福田氏はツメガエル内胚葉決定因子であり中胚葉誘導に必須であることが知られる母性 VegT のバリアントで、初期原腸胚期に汎中胚葉、後期原腸胚期に沿軸中胚葉で限局し発現するzVegTに着目した。

論文の前半部分において、福田氏はzVegT のオルソログ及びその機能を明らかにした。中胚葉形成に関与する脊椎動物の T-box 遺伝子の分子系統樹を作成し、ツメガエル VegT がゼブラフィッシュ Spadetailと同一の遺伝子サブファミリー(VegT/Spadetail サブファミリー)に分類されることを示し、またこの遺伝子サブファミリーに属す複数の遺伝子のゲノム構造及びシンテニーを比較し、それらが高度に保存されていることを示した。また zVegT の時間的・空間的発現パターンを調査し、その発現がゼブラフィッシュ Spadetailと発現時期及び領域が同一であることを見い出した。さらに zVegTを特異的に阻害するモルフォリーノアンチセンスオリゴ(MO)を用いた機能阻害実験の結果、zVegT MO 顕微注入胚は体幹部中胚葉構造が乱れ、筋肉の減少及び体節の分節化に異常が生ずることが明らかとなった。この zVegT MO 顕微注入胚の表現型は、ゼブラフィッシュ Spadetail 変異体の表現型と著しく類似していた。以上の結果から、ツメガエル zVegT はゼブラフィッシュ Spadetailのオルソログであり、沿軸中胚葉形成に重要な働きを果たすことが明らかとなった。

論文の後半部分においては、zVegT の中胚葉特異的シス制御領域及びトランス制御因子を明らかにしている。まずVegT 遺伝子のゲノム構造を Xenopus tropicalisのゲノム情報を用い明らかにした。(m)VegT 及び zVegT は各9つのエキソンから構成され、第2エキソンから第9エキソンは両者で共有し、zVegT の第1エキソンは (m)VegT の第1イントロンに位置していることを見出した。まず (m)VegT 及び zVegT の各第1エキソンの間をクローニングし、トランスジェニック胚を作製した結果、トランスジェニック胚において内在性の zVegT の中胚葉特異的な発現を模倣したレポーター遺伝子の発現が観察され、この領域約6 kb内に zVegT の中胚葉特異的なシス制御領域が存在することを明らかにした。次にこのシス制御領域の欠失解析を行い、シス制御領域が2箇所(-2420~-2035 bp 及び -545~-122 bp)に離れて存在することを明らかにした。これら領域中には、Nodal シグナルのメディエーターである FoxH1 及び Smad、FGF シグナルのメディエーターである Ets 及び T-box 転写因子の結合配列が複数存在していた。そこで zVegT の中胚葉特異的発現と Nodal シグナル及び FGF シグナルの関与を調査するため、各シグナルを特異的に抑制することが報告されている Cerberus-short (CerS) 及びドミナントネガティブ型 FGF レセプター (XFD) の各 mRNA をツメガエル初期胚に顕微注入し、過剰発現実験を行った。その結果、XFD mRNA 過剰発現胚においては zVegT の発現に影響は見られなかった一方、CerS mRNA 過剰発現胚においては zVegT の発現に顕著な消失が観察され、zVegT の発現に対する Nodal シグナルの関与が示された。さらに、FoxH1 転写因子及び T-box 転写因子の各結合配列に対する点変異導入により、トランスジェニック胚作製において zVegT の中胚葉特異的な発現を模倣したレポーター遺伝子の発現の消失が観察された。さらにゲルシフトアッセイにより、in vitro において FoxH1 タンパク質及び T-box タンパク質 Eomesodermin (Eomes)、Tbx6 が 同定したzVegT のシス制御領域の各結合配列に結合することを示した。次に T-box 遺伝子の時間的・空間的発現パターンを詳細に比較し、Eomes が zVegT よりも早く発現し、トランス制御因子の候補であると予想した。さらにEomes MO を用いた機能阻害実験により、 in vivo において内在性 zVegT の発現の消失が認められ、zVegT の発現に Eomes が寄与していることを実証した。

本研究により、zVegT が中胚葉特異的な転写が Nodal シグナル及び T-box 転写因子 Eomes により2箇所に離れて存在するシス制御領域を介して活性化され、誘導されたzVegTが沿軸中胚葉形成に重要な役割を果たすことが示された。これらの知見は、複雑に制御される中胚葉形成及びその領域化における重要な知見であり、今後の脊椎動物における中胚葉形成及び領域化研究に大きく貢献すると考えられる。

なお、本論文は高橋秀治、小沼泰子、原本悦和、Chang-Yeol Yeo、Yeon- Jin Kim、石浦章一、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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