学位論文要旨



No 124526
著者(漢字) 田口,仁
著者(英字)
著者(カナ) タグチ,ヒトシ
標題(和) 森林の3次元構造リモートセンシングと生態系プロセスモデルの統合に関する研究
標題(洋) Integration of remote sensing of three-dimensional forest structure with a process-based ecosystem model
報告番号 124526
報告番号 甲24526
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6960号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 沢田,治雄
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 講師 竹内,渉
 国立環境研究所 理事 安岡,善文
内容要旨 要旨を表示する

森林生態系を維持しながら,社会的ニーズを満たす持続可能な森林管理が必要とされる中で,森林の二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の広域な将来予測のニーズが高まっている。その理由として,京都議定書第一約束期間における人工林の二酸化炭素吸収量の算定,温暖化の解明や予測に重要な炭素循環研究における不確実性の高い森林の炭素収支評価,森林管理における収穫量予測の世界的な要望が挙げられる。これらのニーズに応えるためには,まず森林を広域に把握してデータを取得し,予測モデルを利用して二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を行う必要がある。

森林は,成長により二酸化炭素吸収量が変化するため,成長段階の把握が必要である。また,将来予測には過去の炭素貯蔵量の把握が必要である。これらの把握に森林の3次元構造が有効である。森林の3次元構造は,樹高や胸高直径等の個々の樹木のサイズや,樹木のサイズから変換が容易な材積やバイオマスで示される。また,材積やバイオマスから炭素貯蔵量が容易に推定できる。樹木は,肥大成長や樹高成長という特徴があり,森林の3次元構造は成長段階を表現している。このような森林の3次元構造データを取得するには,森林を構成する単木レベルの調査が必要である。

現地調査による単木レベルの調査は可能だが,広域な調査は困難である。また,広域に整備された森林簿は精度不足が指摘されている。そのため,リモートセンシングによる広域な計測が期待されており,3次元計測技術は単木レベルの森林の3次元構造データの抽出に有効である。

二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の予測モデルは,従来から林分収穫表が利用されてきた。最近では,森林を生態系として扱うことが可能な生態系プロセスモデルが登場した。このモデルは,今後の気候変動に対応できるなど,将来性や柔軟性がある。さらに,森林管理へ向けた実用性が高いモデルが登場した。

以上の背景から,森林の広域な二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を行うために,リモートセンシングの3次元計測技術から森林の3次元構造データを抽出する手法を開発し,生態系プロセスモデルと統合する手法を開発した。

本研究の特徴と新規性は以下のようにまとめられる。

・二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測に森林の3次元構造の有効性に着目した。

・地域スケール(数kmから数十km)の空間スケールにおいて,広域な二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を行う手法を開発した。

・リモートセンシングデータとして,LiDARデータ,ALOS/PRISMデータ,多時期の空中写真から,森林の3次元構造データを抽出する手法を新たに開発した。

・森林の3次元構造データという,これまでには無いデータによる,生態系プロセスモデルとの新たな統合手法を開発した。

既存の生態系プロセスモデルを整理し,森林の3次元構造データとの統合に最適なモデルを検討した。リモートセンシングとの親和性が高く,森林管理への適用を視野に入れたHybridモデルの森林成長モデルの利用が最適であると結論付けた。

森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合手法を検討した。林班ごとの平均的な単木レベルの森林の3次元構造データとして,幹バイオマスと立木密度に注目し,パラメータ調整を行い,モデルにより森林を再現した後に将来予測を行い,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量を算定する方法とした。また,単木レベルで森林の3次元構造が抽出可能なデータとして,単木データとDigital Canopy Model(DCM)の2種類を挙げ,それぞれに統合手法を適用し,評価する必要があることを示した。

リモートセンシングによる単木レベルの森林の3次元構造データの抽出手法の開発へ向け,研究の方法論を検討した。

点群密度の高いLiDARデータからは,樹冠形状モデルに基づき単木抽出を行い,樹高の過小推定を軽減する。また,樹冠が閉鎖した林班において,抽出が困難な下層木を推定し,林班ごとに幹バイオマスと立木密度を抽出することにした。ALOS/PRISMデータからは,DCMを作成して検証を行う。そして,ALOS/PRISMおよびLiDARデータから抽出されるDCMからは,林班の平均樹高を推定し,既存の現地調査データを用いて樹高から幹バイオマスと立木密度への変換式を求め,各林班に変換式を適用して幹バイオマスと立木密度の両者を抽出することにした。多時期の空中写真からは,時系列にDCMを作成し,樹高変化の把握可能性を評価する。そして,時系列の樹高データは,森林成長モデルとの統合におけるパラメータ調整時に,過去の成長の評価へ用いることにした。

これらの研究の方法論を基に,森林成長モデルとの統合へ向けた,リモートセンシングによる森林の3次元構造データの抽出手法を開発した。

LiDARデータから,単木ごとに樹冠形状モデルのパラメータを推定する単木抽出手法を開発した。テストエリアでの適用結果から,樹高の二乗平均誤差は1.37 m,樹高の過小推定は約1 m軽減できた。次に,樹冠閉鎖林班で下層木を推定するMNY法を適用し,誤差率9.1 %で幹バイオマスが推定可能なことを確認した。

ALOS/PRISMデータによるDCMの作成と検証を行った。有理多項式係数と地上基準点による代数学的標定モデルによる標定を行い,イメージマッチングによりDSMおよびDCMを作成した。作成したDCMは二乗平均誤差で5 mから6 mの精度で作成可能なことを確認した。ALOS/PRISMおよびLiDARデータのDCMから,森林の3次元構造データの抽出を行った。DCMから林班単位で推定した樹高から,現地調査データを利用して樹高から幹バイオマスおよび立木密度への変換式を作成し,各林班で両者を推定した。テストエリアの評価では,森林簿と比較して過大推定だったが,正の相関となった。また,LiDARデータとALOS/PRISMデータ間の正の相関は強く,妥当な精度で抽出可能なことを確認した。

多時期の空中写真に対し,地上基準点を用いてセルフ・キャリブレーション付きバンドル・ブロック調整法による標定を行い,イメージマッチングによりDSMおよびDCMを作成した。作成したDCMの二乗平均誤差は3 mから4 mだった。時系列に作成したDCMの観察から,樹高成長,伐採,倒木が把握できた。また,現地調査との比較により,林班内の集計によって平均樹高が推定可能なことを確認した。

抽出された森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合手法を開発した。

統合に用いる森林成長モデルとして,3-PGモデルを採用した。このモデルでは,光合成有効放射吸収量(APAR)と林冠で取り込まれる炭素量との線形関係で総一次生産量(GPP)が求まり,最大光合成量子収率から生育環境や成長段階による制約をModifierとして掛け合わせて光合成量子収率を求める。GPPは純一次生産量(NPP)へ変換し,NPPは根,幹,葉へ分配する。また,サブモデルとして樹木本数を計算する。

単木データによる森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合では,植栽年が明らかな林班において,幹バイオマスとして土壌肥沃度,樹木本数として間引きに関するパラメータを調整し,林班ごとに単木データから集計した森林の3次元構造データと一致させた後に将来予測を行い,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量を推定する方法とした。DCMによる森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合では,植栽年が不明な林班において,幹バイオマスとして植栽年,樹木本数として間引きに関するパラメータを調整し,林班ごとに抽出した森林の3次元構造データと一致させた後に将来予測を行い,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量を推定する方法とした。2つの統合手法をそれぞれにテストエリアへ適用し,パラメータ調整後にシミュレートした各林班の成長過程は,多時期の空中写真による時系列の樹高データや林分収穫表と比較して,妥当な精度で予測可能なことを確認した。さらに,ストックチェンジ法により,炭素貯蔵量の変化から二酸化炭素吸収量を算定した。

森林成長モデルとの統合に用いる森林の3次元構造データの精度を考察し,将来予測の高精度化には時系列データが有効であり,幼齢林でのデータの誤差率の高さを考慮すると,若齢林以降のデータの利用が最適なことが示唆された。また,将来予測の幅を示すことが可能な確率的予測が必要である点を指摘した。今後,将来予測の精度を向上させるためには,土壌図の整備による土壌水分量や土壌肥沃度の推定や,樹種パラメータの設定に生態学や林学との連携が必要なこと,地形データ未整備地域におけるDEM抽出手法の確立が重要であることが示唆された。

森林の二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測が必要とされている分野への本手法の適用可能性を検討した。森林の3次元構造データの抽出手法は,国内では森林簿の精度向上,海外では撹乱による炭素放出量の定量化へ有効である点を指摘した。本手法による将来予測は,今後は樹木だけでなく,土壌や枯死を考慮した炭素収支計算の必要性や,広葉樹や天然林への適用が必要である点を指摘した。

本研究では,これまで困難だった森林の広域な成長段階や炭素貯蔵量のデータを,リモートセンシングの3次元計測技術から,森林の3次元構造データとして抽出手法を確立し,森林成長モデルとの統合による二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を実現した。今後は,全球や大陸レベルの炭素循環研究との連携や,実際の森林管理への応用が必要である。さらに,成長段階は森林の多面的機能と密接に関係するため,森林生態系を維持する持続可能な森林管理手法へ発展させることを視野に入れた,長期的な展望が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

森林生態系を維持しながら,社会的ニーズを満たす持続可能な森林管理が必要とされる中で,森林の二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の広域な将来予測のニーズが高まっている。そのニーズに応えるためには,まず森林を広域に把握してデータを取得し,予測モデルを利用して二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を行う必要がある。

森林は,成長により二酸化炭素吸収量が変化するため,成長段階の把握が必要である。また,将来予測には過去の炭素貯蔵量の把握が必要である。これらの把握に,樹木サイズである樹高と胸高直径,そして材積やバイオマスで示される森林の3次元構造が有効であり,それを把握するには森林を構成する単木レベルの調査が必要である。現地調査による単木レベルの調査は可能だが,広域な調査は困難である。また,広域に整備された森林簿は精度不足が指摘されている。そのため,リモートセンシングが期待されており,特に3次元計測技術は単木レベルの森林の3次元構造データの抽出に有効である。

予測モデルは,最近では森林を生態系として扱う生態系プロセスモデルが登場した。このモデルは,今後の気候変動に対応でき,将来性や柔軟性がある。さらに,森林管理へ向けた実用性が高いモデルが登場している。

そこで,森林の二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の広域な将来予測を行うために,リモートセンシングの3次元計測技術から森林の3次元構造データを抽出する手法を開発し,生態系プロセスモデルと統合する手法を開発した。

生態系プロセスモデルを整理し,リモートセンシングとの親和性が高く,森林管理への適用を視野に入れたHybridモデルの森林成長モデルを統合へ利用することが最適であると結論付けた。次に,森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合手法を検討した。各林班の平均的な単木レベルの森林の3次元構造データとして,幹バイオマスと立木密度に注目し,パラメータ調整を行い,モデルにより森林を再現した後に将来予測を行い,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量を算定する方法とした。また,単木レベルで森林の3次元構造が抽出可能なデータとして,単木データとDigital Canopy Model(DCM)の2種類を挙げた。また,リモートセンシングによる単木レベルの森林の3次元構造データの抽出手法の開発へ向け,LIDARデータ,ALOS/PRISMデータ,空中写真それぞれに研究の方法論を示した。

研究の方法論に基づき,森林成長モデルとの統合へ向けた,リモートセンシングによる森林の3次元構造データの抽出手法を開発した。

LiDARデータからは,単木ごとに樹冠形状モデルのパラメータを推定する単木抽出手法を開発した。テストエリアでの検証では,樹高の二乗平均誤差は1.37 m,樹高の過小推定は約1 m軽減できた。次に,樹冠閉鎖林班で下層木を推定するMNY法を適用し,誤差率9.1 %で幹バイオマスが推定可能なことを確認した。

ALOS/PRISMデータからはDCMを作成し,検証を行った。作成したDCMは二乗平均誤差で5 mから6 mの精度で作成可能なことを確認した。ALOS/PRISMおよびLiDARデータのDCMから林班単位で平均樹高を推定し,現地調査データを利用して樹高から幹バイオマスと立木密度への変換式を作成し,各林班に変換式を適用して両者を推定した。テストエリアでの評価では,妥当な精度で抽出可能なことを確認した。

多時期の空中写真に対しては,セルフ・キャリブレーション付きバンドル・ブロック調整法による標定を行い,DSMおよびDCMを作成した。DCMの二乗平均誤差は3 mから4 mだった。時系列に作成したDCMの観察から,樹高成長,伐採,倒木が把握できた。

森林の3次元構造データと森林成長モデル3-PGの統合手法を開発した。

単木データによる森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合では,植栽年が明らかな林班において,幹バイオマスとして土壌肥沃度,樹木本数として間引きに関するパラメータを各林班で調整し,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量を推定した。DCMによる森林の3次元構造データと森林成長モデルの統合では,植栽年が不明な林班において,幹バイオマスとして植栽年,樹木本数として間引きに関するパラメータを各林班で調整し,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量を推定した。2つの統合手法をそれぞれにテストエリアへ適用し,パラメータの調整後にシミュレートした各林班は,空中写真による時系列の樹高データや林分収穫表との比較から,妥当な精度で予測が可能なことを確認した。さらに,ストックチェンジ法により,二酸化炭素吸収量を算定した。

本論文の新規性は,森林域のおける二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の広域な将来予測に森林の3次元構造の有効性に着目したこと,地域スケール(数kmから数十km)の空間スケールにおける二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を行う手法を開発したこと,リモートセンシングデータとしてLiDARデータ,ALOS/PRISMデータ,多時期の空中写真から,森林の3次元構造データを抽出する手法を新たに開発したこと,森林の3次元構造データという,新しいデータを用いて生態系プロセスモデルと統合する手法を開発したことである。

開発した手法により,これまで困難だった森林の成長段階や炭素貯蔵量のデータを広域に抽出する手法が確立され,二酸化炭素吸収量や炭素貯蔵量の将来予測を実現した。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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