学位論文要旨



No 124529
著者(漢字) 本多,弘明
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,ヒロアキ
標題(和) 実構造物の復元力特性の計測方法の開発とその応用
標題(洋) Development and application of measurement system of restoring force characteristics for general structure
報告番号 124529
報告番号 甲24529
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6963号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 准教授 小国,健二
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,構造物の地震による損傷度を診断することを目的として,構造物の復元力特性を計測する方法を提案した.通常,震動台実験では,ロードセルと変位計を用いて計測される復元力特性が構造物やその部材の損傷を判定するために使われる.実構造物にロードセルと変位計を設置することは現実的ではないため,構造物に時刻同期をとった加速度計を複数台設置し,計測された加速度の時系列データから復元力特性を計測する方法を提案した.具体的には,要素技術の開発,要素技術の検証,復元力特性計測方法の実証実験,復元力特性計測方法の応用の検討,を行った.

要素技術の開発として,復元力特性計測の定式化,周波数域積分手法の利用の提案,加速度の鉛直成分を用いた時刻同期,等を行った.定式化では,2点で計測された加速度データの差を精密に積分することで相対変位を所定の精度で計算できることと,復元力を上部の加速度として近似できること,を示した.

要素技術の検証実験として,震動台実験を行い,周波数域積分方法の精度を検証した.実測地震動と正弦波加震の両方の地震動に対して,低周波成分(0.2[Hz])を除けば,約2[mm]以下の精度で時間積分ができることを検証した.次に,実構造物に設置された複数の加速度計を用いて,加速度の鉛直成分を用いた時刻同期の有効性を検証した.実観測データを基にこの時刻同期手法を検証したところ,0.01秒程度の精度で同期が得られることを確認した.また,この要素技術を,構造物に展開されるセンサネットワークに利用することを検討した.

要素技術の確認を踏まえ,復元力特性の計測方法の実証実験を行った.これは,実構造物の長期観測による実験である.集合住宅に3台の加速度計からなる復元力特性計測システムを設置し,約4年間地震波を観測した. 30程度の地震による構造物の応答が観測されており,最大400[Gal]程度の大きな揺れが生じている.観測されたデータを基に,構造物の復元力特性を計算しところ,復元力特性は概ね直線であることが示された.特に大きな揺れが生じた場合でも復元力特性が非弾性的なヒステリシスを描くことはなかった.復元力特性が直線であることは,構造物に顕著な損傷が生じていないことを意味している.これは,構造物の1次固有周期がほぼ一定であることと調和的である.設置されたシステムによって,復元力特性が良好に計測されたことが示唆される.また,復元力特性の傾きを指標として構造物の健全性を検討したところ,健全性の低下は見られなかった.

実証実験の結果を活かすため,復元力特性計測システムに用いられる加速度計の仕様を検討した.実証実験では,サンプリング周波数2,000[Hz]とデータ長24[Bit]というハイスペックの加速度計を用いている.計測データを処理して,サンプリング周波数とデータ数を低減させ,この低減されたデータから復元力特性を再計算した.復元力特性の形状と傾きを指標として復元力特性の計測に必要なサンプリング周波数とデータ長を求めたところ,サンプリング周波数は200[Hz],データ長16[Bit]が最小限必要であることが結論された.

最後に,復元力特性計測方法の実構造物の応用を検討した.通常,構造物の地震応答特性を検討する際,多質点系モデルが使われ,質点を結ぶバネの特性が復元力特性となる.全質点に対応するよう,加速度計を設置することで全てのバネの復元力特性が計測できる.数値実験によって,復元力特性が計測可能であることを示すとともに,損傷度の判定に必要な加速度計の設置条件を検討した.これは,数個おきの質点に加速度計を設置した際でも,損傷が引き起こす復元力特性の異常が計測できることを示すものである.全ての質点に加速度計を設置する場合と異なり,1個おきに加速度計を設置しても,復元力特性を計測することはできないことが示された.これは複数の震動モードが重なり合うためである.そこで,1次の震動モードのみを抽出し,このモードから復元力特性を計算したところ,損傷が引き起こす復元力特性のヒステリシスを得ることができた.2個おきに加速度計が設置され場合には,1次モードを抽出しても損傷の判定は不可能であった.4層,10層の多質点系モデルを例に,考案されたシステムを使って復元力特性が計測できること,特に,損傷に起因する復元力特性の非線形化が判定可能であることを検討した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,構造物の地震による損傷度を診断することを目的として,構造物の復元力特性を計測する方法を提案するものである.通常,震動台実験では,ロードセルと変位計を用いて計測される復元力特性が構造物やその部材の損傷を判定するために使われる.実構造物にロードセルと変位計を設置することは現実的ではないため,本論文は,構造物に時刻同期をとった加速度計を複数台設置し,計測された加速度の時系列データから復元力特性を計測する方法を提案した.具体的には,要素技術の開発,要素技術の検証,復元力特性計測方法の実証実験,復元力特性計測方法の応用の検討,を行った.

要素技術の開発として,復元力特性計測の定式化,周波数域積分手法の利用の提案,加速度の鉛直成分を用いた時刻同期,等を行った.定式化では,2点で計測された加速度データの差を精密に積分することで相対変位を所定の精度で計算できることと,復元力を上部の加速度として近似できること,を示している.

要素技術の検証実験では,最初に震動台実験を行い,周波数域積分方法の精度を検証した.実測地震動と正弦波加震の両方の地震動に対して,低周波成分(0.2[Hz])を除けば,約2[mm]以下の精度で時間積分ができることを検証した.次に,実構造物に設置された複数の加速度計を用いて,加速度の鉛直成分を用いた時刻同期の有効性を検証した.実観測データを基にこの時刻同期手法を検証したところ,0.01秒程度の精度で同期が得られることを確認した.また,この要素技術を,構造物に展開されるセンサネットワークに利用することを検討した.

要素技術の確認を踏まえ,復元力特性の計測方法の実証実験を行った.これは,実構造物の長期観測による実験である.集合住宅に3台の加速度計からなる復元力特性計測システムを設置し,約4年間地震波を観測した. 30程度の地震による構造物の応答が観測されており,最大400[Gal]程度の大きな揺れが生じたデータもある.観測されたデータを使って構造物の復元力特性を計算しところ,復元力特性が概ね直線となることが示された.大きな揺れが生じた場合でも.復元力特性が非弾性的なヒステリシスを描くことはなかった.復元力特性が直線であることは,構造物に顕著な損傷が生じていないことを意味している.この結果は構造物の1次固有周期がほぼ一定であることと調和的である.また,設置されたシステムによって復元力特性が良好に計測されたことが示唆される.さらに,直線に近い復元力特性の傾きを指標として構造物の損傷の有無を検討した.傾きに経時変化はみられず,損傷の発生は示唆されなかった.

実証実験の結果を活かすため,復元力特性計測システムに用いられる加速度計の仕様を検討した.実証実験では,サンプリング周波数2,000[Hz]とデータ長24[Bit]というハイスペックの加速度計を用いている.計測データを処理して,サンプリング周波数とデータ数を低減させ,この低減されたデータから復元力特性を再計算した.復元力特性の形状と傾きを指標として復元力特性の計測に必要な仕様を求めたところ,サンプリング周波数は200[Hz],データ長16[Bit]が最小限必要であることが結論された.

最後に,復元力特性計測方法の実構造物の応用を検討した.通常,構造物の地震応答特性を検討する際,多質点系モデルが使われ,質点を結ぶバネの特性が復元力特性となる.全質点に対応するよう,加速度計を設置することで全てのバネの復元力特性が計測できる.数値実験によって,復元力特性が計測可能であることを示すとともに,損傷度の判定に必要な加速度計の設置条件を検討した.これは,数個おきの質点に加速度計を設置した際でも,損傷が引き起こす復元力特性の異常が計測できることを示すものである.全ての質点に加速度計を設置する場合と異なり,1個おきに加速度計を設置しても,復元力特性を計測することはできないことが示された.これは複数の震動モードが重なり合うためである.そこで,1次の震動モードのみを抽出し,このモードから復元力特性を計算したところ,損傷が引き起こす復元力特性のヒステリシスを得ることができた.2個おきに加速度計が設置され場合には,1次モードを抽出しても損傷の判定は不可能であった.4層,10層の多質点系モデルを例に,考案されたシステムを使って復元力特性が計測できること,特に,損傷に起因する復元力特性の非線形化が判定可能であることを検討した.

検討された復元力特性計測方法の妥当性と有効性に関しては,さらなる検証が必要であることが指摘されたが,復元力特性の計測は,固有周期や震動モードの変化の計測に比べ,良好に損傷度を診断できることは評価された.個々の要素技術の考案と実証も十分であることは了解された.復元力特性計測の応用は,数値実験による検討が終わった段階である.基礎的であるものの,検討された内容は十分であることが了解された.計測システムの実証実験と同様,実構造物を使った長期の実証試験が必要であることが指摘された.

以上のように,本論文では,現時点での十分な検討がなされていることや,また,将来の課題として明確に問題点を示していることが審査会で示された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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