学位論文要旨



No 124530
著者(漢字) 吉田,亮
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,リョウ
標題(和) 複数のインクボトル幾何構造を内包するセメント硬化体の空隙構造に関する研究
標題(洋) Several Ink-Bottle Geometric Structures in Hardened Cementitious Materials
報告番号 124530
報告番号 甲24530
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6964号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岸,利治
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 准教授 加藤,佳孝
 帝京科学大学 教授 浅賀,喜与志
内容要旨 要旨を表示する

セメントの水和反応そして竣工後の劣化現象と,段階を問わずセメント硬化体における種々の現象は全て空隙構造に通底するとしても過言ではない.セメント硬化体中の空隙構造は,セメントの水和反応の進行に伴う水和物の析出により形成され,使用材料や水セメント比に代表される配合条件のみならず,打込み・締固めや養生条件といった施工上の取り扱いや環境作用の影響も空隙構造に痕跡として残す.そして竣工後の空隙構造は有害物質や水の透過・吸着・貯留・離脱の場となるため,コンクリート中への塩化物イオンの侵入や中性化,および乾燥に伴う体積変化等の耐久性にとって重要な諸現象は,全て空隙構造に通底すると考えられる.したがって,コンクリート中における種々の物質移動現象を統一的に取り扱うには,究極的には,物質の移動場となっているコンクリート中の空隙構造の実態を空隙相互の連結性を含めて精緻に捉え,同定した空隙情報に基づいて物質移動に関する諸現象を厳密に記述することが望まれる.しかし,コンクリート中の空隙構造の実態については,その複雑さゆえに不明な部分も多い.このような背景のもと,本論文では,セメント硬化体中の物質の移動場となる連続空隙,液状水やイオンの貯留空間となる行止まり(dead-end)空隙,イオンの吸着場となる固相壁面へのアクセス経路となるインクボトル空隙など種々のカテゴリーの空隙群をそれぞれ分離抽出し,またそれら相互の連結関係を明らかにすることを目的としている.

「現行の水銀圧入法の問題解決と新たな空隙構造分析手法の考案」

本研究では,セメント硬化体中の空隙分析手法として,測定可能空隙径範囲が3nm-100μmと各種の空隙を包括することができ,従来から汎用されている水銀圧入法を採用した.しかし,水銀圧入法には,セメント硬化体中のインクボトル構造の存在により大径空隙を小径空隙と誤認することと,高い圧力作用下で空隙構造が変化することの二つの問題点が指摘されてきた.その一方で,水銀圧入法には,非圧縮性を有する水銀が連続体として空隙に圧入され試料表面から内部へ連続した空隙の情報が得られること,また再現性の高い圧入挙動が確認できることなどの特徴があることから,まず,その圧入メカニズムを丹念に検討することから着手した.その結果,段階的に水銀の圧入を繰返した際の累積圧入曲線を重ね合わせると包絡線が描かれることを発見した.そして,この包絡線が物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網を,また累積圧入曲線のベースアップ分(バイアス分)がインクボトルに閉ざされた空隙を捉えているとの仮説を世界で始めて提唱した.

「メソスケールを有するインクボトル構造の提唱」

続いて,高圧力領域の圧入曲線においても,直径10nmを基準として累積圧入曲線を重ね合わせると再び包絡線が描けることを発見した.試料サイズを変えた空隙構造分析結果に照らし合せ,この10nm程度(メソスケール)のインクボトル空隙は,セメント粒子周りに形成される外部水和生成層のフロント同士が接合することにより,キャピラリー空隙と外部水和生成層の境界に形成される幾何構造との仮説を提唱した.また,異なる乾燥期間における液状水飽和度の経時変化の傾向,および試料サイズを変えたセメント硬化体の塩水浸漬試験における拘束塩分量の傾向から,このような10nm程度のインクボトル構造が,水・塩分の貯留・吸着空間となるセメント粒子周りのdead-end空隙と物質の移動経路となるキャピラリー空隙網の間での相互の物質移動に高い時間依存性をもたらしている可能性を指摘した.

「漸次繰返し圧入包によって同定される包絡線の工学的意味の検討」

さらに,セメント硬化体中での物質移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網の分離抽出法について検討した.一般的な試料では,累積圧入曲線の重ね合わせによって描かれる包絡線が物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網と考えられるが,若材齢において極度の乾燥に曝された試料では,このような包絡線中に,キャピラリー空隙網のみならず,物質の移動経路とはならないセメント粒子まわりの外部水和生成層中のdead-end空隙群も包含されてしまっていると考えられた.そこで,40nm以上の範囲の包絡線,もしくは,空気泡や凝集体などへの水銀の侵入を示す包絡線からの分岐が生じている範囲の包絡線を,物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網とみなす判定方法を考案した.

また,本研究で考案した漸次繰返し圧入法による連続性を有するキャピラリー空隙網の有意性を検討するべく,物質移動と強い関係を持つと言われるしきい細孔径と空隙量に関する情報を併せ持った累積細孔量曲線の積分値に着目し,異なる養生を行ったセメントペーストの酸素拡散係数および透気係数の測定結果の傾向を分析した.その結果,累積細孔量曲線の積分値を空隙指標とすることの有意性と物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網の判定基準の妥当性が示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

セメント硬化体中の空隙構造は有害物質や水の透過・吸着・貯留・離脱の場となるため、コンクリート中への塩化物イオンの侵入や中性化、および乾燥に伴う体積変化等の耐久性にとって重要な諸現象は、全て空隙構造に通底していると言っても過言ではない。したがって、コンクリート中における種々の物質移動現象を統一的に取り扱うには、究極的には、物質の移動場となっているコンクリート中の空隙構造の実態を空隙相互の連結性を含めて精緻に捉え、同定した空隙情報に基づいて物質移動に関する諸現象を厳密に記述することが望まれる。セメント硬化体中の空隙構造は、セメントの水和反応の進行に伴う水和物の析出により形成されるが、使用材料や水セメント比に代表される配合条件のみならず、打込み・締固めや養生条件といった施工上の取り扱いや環境作用の影響も空隙構造に痕跡として残る。しかし、コンクリート中の空隙構造の実態については、その複雑さゆえに不明な部分も多い。このような背景のもと、本論文では、セメント硬化体中の物質の移動場となる連続空隙、液状水やイオンの貯留空間となる行止まり(Dead-end)空隙、イオンの吸着場となる固相壁面へのアクセス経路となるインクボトル空隙など種々のカテゴリーの空隙群をそれぞれ分離抽出し、またそれら相互の連結関係を明らかにすることを目的としている。

本研究では、セメント硬化体中の空隙分析手法として、測定可能空隙径範囲が3nm-100μmと各種の空隙を包括することができ、従来から広く用いられている水銀圧入法を採用した。しかし、水銀圧入法には、セメント硬化体中のインクボトル構造の存在により大径空隙を小径空隙と誤認することと、高い圧力作用下で空隙構造が変化することの二つの問題点が指摘されてきた。その一方で、水銀圧入法には、非圧縮性を有する水銀が連続体として空隙に圧入され試料表面から内部へ連続した空隙の情報が得られること、また再現性の高い圧入挙動が確認できることなどの特徴があることから、まず、その圧入メカニズムを丹念に検討することから着手した。その結果、段階的に水銀の圧入を繰返した際の累積圧入曲線を重ね合わせると包絡線が描かれることを発見した。そして、この包絡線が物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網を、また累積圧入曲線のベースアップ分(バイアス分)がインクボトルに閉ざされた空隙を捉えているとの仮説を世界で始めて提唱した。

続いて、高圧力領域の圧入曲線においても、直径10nmを基準として累積圧入曲線を重ね合わせると再び包絡線が描けることを発見した。試料サイズを変えた空隙構造分析結果に照らし合せ、この10nm程度(メソスケール)のインクボトル空隙は、セメント粒子周りに形成される外部水和生成層のフロント同士が接合することにより、キャピラリー空隙と外部水和生成層の境界に形成される幾何構造との仮説を提唱した。また、異なる乾燥期間における液状水飽和度の経時変化の傾向、および試料サイズを変えたセメント硬化体の塩水浸漬試験における拘束塩分量の傾向から、このような10nm程度のインクボトル構造が、水・塩分の貯留・吸着空間となるセメント粒子周りのdead-end空隙と物質の移動経路となるキャピラリー空隙網の間での相互の物質移動に高い時間依存性をもたらしている可能性を指摘した。

さらに、セメント硬化体中での物質移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網の分離抽出法について検討した。一般的な試料では、累積圧入曲線の重ね合わせによって描かれる包絡線が物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網と考えられるが、若材齢において極度の乾燥に曝された試料では、このような包絡線中に、キャピラリー空隙網のみならず、物質の移動経路とはならないセメント粒子まわりの外部水和生成層中のdead-end空隙群も包含されてしまっていると考えられた。そこで、40nm以上の範囲の包絡線、もしくは、空気泡や凝集体などへの水銀の侵入を示す包絡線からの分岐が生じている範囲の包絡線を、物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網とみなす判定方法を考案した。

また、本研究で考案した漸次繰返し圧入法による連続性を有するキャピラリー空隙網の有意性を検討するべく、物質移動と強い関係を持つと言われるしきい細孔径と空隙量に関する情報を併せ持った累積細孔量曲線の積分値に着目し、異なる養生を行ったセメントペーストの酸素拡散係数および透気係数の測定結果の傾向を分析した。その結果、累積細孔量曲線の積分値の空隙指標としての有意性と物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網の判定基準の妥当性が示唆された。

以上、本研究は、基礎研究の観点からセメント硬化体中の空隙構造を詳細に明らかにした意義が大きく、また、物質の移動経路となる連続性を有するキャピラリー空隙網の定量手法を提供しており、実務における工学的な適用性も高くかつ有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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