学位論文要旨



No 124532
著者(漢字) 薛,翊嵐
著者(英字)
著者(カナ) シュエ,イーラン
標題(和) 中国都市における高齢者の居場所に関する研究 : 広州市の旧市街地を対象として
標題(洋)
報告番号 124532
報告番号 甲24532
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6966号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 村松,伸
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 講師 今井,公太郎
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序章(研究の背景等)

現在、中国の都市は高齢化社会に向けて高齢者施設が不足する現実に直面している。高齢者にとって、厳しい都市環境の中で心地の良い居場所を見つけるのは容易なことではない。そこで高齢者の滞在に適する居場所づくりは現実問題としても政策課題としても急浮上してきた。本研究はこうした社会的なニーズを受け、広州市の旧市街地における高齢者滞在に適する場所として利用されている「社区(居住コミュニティ)内の公共空間」、高齢者施設及び「社区外の公共的施設-茶楼」について、老人の行動を観察しながらその空間的特徴を詳細に分析する。とりわけ旧市街地老人の日常の過ごし方や行動パターンを中心に課題を解明することを目的としている。

第二章研究対象地域の概要

広州旧市街地の空間的特徴と旧市街地で行われる市民生活の実態について紹介する。また、広州市の高齢化に対する対応、高齢者関連施設の現状と問題点について検討する。さらに、広州市高齢者の日常活動空間の紹介及び広州市高齢者の日常活動の空間的特徴との係りを分析する。

第三章 旧市街地「逢源街区」の公共空間--「文昌花苑」における調査

筆者は2002年の広州市旧市街地に対する調査では、偶然にも「文昌花苑」という密集化し、かつ多様化が富んだ社区空間に出会うことができた。そこには、多種多様の活動が存在し、多様化した多彩な交流が行われ、老人から子供までみんな自由自在にのんびりとした活動や交流を行い、外の世界に強く興味を持つ若者にも適する活動も見つけられる場所であった。そうした空間的特性を有する「文昌花苑」に対して、6年後の2007年に筆者は再度調査を行った。ここは、都市中の他の場所より依然として多くの人に利用されているものの、明らかに新しく再整備され、「綺麗さと秩序化」が進むなかで、この空間は以前と較べて遥かに活力を失ったように感じられた。そうした調査の考察により、社区内の公共空間が以下の4点が重要であることが分かった。

(1)安全かつ快適な環境の確保

これは老人の居場所としての主要条件である。即ち、安全性の確保、快適で健康的な屋外環境(気候条件から)の提供、人に優しい道路家具と施設デザインと配置、適切な空間スケール、五感を楽しむ空間などの内容が含まれる。老人達にとって、家でつまらなく感じたら、コミュニティの公共空間にいつでも気軽に近づけることが大切である。ちょっとした行動、活動を通して老人同志の交流の可能性が生まれ、コミュニティ空間環境に対して帰属感を感じることができる。

(2)空間の多様性の具備

変化にとんだ環境や物的状況を提供することだけでなく、多機能を備える施設、設備と場所も確保する必要がある。その上で、老人だけでなく、多種多様、あらゆる階層の利用者が楽しめる空間をつくるべきである。利用者の多様性と利用機能の多様性を考慮しながら、老人を引き寄せることだけでなく、子供や若者にも好まれる空間を提供するとともに、高いレベルでの老人滞在空間を実現すべきである。

(3)活動拠点の創造

老人に居場所を提供してあげるには、空間全体のなかにいくつかの活動拠点を形成し得る場所を確保する必要がある。活動の拠点には常にある拠点と時間性の拠点がある。固定性拠点は、老人達が好きな機能を備える施設や設備によって構成される。時間性の拠点は公演を行う施設などの時間性活動を行う場所でも考えられるが、老人の時間性活動に適した開放された場所。

「文昌花苑」における調査の中で筆者が切実に感じたのは、社区の公共空間で生まれてくる活力は、空間、施設の設計や家具の配備の問題だけではなく、より重要なのは利用者間が相互に影響し合うことである。社区の公共空間に数ヶ所の活動拠点を設けることで、複数の老人利用が生まれ、そこで交流の確率が高くなる。また多くの利用者が存在すること自体、足を止めて活動を眺める老人を引き寄せるであろう。このように、活動拠点を備えることにより、空間の魅力を高めることになる。

(4)行動の「はみだし」

活動場所の密閉性と安全性を確保する上で、公共空間にある施設は、できるだけ内部空間を開放すべきである。というのは室内と室外において、視線と音の「はみだし」が人々に活動の内容を一目で判らせ、施設内部の機能と活動内容に引き寄せられる確率が高くなるからである。さらに内外の境界におけるあいまいさを確保すべきである。というのは、施設で行う活動の内容が自然に道の空間に「はみだす」ことができるからである。公共空間にいるだけで社区の活力を感じられ、老人の多種多様な要求を満足させる。それはひたすら活動の内容、即ち動きのある風景を認識することも含まれる。

第四章 旧市街地「逢源街区」の公共施設-「文昌隣社康齢社区服務中心」における調査

「文昌隣社康齢社区服務中心」会員の生活や「康齢中心」の活動などを述べ、高齢者が社区内公共生活の貴重な(人的)資源であるとする視点から、「文昌隣社康齢社区服務中心」の社区公共空間の補充機能を分析し、社区内に存在する意義は以下のようにまとめられる。

(1)活動空間を広げる

社区内の高齢者施設に入会する人はほぼ同じ社区に住む隣人で、入会する前にすでに顔見知りであり、互いに親近感を生みやすい。入会によって、短期間で知りあいが増えることが可能である。また、日常で熟知する空間や公共施設の利用は新しい環境に適応性が低くなる高齢者にとって、恐怖や不安感を起こさずに済むであろう。こうして、老人達は活動を通じて互いに良好な関係を築き上げ、老人達は社区内の高齢施設又は高齢者組織の活動を通じて社区の主人公意識が強くなり、彼らは社区を1つの家族と考え、社区で起きる出来事を自分の事と考え、助けが必要とされる社区住民を助ける。活動範囲を自宅から社区の公共施設まで広げられる。

(2) 社区のネットワークを強化する

社区の公共的生活内容の欠落に陥りやすく、さまざまな安全上の問題や人々間の相互の信頼性が隠されてしまう確率が高くなる近代都市では、その日々弱くなっていく近隣関係に対して、社区内の高齢者施設又は高齢者組織で行われる活動や高齢者の存在は、社区の潤滑油となり、住民と社区を有機的に結び付け、社区に対する帰属意識を強める同時に、住民と住民、住民と社区の間に強いネットワークを形成させ、社区の活力をアップさせることにつながっている。

第五章 旧市街地における公共的施設--茶楼における調査

広州の独特な茶楼という商業施設の空間が広州の老人の日常生活において重要な社区外の居場所として社会的な役割を果たしていることが分かった。そこで行われる高齢者の利用実態の調査を行い、その考察により、茶楼に隠された特徴な空間的特性を以下のように明らかにした。

(1)一定の快適度を備える(空間的要因)

老人は茶楼の快適さにそれほどこだわりもなく、気になどしていないようである。特に豪華な装飾や高価な設備は茶楼の運営コストを押し上げ、利用価格の上昇が老人の利用を妨げるものとなった。ただし、老人は茶楼の快適さにまったく拘らないとかというと、それも事実ではない。絶対条件とも言える衛生管理や長時間滞在に適する室温、エレベーターの有無(入り口は1階にない場合)は、老人の利用に少なからず影響を及ぼしている。さらに長時間滞在に適する座り心地の良いテーブルや椅子、室内の照明(採光条件)は老人の利用を促すことは間違いないことである。

(2)自由な出入りを可能とすること(空間的要因)

老人にとって自由に出入りすることができる雰囲気、これは入り口から自由に出入りすることを指すものではなく、茶楼の雰囲気が庶民としての老人のすべてに対してオープンであることを意味することである。社会各階層の老人にとって誰でも気軽に利用できる親切感が漂う茶楼は人気を博しているようである。これは比較的合理的な価格、消費額の自由な選択などが含まれ、肝心なことは緊迫感やプレシャーを感じさせない店づくり・空間づくりである。

(3)空間の適度の大きさ(空間的要因)

茶楼営業面積の大きさは数十平方メートルから3,4百平方メートルまでが適度の大きさとされる。なぜならば、それは入り口で店全体を見渡せる大きさであるからである。来店客にとって、この大きさの茶楼であれば容易にグループ仲間を見つけることができ、着席中の客にとって来店の客を見過ごすことなく店内の状況を把握することができる。特に粤劇が上演する茶楼にとっては、これは客全員が適切な距離で観賞してもらえる空間の大きさである。

また、高齢者居場所として高齢者の交流を誘発することも大事と考えられる。交流を誘発するには、必要とされる道具の提供や共通の話題と注目対象の用意が必要となる。そのほか、適度のレイアウト密度や適度な騒音も交流を誘発するに役を立つ。

更に、空間的要因と同様に、サービスや管理も適度に行われることが要求される。ここでいう適度のサービスとは、客をなおざりにすることもなく客の行動を邪魔することもなく、常識の範囲内のサービスで客の要望に応えるものである。客の行動に過剰の注意を払うと、客の行動の自由が妨げられ、客の長時間滞在の可能性を引き下げることになる。といっても客を無愛想に扱うことも客を遠ざける原因になる。客に対する店員の親切さは双方における距離感を縮めるものであるなどのことが高齢者の滞在に直接影響を与えることが分かった。

第6章結語

上記の諸章のまとめを行い、本研究は社区公共空間のケース・スタディや茶楼などの社区内外高齢者に適切の居場所における研究で得られた知見から、高齢者を社区の資源と見直した上で、彼らが活動しやすい社会環境舞台づくりと身近に利用できる施設代わりの居場所空間の計画について提言を試みる。更に、今後の継続研究の課題を提示する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、広州市の旧市街地における「社区(居住コミュニティ)内の公共空間」、高齢者施設及び「社区外の公共的施設-茶楼」での高齢者の日常の行動を観察することにより、高齢者の滞在に適する空間について解明することを目的としている。

現在、中国の都市は高齢化が進み、高齢者の居場所づくりは現実問題としても政策課題としても急浮上していることが背景となっている。

第一章では、研究の背景等を述べている。

第二章では、研究対象地域である広州市、旧市街地と市民・高齢者の生活実態、高齢化に対する対応の現状と問題点を紹介した。

第三章では、旧市街地「逢源街区」の公共空間である「文昌花苑」の調査結果が考察された。「文昌花苑」は、2002年には、多種多様の活動が存在し多彩な交流が行われ、老人から子供まで自由に活動や交流を行い、若者にも適する場所であったが、2007年には再整備され活力を失った。調査結果から、社区内の公共空間では以下の4点が重要であることが分かった。

(1)安全性、快適健康な屋外環境の提供、人に優しい道路家具と施設デザインと配置、適切な空間スケール、五感を楽しむ空間など。いつでも気軽に近づける環境。ちょっとした行動を通して高齢者同志の交流の可能性が生まれ、コミュニティに対して帰属感を感じることができる。

(2)多機能を備える施設、設備と場所の確保。高齢者だけでなく子供や若者にも好まれる空間。

(3)いくつかの活動拠点を形成し得る場所の確保。好きな機能を備える施設や設備による固定性拠点と、公演などの時間性活動を行う時間性の拠点があるが、開放された場所などでも活動要求を満たすことができる。数ヶ所の活動拠点を設けることで複数の利用が生まれ、交流の確率が高くなる。多くの利用者の存在は、足を止めて活動を眺める高齢者を引き寄せる。

(4)行動の「はみだし」。公共空間にある施設はできるだけ内部空間を開放し内外境界をあいまいにすべきである。視線と音の「はみだし」が人々に活動の内容を一目でわからせ、施設内部の機能と活動内容に引き寄せる確率が高くなる。公共空間にいるだけで社区の活力を感じられ、多種多様な要求を満足させる。

第四章では、旧市街地「逢源街区」の公共施設である「文昌隣社康齢社区服務中心」の会員の生活や「康齢中心」の活動などの調査結果が考察された。

入会する人はほぼ同じ社区に住む隣人で、すでに顔見知りであり、入会によって、短期間で知りあいが増え、日常熟知する空間・施設を利用して活動するので、新しい環境に適応性が低くなる高齢者でも不安感がない。活動を通じて互いに良好な関係を築き、社区内の施設又は活動を通じて社区の主人公意識が強くなり、社区を1つの家族と考え、社区で起きる出来事を自分の事と考え、助けが必要な社区住民を助ける。活動範囲は自宅から社区の公共施設まで広がる。また、近隣関係に対して、社区内の高齢者施設又は高齢者組織で行われる活動や、高齢者の存在は社区の潤滑油となり、住民と社区を有機的に結び付け、社区に対する帰属意識を強め、住民と住民、住民と社区の間に強いネットワークを形成させ、社区の活力を上げる。

第五章では、茶楼における利用実態調査結果が考察された。広州の独特な茶楼が高齢者の日常生活において社区外の居場所として重要な社会的な役割を果たしている。

高齢者は茶楼の快適さにそれほどこだわらないが、絶対条件とも言える衛生管理や長時間滞在に適する室温、エレベーターの有無は少なからず影響を及ぼしている。さらに長時間滞在に適する座り心地の良いテーブルや椅子、室内の採光・照明は利用を促す。

自由に出入りすることができる雰囲気、茶楼の雰囲気が庶民としての高齢者のすべてに対してオープンで、誰でも気軽に利用できる親切感が漂う茶楼は人気を博している。

茶楼は入り口で店全体を見渡せ、容易にグループ仲間を見つけることができ、着席中の客から来店の客を見過ごすことなく店内の状況を把握することができる数十平方メートルから3,4百平方メートルまでが適度の大きさである。粤劇が上演される茶楼にとっては客全員が適切な距離で観賞できる空間の大きさである。

茶楼では「搭台」行為により、高齢者の茶客間の交流が引き出される。交流を誘発するには、必要とされる道具の提供や共通の話題と注目対象が必要とする。適度なテーブルの大きさ、レイアウト密度や適度なバックグランドも交流を誘発するに役を立つ。

更に、客をなおざりにすることも、客の行動を邪魔することもなく、適度なサービスが必要である。

第6章では、諸章をまとめ、社区公共空間や茶楼などの社区内外高齢者の居場所の調査で得られた知見から、高齢者を社区の資源と見直した上で、彼らが活動しやすい社会環境舞台づくりと身近に利用できる施設代わりの居場所空間の計画について提言を試みた。

以上のように本論文は、旧市街地における社区内の公共空間、高齢者施設及び茶楼での高齢者の日常の行動を観察することにより、インフォーマルな行為も含めて、高齢者が真に居場所として滞在するのに適した空間のあり方が明らかにされた。

本論文では、従来のフォーマルな施設計画だけでは得られない、高齢者の行動が解明され、日本も含めて、今後の高齢者施設に関する建築計画の方向を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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