学位論文要旨



No 124536
著者(漢字) 金,元圭
著者(英字)
著者(カナ) キム,ウォンギュウ
標題(和) 集団による知的創造活動と空間特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 124536
報告番号 甲24536
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6970号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 講師 今井,公太郎
内容要旨 要旨を表示する

本研究は知的創造活動を行う人々が活動を行う空間でどれほどの効率を上げ、その空間をどのように評価し、影響を受け、その空間と如何なる関係を結ぶのかを実験や調査を通じて定量的かつ定性的に究明することを目標とした。

「第一章:ひと・創造・空間」では、人の知的創造活動が重要視されつつある現代の産業構造とオフィスを取り巻く現状を俯瞰し、これに関連した建築分野の研究を大きく4つのカテゴリに分け、その特徴を説明している。また、人と空間の関係に関する諸研究をまとめ、これらを基本とし、本研究の対象・特徴・方法・目的を明らかにしている。

「第二章:集団による知的創造活動と空間特性(色彩と姿勢)」では、空間の色彩と、椅子やテーブルなど、ひとの姿勢と関係した空間の要素が人の知的創造活動に如何なる影響を与えるかを、実験を通じて明らかにした。

30人の被験者を対象に、「色彩」の異なる二つの実験室(有彩色、無彩色)で、6つの「姿勢」のレイアウト(テーブル、標準座位、座位近接、立位、低座後傾、ハイスツール)を用意し、ブレインストーミングを行った。

その結果

・ 有彩色の実験室1のほうが無彩色の実験室2より回答数が多かった(効率が良かった)

・ 最も回答数の多いレイアウトは、実験室1は「テーブル」、実験室2は「低座後傾」であり、最も回答数の少ないレイアウトは、実験室1は「標準座位」、実験室2は「テーブル」であった。

・ 実験室1で最もブレストのしやすい姿勢は「立位」であり、しにくい姿勢は「低座後傾」であった。

・ 実験室2で最もブレストのしやすい姿勢は「低座後傾」であり、しにくい姿勢は「ハイスツール」であった。

・ ブレストのしやすい理由、そして、しにくい理由として最も多く言及されたのは実験室1,2共に「姿勢」に関することであった。

・ ブレストのしやすい、しにくい理由に関するコメントを調べてみるとその1/4に該当する内容は「他の被験者との関係」に関するものであった。

・ アンケートの心理評価項目を調べてみると「一体感」と「満足度」、「発言しやすさ」と「集中度」、「窮屈度」と「快適度」、「楽な姿勢」と「快適度」の間に強い相関が見られた。

などの結論を得た。

「第三章:集団による知的創造活動と空間特性(スケールと形状)」では、空間のスケールと、形状が人の知的創造活動に如何なる影響を与えるかを、実験を通じて明らかにした。

20人の被験者を対象に室の壁や天井を動かせる実験室を用いて「スケール」や「形状」が集団で行う知的創造活動にどのような影響を与えるかを調べた。部屋の形状は「標準」、「通路」、「三角」、「タワー」、「ホール」の五つのレイアウトを用意し、「標準」を除いたすべてのレイアウトが何らかの圧迫感を与えるように(壁の間隔が狭い、天井が低い)スケールを設定した。

実験の結果

・ 最も回答数の多いレイアウトは、「三角」であり、最も回答数の少ないレイアウトは、「タワー」であった。

・ 最もブレストのしやすいレイアウトは「標準」であり、しにくいレイアウトは「通路」であった。

・ ブレストのしやすい理由として最も多く挙がったことは「壁までの距離」、「部屋の形」に関することであった。

・ また、ブレストのしにくい理由として最も多く挙がったことは「部屋の形」と「他の参加者との距離」に関することであった。

・ この実験でもブレストのしやすい、しにくい理由に関する具体的なコメントを調べると、他の被験者との関係に関するものが全体コメント数の約35%に及んだ。

・ アンケートの心理評価項目を調べてみると「自由度」と「活気」、「発言しやすさ」と「集中度」、「自由度」と「快適度」、「窮屈度」と「快適度」の間に強い相関が見られる。

という結果を得た。

「第四章:ひとりの考える空間」では、生活の中で人々が考えるときどのような場所を選び、如何なる理由でその場所を選ぶかを、設問を通して調べることで、考える人と場所の特徴の関係をより明確にすることを試みた。

104人を対象にアンケートを行い141の事例を得た調査の結果、

・事例に挙がった141の場所は大きく分け「プライベートな場所」と「パブリックな場所」に区分することが出来た。そのうち39%は自分の部屋、お風呂など「プライベートな場所」であった。「パブリックな場所」は「公共の場所」(全体の42%)と「仕事の場所」(全体の12%)に分けることが出来た。

・事例の場所を挙げた理由を調べたところ、「ひとりになれる」、「まわりが他人ばかり」など、人とのかかわりに関するコメント(全体の45%)が最も多かった。その次に多かった理由は「ゆったり出来る」、「落ち着く」など、心理的理由で「リラックス」(全体の38%)出来ることであった。

・上記の理由以外にも「情報」や「道具」、「姿勢」に関する内容や「音」、「光」に関する内容が多く挙がった。

という結果を得た。

「第5章:総括」

以上の実験や調査で明らかになった事をまとめると

・ 集団で行う知的創造活動も、ひとりで考える場所も、人間と空間の関係だけでなく、その空間の特徴によって形成される人と人の関係も重要である。

・ひとりの考える空間に関する調査を通じて見られた人と環境による刺激の関係を考察してみると。刺激の減る方向の空間を「修道院的空間」、刺激の増える方の空間を「市場的空間」とすると、人は考える場所を求めるとき自分の心的、身体的状況や思考の種類に合うように「修道院的空間」と「市場的空間」の間で程よい均衡を保つ場所を利用していると考えられる

・ 同じ姿勢でも好む人と好まない人がいること、一定の傾向が見られるにせよ、様々な空間を知的創造活動に利用している人たちがいることを考えると、特定の場所を知的創造活動のための空間と限定することより、多様な空間をワーカーの思いの向くままに(創造的に)利用させたほうが望ましいと考えられる。

という結論に至った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、空間の違いが人の知的創造活動にどの様な影響を与えるかを調査・実験を通して調べたものである。特に、空間の設えや、人の姿勢、圧迫感を与える空間の形状に注目し、それらが知的創造活動の効率や人々の心理にどう影響を与えたかを定量的かつ定性的に究明することを目的とした。

本論文は、序、1~5章からなっている。

第1章「人と創造」では、人の知的創造活動が重要視されつつあるオフィスを取り巻く状況、人と創造性に関する諸研究を俯瞰し、本研究を位置づけ、本研究で知的創造活動の一つとして用いるブレインストーミング(以下ブレスト)の妥当性について検討した。

第2章「考えるための空間」では、アンケートにより、人々が考えるとき、どのような場所を、如何なる理由で場所を選ぶかを調査し、知的創造活動に適した場所の特徴を明らかにした。

場所は「他人」との関係から「プライベートな場所」と「パブリックな場所」に区分でき、「心理的要素」としては「落ち着く」、「集中できる」こと、「具体的要素」としては「他人」、「聴覚」、「身体」、「視覚」が重要視され、それも場所や状況によって肯定的にも否定的にもなり、プライベートな場所は、「他人」、「聴覚」などの刺激を排除するところで、パブリックな場所は刺激を受け入れるところである事を明らかにした。

第3章「空間の設えと知的創造活動」では、実験により空間の特徴が知的創造活動に与える影響を調べた。空間の特徴として、設えと、姿勢を取り上げ、30人の被験者を対象に、設えの異なる二つの実験室で、6つの「姿勢」のレイアウト(テーブル、標準座位、座位近接、立位、低座後傾、ハイスツール)を用意し、ブレストを行った。

実験室1(有彩色のブレスト用空間)の方が実験室2(無彩色の一般的会議室)より回答数が多く、空間の設えの違いが知的創造活動の効率に影響を与えることがわかった。しかし、「姿勢」の違いは知的創造活動の効率に影響を与えなかった。

各レイアウトに対する被験者の評価とブレストの効率の問の関係は、実験室1の場合は「貢献度」と「発言のしやすさ」で有意な差が認められ、実験室2では「満足」、「一体感」、「貢献度」、「促進度」、「集中度」、「窮屈」、「人との距離」、「記録紙までの距離」で有意な差が認められ、設えの異なる二つの実験室に対し、被験者の評価と効率の関係は違いを見せた。

ブレストのしやすいレイアウトとしにくいレイアウトに関して調べたところ、実験室1では最もしやすいレイアウトとして「立位」、最もしにくいレイアウトとして「低座後傾」が選ばれたが、実験室2では最もしやすいレイアウトとして「低座後傾」、しにくいレイアウトとして「ハイスツール」が選ばれるなど、両実験室で相反する傾向が出た。詳細な理由としては、しやすい、しにくい共に「姿勢」に関することが最も多く挙がった。次に「机の有無」と「模造紙までの距離」がしやすい要素とされ、「他の参加者との距離」と「模造紙までの距離」がしにくい要素とされている。

第4章「空間の形状と知的創造活動」では、空間を構成する要素が人にマイナスの影響(圧迫感)を与える場合について検討した。20人の被験者が室の壁や天井を動かせる実験室で「標準」、「通路」、「三角」、「タワー」、「ホール」の五つのレイアウトを、ブレストを行いながら評価した。

被験者にマイナスの影響(圧迫感)を与える空間の形状はブレストの効率に影響を与え、最もブレストのしやすいレイアウトは「標準」であり、最もしにくいレイアウトは「通路」という結果を得た。「壁までの距離」、「部屋の形」がしやすい要素として選ばれ、「部屋の形」と「他の参加者との距離」がしにくくした要素として挙げられた。

第5章では、結論として、空間の特性は知的創造活動の効率、心理面に影響を与え、集団で行う知的創造活動は、明るい雰囲気で圧迫感の少ない空間が好ましく、その空間は人の気持ちを落ち着かせ、集中させる空間で、一人ひとりの領域が確保されていること、参加している人々を見渡せること、それが可能な空間の配置であることが重要であるとした。

以上のように本論文は、空間や室内レイアウトの違いが人の知的創造活動に与える影響を調査・実験により定性的・定量的に明らかにした。

本論文では、各種空間の中でも今まであまり対象とされなかった知的創造活動のための空間をブレーンストーミングという行為との関連において検討したもので、今後必要性が高まると思われるこの種の空間に対する建築計画の方向を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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