学位論文要旨



No 124537
著者(漢字) 劉,高育
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,コウイク
標題(和) 実火災状況下における遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 124537
報告番号 甲24537
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6971号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 准教授 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

区画内で火災が発生した場合、透明性の高い防火ガラスが区画材として使われているため、区画内の火災の燃焼状況、危険物、可燃物などの配置、取り残されている要救助者の判断などが容易に確認できる。それに伴い、消火や救助の活動準備を適切に行える可能性が高まる。但し、現行の特定防火設備標準加熱実験では従来、破壊に至ることが稀な特定防火設備である鋼製防火シャッターや防火戸のように熱変形や遮熱に弱点があるものを対象としていた。それに対して防火ガラスは火災時の状況により、温度の不均一分布や注水などの急激な温度変化により破壊に至るため、あらたな課題を有する設備であると言える。防火ガラスについては、定められている現行標準試験の他に、火災性状を考慮した性能試験が必要であり、さらに放水などの総合的な性能試験を施さない限り、火災時の被害状況を再現できないと考える。よって、本研究は、火災時遮熱性ワイヤレス防火ガラスを破壊する可能性のある影響の一つである急激な温度変化状況を摘出し、主体として、火災時防火ガラスの破壊挙動を研究した。

第1章では、本研究の背景と目的、本研究の位置づけ、本研究の構成について述べた。まず本研究の背景では、防火安全を提唱している現在は、防・耐火ガラスに関する研究は始まったばかりであり、ガラスの延性・展性に乏しく熱が加わると割れてしまうという性質によって、ガラスの防・耐火研究は困難な課題である。しかし、1990年代中期から、目覚しい建築材料開発に伴い、ガラスにおいても網入りガラス以上の防火性能を有する、網のない「ワイヤレス防火ガラス」が数多く開発されている。これらの高機能性ガラスは特定防火設備として使われている。だが、これらの防・耐火ガラスは、消防設備(消火栓設備、スプリンクラーなど)または消防救助を実施時の放水による防火区画の損害から生じる延焼、バックドラフト現象など避難上の欠点になる恐れがあり、まだ心配される。このような背景により、実火災時にワイヤレス遮炎性防火ガラスの各種温度変化により内部熱応力の影響及びガラスの高温時の物性値を総合的に考査し、火災時急激な温度変化を主体としてガラスの破壊状況を明らかにすることを本研究の目的とする。この研究を通して、建築防火部材としての防火ガラス高温時の挙動を究明したことにより、建築防火、さらに消防救助の検討、火災の対応方法には有用であると考えている。

第2章では、ガラスと遮炎性ワイヤレス防火ガラスの製造、強度と物性など、及び風冷強化ガラスの破壊、火災時ガラスの破壊の文献、既往研究について述べた。ガラスの製造、物性の測定方法などにより、基礎の物性を把握した。そして、火災及びガラスの破壊の既往研究を参考にして、火災時防火ガラスの破壊要因を確認した。また、それらを統合することを試みた。

第3章では、第4章の防火ガラスの力学性質測定実験の先行実験、理論的な検討及び推算である。ガラス高温物性測定時の実験昇温状態よりも速い火災昇温状態を含め、高温時防火ガラスの物性及び力学性質の把握が必要であるため、高温時物性測定実験方法を検討すること、及び異なる実験方法から得られた結果でも性質が把握できるように修正することを目的とした。ここで、高温時防火ガラスの物性測定の同心円曲げ試験法を検討し、有限要素法を用いて、荷重を受ける際に同様なポアソン比により同じ変形状態が生じる物理性質を利用し、ガラス高温時大変形の破壊応力とヤング率補正法を提案した。その提案により、高温同心円曲げ試験法における防火ガラス高温時の荷重と変位の関係を把握できるようになった。また、実験結果を推論するために風冷強化ガラス高温時表面応力変化の測定方法を提出した。最後に、後出の第5章の有限要素法に対して、ガラスは透明な物質であり、火災のような高温加熱際に、内部の熱輻射伝熱状況には有限要素法解析が対応できないため、この部分について、火災時防火ガラス内部の温度推算を検討した。

第4章では、実火災環境下における遮炎性ワイヤレス防火ガラスの力学性質に対して、二つの実験に分けて実験的検討を行った。一つ目は同心円曲げ試験法により耐熱結晶化ガラス及び耐熱強化ガラスと同材質なフロート板ガラスのガラス中温度領域高温時のヤング率、破壊応力、さらに粘性を第三章に提案した高温同心円曲げ試験法で測定して検討した。二つ目は光弾性表面応力測定実験により、ISO834標準加熱曲線に従って、加熱後の耐熱強化ガラス表面応力を測定した。最後にこれらの実験結果と文献によりガラスの高温物性値をまとめて、火災時遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊予測式を構成した。これらの実験的研究によって、ワイヤレス防火ガラス高温時の加力速度によるヤング率、粘性の変化、破壊応力及び火災昇温を模擬したISO834標準加熱曲線の温度上昇について市場で最も使われている8mm耐熱強化ガラスの表面応力変化が把握できた。第4章に通して、以下の知見が得られた。

一、耐熱結晶化ガラスの高温物性について

(1)耐熱結晶化ガラスでは、475℃~575℃のガラス中温度域範囲以内ではヤング率はほぼ変化しないことを確認した。そして、耐熱結晶化ガラスは透明なセラミックスであるため、粘性性質は現していなかった。

(2)破壊応力について、常温時と比較して、475℃及び575℃では常温時より若干高い値を示し、800℃の実験ではさらに高値を示した。これは、試験のばらつきに加え、マイナスの熱膨張性質により、若干固まり、特に800℃では、耐熱結晶化ガラスのガラス相の極僅かな軟化により、ガラス表面に存在するキズの影響が少なくなったものと推察される。加えて、800℃時のヤング率の低下もその要因の一つと考えられた。

二、耐熱強化ガラスの高温物性について

(1)耐熱強化ガラスでは、強化ガラスであり、高温時表面応力の変化は単純材質の破壊応力測定時の支障になるため、同材質のフロート板ガラスを用いて破壊応力とヤング率を測定した。その結果、試験体が475℃から加力速度が速いほど、ヤング率が高くなる現象が現れ、そして、粘弾性三要素モデルで解析したガラス高温時の温度、加力速度におけるヤング率の変化を回帰式で求めた。

(2)ガラスの粘性については、歪点を越えてから、粘性性質が著しくなり、ガラスの構造流動現象が出現した。また、その非ニュートン流動性質はJ. H. Simmonsらが提出した規格化される粘度と構造流動時の粘度関係式について検討した。歪点を越えたばかりの525℃実験では、実験結果のばらつきが大きく、判断できなかった。それは歪点を超えたばかり温度の粘性が表れる最初の急激変化により至る結果と考えている。また、550℃と575℃のニュートン流体粘性値検討では、ばらつきが小さく、そして、粘性値減少率は第四章文献1の粘度減少とほぼ一致していると確認した。

(3)耐熱強化ガラスの風冷強化解除は市場で最も採用されている厚さ8mmの耐熱強化ガラスを用いて、加熱後の表面応力を測定した。また、冷却時の永久歪み変化はガラスの軟化温度から、簡易式で概略の表面応力変化を把握し、火災高温時の耐熱強化ガラス表面応力を推測した。

(4)耐熱強化ガラスでは、一度加熱面が軟化する温度の600℃以上に加熱された場合、加熱表面の圧縮応力が低くなり、強化ガラスの応力誘起浸食現象が加速された。この現象により一次火災時で破壊されなくでも、自爆する可能性が高くなり、危険性が増加する。

三、火災時遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊基準について

火災時遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊基準については、火災時ワイヤレス防火ガラスの破壊に至る応力は熱衝撃の最大値式を基礎式として、ワイヤレス防火ガラスの高温物性を加えてまとめた。

第5章では、実火災の状況を模擬し、実大部材を用いて、高さ方向の温度差がある成長期火災の状況下での水球衝突により急激な温度変化を与え、防火ガラスの破壊状況を再現した。また、その実験結果を用いて、有限要素法解析を実施し、第4章の防火ガラス高温時の急激温度変化の破壊予測式と比較して検討した。その結果、有限要素法計算の局所熱膨張が発生しても、破壊予測式との最大差は15%以下となり、非常に近い結果と考える。本章を通じて、以下の知見が得られた。

一、耐熱結晶化ガラスの低いマイナス熱膨張物性により、火災時の急激な温度変化に対応できると実証した。

二、耐熱強化ガラスでは、表面の強化圧縮応力が、火災加熱初期の急速昇温による熱応力に抵抗する。そして、温度が高くなると、表面圧縮応力がなくなったが、火災昇温の熱応力も低くなっているため、標準加熱実験に合格可能である。但し、実際の火災時に急激な温度変化にあたる場合破損する可能性が高いと考えている。

三、第4章の破壊予測式について検討した。高さ方向に温度差があり、裏面が徐冷点を越え、熱膨張が急に大きくなった場合でも、有限要素法との最大差は15%以下である。この式による火災時防火ガラスの破壊についての検討は有用と考えている。

第6章では、本論文における総括の結論として論文の全般的なまとめについて述べた。

審査要旨 要旨を表示する

劉高育氏から提出された「実火災状況下における遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊挙動に関する研究」は、防火区画の構成材料として利用されることが期待されるワイヤレス防火ガラスの火災時の破壊挙動を明らかにすることを目的として、高温下におけるワイヤレス防火ガラスの力学特性および破壊基準を求め、高温下におけるワイヤレスガラスの構成則を構築するとともに、実大レベルでの火災実験および模擬注水実験を行って、構築した構成則の検証を行ったものである。ガラスは透明であるため、防火区画部材として用いられれば、火災時に可燃物の燃焼状況、危険物・可燃物などの配置、取り残された要救助者の有無などが容易に視認でき有用であるが、通常のガラスは、火災時に生じる温度応力によって破壊に至るため遮炎性・遮煙性が確保できないため、火災時にも破壊しない防火ガラスが開発されてきている。しかしながら、消火活動等で急激な温度変化が生じる場合の挙動については不明な点が多く、劉氏の博士論文は、これら火災時の様々な状況における防火ガラスの挙動を明らかにし、その適切な利用方法について有益な示唆を与えるものである。

本研究は6つの章で構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的、範囲などが的確に述べられている。

第2章では、本研究と関連する既往の研究に関する調査がなされており、ガラスの製造方法、ガラスの力学特性の測定方法およびガラスの破壊原因に関する調査を通じて、火災時の防火ガラスの挙動を把握できる実験方法に対する検討がなされ、実験に際しての注意点を明確にしている。

第3章では、火災加熱時のガラスの力学特性を把握するための実験方法について解析的な検討がなされており、第4章および第5章で行われる実験の理論的検証がなされ、その正当性が確認されている。すなわち、ガラス板の高温下の曲げ試験において大変形が生じる場合であっても、ガラスの弾性係数および破壊応力を算出できるような補正方法が提案されており、強化ガラスの表面応力が昇温に伴って変化する様子に関しての理論的検討がなされている。また、ガラスの断面における温度分布を推定する方法についての理論的検討もなされている。

第4章では、第3章で構築した試験方法を用いて、遮炎性ワイヤレス防火ガラスである耐熱結晶化ガラスおよび耐熱強化ガラスの高温下における弾性係数、粘性係数などの構成則および破壊応力が算出されるとともに、加熱後の耐熱強化ガラスの表面応力が慎重に測定されており、火災加熱時の遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊予測式が導出されている。実験を通じて、耐熱結晶化ガラスの弾性係数は575℃程度以下の範囲では変化しないこと、耐熱強化ガラスの場合には475℃以上の範囲で顕著な粘弾性的性質を示し、歪点を超えると構造流動現象を示すことを明らかにしている。さらに、耐熱強化ガラスが600℃以上に加熱されると応力誘起浸食現象が加速されることを見出しており、その危険性を指摘している。

第5章では、実際の火災および消火活動を模擬した実大規模の空間火災実験を実施しており、遮炎性ワイヤレス防火ガラスの破壊の発生状況を第4章で求めた構成則を用いて有限要素法で予測するとともに、同じく第4章で構築した破壊予測式の検証を行っており、構成則および破壊予測式の妥当性を確認している。

第6章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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