学位論文要旨



No 124538
著者(漢字) 王,徳東
著者(英字)
著者(カナ) オウ,トクトウ
標題(和) ポリマーセメントモルタルにより断面修復した鉄筋コンクリート部材の耐火性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 124538
報告番号 甲24538
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6972号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 塩原,等
内容要旨 要旨を表示する

現在、日本国内のコンクリート生産量は減少傾向にあるが、コンクリート構造物の累積量は未だに増加している。ストックメンテナンスの世紀といわれる中で、将来にわたる経済発展の基幹である建設資本の維持管理に必要な費用は膨大なものになると予想されており、耐久性や経済性の面から無駄の無い最適な補修・補強工法が必要とされている。また、様々な環境指標が提案される中、それらを有効に機能させるには建設後の維持・修繕費等に関しても正確に知る必要があり、そのためには適切な補修・補強方法を確立することが必要である。しかし補修・補強方法は新規構造物に対する耐久設計に比べて、未だ十分な研究がなされているとは言えない。現在の補修・補強の工法・材料の選択は経験に依存している部分が大きい。補修・補強する場合、最も重要なことは構造物が置かれている環境条件、劣化状況および供用期間に応じた"適材適所"の補修・補強を行うことであり、従って実際に補修された構造物の構造耐力や耐久性に影響を与えると考えられる補修材の材料物性を測定し、さらにその物性をいかした解析を行い、"適材適所"な補修方法を明らかにする研究は、鉄筋コンクリート構造物の最適なストックメンテナンス方法を確立することに大きく役立ち、今後の社会において安全面や経済面、更に環境の面からも非常に有用であることを言える。

ポリマーセメントモルタルは、普通セメントモルタルと比較して、接着性が良い、硬化が速い、収縮が小さい、防水性が高い、耐摩耗性・耐薬品性が優れる等の利点を有している。現在、建築・土木分野において、鉄筋コンクリート構造物の断面補修対策用の修復材として積極的に使用されている。

建築基準法では、補修時においてかぶりコンクリートを構成する材料として、ポリマーセメントモルタル、またはエポキシ樹脂モルタルの使用が位置付けられている。しかしながら、ポリマーセメントモルタルは、その構成成分として合成樹脂やゴムのような有機物を含有しているため、防火上の性能が明確ではなく、補修した鉄筋コンクリート構造部材の耐火性能に関する材料面及び構造面からの検討例は少ない。そのため、補修した鉄筋コンクリート構造部材火災加熱環境下での安全性が懸念される。また、補修した実大建築構造部材の載荷加熱試験の実施は困難であり、火災加熱後の残存耐力は解析的研究による解明が必要と考えられる。

本論文の目的は、ポリマーセメントモルタルにより断面修復した鉄筋コンクリート構造部材の耐火性能を明らかにするものである。耐火試験および載荷試験で確認する一方、補修を施した鉄筋コンクリート部材の耐火性を熱応力変形解析によって解明することを目指した。そのために、以下の項目を解決する必要がある。

(1) ポリマーセメントモルタルの燃焼性状を把握する

(2) 高温度におけるポリマーセメントモルタルの力学特性に関する構成則の作成

(3) 高温度におけるポリマーセメントモルタルとコンクリートの付着特性に関する構成則の作成

(4) 高温度におけるポリマーセメントモルタルと鉄筋の付着特性に関する構成則の作成

(5) 高温度におけるポリマーセメントモルタルの熱伝導率の数式化

(6) 熱応力変形解析プログラムの構築

本論文は、全9章で構成され、各章の概要および主な内容を下記のようにまとめる。

第1章では、序論として、本研究の背景、目的および構成について概説した。

第2章では、「ポリマーセメントモルタルの燃焼特性に関する実験」と題して、火災加熱を受けるポリマーセメントモルタルの性能低下メカニズムを明らかにするための基礎資料を得ることを目的とし、セメント混和用ポリマーの示差熱熱重量分析を行った。また、ポリマーセメントモルタルの燃焼性状を把握するため、ポリマーセメントモルタルの発熱性試験および不燃性試験を行った。ポリマーセメントモルタルの燃焼特性に関する各実験の結果をまとめ、より熱に強い、より燃焼し難い補修材料を選定した。

第3章では、「高温加熱後のポリマーセメントモルタルの力学特性に関する実験」と題して、高温度におけるポリマーセメントモルタルの各力学特性を得ることを目的とし、現在市販されているエチレン・酢酸ビニル,酢酸ビニル・べオバ・アクリルおよびポリアクリル酸エステル3種類の再乳化形粉末樹脂を選び、ポリマーセメント比を変化させ、普通セメントと大井川水系陸砂とを用いて断面修復用モルタルを作製し、火災を想定して、200℃から1000℃までの高温加熱を受けたポリマーセメントモルタルの強度試験を行い、その加熱前後の外観変化、質量変化及び強度変化について検討、考察した。また、実験で得られたデータに基づく回帰分析を行い、高温加熱後の補修材料の曲げ強度、圧縮強度および弾性係数の予測式を提案した。

第4章では、「高温加熱を受けたポリマーセメントモルタルとコンクリートの付着特性に関する実験」と題して、有限要素解析に用いる補修材料とコンクリートの付着要素の構成則を構築することを目的とした。そのため、躯体としてコンクリートを想定した躯体モルタルを使用し、現場で良く使用されるポリマーを用い、ポリマーセメント比を変化させ、ポリマーセメントモルタルを作製し、高温加熱を受けたポリマーセメントモルタルと躯体モルタルの引張付着試験を行い、ポリマーセメントモルタルと躯体の付着性状の温度依存性について検討し、考察した。また、実験で得られた結果に基づく数式化を行い、高温加熱後の補修材料の引張付着強度予測式を提案した。

第5章では、「高温加熱を受けたポリマーセメントモルタルと鉄筋の付着特性に関する実験」と題して、有限要素解析に用いる補修材料と鉄筋の付着要素の構成則を構築することを目的とした。現場で良く使用されるポリマーを用い、ポリマーセメント比を変化させ、ポリマーセメントモルタルを作製し、高温加熱を受けたポリマーセメントモルタルと鉄筋の引き抜き試験を行い、ポリマーセメントモルタルと鉄筋の付着性状の温度依存性について検討し、考察した。また、実験で得られた結果に基づく数式化を行い、高温加熱後の補修材料と鉄筋の付着強度予測式を提案する。

第6章では、「高温加熱を受けたポリマーセメントモルタルの熱特性に関する実験」と題して、高温度におけるポリマーセメントモルタルの熱伝導率を得ることを目的とした。そのために、4種類のポリマーを用いたポリマーセメントモルタルを作製し、その高温加熱後の熱伝導率測定試験を行い、ポリマーセメントモルタルの熱伝導率の温度依存性について検討し、考察した。また、実験で得られた結果に基づく回帰分析を行い、高温時における補修材料の熱伝導率の予測式を提案する。

第7章では、「補修した鉄筋コンクリート梁の耐火試験および加熱後の載荷試験」と題して、火災加熱を受けた鉄筋コンクリート梁部材の残存耐力を把握することを目的とした。実構造部材を想定した補修梁を作製し、梁の中央部分にポリマーセメントモルタルで断面補修を行い、ISO834標準加熱曲線に従って加熱し、加熱時間に対する主筋と断面内の主要部分の温度を測定した。また、加熱後の梁を用い、載荷試験を行った。梁部材の断面温度分布、残存耐力および変位について検討、考察した。

第8章では、「補修した鉄筋コンクリート梁部材の熱応力変形解析」と題して、求めたポリマーセメントモルタルの各構成則を用い、有限要素解析プログラムを構築して、補修した鉄筋コンクリート梁部材の熱応力変形解析を行った。付着特性を考慮した有限要素解析で得られた結果と梁の試験結果の比較検討を行った。これまでに求めた高温度におけるポリマーセメントモルタルの各構成則を構造部材解析への応用が可能であることを確認した。

第9章では、本論文における結論を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

王徳東氏から提出された「ポリマーセメントモルタルにより断面修復した鉄筋コンクリート部材の耐火性能に関する研究」は、鉄筋腐食等の劣化により断面欠損した部分やかぶりコンクリートが不足した部分をポリマーセメントモルタルによって修復した鉄筋コンクリート部材の耐火性能を明らかにすることを目的として、補修を施した鉄筋コンクリート部材を実際に加熱して載荷試験を行い、その耐火性能を実験的に確認するとともに、補修材料の加熱後の基本物性を把握した上で有限要素解析を行って耐火性能を予測する手法の基礎的検討を行ったものである。ポリマーセメントモルタルは、硬化が速く接着性がよいとか、防水性が高く耐摩耗性・耐薬品性に優れているなどの理由により、現在、建築・土木分野において、鉄筋コンクリート構造物の断面修復材として重用されている。しかしながら、ポリマーセメントモルタルは構成成分として合成樹脂やゴムなどの有機物を含有しているため、それを施した鉄筋コンクリート部材の防耐火性能の低下が懸念されている。王氏の博士論文は、この問題の所在および解決策を明らかにし、建築基準法に関わる技術的規準の整備に向けて適切な方向性を与えるものである。

本研究は9つの章で構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的、範囲などが的確に述べられている。

第2章では、セメント混和用ポリマーの示差熱熱重量分析およびポリマーセメントモルタルの発熱性・不燃性試験を行い、各種ポリマーセメントモルタルが火災加熱を受けた場合の加熱分解性状および燃焼性状を明らかにし、燃焼し難く熱に強いポリマーセメントモルタルが論理的に選定されている。

第3章では、ポリマーの種類およびポリマーセメント比を変化させて様々なポリマーセメントモルタル試験体を作製して、火災で加熱を受けた場合のポリマーセメントモルタルの外観変化、質量変化および強度変化を調べ、補修した鉄筋コンクリート部材が火災を受けた場合の耐力予測に必須となるポリマーセメントモルタルの高温時の構成則を初めて導き出している。

第4章では、ポリマーの種類を変化させてポリマーセメントモルタルとコンクリート躯体との付着特性に及ぼす火災温度の影響を調べる試験体を作製して、様々な温度下で付着試験を実施し、補修した鉄筋コンクリート部材が火災で加熱を受けた場合の耐力予測に必須となるポリマーセメントモルタルとコンクリート躯体との付着特性に関する構成則を初めて導き出している。

第5章では、ポリマーの種類を変化させてポリマーセメントモルタルと鉄筋との付着特性に及ぼす火災温度の影響を調べる試験体を作製して、様々な温度下で引抜き付着試験を実施し、補修した鉄筋コンクリート部材が火災で加熱を受けた場合の耐力予測に必須となるポリマーセメントモルタルと鉄筋との付着特性に関する構成則を初めて導き出している。

第6章では、ポリマーの種類を変化させてポリマーセメントモルタル試験体を作製して、様々な温度下で熱伝導率を測定し、補修した鉄筋コンクリート部材が火災で加熱を受けた場合の断面内の温度分布を予測するために必要となるポリマーセメントモルタルの基礎的データを得ている。

第7章では、ポリマーセメントモルタルで断面修復がなされた鉄筋コンクリート梁部材が火災で加熱を受けた場合の断面温度分布、耐荷力および変形量を測定し、その火災時の性状を明らかにしている。

第8章では、第6章で得られたポリマーセメントモルタルの熱伝達特性を用いて鉄筋コンクリート部材の断面内の温度分布を予測し、第3章から第5章で得られたポリマーセメントモルタルの力学特性および付着特性の高温下における構成則を用いて、鉄筋コンクリート梁が火災による加熱を受けた場合の荷重たわみ関係を予測する手法を初めて構築している。

第9章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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