学位論文要旨



No 124539
著者(漢字) 渡辺,壮亮
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,タケアキ
標題(和) 様々な大気安定度での大気境界層に関する風洞実験と数値シミュレーション
標題(洋)
報告番号 124539
報告番号 甲24539
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6973号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 准教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

近年における都市の発展に伴い、ヒートアイランド現象・自動車排ガスによる大気汚染といった都市における種々の大気環境問題が顕在化してきた。特に大気汚染の悪化は、交通量の増加もさることながら、市街地の高層化や道路の複層化など、高密度な空間利用による風通しの悪さにより都市域の換気効率が低下すると共に、自動車排ガスがストリートキャニオン内で滞留するためとも考えられる。自動車排ガスによる窒素酸化物や光化学オキシダントをはじめとした大気汚染物質は、喘息やアレルギーのような人体の健康を脅かす症状を引き起こす原因の1つである。しかしながら、種々の政策にもかかわらず、地域によっては環境基準値を超越したまま未だ改善できていない項目もある。

大気汚染改善策の1つとして、道路交通情報システム等の整備によって大気汚染改善のための研究が行われており、そのための予測には時間的にもコスト的にも数値解析が妥当といえる。

乱流モデルを用いて予測する方法では、簡便で汎用性のある標準k-εモデルでは大気安定度(大気の上下混合を表す指標)における感度が非常に鈍い。LESは、精度良く解析できるが多くの時間とコストがかかる。

また、都市気候を対象とした様々な研究が行われているが、未だ都市気候の物理的構造は解明されているとはいえない。大都市における大気汚染に多大な影響を与えるヒートアイランドによる都市循環流といった不安定成層や放射冷却、逆転層などの安定成層に関する都市気候の形成要因と物理的構造を解明することは、大気汚染だけでなくヒートアイランド現象等を改善していく上で非常に重要である。

さらに、大気境界層(都市気候)の特性を把握するため様々な実測が行われているが、気象条件の変化や測定場所等の制約から、幾らかのノイズを含む可能性がある。

本研究の目的は、様々な温度成層下で利用できる新しい乱流モデル・拡散モデルを開発することであり、本研究では、検証用のデータを取ることを目的として大気の条件設定が系統的にできる温度成層風洞を用い、様々な温度成層条件下で段階的に変化する運動量フラックス、熱フラックスをはじめとした乱流統計量の特徴を熱線風速計と冷線温度計によって精緻に計測し、そのデータを数値シミュレーションと比較することで様々な温度成層下で利用可能かつ簡便で汎用性のある新しい乱流モデルを提案する。

本論文は以下に示す8章により構成されている。

第1~2章では、本論文での背景、目的及び研究内容の概要を述べ、本論文の構成を示している。本研究に関わる既往の研究に関して解説し、主に大気境界層の物理的構造解明に関して行われた実測、風洞実験、数値シミュレーションについて一部の研究例を挙げた。

第3章では、本研究で行った風洞実験の概要として、風洞実験の性能と測定機器の原理・本研究での機器選定理由、本研究での実験条件・計測パターンを示した。東京大学 生産技術研究所 環境無音境界層風洞で温度成層装置・気流冷却装置・床面温度調節装置を用いて、風洞内の気流温度・床面温度を制御し、中立条件・安定条件・不安定条件といった大気境界層を模擬した。風速と気温に関する同時計測の説明を行ない、風速の計測データを温度変動の影響を考慮し補正した。なお、較正は気流の風速と温度を制御できる較正装置を用いて行った。さらに、空間相関、時間相関による検討を行ない、同時計測データの信頼性を確認した。この風洞実験を用いた検証用データを第5,7章に示し、数値シミュレーション結果と比較する。

第4章では、本研究で行った数値シミュレーションの概要として、流体の基礎方程式、乱流モデルの必要性、本研究で用いる等温流れ場と非等温流れ場の標準k-εモデルの基礎方程式を示した。また、本研究での流れ場モデルと計算・境界条件を示した。スタガードグリッドと標準k-εモデルを用い、風洞領域を対象とした解析を行い、運動・輸送方程式は、移流項に一次風上差分、他の空間微分には中心差分を用いた。全ケースにおいて、ReとRbの値を風洞実験のそれらと同様に設定し、計算領域は風洞と同サイズに設定した。壁面境界条件は、Z0型の対数則を用い床表面での熱フラックスと剪断応力の平均値を評価した。この数値解析を用いた結果を第5章に示す。

第5章で、風洞実験結果と標準k-εモデルとの比較を行なった。

平均風速分布、レイノルズシアストレス分布、運動方程式中乱流粘性項分布、平均温度分布、乱流熱フラックス分布、渦動粘性係数分布、熱渦拡散係数分布を示し、現状の問題点を確認した。

数値計算結果と風洞実験結果はその結果に差はあるものの同様の傾向を示すが、数値計算結果における安定条件と不安定条件の差は、風洞実験のそれよりも非常に小さいことがわかった。

このことは安定条件と不安定条件の間で、乱流モデルによる大気安定度の差がわずかしかないことを意味しており、標準k-εモデルでは大気安定度の感度が非常に低いことがわかった。

また運動方程式中乱流粘性項分布では、風洞実験と同様の傾向を示す数値解析結果を援用し、考察を行った。接地層付近で、強安定条件の絶対値が大きく、強安定条件の平均風速が小さくなったのは、強安定条件のレイノルズシアストレスが非常に小さく上空の運動量が下方へ輸送されないためであることがわかった。

第6章では、実測との比較による種々の特性値の妥当性の検討を行った。実測値と風洞実験値は、既往の文献と比較的良い一致を示した。風洞実験値を検証用データとして用いるのに問題ないと考えられる。

第7章では、第5~6章の結果から新しいモデルの提案とその精度検証を行った。新しく提案する乱流モデルの方が平均流に関しては、実験値に近づいたといえる。しかしながら、レイノルズシアストレス・乱流熱フラックスに関して、不安定条件では過大評価を行う部分もあり問題が残された。

境界条件のパラメータの見直し等、解析精度向上のためには今後更なる調整が必要である事も示唆された。

第8章において本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を示して結論とした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、大気の条件設定が系統的に可能な温度成層風洞を用い、様々な温度成層条件下で乱流統計量の特徴を精緻に同時計測し、そのデータを検証用として数値シミュレーションと比較することで様々な温度成層下で利用可能かつ簡便で汎用性のある新しい乱流モデルを提案することを目的としている。

近年の大気汚染の悪化は、交通量の増加もさることながら、市街地の高層化や道路の複層化など、高密度な空間利用による風通しの悪さにより都市域の換気効率が低下すると共に、自動車排ガスがストリートキャニオン内で滞留するためと考えられる。

しかしながら、種々の政策にもかかわらず、地域によっては環境基準値を超越したまま未だ改善できていない項目もある。

大都市における大気汚染に多大な影響を与えるヒートアイランドによる都市循環流といった不安定成層や放射冷却、逆転層などの安定成層に関する大気境界層の物理的構造の解明は、未だ十分とはいえず大気汚染だけでなく、ヒートアイランド現象等を改善していく上でも非常に重要である。

そのために大気境界層の特性を把握するため様々な実測が行われているが、気象条件の変化や測定場所等の制約から、測定結果に幾らかのノイズを含む可能性がある。

そこで、本論文では大気の条件設定が系統的にできる温度成層風洞を用い、様々な温度成層条件下で乱流統計量の特徴を精緻に同時計測し、そのデータを検証用として数値シミュレーションと比較することで様々な温度成層下で利用可能かつ簡便で汎用性のある新しい乱流モデルを提案し、実験結果と比較しその有用性を検証した。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章では、本論文での背景、目的及び研究内容の概要を述べており、本論文の構成を示している。

第2章では、本研究に関わる既往の研究に関して説明しており、主に大気境界層の物理的構造解明に関して行われた実測、風洞実験、数値シミュレーションについて一部の研究例を示している。

第3章では、本研究で行った風洞実験の概要として、風洞実験の性能と測定機器の原理・本研究での機器選定理由、本研究での実験条件・計測パターンを示し説明している。風速と気温に関する同時計測の説明を行っており、風速の計測データを温度変動の影響を考慮し補正の方法を説明している。さらに、空間相関、時間相関による検討を行っており、同時計測データの信頼性を確認している。

第4章では、本研究で行った数値シミュレーションの概要を説明している。本研究での流れ場モデルと計算・境界条件を示している。壁面境界条件に関しては、Z0型の対数則による床表面での熱フラックスの平均値と剪断応力の平均値での評価を検討している。

第5章で、風洞実験結果と標準k-εモデルとの比較を行なっている。

平均風速分布、レイノルズシアストレス分布、運動方程式中乱流粘性項分布、平均温度分布、乱流熱フラックス分布、渦動粘性係数分布、熱渦拡散係数分布の結果を示し、現状の標準k-εの問題点を確認しており、安定条件と不安定条件の間で、標準k-εモデルによる大気安定度の差がわずかしかないことを記述している。

また運動方程式中乱流粘性項分布によって、風洞実験と同様の傾向を示す数値解析結果を援用し、考察を行っている。

第6章では、実測との比較による種々の特性値の妥当性の検討を行っている。実測値と風洞実験値は、既往の文献と比較的良い一致を示しており、風洞実験値を検証用データとして用いる有効性に関して検討している。

第7章では、新しいモデルの提案とその精度検証を行っている。新しく提案する乱流モデルの解説を行い、風洞実験との比較を行っており、その結果から新しいモデルの有効性・適用可能性に関して検討している。全体的に改善がみられるが問題点も残しており、その解説を行っている。

第8章では、本論文の総括を示し、今後の研究課題を示している。

以上を要約するに、本論文は精緻な風洞実験結果を検証データとし様々な温度成層下で利用可能かつ簡便で汎用性のある新しい乱流モデルを初めて提案し、その有用性・適用可能性を示している。これは大気環境問題を解決する上で必要な大気境界層の特性の把握とそれを簡易に予測するための基本となるものである。本研究は、大気環境問題の対策上、長く求められながら、温度成層を用いた風洞実験による同時計測が非常に困難であったため、その検証用データを基にした様々な温度成層下で利用可能かつ簡便で汎用性のある新しい乱流モデルを初めて提案するもので、建築環境工学の発展に寄与するところが極めて大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク