学位論文要旨



No 124542
著者(漢字) 廖,硃岑
著者(英字)
著者(カナ) リョウ,シュジン
標題(和) ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕行為に関する研究 : 1900~1960年代の高層集合住宅事例を中心に
標題(洋)
報告番号 124542
報告番号 甲24542
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6976号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

日本では、1968年の霞ヶ関ビルを始めとし、約40年前から超高層建築が建設されてきた。1970年代から高層集合住宅を初めて建設して以来、高層・超高層集合住宅が盛んに建設されている。最近では、築後20~30年の一部の高層・超高層集合住宅は外壁剥落、バルコニーと屋上防水性能の低下、消防と機械と配管設備の老朽化の問題が著しくなり、大規模修繕に関わる課題に直面している。こうした集合住宅はどのように長期に維持し続けられるかが今後の課題になると考えられる。

一方、ニューヨーク市では、1890年代、建築技術の改善に伴って、高層集合住宅が建設されるようになってきた。現在、19世紀から20世紀への変り目の初期、1930年代に高層住宅の関係法令に合わせて、または1960年代に政府の都市開発プロジェクトの一環として建設された高層集合住宅は今も使用されている。こうした事例の修繕実情を重ねて明らかにし、一般的修繕項目とその周期に関する知見をまとめ、修繕の理由から修繕行為を解析することによって、高層集合住宅の長期的運営の手段を探ることを目的とする。世界で高層集合住宅歴史が最も長いニューヨーク市の修繕経験を研究することで、日本の現状問題の参考とすることができると考えられる。

本論文は序論と結論を含めた6章により構成されている。本研究の目的、研究対象、研究方法、既往研究、論文の構成については、序論においてまとめた。

第2章の前半では、ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕行為の種類とその理由を論述し、2章の後半では、高層住宅の歴史と研究対象の位置づけを明らかにした。

まずニューヨーク市建築局で得た修繕記録によって、一般的修繕行為の種類を明らかにすることを目的とした。ニューヨーク市建築法に従って、建築許可が要求されている修繕内容を、ニューヨーク市建築局のサイトに公開されたBuilding Information Systemというデータベースの分類方式によって整理した。高層集合住宅の所有形態によって共用部分と専用部分の所有権が異なり、修繕に関する決定権もそれぞれ違うので、修繕行為を十分に理解するため、修繕行為の種類を共用部分と専用部分に分けた。共用部分に関しては、一般工事、ボイラー関係、火災警報装置、機械設備、配管設備、スタンドパイプ、スプリンクラー、エレベーターとなっている。専有部分に関しては、一般工事、機械設備、配管設備である。修繕に関する理由は建物の状況によって異なるが、法規から修繕行為を考えると、修繕行為の発生は建築躯体の変更、政府制度の規定、所有者の対応に関わっている。そこで、建築躯体(物)、政府制度(法)、運営手段(人)という視点から修繕行為の発生を解釈し、この3点を主要な修繕理由として論述した。

次に、歴史的見るとニューヨーク市の居住地開発を始めとし、地理的及び文化的要因で大勢の人がニューヨークに移住した。交通の発達につれて、居住地がManhattanを中心として広がった。多くの人がニューヨーク市に集住したため、集合住宅という居住形態が生じた。都市空間の不足に加えて、同時に建築工法と材料が改善されたため、高層集合住宅が普及してきた。19世紀から20世紀への変り目に、高層集合住宅はアパートホテルとして登録して建設された場合が多かった。その事例として、1904年に竣工したアパートホテル-Ansonia、1908年に竣工したコーポラティブ・アパートホテル-Gainsboroughを位置づけた。1930年代、法令の改正に伴って、以前より高層の集合住宅の建設が許可されたため、多くの高層集合住宅が建てられた。その事例として、1925年のニューヨーク市内に最も高いアパートホテル-Ritz Tower、1930年のセットバックの高層住宅のSan Remo及びEldoradoを位置づけた。1960年代、ニューヨーク政府は住宅生産を強固に押し進めたので、政府が主導した都市開発プロジェクトの一環として-1965年のKips Bay Plazaと1966年のUniversity Villageを取り上げた。

第3章では、2章の後半に続き、取り上げられた高層集合住宅事例の開発及び建設、設計、変遷について述べた。

1900年代のAnsonia及びGainsboroughの開発は当時の富裕な開発者、または芸術家によって行われ、1930年代のRitz Tower、San Remo、Eldoradoの開発は当時の有名人、開発業者によって行われた。1930年代の事例の設計は同じ建築家によってされた。1900~1930年代の変遷については、1930年代、第二次世界大戦後、ニューヨーク市ランドマーク保存委員会の登録、1980年代との時期に分けて記述した。1930年代の大恐慌から第二次世界大戦後にかけては建物のメンテナンスがきちんと行われていなかったが、修繕に関わる維持管理制度の制定、ランドマーク保存委員会の創設、経営手段の変更に伴って、修繕によって建物を維持することが注目されてきたという。1960年代の事例は政府の都市開発に関わっており、同じ建築家によって、当時最新のコンクリート技術で構築された。1900~1960年代の事例については、最初コーポラティブとして建てられた物件以外に、1980年代に全ての賃貸住宅は政策、社会環境、不動産市場の変化に伴って、コンドミニアムまたはコーポラティブに変更された。

第4章では、ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕項目及び周期を明らかにし、修繕の理由により修繕実態を把握した。

まず、1900~1960年代の事例において共用部分の修繕内容を2章の前半で明らかにした修繕項目によって分類した。専有部分の修繕内容を2章の前半で決めた分類型によって分類し、修繕内容の起因によって再分類した。それにより、各事例の共用部分及び専有部分の修繕実態を把握した。

次に、事例の年代別によって、共用部分の修繕項目とその周期、専有部分の修繕実態をまとめ、それぞれの事例で行った修繕行為の理由を老朽化した躯体の修繕及び付加施設の改善、政府制度、運営手段の観点から述べた。1900年代の事例の共用部分において、一般工事のエアー・シャフトと外壁、スタンドパイプ、スプリンクラー、エレベーター、1930年代事例の共用部分において、一般工事の外壁、スプリンクラー、1960年代事例の共用部分において、一般工事の外壁と屋根、ボイラーの修繕周期を確認することができた。専有部分の修繕については、共用部分の大規模修繕に伴って行う場合もあり、各住戸によって行われる場合もあるため、周期の確認は困難である。そこで、修繕の種類だけを明らかにした。1900~1960年代の事例の専有部分において、機械設備及び配管設備に関する修繕工事が多く行われたことが確認できた。以上の修繕実態は記録に載った事実に基づき、修繕の理由によって再分類した。修繕には有形と無形の理由がある。有形の理由に関しては、建築躯体と部位と部品の劣化、付加施設と商業空間の改善があり、無形の理由に関しては、政府の制度、例えば維持管理制度、ランドマーク保存委員会の規則等、または経営手段、所有者の不動産投資に対する姿勢等がある。そこで、ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕行為を見極めるため、最初に修繕の種類とその周期を分析して基本実態を明らかにし、その後、修繕の理由から基本実態を解析し、修繕行為を解釈した。

第5章では、日本における高層集合住宅の長期的運用を目的として論述した。日本における高層集合住宅の大規模修繕の事例によって修繕行為の種類を明らかにし、ニューヨーク市と日本の事例を比較し、日本におけるニューヨーク市での修繕経験の応用について最後に述べた。

まず、日本における高層集合住宅の歴史を始めとし、事例の位置づけを与えた。そこで取り上げられた事例は既に大規模修繕工事が行われた高層集合住宅である。各事例の建物概要、または修繕の実態を述べた。日本の事例の修繕内容は、個々の修繕関係業者により独自に分類されており、建築躯体及び施工種類の関係項目を細かく一々列挙している。日本の修繕行為をニューヨーク市のものと比較するため、ニューヨーク市の分類基準で日本の修繕項目をまとめた。

次に、ニューヨーク市と日本の事例による共用部分及び専有部分の修繕実態の共通点及び相違点を明らかにした。事例に共通のある共用部分の修繕項目は一般工事の外壁、間仕切り、入口の庇、ロビー、アンテナ、窓、屋上、そして消防・避難用の火災警報装置、機械設備の空調・換気、配管設備、エレベーターである。事例に相違のあるの共用部分の修繕項目は一般工事のバルコニーとその他、ボイラー、消防・避難用の感知器その他、機械設備のスプリンクラー接続部その他、スタンドパイプ、スプリンクラーである。専有部分に関して、水廻りの配管工事及び空調設備の機械設備が行われることがニューヨーク市と日本の事例記録を通して確認できたが、一体化工事は日本よりニューヨーク市に多いことが明らかになった。

最後に、日本においてニューヨーク市での修繕経験の応用について論述した。修繕行為の理由の一つである建築躯体に関わる日本の修繕現状を考察し、ニューヨーク市と日本の事例の共用部分に共通する・しない修繕項目、専有部分に共通しない修繕項目を有形の視点から提案した。また、将来の日本で、ニューヨーク市における修繕理由の中の無形の政府制度及び運営手段に関わる修繕実態を応用する可能性について考慮し、提案した。

第6章では、本論文の全体の総括を行い、その結論を生かす今後の研究課題を考慮した。ニューヨーク市及び日本の経験を分析することにより、現在高層集合住宅の建設が盛んに行われているアジアの諸国が同様の問題に直面する際に活用できると考えられる。アジアの諸国における高層集合住宅の修繕、維持、再生に関する研究は今後の課題と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕行為に関する研究-1900~1960年代の高層集合住宅事例を中心に-」は、ニューヨーク市で今日も住まわれ続けている高層住宅の中に、建設後数十年から百年を経過したものが多いことに着目し、これまでそれらの建物に施されてきた修繕行為の内容と周期を明らかにすることで、高層集合住宅の長期的運営の手段を考える上での有効な知見を得た論文であり、全6章からなっている。

第1章「序論」では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果を明らかにしている。具体的には、ニューヨーク市では、1890年代、建築技術の革新に伴って高層集合住宅が建設されるようになったこと、それ以降の時代ごとの法令や規準に適合する形で建設されてきた高層集合住宅の多くが今も使用されていることを述べた後、高層集合住宅歴史が最も長いニューヨーク市の高層集合住宅の修繕経験を明らかにし、今後高層集合住宅の長期に亘る運営が大きな課題となる日本等他の地域に有用な知見としてそれらを整理することを本研究の目的としている。

第2章「ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕行為の実態」では、ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕行為の種類とその理由を整理した後、ニューヨーク市における高層住宅の歴史と研究対象として選定した建物の位置付けを明らかにしている。先ず、ニューヨーク市建築局で得た修繕記録等の調査資料の属性を明らかにし、それらに記録された修繕行為を共用部分と専用部分に分けることとそれぞれに含まれる修繕行為を明確に整理している。また、修繕に至る理由が、建築躯体(物)、政府制度(法)、運営手段(人)の3種に大別できることを指摘している。次いでニューヨーク市における高層集合住宅の歴史的な展開を概観した上で、それぞれの時代を代表する複数の建物を詳細な調査の対象としたことを説明している。

第3章「ニューヨーク市における高層集合住宅事例」では、調査対象とした高層集合住宅事例の開発、建設、設計の内容と竣工後の変遷を明らかにしている。具体的には、1900年代のAnsonia及びGainsborough、1930年代のRitz Tower、San Remo、Eldorado、1960年代のKips Bay Plaza等について、その開発経緯、当時の法規制とそれへの対応、所有権の変遷等をそれぞれ明らかにしている。

第4章「ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕項目と周期」では、ニューヨーク市における高層集合住宅の修繕項目及び周期を明らかにし、修繕の理由ごとに修繕行為を分類している。具体的には、1900年代の事例の共用部分においてエアー・シャフトと外壁、スタンドパイプ、スプリンクラー、エレベーター、1930年代事例の共用部分において外壁、スプリンクラー、1960年代事例の共用部分において外壁と屋根、ボイラーの修繕周期を確認し、すべての事例の専有部分において機械設備及び配管設備に関する修繕工事が多く行われたこと等を明らかにした後、それら修繕の理由として、部位と部品の劣化、付加施設と商業空間の改善、法制度による誘導、所有者の不動産投資等が挙げられることを指摘している。

第5章「日本における高層集合住宅の長期的運用」では、日本における高層集合住宅の大規模修繕の事例における修繕行為の種類を明らかにし、前章で明らかにしたニューヨーク市のそれと比較することで、ニューヨーク市での修繕経験の適用可能性について論じている。具体的には、ニューヨーク市と日本の事例の間の共通点としては、共用部分の外壁、間仕切り、入口の庇、ロビー、アンテナ、窓、屋上、そして消防・避難用の火災警報装置、機械設備の空調・換気、配管設備、エレベーターが挙げられることを、相違点としては、共用部分のバルコニー、ボイラー、消防・避難用の感知器、機械設備のスプリンクラー接続部、スタンドパイプ、スプリンクラー、専有部分の一体化工事の有無が挙げられることを明らかにしている。その上で、ニューヨーク市における政府制度及び所有者の運営手段に促される修繕を応用する可能性について言及している。

第6章「結論」では、これまでの成果を整理し結論としている。

以上、本論文は、丹念な資料調査と現地調査によりニューヨーク市の複数の高層集合住宅の修繕履歴とその特徴を具体的かつ詳細に明らかにし、そこから得られる知見を今後の日本の高層集合住宅の長期的な運営に益する形で用いる可能性を論じた論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク