学位論文要旨



No 124543
著者(漢字) 呉,冰琰
著者(英字)
著者(カナ) ウ,ビンヤン
標題(和) オープンオフィス執務空間における領域に関する研究
標題(洋)
報告番号 124543
報告番号 甲24543
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6977号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
内容要旨 要旨を表示する

OA機械の導入、情報通信技術の発展に応じて、1980年代後半から世界の様々な場所でオフィス革新が起こっている。日本でも働く環境の改善を目指して、ニューオフィス化の提唱をしてきたが、思ったより推進されていない。明治時代以来、長時間にわたってオープンオフィスが日本の企業における代表的なオフィス形態として定着している。本稿は、この問題に対し、日本のオープンオフィスを対象とし、執務空間における領域の特性を解明しようとするものである。

本論における領域とは日常仕事作業と関わる執務空間に広がる空間が研究対象であり、従って「執務者の作業が行われることによって、執務空間を自分たちのものという意識をもつ空間領域である」と定義する。

本稿は、執務者の執務空間の利用、動線、交流状況、縄張り行為、対人認知、空間認知また居場所に対する認知など、日常執務に関わる多くの意識と行動の面から領域の各面を考察する上で、今後「オープンオフィス」のあり方について示唆することを目的とする。

序論では、世界オフィス建築及びレイアウト・ワークススタイルの変遷について歴史的な流れを追うと共に、日本オフィスの発展を振り返し、日本オフィスの現状を概観する。その中で、企業におけるオープンオフィスの持続性と定着性により、ニューオフィスに挫折される日本オフィスの現状と考えられる原因について述べる。また、関連する既往研究として、日本におけるオフィス研究の歴史の流れ及び執務空間の領域研究を概観した上に本研究の位置付け、特色を述べる。

第2章では、研究対象となる調査会社と調査概要について述べる。実態調査はK社とE社の二つであり、アンケート調査はS社とE社の二つである。実態調査により、オープンオフィスにおける物理環境、空間印象、行動、対人関係、縄張りなどについて考察し、実態を把握し、「居場所が少ない」、「サブスペースが利用しにくい」、「縄張りを持ちたい」、「対人環境がオフィスの快適性、機能性に影響を与えある」を主とするさまざまな問題点を明らかにした。実態調査の結果を踏まえ、本調査ではアンケートを用いて、意識及び行動の面から執務空間における領域について考察する。

第3章では、S社の四つの部署及びE社の八つの作業グループの執務者に対して、アンケート調査を用いて、執務空間における空間意識、対人意識、執務上・執務外の行動、縄張り行動などを考察する。

「よく利用する範囲」を通して、各執務者の行動領域意識を明らかした。認識する方式により執務者の利用範囲は所属関係を現れる「所属中心」、業務関係を現れる「業務中心」、目的性を現れる「場所中心」という三つのパターンに分けられる。執務者は属する部署・作業グループの集団範囲に基いて、空間領域を意識する傾向があることが確認できた。行動においてもグループで行動を取る集団性があることが分かった。

オープンオフィス空間は大規模で均質なレイアウトとなっているが、執務者の意識や行動は必ずしも均質ではなく、意識上・行動上とも所属する部署・作業グループという集団を領域単位とし、この単位がベースにグループが意識したり、「ウチ」と「ソト」を存在したり、通路の区別があったり、執務空間の領域範囲が分かれたりすることが読み取れた。つまり、執務者における意識上及び行動上の集団性が領域の形成を促進する要因だと考えられる。

各部署・作業グループにおける属する執務者たちの「よく使う範囲」が一つのグループとして扱い、各所属の執務者たちの図面により、所属範囲となる「ウチ領域」、共用スペースとなる「中性領域」、他部署範囲となる「ソト領域」という三つの範囲が揃い、意識上の同調性を読み取れた。また、同様に、各執務者の動線も部署・作業グループ別で一つのグループとして扱い、行動上において、部署・作業グループごとで同調していて、「ウチ動線」が存在することが分かった。

一見区別ない配置されているオープンオフィス内では、 執務者は一つのフロア内、いくつの部署・作業グループの存在することを意識して行動を取ることが分かった。そして、所属が同じの人は「ウチ領域」、「中性領域」、「ソト領域」に対する範囲の区切り及び経路を取る傾向について一致性を現れる。つまり、執務者は部署・作業グループごとの意識及び行動の同調を読み取れた。

執務者の動線を個別で扱い、事例により空間の便利性と快適性より経路の所属にも意識し、「ウチ領域」及び「中性領域」の経路を取り、行動するこだわりがある。また他部署・作業グループとの交流についてよく「ウチ領域」以外の場所が利用され、直接合う方式でのコミュニケーションの利用割合が低く、全体的に活発ではないことが分かった。さらに、自席周辺及び隣席の間には共感を持つ「共感領域」を存在し、自席以外の「中性領域」に居場所を求める人が多いことが分かった。

執務者の行動及び交流により、「ウチ」と「ソト」を区別し、「ソト領域」に対する回避、拒否を感じる一方、「ウチ領域」において自席のアイデンティティーを失い、縄張り感が弱まることを読み取れた。つまり、執務者意識及び行動上において「ソト領域」に対する排斥性及び「ウチ領域」への融合性がある。

以上により領域の形成要因、領域の現れ方、領域の性格を明らかになった。

第4章では、執務密度が異なるS社とE社における意識及び行動の比較により、領域に対する影響について考察し、執務密度との関係を明らかにする。

執務空間は主に執務目的で利用される仕事及び支援作業を行う空間と定義する。執務密度は1人当たり執務空間の面積と指す。実態調査でS社はE社より執務密度が高いことを明らかにした。

まず、意識の側面から執務密度との関係を捉えた。両社の執務者における会議室や打合せコーナーの利用状況により、集団範囲に対する意識の差が出る。また、顔が分かる人の把握状況により、対人認知の取扱方が変わる。S社では執務者の集団意識は「ウチ領域」に留まり、人(席)に対して、個体として扱い、認知数が比較的低いことが分かった。E社では集団意識範囲は「ソト領域」へ広がり、人(席)に対して、グループで扱い、認知数が比較的高いである。

異なる執務密度によって執務者の空間及び人に対する意識の差があり、人・部署と疎遠また接近する意欲を現れ、空間の性格に影響を与える。高密度執務空間では、領域境界がはっきり意識されていて、領域の間には排斥がより強い、低密度執務空間では、領域境界が曖昧化され、領域の間には融合がより強く見られる。

次に、行動と居場所の側面から執務密度との関係を捉えた。を執務空間における経路のとり方により、「単一経路」と「複数経路」に分類された。S社では「単一経路」を使う人が多く、E社では「複数経路」を多く利用される。また、交流状況と居場所により、S社はE社より他部署との交流頻度が低く、直接の交流は少ない、自席以外の居場所を求める人が多いことが分かった。

執務密度は執務社の動線、交流及び居場所に影響を与える。高密度執務空間における執務者は縄張り感が高まり、空間において緊張感があるため、行動範囲と交流範囲が狭い範囲に留まる。また、動線選択の安定性に拘る傾向があり、全体的に交流欲望が比較的低い、自席以外の居場所を求める欲求が高まることに繋がると考えられる。

一方、低密度執務空間における執務者は執務空間に対する一体感が高まり、落ち着き感があるため、行動範囲と交流範囲は「ソト領域」へ広がり、動線選択には自由度が高くなる。また、多様性をより見せる。全体的に交流欲望が向上し、交流が活発になる。自席は居場所とする安心感があることにも繋がると考えられる。

以上のことから、オープンオフィスにおきて、高執務密度空間における領域意識を向上し、領域の間では排斥する傾向を見られる。低執務密度空間における一体意識が向上し、領域の間では融合する傾向を見られる。いわゆる、執務密度は領域性格を左右し、排斥性と融合性の強さに影響する。

第5章では以上の考察をまとめ、オープンオフィス執務空間の在り方について示唆し、今後の課題について述べた。

オープンオフィス執務空間における領域の特性及び執務密度との関係を明らかにした。執務密度により意識及び行動の差を見られ、領域性格に影響を与えることが分かった。

領域の形成は執務者の集団性によるものであり、この集団性に頼りに、執務者は「ウチ」と「ソト」の領域の範囲と属性が決められ、領域単位ごとの意識上及び行動上の同調性が認められ、「排斥」と「融合」二つの領域性格を捉えた。また、高密度執務空間において領域の排斥性が強く現れ、低密度執務空間において領域の融合性が強く見せる。

以上の研究結果に基いて、オープンオフィス執務空間の領域単位による分節、共用空間の配置について提案し、日本オープンオフィスの在り方について示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本のオープンオフィスを対象とし、執務者の執務空間の利用、動線、交流状況、縄張り行為、対人認知、空間認知または居場所に対する認知など、日常執務に関わる多くの意識と行動の面から領域の特性を解明し、オープンオフィスのあり方について示唆することを目的としている。

序論では、日本のオフィスの現状を概観し、関連する既往研究を概観した上で本研究を位置付けた。

第2章では、実態調査により、オープンオフィスにおける物理環境、空間印象、対人関係、行動などの実態から、「居場所が少ない」、「サブスペースが利用しにくい」、「縄張りを持ちたい」、「対人環境がオフィスの快適性、機能性に影響を与えある」等の問題点が明らかになった。

第3章では、S社の4部署及びE社の8グループの執務者に対して、アンケート調査を行い、執務空間における意識と行動を考察した。

「よく利用する範囲」は、所属関係が現れる「所属中心」、業務関係が現れる「業務中心」、利用目的との関係が現れる「場所中心」という3パターンに分けられ、執務者は属する部署・グループの集団範囲に基づいた領域意識を持つことが確認できた。また、共同で作業する人が多く集団性があることもわかった。

均質なオープンオフィス空間でも、執務者の意識や行動は必ずしも均質ではなく、意識・行動上、所属する部署・グループという集団を認識し、領域を意識し、「ウチ」と「ソト」が存在し、通路の区別があり、執務空間の領域範囲が分かれていることが読み取れた。

「よく使う範囲」は、所属する部署・グループ範囲に基づく「ウチ領域」、共用スペース範囲である「中性領域」、他部署・グループ範囲である「ソト領域」という3領域を意識していることを示した。同じ部署・グループに属する執務者は各領域の認知範囲が一致しており、意識上の同調性がある。同様に、各執務者の動線も部署・グループごとで同調し、各部署・グループには「ウチ動線」が存在し、領域は執務者の意識および行動の同調により現れている。

執務者の動線は経路の所属領域を意識し、「ウチ領域」及び「中性領域」の経路を取り、「ソト領域」を回避する傾向がある。他部署・グループとの交流は、全体的に活発ではなく、直接合うコミュニケーションは少なく、「ウチ領域」以外のオープン的・公的な場所を交流場所として利用する傾向が見られる。また、「ウチ領域」内における自席のアイデンティティーは少なく、自席周辺及び隣席の間の縄張りが曖昧化され、領域の浸透がある。執務者は自席以外の「中性領域」に居場所を求める傾向がある。執務者は執務空間を「ウチ領域」、「中性領域」、「ソト領域」に分け、「ソト領域」に対する排斥性及び「ウチ領域」に対する融合性があることがわかった。

第4章では、執務密度が異なるS社とE社の意識と行動の差から、密度と領域との関係を明らかにした。

高密度執務空間では、領域境界がはっきり意識され、領域の間の排斥性が高く、低密度執務空間では、領域境界が曖昧化され、領域の間の融合性が高い。異なる執務密度によって空間及び人に対する領域意識に差ができ、他領域の空間・人と疎遠また接近する意識が現れ、場所の選択に影響を与えた。

執務密度は執務者の行動動線、交流状況及び居場所のあり方に影響を与え、高密度執務空間では縄張り感が高まり、空間に対する緊張感があり、行動範囲と交流範囲が狭い範囲に留まる傾向が見られ、経路の安定性を求め、全体的に交流意欲が比較的低く、自席以外の居場所への欲求が高まる。一方、低密度執務空間では執務空間に対する一体感が高まり、落ち着き感があり、行動範囲と交流範囲は「ソト領域」に広がる傾向が見られ、動線選択には自由度が高くなり、多様性があり、全体的に交流への意欲が向上し、活発になるため、自席を居場所とする安心感を持ちえることがわかった。

高執務密度空間では領域意識が高まり他領域を排斥する傾向があり、低執務密度空間では一体意識が高まり他領域を融合する傾向を認められた。

第5章では研究結果をまとめ、オープンオフィス執務空間の領域単位による分節、集団性にも基づいた「中性領域」を重視した空間計画は、日本のオフィスのあり方を考える上での手がかりになるとした。

以上のように本論文は、オープンオフィス執務空間における領域の特性を明らかにした。目に見えない領域、集団性は、一見均質に見えるオフィス空間の中で、意識・行動の上での分節となっていること、執務密度も執務者の意識と行動に影響を与えることを明らかにした。

本論文では、オフィスの建築計画の方向を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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