学位論文要旨



No 124544
著者(漢字) 朝倉,巧
著者(英字)
著者(カナ) アサクラ,タクミ
標題(和) FDTD法による音響振動連成解析を用いた遮音のシミュレーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 124544
報告番号 甲24544
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6978号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坂本,慎一
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

建築の住居内において快適な生活環境を保つためには、空気、熱、光、音に関する環境要因を適切な状態に制御する必要がある。これらの諸要因の中で、居住空間における音環境を快適に保つためには、以下の2つの要素が必要となる。(1)室内の音の響き(室内音響)を適切に保つための音響設計および、(2)外部から伝搬する環境騒音を遮断するための適切な遮音設計である。前者(1)についていえば、建築空間の目的に応じた適切な音響設計を行うことによって、スピーチのための高い音声伝達性能や音楽のための豊かな響きを伴った高い音響性能が得られる。これに対して、後者(2)の遮音設計においては、外部環境もしくは隣接家屋等において生じる様々な騒音源(自動車、鉄道、航空機、建設工事、建築設備騒音など)から居室内へ伝搬する騒音・振動をできるだけ遮断し、居室内における音環境を静穏に保つことが目的となる。建築の遮音設計は、対象とする騒音源から放射される音響パワーレベルおよび、居室内で実現させたい音圧レベルの両者から、建築壁体に必要な遮音性能を逆算し、そのような性能を有する壁体の選定が行われる。この際、様々な機関によって測定された各種壁体構造の遮音性能データベースを用いて遮音設計が行われるが、既往の遮音性能データベースでは対応できない場合も生じる。建築的な制約条件の中で、適切な遮音性能が発揮されるような壁体構造を探るために、実際に壁体を作製して測定を行うことが必要となり、試行錯誤の繰り返しにより適切な壁体構造を模索する場合もありうる。このような場合、近年コンピュータの著しい進歩と相まって利用頻度の増加している数値シミュレーション技術の利用が考えられる。試行錯誤による設計過程に数値シミュレーションを援用することによって遮音設計の効率をさらに向上できる可能性がある。

建築における壁体構造は、室間を遮る界壁のように建築に固定された壁体と窓サッシのように可動性が重視される建具に大別される。前者は、建築の躯体に隙間なく施工された場合、その遮音性能は主に壁体の振動による音響伝搬により決まる。これに対して後者は、建具の可動性能を保つために、可動部位に微小な隙間を有している。従って、その遮音性能に関する数値解析を行うためには、(1)壁体の振動を介した音響伝搬と(2)隙間を介した音響伝搬の両方を考慮する必要がある。前者について、遮音性能を精度よく解析するためには、板振動に付随して生じる振動エネルギーの損失を正確にモデル化し、解析に導入する必要がある。そのため、本研究では壁体の遮音性能に対して影響の大きい内部損失および、端部損失に関するモデル化を行い、各種壁体の遮音解析を行った。また、後者については、従来のように等間隔メッシュを用いたFDTD解析では微小な寸法を有する隙間のモデル化は難しいため、不等間隔メッシュを用いた解析方法を導入して各種隙間モデルの遮音解析を行った。

本論文では、第1章で音響振動伝搬に関する基礎理論を述べた後、第2章では壁体の振動を介した音響伝搬について、第3章では隙間を介した音響伝搬について述べた。第4章では、第2章および第3章で用いた解析手法を利用して、建築空間に用いられる遮音構造物の評価を可能とする可聴化シミュレーションシステムを提案した。居室内へ透過する騒音の特性は、壁体の遮音性能の影響を受けて変化し、これに伴って聴感的な印象、さらには居住空間におけるさまざまな活動に対する心理的な影響も変化すると考えられる。第4章では、これらの影響を調べることができる可聴化システムを目標とした。

以下に各章の概要と得られた知見を述べる。

序論では、研究の背景と概要を示した。また、建築音響学における遮音の位置づけについて述べた。

第1章では、音響および振動の基礎となる支配方程式、FDTD解析における初期条件、境界条件について述べた。また、振動解析において重要となるエネルギー損失の解析および、微小な隙間のモデル化のために必要な不等間隔メッシュを用いた解析手法について述べた。

第2章では、壁体の遮音性能に関する音響振動連成解析を行い、実測結果と比較して、妥当性の検証を行った。はじめに、壁体の遮音性能を精度よく予測するために必要となる板のエネルギー損失を把握するために、本章で解析対象とする板部材の端部損失および内部損失の実測を行った。遮音性能は音の入射条件に大きく依存するので、斜入射および乱入射条件に対する検討を行った。斜入射条件については、端部損失を考慮したアルミニウム板による単板および複層板構造を想定して、部材に対する音の入射角度を変化させた場合の遮音性能を解析し、スピーカ音源を用いた縮尺模型実験結果と比較した。入射角度が大きい場合に両者の傾向は若干異なったが、角度別の遮音性能の変化については両者の間で概ね一致した結果が得られた。また、乱入射条件については、ガラス板と石膏ボードによる壁体構造を対象として残響室-残響室法を模擬した解析を行った。石膏ボードは内部損失が比較的大きい材料である一方、ガラス板はその非常に小さな内部損失に比べて端部損失の影響が相対的に大きい。このような材料による特徴を反映させるために、石膏ボードについては内部損失を、ガラス板については端部損失を考慮した解析を行った。以上の解析結果における遮音性能の傾向は、残響室-残響室法を用いた実測結果の傾向とよく一致しており、板のエネルギー損失のメカニズムを組み込んだ音響振動連成解析の有効性が確認された。

第3章では、建築壁体に生じる微小な隙間を介した音響伝搬について検討した。微小な隙間は、窓サッシやドアパネルの周辺に生じる場合が多く、遮音欠損の大きな要因となる。そのため、残響室-無響室法によって、典型的な形状をもつ隙間の音響透過損失に関する実物大模型実験を行った。また、隙間を介した音響伝搬を軽減する目的で隙間内部に多孔質吸音材を配した条件についても検討した。これと並行して、残響室-残響室法による隙間の音響透過損失の解析を行った。この結果、隙間形状の違いによる遮音性能の変化および、隙間内部において吸音処理したことによる遮音性能の向上について、解析結果は実測結果にみられる傾向をよく捉えていた。次に、実験室および現場に設置された実物大の建築建具(窓サッシおよびドアパネル)の周辺に生じる隙間を介した透過音に関する実測と解析を行った。この解析では、微小な隙間形状を正確にモデル化するために、不等間隔メッシュを用いた。以上の検討で得られた解析結果は、隙間からの透過音の周波数特性と音響パワーレベルの点において、実測結果の傾向をよく捉えており、不等間隔メッシュによって微小な隙間形状をモデル化したFDTD解析が有効であることがわかった。

第4章では、第2章、第3章で得られた壁体および隙間を介した音響振動連成解析に関する知見を応用し、建築の遮音性能評価のための可聴化シミュレーションシステムを提案し、ケーススタディを行った。このシステムは、実測により取得した道路交通騒音の音圧波形データと音響振動連成解析によって取得した建築ファサードの遮音特性を併せて用いて居室内に伝搬する騒音を可聴化するものである。また、隣室から伝搬する家屋内騒音については、界壁をモデル化した遮音解析の結果から得られる室間の伝搬特性を用いて可聴化する。単板および複層ガラスの厚みと空気層厚を変化させた場合や石膏ボードによる界壁構造を変化させた場合についてそれぞれ可聴化した結果、壁体の遮音性能の変化に伴って、透過音の大きさ、周波数特性、時間変動特性の変化を確認することができた。

最後に、第5章において本論文を総括した。

建築に用いられる壁体構造は多様であり、本研究で検討した壁体構造はその一部であるため、今後さらに複雑な構造を有する壁体の遮音解析についても検討を行い、解析手法の有効性について確認するとともに、それらの結果を用いた可聴化シミュレーションの適用性を詳細に調べることが今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、音・振動の波動性を考慮できる数値解析手法である時間領域有限差分(Finite-Difference Time-Domain:FDTD)法を用いて、建築の音響性能として重要である壁体の遮音性能を精度よく予測し、さらにその遮音の効果を聴感的に評価するためのツールを提案することを目的としている。

騒音問題は、モータリゼーションの発達にともなう各種交通騒音、社会基盤設備や建物の建設、保守、更新にともなう建設工事騒音等の要因により、様々な技術分野における騒音低減技術の進歩にも関わらず、いまだに大きな社会的問題となっている。このような状況の中、建築居室における音環境を静穏に維持し、またプライバシーが確保された状態に保つためには、建物の外周壁および界壁の適切な遮音設計が重要である。

壁体の遮音性能は、質量則やコインシデンス効果等、明快な物理法則によって記述されるが、実際の建物では、壁体に付帯する窓、扉、換気口等、様々な設備に生じる音響的な隙間が遮音性能の低下を招く。そのため、壁体の総合的な遮音性能を容易に予測することはできない。

そこで本論文では、波動数値解析手法の一つであるFDTD法を用いて建物における壁体構造の遮音を音響-振動連成問題として定式化し、遮音性能を精度よく解析する方法を示すとともに、音響透過損失の実験結果と比較することにより、解析手法の妥当性を確認した。さらに、実際の室内を想定して遮音の効果を聴感的に確認・評価できるシステムを提案した。

本論文の構成は以下に示すとおりである。

序論では、研究の背景、目的について述べ、本論文の構成を示している。

第1章では、本研究で用いる解析手法である、FDTD法を用いた音響-振動連成解析について、その理論および具体的な計算方法を説明している。音響的隙間を解析するために技術的に必要となる不等間隔メッシュへの適合方法およびその妥当性の確認、壁体における振動伝搬で考慮すべきエネルギー損失のモデル化について述べている。

第2章では、界壁および窓に用いられる構造材料について、それらの遮音性能に関する音響-振動連成解析を行い、実測結果と比較している。はじめに、振動解析の準備段階としてそれぞれの材料の損失係数測定を行い、基礎的なデータの収集を行っている。

次いで、実験的に得られた物性データを音響-振動連成解析に取り込み、残響室-残響室法を模擬した数値解析を行っている。通常の振動解析では、板材の内部損失が考慮されるが、本論文で特に着目している板ガラスを用いた構造では、材の内部損失よりも周辺支持材によるエネルギー減衰が主要な成分となる。そこで、ガラスを用いた構造には周辺支持によるエネルギー減衰を主に考慮した解析としている。解析結果は実測データとの比較によりその妥当性の検証を行っており、本論文における解析スキームの妥当性を示している。

第3章では、扉、窓サッシ等の開口部に起因する音響的な隙間を解した伝搬特性について解析を行い、実験結果と比較している。はじめに、壁体に生じる隙間は遮音欠損の主要な要因となるため、これらの影響を定量的に把握することが必要であることを述べ、次いで、窓サッシを対象として、可動部周辺に生じる典型的な形状の隙間を介した音響伝搬特性の特徴をまとめている。さらに、実験室及び現場に設置された窓サッシ及びドアパネルを対象に、隙間を介した透過音に関する実測と数値解析を行い、両者の比較によって解析の妥当性を検証している。

また、壁体構造の遮音性能向上に資する応用的検討として、窓サッシおよびドアパネル可動部分の吸音処理の効果について解析及び実験を行い、透過音低減に有効であることを述べている。

第4章では、第2章及び第3章で確認した解析方法を応用し、建築の遮音性能評価のための可聴化シミュレーションシステムの提案を行っている。提案するシステムは、空間的に音源が移動する交通騒音を対象とし、壁体に対する方向別の音響伝搬・透過特性を詳細にシミュレートし、音源の移動に応じて動的に重ね合わせることによって、時々刻々の透過音の印象をシミュレートできるシステムであることを述べている。

第5章では、本論文の内容を総括し、今後の検討課題について述べている。

以上を要約するに、本論文は、各種壁体構造の遮音性能を高精度に予測可能な音響-振動連成解析手法およびその適用方法を提案し、その有効性を示すとともに、遮音の評価に資する可聴化シミュレーションシステムの提案を行うものである。遮音設計及び遮音対策において、開口部に起因する隙間透過音の影響が大であることは従来より指摘されながら、それを定量的に予測する手法は示されてこなかった。本論文は、開口部の影響を含め、壁体の遮音性能を精度よく予測、評価する方法を示しており、建築環境工学の発展に寄与するところが極めて大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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