学位論文要旨



No 124546
著者(漢字) 加用,千裕
著者(英字)
著者(カナ) カヨウ,チヒロ
標題(和) 気候変動の緩和にむけた森林資源活用方策のフローおよびストック解析に基づく評価
標題(洋)
報告番号 124546
報告番号 甲24546
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6980号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 准教授 井上,雅文
 東京大学 准教授 栗栖,太
 東洋大学 教授 荒巻,俊也
内容要旨 要旨を表示する

気候変動問題の解決を目指して長期的に世界全体で温室効果ガスの排出量を大幅に削減していくことが求められている.そのような中で,気候変動対策のひとつとして森林資源の有効活用が注目されている.特に日本は,国土面積の約7割を森林が占めており,今後の管理および活用の方策を検討していく必要がある.これらは,将来の社会経済の変化を想定しながら森林および木質資源全体を包括的に捉えた枠組みにおいて評価・検討しなければならないが,このような枠組みや評価の方法はまだ確立されていない.また,森林資源を活用した気候変動の緩和効果には,樹木が成長過程で吸収固定したCO2を森林,建築物,木製品などへ貯蔵することによる炭素ストック効果が議論されている一方で,固形燃料,液体燃料,電力などへのエネルギー利用による化石燃料削減効果も重要視されている.しかし,森林や住宅などにおいて木質資源の貯蔵量を増加させることで得られる炭素ストック効果と,木質資源を積極的にエネルギー利用することで得られる化石燃料削減効果は,トレードオフの関係となる可能性がある.例えば,森林資源をバイオマスエネルギーとして利用することによって化石燃料削減効果が見込まれる一方で,炭素ストック量は長期的に変化すると予想され,CO2の吸収源ではなく排出源となることも考えられる.そのため,このトレードオフ関係を考慮して森林資源の活用に関わる実質の気候変動緩和効果を解明した上で,今後どのように活用していくべきかを検討していく必要があるが,このような既存研究はほとんどみられない.

そこで,本研究では,将来の日本社会の変化を想定しながら森林資源に関わる政策の導入効果を長期的なフローおよびストックの解析に基づいて総合的に評価するフレームを構築し,2050年までの日本社会に適用することによって様々な政策を評価し,気候変動の緩和にむけた森林資源の有効活用方策を検討することを目的とした.ここでは,森林面積全体の約20%に相当する約512万haを積極的な利用を図る利用対象森林とし,その管理方策および木質資源としての利用方策を評価することとした.

評価のフレームは,2050年までの人口および世帯数といった将来社会シナリオに基づいて住宅用および製紙用木材の需要を予測し,利用対象森林においてこれら住宅用および製紙用木材の生産面積を確保した上で残りの森林資源をエネルギーとして利用することを想定した.この時,森林資源の管理方策として,資源利用を行わず既存の森林を保全する,伐採および植林を繰り返しながら木質資源のエネルギー利用を行う,既存の森林を段階的に初期成長の早い早生樹木へ樹種転換しそれらのエネルギー利用を行う,といった政策シナリオを想定することとした.また,木質資源の利用方策として,住宅の長寿命化,戸建住宅の増加あるいは集合住宅の増加,古紙利用率の向上,バイオエタノール利用の推進,バイオマス発電の普及,などの政策シナリオを検討することとした.このような政策シナリオによる長期的な木質資源フローの変化を予測し,それに伴う住宅,製紙,木質エネルギー利用のライフサイクルに関わる化石燃料削減によるCO2排出削減効果を評価した.同時に,森林および住宅用木材における炭素ストック量の長期的変化を予測し,これらを統合することによって実質的な気候変動緩和効果を評価した.

木質資源フローおよびそれに付随する化石燃料削減によるCO2排出削減効果の長期予測から,住宅あるいは製紙に関わる政策が住宅用および製紙用木材の需要量を変化させるだけでなく森林におけるエネルギー用木材の生産量にも影響を与え,結果的に住宅,製紙,木質エネルギー全体のCO2排出削減量を変化させることを示した.戸建住宅への居住を推進する政策の導入は,住宅に関わるCO2排出量が増加するだけでなく木質エネルギー利用に関わるCO2排出削減効果も小さくなった.一方,古紙利用率を向上させる政策の導入は,製紙に関わるCO2排出量が増加するが木質エネルギー利用に関わるCO2排出削減効果は大きくなった.さらに,住宅の長寿命化を推進する政策の導入は,住宅および木質エネルギー双方においてCO2排出削減効果が見込まれ,その削減量は2050年に1990年日本全国CO2排出量の約4%に相当した.

上記の化石燃料消費削減に伴うCO2排出削減効果に加え森林や住宅における炭素ストック変化を考慮した実質的な気候変動緩和効果の長期予測から,エネルギー用木材生産のための植林および伐採により森林における炭素ストック量は長期的に減少し,それらを考慮すると実質的なCO2排出削減効果は大幅に減少することを明らかにした.特に,従来樹種を45年あるいは30年のサイクルで植林および伐採しエネルギー用木材をバイオエタノールとして利用する場合,実質CO2排出削減効果は長期に渡ってマイナスとなり,2050年まで常にCO2排出源となった.しかし,早生樹種を10年のサイクルで植林および伐採しエネルギー用木材をバイオエタノール利用する場合,2025年以降に実質CO2排出削減効果が見込まれ,森林を保全するよりも効果が期待できることがわかった.ただし,その際,バイオエタノール製造プロセスにおいて発酵残渣によるエネルギー回収を行わなければ実質CO2排出削減効果が得られないことが確認された.

また,今後のエネルギー利用技術の進展を想定しながら木質発電による実質的なCO2排出削減効果を評価した結果,代替する既存火力発電の効率改善やエネルギー用木材生産による森林の炭素ストックの減少を考慮すると,現状普及している直接燃焼発電技術では2050年まで常にCO2排出源となる可能性があることを示した.ガス化発電技術のように発電効率25%以上を達成できれば2010年以降に実質的な削減効果が得られることがわかった.また,発電効率20%以上の木質発電技術は,現状のバイオエタノール製造技術よりもCO2排出削減効果が大きいことが確認された.

さらに,今後の社会経済の変動に伴う住宅用および製紙用木材輸入量の変化による実質CO2排出削減効果への影響を解析した結果,森林におけるエネルギー用木材の生産量変化による効果が最も大きく影響し,輸入木材の国外輸送に伴う影響は無視できるほど小さいことがわかった.実質CO2排出削減効果は,住宅用および製紙用木材輸入量の増加により大きくなり,減少により小さくなった.

本研究の成果をまとめると,気候変動問題の解決へむけた中長期的な森林資源の活用方策を評価するための枠組みおよび手法を構築し,これを2050年までの日本社会に適用することよって今後の森林管理および木質資源活用のあり方について検討した.住宅あるいは製紙に関わる政策は,住宅用および製紙用木材の需要量を変化させるだけでなく木質エネルギー利用量にも影響を与え,結果的に木質資源フロー全体とそれに付随するCO2排出削減効果を変化させることを示した.また,化石燃料の消費削減によるCO2排出削減効果に加え,森林および住宅における炭素ストックの長期的変化による影響を考慮して実質的な気候変動緩和効果を明らかにした.中長期に渡る実質的なCO2排出削減にむけた森林資源活用方策の方向性として,早生樹種を短周期で植林および伐採しエネルギー用木材の生産を行う森林管理政策,木質ガス化発電を化石燃料火力発電と代替する木質エネルギー政策,長寿命化を推進する住宅政策,が同時に導入されることにより,2050年において実質CO2排出削減効果が最も見込まれることを提示した.

審査要旨 要旨を表示する

気候変動緩和策のひとつとして森林資源の有効活用が注目されその評価が必要とされている。その際には、森林および木質資源全体を包括的に捉えた枠組みにおいて将来の社会変化や木材需要を想定しながら検討していく必要がある.また,森林の吸収効果、建築物,木製品などへ貯蔵することによる炭素ストック効果と化石燃料削減効果を併せて評価することが必要である。

本研究は、長期的なフローおよびストックの解析に基づいて日本国内の森林資源に関わる様々な政策の導入効果を総合的に評価するフレームを構築し、気候変動の緩和にむけた森林資源の有効活用方策を検討することを目的としたものであり、全9章からなる。

第1章は「序論」と題し、気候変動問題、緩和策として森林管理及び木質資源を活用する際の課題を整理し、研究の目的を示している。

第2章は「既存の知見」である。本章においては、これまでに報告されている気候変動、森林管理、木質資源利用についての幅広い知見を整理している。

第3章は「エネルギー利用を目的とした早生樹種の生産可能性の推計」である。この章では、現状の二次林地と植林地に対して早生樹種を植林したときに得られる生産量を推定している。地理情報システムを用いて、日本各地の土地利用、土地の傾斜度及び気候データと、各種の早生樹種の生育に適した気候条件と傾斜度を比較することによって,都道府県毎に生育面積と各樹種の生育ポテンシャルを推定している。

第4章は「フローおよびストック解析に基づく森林資源活用方策の評価フレーム」である。本研究の特徴は、2050年までの将来の社会・政策シナリオを組み込んだ上で木質資源の利用と森林の炭素ストックの変化を評価するところにある。本章では、前提となる日本の人口とその分布、森林管理の政策、木材需要にかかわる住宅の量の変化と園政策、製紙部門の政策についてそれらの大きい枠組みを示している。

第5章は「木質資源フローの長期予測」である。前章で示した将来フレームに従って、住宅用と製紙用を確保した上でエネルギー用材として利用可能な森林資源量について、全国を5地域に分けて2050年までの経年変化を求めている。その推計の中には住宅政策、製紙政策違、森林管理政策毎の相違により木質資源からのエタノール生産量が変化することを定量的に示しており、今後の森林資源のエネルギー利用を進める上で重要な知見を与えている。

第6章は「化石燃料消費削減によるCO2排出削減効果の長期予測」である。社会全体としてのCO2緩和効果は木質資源のエネルギー利用のみならず、住宅と製紙の政策シナリオによるCO2排出変化量も含めて評価することが必要である。また、バイオエタノール生産プロセスについても評価が必要である。この章ではそのような評価をLCAによって行っている。その結果から、住宅および製紙部門の政策はそれらの部門でのCO2排出削減と、木質エネルギー部門でのCO2排出削減の両者に影響を与えることを定量的に示している。この成果は、単純ではなく互いに関連する気候変動の緩和策を統合的に評価したものであり、注目すべき知見を与えている。

第7章「炭素ストック変化を考慮した実質CO2排出削減効果の長期予測」においては、前章までの解析に加えて、森林や住宅における炭素ストック変化を考慮した実質の二酸化炭素排出削減効果の長期予測を行っている。その結果、エネルギー用木材の生産を行わず既存の森林を維持する森林保全政策に比して、エネルギー用木材の生産のために45年以下のサイクルで通常の樹木の植林および伐採を行う森林管理政策をとると、炭素ストック量の減少のために、実質の二酸化炭素排出削減効果が大幅に減少するという興味深い結果を示している。

第8章は「社会経済の変化や技術の進展が気候変動緩和効果へ与える影響の解析」である。木質資源からの発電技術の効率、住宅および製紙用木材の国内自給率の将来変化がどのように木質資源の利用による気候変動緩和効果に変化を与えるかを解析している。

第9章は「結論」であり、本研究で得られた知見をまとめている。

本研究は、気候変動の緩和を目指した森林管理について、人口、住宅、製紙、そして森林に関する将来のシナリオの元での森林資源のエネルギー利用の効果を統合的に評価したものであり、統合的で定量的な視点が欠けていた従来の研究を大きく進展させたものとして評価される。

以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク