学位論文要旨



No 124553
著者(漢字) 齋木,悠
著者(英字)
著者(カナ) サイキ,ユウ
標題(和) 大規模渦構造の操作による旋回同軸噴流混合・燃焼の能動制御
標題(洋)
報告番号 124553
報告番号 甲24553
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6987号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 准教授 鈴木,雄二
内容要旨 要旨を表示する

有限な資源と地球環境の保全に配慮した持続型社会の構築は,21世紀型産業の最重要課題である.小型分散エネルギシステムは,建設導入が容易で,様々な燃料が利用可能であるため,従来の大型火力発電所と比較し,エネルギをより多用にかつ高効率に利用できる可能性を有する.ただし,機器の小スケール化に伴う要素効率の低下や環境汚染物質の増加は克服すべき課題である.例えば,小型分散電源の中核であるマイクロガスタービンで使用される小型燃焼器では,一般に,低窒素酸化物および高効率燃焼を達成できる希薄予混合燃焼方式が採用されている.しかしながら,予混合火炎の優位性は,限られた流動・燃焼条件でのみ成り立ち,通常,当量比が過少となる部分負荷運転時には,火炎を安定維持できず,拡散燃焼を主体とした運転方式に切り替える必要がある.拡散火炎は安定性に優れる一方で,火炎温度が高くなり,また燃焼反応も緩慢になるため,窒素酸化物排出量および燃焼効率が悪化する欠点を有する.小型分散エネルギシステムの運転時には,負荷率の大きな変動を伴うと予想され,部分負荷条件下での環境負荷増大は,導入の障害となりうる.一方で,燃焼現象は,分子レベルの化学反応と熱・物質・運動量の混合・拡散が深く関わり合った現象である.そこで,流れを積極的に制御することで,混合・拡散過程を操作し,状況に応じて燃焼特性の改善を行う能動制御システムの構築が期待される.

以上の背景を踏まえ,本論文は,ガスタービン燃焼器内の典型的な流れ・燃焼場である旋回同軸噴流燃焼を取り上げ,負荷条件に応じて流動構造を変化させ,常に健全な燃焼特性を維持できる能動制御手法の提案を行った実験的研究である.本研究では,旋回同軸噴流内外せん断層中における大規模渦構造の操作を通じて,燃料・空気の混合,さらには燃焼特性を改善することを意図している.そのための噴流制御素子として,フラップ型マイクロ・アクチュエータを採用した.フラップ群は,案内羽式軸流スワーラを備えた旋回同軸噴流ノズル出口内壁に配置され,環状旋回噴流の外側せん断層に撹乱を直接与える.なお,実験を通じて,内側および外側の流体には,メタンおよび空気をそれぞれ用いた.制御に伴い変化する流動・大規模渦構造および混合特性の評価は,2成分粒子画像流速計 (PIV), 2次元3成分粒子画像流速計 (Stereoscopic-PIV) および平面レーザ誘起蛍光法 (PLIF) により定量的に行った.

本研究で用いるフラップ型マイクロ・アクチュエータは,これまでに,単軸噴流および同軸噴流に適用され,せん断層中の大規模渦構造を柔軟に制御できることが実証されている.しかしながら,フラップ運動に伴い,噴流初期せん断層に投入される速度撹乱やその大規模渦構造への発達過程は,未だに明らかにされていない.そこで,研究の第一段階では,ノズル出口近傍を拡大撮影するPIVを用いて,大規模渦生成の起点となるフラップ制御入力およびその発達過程を詳細に調査した.なおここでは,本制御手法の基礎的なダイナミクスを明らかにするために,旋回を与えない同軸噴流を計測対象としている.実験を通じて,全てのフラップは同位相で駆動され,入力信号波形は最も制御効果が高い鋸波形とした.このとき,フラップは,鋸波状に徐々に立ち上がり,最大変位に達した後,壁面に急速に振り下ろされる.PIV計測の結果,フラップ振り下ろし動作に伴い,環状噴流外側せん断層には,負(振り下ろし方向に対して逆方向)および正の強い半径方向速度が誘起され,これらが大規模渦生成の起点となることを明らかにした.さらに,速度撹乱の発達様相は,フラップ駆動周波数に大きく依存する.フラップ駆動周波数が低い場合には,上記の負および正の半径方向速度がそれぞれ発達することで,外側せん断層内に2つの大規模渦輪が形成される.一方で,駆動周波数が高い場合は,ある制御周期で誘起された正の半径方向により形成される渦と次の周期で誘起された負の半径方向速度による渦が合体することで,一つの大規模渦輪を形成する.従って,駆動周波数を変化させることで,正・負の半径方向速度の流れ方向間隔 (移流速度/フラップ駆動周波数) を調整し,外側せん断層に放出する渦の大きさを柔軟に制御可能である.なお,このとき内側せん断層の渦の大きさも同様に調整でき,中心流体の輸送・混合特性を制御できる.

これを踏まえ,研究の第二段階として,フラップ型アクチュエータを旋回同軸噴流に適用し,二流体の混合制御を行った.旋回強度の指標であるスワール数は2条件とし,制御パラメータとしてフラップ駆動周波数を変化させた.その結果,はじめに,フラップ運動によって,旋回噴流の初期せん断層においても,スワール数に大きく依存せず,非旋回時と同程度の半径方向速度を誘起できることを確認した.前述した通り,これは,渦生成の起点となる速度攪乱であり,本手法により,旋回同軸噴流外側せん断層内の大規模渦生成を制御できることを明らかにした.一方で,内側せん断層における大規模渦生成の様相は,スワール数に強く依存する.旋回同軸噴流では,環状噴流の接線方向速度成分により,噴流中心部に負の流れ方向圧力勾配が形成されることで,中心噴流が加速する.さらに,その影響は,旋回速度の増加に伴い大きくなる.そのため,スワール数が高い条件では,ノズル近傍における内外噴流の運動量流束差が顕著に低下し,中心流体の輸送・混合に支配的な役割を担う内側せん断層中の渦輪を形成できない.一方で,スワール数が低い条件では,中心噴流の加速が比較的小さいため,内外せん断層に大規模渦輪を形成可能である.従って,旋回同軸噴流において,顕著な混合制御効果を得るには,ノズル径比を調整し,中心噴流の運動量流束を小さくすることが有効であると言える.また,スワール数が低い条件では,フラップ駆動周波数を変化させることで,せん断層中における大規模渦構造を操作でき,混合特性を制御可能である.メタン・空気の混合特性を定量的に評価した結果,フラップ駆動周波数が高いストローハル数Sta≧1.0の制御噴流では,渦輪の連続生成により中心メタン流体が輸送され,非制御時と比較し早期に濃度乱れの小さい可燃混合気を形成できることを明らかにした.スワール数が低い条件においても,中心噴流が加速するため,非旋回同軸噴流の制御で得られるようなノズル出口直下流での急速均一混合は難しい.ただしその一方で,内側せん断層付近において,局所的に混合を促進し層状可燃混合気を形成できる.またこのとき,フラップ駆動周波数を変化させ,渦の大きさを調整し,中心流体の輸送範囲を制御できる.

この知見を踏まえ,研究の最終段階では,旋回同軸噴流燃焼を対象とし,ガスタービンの負荷変動を模擬した異なる3つの出力・当量比条件の下で,燃焼特性の制御を行った.なお,本実験条件下では,浮き上がり火炎を形成する.そこで,大規模渦構造の操作により火炎基部上流の混合過程を制御することで,特性改善を試みた.ここで,燃焼特性は,保炎特性,一酸化炭素 (CO) および窒素酸化物 (NOx) 排出量により評価した.その結果まず,混合制御により,当量比および運動量流束比に対する保炎限界を,非制御時に対して,顕著に改善できることを明らかにした.特に,フラップ駆動周波数が高い条件では,渦を連続放出し,濃度乱れの小さい可燃混合気を火炎に供給することで,当量比が希薄燃焼限界よりも小さい0.3の条件においても火炎を安定保持可能である.なお,このときの運動量流束比は,非制御時における保炎限界の3倍程度大きい.さらに,負荷条件に応じて,フラップ駆動周波数を段階的に変化させることで,燃焼排出ガス特性を顕著に改善できることを示した.比較的,当量比が高い条件では,1.0≦Sta≦1.6の制御により,渦輪を連続生成して混合を促進し,酸化剤が豊富な混合気を供給することで,NOx排出量を保持したまま,CO排出量を50%程度改善できる.一方で,当量比が低い条件では,Sta = ~1.6の制御により,渦径を小さくし,過大な混合を避け,燃料豊富な層状混合気を形成することで,同様に,NOx排出量を保持したまま,CO排出量45%程度改善できることを明らかにした.

以上,ガスタービン燃焼器で多用される旋回同軸噴流燃焼において,大規模渦構造の操作を通じて燃料・空気の混合過程を制御し,幅広い負荷状件において,燃焼特性を改善できることを実証した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「大規模渦構造の操作による旋回同軸噴流混合・燃焼の能動制御」と題し,6章より成っている.

資源制約,環境保全に配慮した持続型社会の構築は,21世紀の最重要課題である.小型分散エネルギーシステムは,建設導入が容易で,様々な燃料が利用できるため,従来の大型発電所と比較し,エネルギーを多様に,かつ高効率に利用できる可能性を有する.ただし,機器の小スケール化に伴う,要素効率の低下や環境汚染物質の増加は克服するべき課題であり,例えば,オンサイト発電用マイクロガスタービンなどで使用される小型燃焼器では,負荷率の大きな変動に伴い,燃焼効率の低下,NOx排出量の増加および火炎の不安定化が懸念される.一方で,燃焼現象は,熱・物質・運動量の輸送・拡散に強く依存するため,流体制御による燃焼特性の著しい改善が期待される.以上を踏まえ,本論文は,負荷条件に応じて,ガスタービン燃焼器内の流動構造を変化させ,常に健全な燃焼特性を維持し得る能動制御手法の開発を意図して行われた実験的研究である.燃焼器内の熱流動をモデル化した旋回同軸噴流燃焼場を対象とし,内外剪断層中における大規模渦構造の操作を通じて,燃料・空気混合および燃焼特性の改善を試みている.

第一章は序論であり,まずマイクロガスタービンが有する小型分散電源としての優れた特性と克服すべき課題を列挙し,小型燃焼器に対する能動制御技術の有用性を提示している.次に,ガスタービン燃焼器内の基礎的な流動形態である噴流現象を取り上げて,不安定性と大規模渦構造,またその制御手法に関して,過去の研究を踏まえ,非旋回および旋回噴流各々の観点から,それらの相違点も含め述べている.さらに,噴流中の大規模構造の操作を通じた燃焼制御の従来研究を紹介している.中でも,フラップ型マイクロアクチュエータを用いた同軸噴流混合・燃焼の制御例に着目し,その有効性を述べると共に問題点を挙げている.即ち,フラップ運動に伴う渦生成機構が未だに不明であること,実用的な制御手法の提案には実機に近い流動・燃焼場での制御の評価が必要であることを指摘している.以上のことから,フラップによる制御入力の実態を解明し,さらにガスタービン燃焼器内で多用される旋回同軸噴流燃焼を対象として,負荷条件に応じて渦構造・混合特性を操作し,燃焼特性を改善し得る能動制御手法を構築することが,本論文の目的であると述べられている.

第二章では,一連の実験を行うための,旋回同軸噴流装置,レーザ計測・燃焼ガス計測手法および制御手法について詳説されている.案内羽根式旋回器における羽根の枚数・形状・角度に関して,その設計指針を記述すると共に,旋回強度が制御効果に及ぼす影響を解明するため,異なるスワール数の旋回器を製作したことが述べられている.フラップ群は,環状旋回噴流の外側剪断層に直接かつ局所的に攪乱を投入するため,外側ノズル内壁に配置している.また,旋回噴流は三次元的な流れであるため,3成分速度場を計測可能なステレオPIVを採用したこと,そしてその計測原理を述べ,さらに,不確かさ解析を通じた各種画像取得・処理パラメータの最適化を図り,高い精度での測定を保証している.スカラー場計測のためのPLIFおよびCO/NOx排出量計測に関しても,同様に不確かさ解析を用いることで,目的に照らして十分な精度で測定可能であることを確認している.

第三章では,制御素子として用いたフラップ型アクチュエータによる制御入力の解明を行っている.本制御手法の基礎的なメカニズムを明らかにするため,非旋回同軸噴流を対象とし,ノズル出口近傍を拡大撮影するPIVを用いて,大規模渦生成の起点となる速度攪乱およびその発達過程を詳細に調査している.その結果,まず,フラップ振り下ろし運動に伴い,負と正の強い半径方向速度が誘起され,これらが大規模渦輪の生成起点となることを示した.さらに,速度攪乱の発達様相は,フラップ駆動周波数に大きく依存し,駆動周波数が高い場合には,前後の制御周期で誘起された正と負の半径方向速度により,一つの渦輪を形成することを示した.このことから,本手法では,フラップ駆動周波数を変化させることで,噴流剪断層中に放出する渦の径を制御可能であることを明らかにしている.

第四章では,フラップを旋回同軸噴流に適用し,メタン・空気流体の混合制御を試行している.その結果,まず,フラップ運動により,スワール数に依らず渦輪の生成起点となる,非旋回時と同程度の半径方向速度を誘起できることを確認しており,本手法により,旋回噴流の外側初期剪断層においても大規模渦生成を制御できることを明らかにしている.ただし,その一方で,内側剪断層における渦構造は,スワール数に強く依存することを見出している.旋回同軸噴流では,環状噴流の接線方向速度成分により,噴流中心部の圧力が低下し,中心噴流が加速されるため,ノズル近傍における運動量流束差が小さくなる.そのため,非旋回噴流と比較して内側剪断層中の渦強度が弱まり,中心流体の輸送・混合促進効果の低下を来すことを指摘している.一方,スワール数が低い条件では,中心噴流の加速が小さく,渦輪の作用により早期に可燃混合気を形成でき,さらにフラップ駆動周波数を変化させることで,メタン流体の輸送・混合特性を制御可能であることを明らかにしている.

第五章では,混合制御実験で得られた知見を踏まえ,旋回同軸噴流燃焼を対象とし,ガスタービンの負荷変動を想定した異なる出力・当量比条件の下で,燃焼特性の制御を試みている.本実験条件下では,浮き上がり火炎を形成するため,火炎基部上流の混合制御を通じた特性改善を意図している.その結果,まず,制御により渦を連続的に放出することで,濃度乱れの小さい可燃混合気を形成し,希薄燃焼限界下の当量比条件および高運動量流束比条件においても,火炎の安定保持が可能となることを示した.さらに,異なる負荷条件に応じて,フラップ駆動周波数を選択することで,輸送・混合特性を制御し,NOx排出量を増加させることなく,CO排出量を最大で50%程度改善できることを明らかにしている.

第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている

以上,本論文では,ガスタービン燃焼器で多用される旋回同軸噴流燃焼において,大規模渦構造の操作を通じて燃料・空気の混合過程を制御し,幅広い負荷状件において,燃焼特性を改善できることを明らかにしている.本研究で得られた成果は,期待される小型分散エネルギーシステムの高性能化に繋がるだけでなく,流体・燃焼制御手法に新たな知見を加えるものであり,熱流体工学をはじめ機械工学の学術の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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