学位論文要旨



No 124558
著者(漢字) 野中,啓一郎
著者(英字)
著者(カナ) ノナカ,ケイイチロウ
標題(和) マイクロ・ナノメカニカル構造の機械的特性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 124558
報告番号 甲24558
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6992号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 准教授 DELAUNAY,Jean-Jacque
 東京大学 講師 山崎,由大
内容要旨 要旨を表示する

微小な電気要素と機械要素を一つの基板上に組み込んだマイクロ・ナノ電気機械システム(MEMS/NEMS)への注目が高まっている.しかし,マイクロ・ナノメカニカル構造の機械的特性は,バルク材とは異なる特性を示すことが報告されており,その特性を明らかにするための有効な評価手法が求められている.本研究では,マイクロ・ナノメカニカル構造の機械的特性評価手法の確立とその特性の解明を念頭に,熱雑音によって励起される機械振動(熱励起機械振動)の振動特性にもとづく機械的特性評価手法の構築と,走査電子顕微鏡(SEM)による振動測定手法の確立を目指す.

具体的な材料特性として,特にMEMS/NEMSに重要なヤング率,密度,Q値を評価対象とする.これらの特性が,理論的に構造体の熱励起機械振動に対する振幅と共振曲線(共振周波数,Q値)から推定できることを示すとともに,マイクロ・ナノメカニカル構造における熱励起機械振動の振幅と共振曲線を簡便かつ効率的に測定できる手法として,SEMによる振動測定手法を提案する.提案した機械的特性評価手法の妥当性と有用性を確認するために,集束イオンビーム化学気相成長法(FIB-CVD)によって作製したナノメカニカル構造の機械的特性を提案した手法により評価した結果,従来の評価方法と同等の結果を得ることができた.さらに,FIB-CVDで作製した構造体の成長特性にもとづく不均質性を考慮することにより,詳細な構造解析結果と機械的特性を解明するための指針を得た.

以下に,具体的な検討内容を記す.

(1) 機械的特性評価手法の基本原理

マイクロ・ナノメカニカル構造に対して連続体モデルを適用すると,梁構造のばね定数はヤング率と形状によって記述することができ,共振周波数はヤング率,密度と形状によって記述することができる.一方,熱励起機械振動の振幅は構造体のばね定数によって記述できる.したがって,構造体の熱励起機械振動において,振幅と共振曲線を測定することにより,ヤング率,密度,Q値の評価が可能となる.

マイクロ・ナノメカニカル構造の熱励起機械振動に対する振幅はpmからnmオーダーであり,共振周波数はkHzからGHzオーダーに達する.本研究では,サブnm程度の振幅とMHzオーダーの共振周波数を有する構造体の振動測定を目標とし,サブnmの分解能を持つSEMによる振動測定手法を提案する.振動測定の主な目的は機械的特性評価であり,SEMを用いる最大の利点は,定量的な振幅測定と共振曲線の測定だけでなく,構造の観察,形状の測定,容易なアライメントなど,構造体の機械的特性評価に要求される操作が一つの装置で実現できることである.

定量的な振幅評価を実現するために,振動している構造体のSEM像におけるグレイ値プロファイルを利用した.このプロファイルを振動していない構造体のグレイ値プロファイルI0(y)と平均確率振幅とのたたみ込み積分によってモデル化すると,I0(y)を求めることにより振幅が評価できる.従来の研究では,I0(y)を振動の影響が小さい固定端近傍のプロファイルで代用していた.しかし,この方法では振幅評価箇所と固定端近傍で梁の大きさが異なる場合には適用できないといった問題点がある.ナノメカニカル構造では,構造体の寸法誤差が振幅のオーダーと同程度であることが予想され,高精度な振幅測定を実現するためにはI0(y)を固定端近傍のプロファイルで代用する手法は適用できない.本研究では,I0(y)を電子顕微鏡の像形成原理にもとづいたモデル化をおこない,構造体の大きさを反映したグレイ値プロファイルを使用することによって,上記の問題点を解決する.

(2) カーボンナノピラーの機械的特性評価

提案した機械的特性評価手法を適用するために,FIB-CVDによりナノメカニカル構造を作製した.FIB-CVDは三次元ナノ構造体を選択的に作製できる手法であり,NEMS作製技術の一つとして期待されている.しかし,作製条件による機械的特性の変化が指摘されており,所望のデバイスを作製するためには機械的特性の解明が必要不可欠である.

測定試料として,FIB-CVDの成長時間のみを変えることにより,成長高さの異なるカーボンナノピラーを作製した.作製したピラーの成長高さは1.6-34.5 μmであり,根元における直径は成長高さによらず110 nm程度であった.

振幅評価に使用したピラー先端のSEM像とグレイ値プロファイルを図1に示す.SEM像の撮影は室温下においておこなった.高さ21.7 μmのピラー先端画像に着目すると,高さに垂直な方向のエッジに比べて高さ方向のエッジは大きくぼけていることがわかる.このことから,エッジのぼけはフォーカスの影響ではなく,振動によるものであると判断できる.一方,1.6 μmのピラー先端画像では,高さ方向のエッジでもほとんどぼけていない.ピラーが短くなるとばね定数が大きくなり,振幅が小さくなることから,振動の影響が画像にほとんど現れていないと考えられる.エッジにおけるグレイ値プロファイルの傾きを比較すると,21.7 μmのピラーは傾きが小さく,1.6 μmのピラーは傾きが大きい.この傾きはエッジのぼけ具合,すなわち振幅に対応しており,振幅の定量的な評価に応用できる.これらの結果から,SEMによる熱励起機械振動の観察が可能であることが示された.

図1に示したカーボンナノピラーの熱励起機械振動の振幅と共振周波数を測定すると,振幅はサブnmから数nmであり,共振周波数は数百kHzから数MHzであった.振幅はグレイ値プロファイルによる振幅評価手法から決定した.共振周波数は,SEMの電子ビームをスポットモードに設定し,振幅が最大となるピラー先端のエッジ部にビームを照射するときに発生する二次電子信号をスペクトラムアナライザで解析することにより測定した.SEM(分解能:0.6 nm)による熱励起機械振動の測定において,サブnmの振幅と数MHzの共振周波数を測定できることを明らかにした.

測定した振幅と共振周波数からヤング率と密度を推定すると,ヤング率は51から78 GPaであり,密度は2500から3500 kg/m3であった.これらの値は,従来の研究において,引張試験や曲げ試験などで評価したヤング率と密度と同等な値を示すことが確認できた.以上の検討により,熱励起機械振動特性にもとづく機械的特性評価手法とグレイ値プロファイルによる振幅評価手法の妥当性を示すことができた.

(3) カーボンナノピラーの構造解析

FIB-CVDで作製したカーボンナノピラーのヤング率と密度は,成長高さによって変化することが(2)の結果より明らかとなった.この主な原因として,FIBのイオン源であるGa+が構造体の中に取り込まれることが考えられる.また,ピラーの高さ方向の成長速度は一定とならず,高さが高くなるにつれて成長速度は減少する.したがって,ピラーに取り込まれるガリウムの量が高さ方向に変化し,高さが高くなるにつれてガリウムの濃度が濃くなる.

高さ方向のガリウム濃度の変化は,FIBの電流値とピラーの成長速度によって表すことが可能である.この濃度変化をもとに,カーボンの密度を仮定すると高さ方向の密度変化を定量的に計算することができる.一方,ヤング率に関しては,ガリウムの体積分率によってモデル化できることが予想される.具体的なモデルについては,実験結果から予想すると,ガリウムの体積分率が増加するとヤング率が減少するモデルの適用が考えられる.

ヤング率,密度,形状が高さ方向に変化する場合,ばね定数や共振周波数は均質で一様な梁構造の関係式では正しく評価することができない.そのため,振動解析においても,高さ方向の不均質性を考慮した評価が必要となる.本研究では,レイリー・リッツ法を適用することにより,不均質非一様梁の振動解析をおこなった.

以上の検討により,カーボンナノピラーに含まれるカーボンのヤング率と密度の定量化を可能とした.このような複合材料においても,振動特性にもとづく機械的特性評価手法は有効であり,内部構造に由来するモデル化と組み合わせることにより,ナノメカニカル構造の機械的特性を解明するツールとして応用が期待される.

以上の検討結果を総合的に考察することにより,提案した機械的特性評価手法が,直径100 nm程度のカーボンナノピラーだけでなく,さらに小さなサイズの構造体や,カーボンナノチューブのように非常に高いヤング率を有する材料へ適用可能であるか否かについて議論するとともに,NEMS応用の観点から,FIB-CVDとナノメカニカル要素としてのカーボンナノピラーの可能性について議論した.

図1 室温下における熱励起機械振動の観察.(a) FIB-CVDで作製したカーボンナノピラーのSEM像(1500倍).(b) カーボンナノピラー先端のSEM像(150,000倍)とエッジ近傍の拡大像.(c) ピラー先端のSEM像におけるグレイ値プロファイル

審査要旨 要旨を表示する

MEMSやさらに小さい寸法で構成されるNEMSに代表される微小電気機械システムにおいて,メカニカル構造の機械的特性を利用したデバイスの開発が進められている.これらデバイスには,メカニカル構造の振動特性を利用した応用例が極めて多い.これらの機械設計においては,密度,ヤング率,破壊強度などの材料特性に加えて,デバイスが呈する機械的振動特性である振動振幅,共振周波数,Q値の評価が極めて重要である.しかしながら,作製手法に由来して材料特性や材料内構造特性がバルク材料のそれらとは異なること,メカニカル構造の極小寸法故に機械的振動特性の検出が困難であること,が課題となっている.

本研究は,上記課題を解決すべく,マイクロ・ナノメカニカル構造の機械的特性評価を念頭に,走査電子顕微鏡の原理と熱励起機械振動の原理とを融合した振動測定技術,振動特性にもとづく機械的性質の評価手法を提案し,実装している.そして,マイクロ・ナノメカニカル構造の一例としてFIB-CVDで作製したカーボンナノピラーを取り上げ,提案した評価手法の妥当性を示すとともに,カーボンナノピラーの機械的性質について考察を加えている.

まず,熱励起機械振動している測定対象の二次電子像のグレイ値プロファイルを,振動していない場合のグレイ値プロファイルと熱励起機械振動の平均確率振幅に由来するグレイ値プロファイルとのたたみこみ積分によりモデル化している.本研究では,特に,電子顕微鏡の像形成原理にもとづいたモデル化をおこない,構造体の大きさを反映したグレイ値プロファイルを使用することによって,振幅評価の高精度化を図っている.

次に, FIB-CVDで作製されたカーボンナノピラーを取り上げ,提案した評価手法の妥当性を検証している.作製したカーボンナノピラーの成長高さは1.6-34.5 μmであり,根元における直径は成長高さによらず110 nm程度である.提案した評価手法によって,熱励起機械振動によるカーボンナノピラーの振幅はサブnmから数nmであり,共振周波数は数百kHzから数MHzであることを明らかにしている.すなわち,使用した走査電子顕微鏡の分解能0.6 nmにおいて,サブnmの振幅と数MHzの共振周波数を測定できることを示している.測定した振幅と共振周波数からヤング率と密度を推定した結果,ヤング率は51から78 GPaであり,密度は2500から3500 kg/m3であった.これらの値は,従来の研究においてカーボンナノピラーに対する引張試験や曲げ試験などで評価されたヤング率や密度とほぼ同等であることから,熱励起機械振動特性にもとづく機械的特性評価手法とグレイ値プロファイルによる振幅評価手法の妥当性を示すことができている.

最後に,FIB-CVDで作製したカーボンナノピラーの内部構造をモデル化し,提案・実装した計測手法を適用して内部構造の計測・評価を行い,成長機構を考慮したコア・シェルモデルを構築し,コアとシェルそれぞれの密度とヤング率を定量的に評価している.本研究では,レイリー・リッツ法を適用することにより,不均質非一様梁の振動解析をおこなっている.以上の解析により,カーボンナノピラーに含まれるカーボンのヤング率と密度の定量化を可能とした.このような複合材料においても,振動特性にもとづく機械的特性評価手法は有効であり,内部構造に由来するモデル化と組み合わせることにより,ナノメカニカル構造の機械的特性を解明するツールとしての展開を示唆している.

提案された機械的特性評価手法は,一般的なナノ計測ツールである走査電子顕微鏡を利用しているため測定対象に加振装置やセンシングデバイスや膜付けなどが不要であり,しかも,共振周波数,Q値,振幅,ヤング率,密度の同時計測を可能としているところに特徴がある.走査電子顕微鏡を用いる最大の利点は,定量的な振幅測定と共振曲線の測定だけでなく,構造の観察,形状の測定,容易なアライメントなど,構造体の機械的特性評価に要求される操作が一つの装置で実現できることである.また,その応用としてこの簡便な方法によってでもカーボンナノピラーの内部構造の同定と密度及びヤング率の定量的評価が可能であることを示した点も新しい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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