学位論文要旨



No 124560
著者(漢字) 足利,昌俊
著者(英字)
著者(カナ) アシカガ,マサトシ
標題(和) クロコオロギ群の闘争行動発現メカニズムのモデル化
標題(洋)
報告番号 124560
報告番号 甲24560
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6994号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 太田,順
 東京大学 教授 上田,完次
 東京大学 教授 浅間,一
 東京大学 教授 神崎,亮平
 東京大学 准教授 横井,浩史
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,クロコオロギ群が形成する優劣関係を再現できる行動モデルの提案を行う.

クロコオロギ(Gryllus bimaculatus)は非社会性昆虫であり,アリやハチなどの真社会性昆虫に見られるような社会的階層(カースト)を形成せず,各個体が単独で生活を営む.しかしクロコオロギのオスはメスや餌,縄張り等を争うためにオス同士で闘争行動を示し個体間に優劣関係を形成する.この時,実験室レベルの環境において,クロコオロギは個体密度に応じて異なる優劣関係を形成する.具体的には,個体密度が低い環境においては,複数の個体が闘争行動を示す.しかし,個体密度が高い環境になるにつれ,個体群内で闘争行動を示す個体数が減少する.このクロコオロギ一個体が示すミクロな相互作用から,クロコオロギの群れ全体が示すマクロな挙動へのつながりを知ることは,クロコオロギが示す行動メカニズムの解明のみならず,生物が示す社会行動の解明や社会適応メカニズムの解明につながると考えられる.しかしながら,そのようなつながりを解明した研究は行われていない.

そこで本論文では,クロコオロギ一個体が示す闘争行動などのミクロな相互作用から,コオロギ群全体が示すマクロな挙動へのつながりを議論する.具体的には,クロコオロギが形成する優劣関係を再現できる行動モデルの構築を研究の目的とする.そしてその行動モデルを用いたシミュレーション実験を行い,ミクロな相互作用からマクロな挙動へのつながりを議論する.

本論文では,まずクロコオロギの行動モデルを構築するにあたり,クロコオロギに関する生物学的知見をまとめる.

そして次に,最も関連が深いと考えられるアシナガバチの行動モデルをまとめる.その上で,クロコオロギの行動モデルの提案を行う.また,提案する行動モデルにはいくつかのパラメータを用いる.そこで次に,実際のクロコオロギを用いた行動実験を行い,パラメータ値を求める.

次に提案したクロコオロギの行動モデルが,実際のクロコオロギが形成する優劣関係を再現できるかどうか議論する.まず実際のクロコオロギが個体密度に応じて異なる優劣関係を形成するという現象を,実際のクロコオロギを用いた行動実験を行い定量的に解析する.そして,提案したクロコオロギの行動モデルが,実際のクロコロギが形成する優劣関係を再現できるかどうか,シミュレーション実験を行い議論する.

最後に提案したクロコオロギの行動モデルを,移動ロボット群の制御アルゴリズムに応用する.具体的には,クロコオロギ群が示す個体密度に応じて異なる優劣関係を形成する現象を,移動ロボット群の採餌作業に応用する.

審査要旨 要旨を表示する

足利 昌俊(あしかが まさとし) 提出の本論文は「クロコオロギ群の闘争行動発現メカニズムのモデル化」と題し,全7章より構成される.本論文は,実際のクロコオロギが形成する個体間優劣関係の形成メカニズムを,行動モデルを用いて明らかにしている.

第1章では,実際の生物が形成する個体間優劣関係の具体例を述べた.そして,クロコオロギが形成する個体間優劣関係の特徴を述べ,クロコオロギが形成する個体間優劣関係の形成メカニズムを解明することの重要性についてまとめた.そして,生物が形成する個体間優劣関係の形成メカニズムの解明に関わる従来研究をまとめた.また,クロコオロギが示す,個体密度に応じて異なる優劣関係をするメカニズムは解明されていないことを示し,本研究の重要性をまとめた.

第2章では,既に明らかにされているクロコオロギの生物学的知見をまとめた.具体的には,まずクロコオロギの生態をまとめ,次にクロコオロギが同性間,異性間で示す行動をまとめた.さらにクロコオロギのオスが示す闘争行動に関する知見をまとめた.

第3章では,2章で述べたクロコオロギの行動の知見を元にクロコオロギの闘争行動のモデルデル化を行った.まず従来の研究として本研究と最も関係が深いアシナガバチの行動のモデルについて説明した.そして,クロコオロギの行動モデルを構築するにあたり,アシナガバチに必要な改良点をまとめる.そして2章で述べたクロコオロギの知見を元に,クロコオロギの行動モデルの提案を行った.

第4章では,第3章で提案した行動モデルで用いたパラメータの値を,実際のクロコオロギを用いた行動実験を行い測定した.まず,クロコオロギは闘争行動時に対戦相手に応じて行動を切り替えているかどうか,行動実験を行い解析した.次に,クロコオロギ負け記憶の忘却時間を,行動実験を行い解析し,得られた負け記憶の忘却時間を,提案モデル内に設定した内部状態変数の忘却に対応させた.そして,勝ち個体・負け個体の移動量を,行動実験を行い測定し,クロコオロギの行動モデルで設定した移動確率,静止確率に設定した.

第5章では,提案したクロコオロギの行動モデルが,実際のクロコオロギが形成する優劣関係を再現可能か議論した.まず,実際のクロコオロギが個体密度に応じて異なる優劣関係を形成するという現象を定量的に解析した.そして,提案したクロコオロギの行動モデルが,実際のクロコロギが形成するマクロな挙動を再現できるかどうか,シミュレーション実験を行い議論した.シミュレーション結果から,提案モデルはクロコオロギが形成する優劣関係を再現することができることを明らかにし,また,提案モデルに用いたパラメータの解析を行い,クロコオロギが個体密度に応じて異なる優劣関係を形成するメカニズムを明らかにした.そして,生物学的知見を元に,クロコオロギが個体間の優劣関係を形成する際に行う記憶のメカニズムに関する考察を行った.

第6章では,クロコオロギにおける個体密度に応じて異なる優劣関係を形成するという現象を,動的環境下における採餌作業を問題とした移動ロボット群の制御アルゴリズムに応用した.具体的にはまず,移動ロボット群の採餌作業の問題設定を行い,次にクロコオロギの行動モデルを元に,移動ロボット群の行動モデルを提案した.そして,ロボット群の採餌作業モデルの用いたシミュレーション実験を行い,提案モデルは比較対象も出るよりも,餌の出現頻度や作業環境の広さが変化する動的環境下において,良い適応性を示すことを明らかにした.

第7章では,本論文の結論として,クロコオロギ群の闘争行動発現メカニズムのモデル化を行ったことを述べた.本論文において提案したクロコオロギの行動モデルを用いたシミュレーション結果から,クロコオロギが個体密度に応じて形成する優劣関係の形成メカニズムを明らかにした.

以上を要するに,本論文は生物単体が示すミクロな相互作用から,生物群が示す社会行動などのマクロな行動のつながりを,行動モデルを用いて議論している.行動モデルを用いることによって,実際の生物を用いた行動実験や生理学実験を行うことの出来ない結果を予測し,生物群が示す社会行動のメカニズムの解明を行った.本論文は,クロコオロギが示す社会行動に注目しているが,多くの生物において個々のインタラクションから全体の挙動を議論するためには,モデルを用いた理解が重要であると考えられ,本研究は重要なものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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