学位論文要旨



No 124566
著者(漢字) 中谷,武志
著者(英字)
著者(カナ) ナカタニ,タケシ
標題(和) 深海底における全自動観測の研究
標題(洋)
報告番号 124566
報告番号 甲24566
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7000号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 藤井,輝夫
 東京海洋大学 准教授 近藤,逸人
 海上技術安全研究所 部門長 田村,兼吉
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

本研究では、測深用ソナーと既知の海底高度マップを用いた自律型水中ロボット(Autonomous Underwater vehicle, AUV)の位置推定手法を研究し、深海底の全自動観測を実現するための測位手法を提案する。

深海底調査の重要性は、遺失物調査や学術的な観点からだけでなく、近年の地球温暖化や異常気象などの地球環境を考えるべき社会的な問題からも増しつつある。しかし、従来の観測プラットフォームである遠隔操縦ロボットや有人潜水艇では、時間・コストがかかるだけでなく、人命の安全や長いケーブルの取り回しなどが妨げとなり十分な観測ができなかった。そこで、人命やケーブルによる拘束を受けない無索無人の自律型水中ロボットを深海底調査に適用できれば、調査効率を格段にあげることが期待できる。

しかしながら、従来の音響測位手法では深海底における位置精度が悪かったため、行動決定過程において人間の介在が許されないAUVにとって、限られた潜航時間内に観測ターゲットを見つけることは難しかった。そこで、本研究では事前調査で得られている海底高度マップと、自機のソナーによって得られたローカルな地形を照合して、マップ内における位置を推定する手法を提案する。

研究を進めるにあたって、手法を実装するプラットフォームとして深海底調査用AUVを新たに開発する。そして、そのAUVを用いた水槽実験及び実海域実験を通じて提案する測位手法の有効性を検証する。

深海底調査AUV"TUNA-SAND"の開発

開発した自律型水中ロボットTUNA-SANDの写真をFig.1に示す。本ロボットは、空中重量250kg,耐圧深度1,500mのホバリング型AUVである。耐圧深度の1,500mは、具体的な観測ターゲットに挙げているベヨネーズ白嶺鉱床や水曜海山といった日本近海に存在する主な海底熱水鉱床をカバーする深度に対応する。全体設計はなるべくコンパクトで軽量なものとし、構造は実環境でのロバスト性と母船上での取り扱いやすさからオープンフレーム構造を採用している。高度な慣性航法装置を備えており、姿勢角および方位は0.01度オーダーの精度で計測することができる。また、外部センサであるドップラ式対地速度計から対地速度情報が得られている場合、1時間に溜まる位置誤差は数~数十メートルと極めて高い精度で位置推定を行うことができる。ただし、ドップラ式対地速度計の計測可能レンジに限界があるため、潜航開始から海底に接近するまでの問は純慣性となって誤差を蓄積してしまう。そこで、本研究で提案する地形照合を用いた測位手法が必要となる。ただし、海域が深くて海底到達までの時間が長いと、慣性航法装置は加速度を2回積分して位置を推定しているため、位置誤差が急激に増大する。そこで、そのような場合には地形照合を行う前に音響測位により補助的に位置補正を行うものとする。

TUNA-SANDは、2007年3月に進水してからこれまでに、実海域において計20回、34時間以上の潜航を行った。そして、鹿児島湾、ベヨネーズ海丘、明神礁カルデラの各海域においてAUVとして海底の画像観測と測深の全自動観測に成功している。

地形照合による測位手法

ロボットが自律的に活動するためには、自機と周辺環境の位置関係を知る必要がある。特に電磁波が通じずGPSが使えない水中環境では、位置を特定することが難しい。Super Short Base Line (SSBL)やLong Base Line (LBL)などの音響測位手法で得られる位置精度は水深の1~3%であり、深海底ではその位置精度は数十~数百mオーダーである。

そこで本章では、事前調査によって海底に関する情報、特に海底地形が得られていることに着目し、AUVが深海底の観測対象物にピンポイントで接近できるだけの位置精度を得ることを目的とした、地形照合による測位手法(Terrain Based Localization, TBL)を提案する。TBLの研究は1950年代後半に巡航ミサイルの誘導手法として開始された[1]。音響測深機の性能向上もあり、1990年代後半に水中ロボットの測位手法に向けてから積極的に研究が進められている[2]。筆者らも、センサを取り付けた小型船を水深7~12mの浅海域で航行させ、AUVの潜航時を模擬した状態を作ってデータを取得し、そのデータを用いたシミュレーションによって、数オーダーオーダーの測位精度が得られることを確認している[3]。しかしながら、従来研究では(1)計算量、(2)事前に得られるマップの解像度、(3)得られる精度の3つの問題点があり、実際に測位してナビゲーションに使用された例はほとんどなかった。

そこで、それぞれに対して次のような方法を提案する。(1)の計算量については、事前に音響測位によって位置補正を行うことによって計算する領域を減らし、またパーティクル手法[4]によって状態推定の計算負荷を減らす。(2)のマップの解像度については、事前調査によって得られた曳航体または航行型AUVの測深図を用いることで解決する。また、2回目以降の潜航においてそれまでの潜航で得た測深値によってマップの精度と解像度を上げることを提案する。(3)の精度については、航法装置による移動距離の推定誤差が十分に小さい時間内に得られた測距値群を、深度情報と形状情報(平均深度からの偏差)にわけてそれぞれの尤度を算出して掛け合わせる方法を提案する。

実海域実験

提案する測位手法を実装したAUV TUNA-SANDを用いて、鹿児島湾の水深90~170mの海域で実海域実験を行い、3回の潜航においてリアルタイムで測位実験を行った。海面からドップラ式対地速度計の計測が可能である浅海域であるため、潜航開始から短時間であれば慣性航法装置の誤差蓄積は小さいと考えられる。そこで慣性航法装置の推定位置を真値とし、測位手法の精度を検証した。測位プログラムに与える初期条件は誤差40m、標準偏差20mの正規分布で与えた。最終的に全ての潜航で10m以内の位置精度を得られた。Fig.3,Fig.4にリアルタイムで得られた測位結果を示す。

おわりに

本研究により、AUVによる深海底の全自動観測を実現するために必須な測位手法として、地形照合を用いた測位手法を提案することができた。また、深海底調査用AUVを開発し、そのAUVを用いた実海域実験によって提案手法の有効性を検証することが出来た。提案手法は、ROV、HOVを含む水中ロボット一般に適用可能である。また、流氷の下や北極海など他の測位方法が困難な海域での調査への応用などが期待される。

[1] J. P. Golden. Terrain Contour Matching (TERCOM): A Cruise Missile Guidance Aid. In Proc. of Int'l Soc. for Optical Eng.(SPIE) Image Processing for Missile Guidance, Vol.238, pp.10-18, 1980.[2] Ingemar Nygren, Magnus Jansson,"Terrain Navigation for Underwater Vehicles Using the Correlator Method" IEEE Journal of Oceanic Engineering, vol.29, No.3, pp.906-915, July 2004.[3] T. Nakatani, T. Ura and Y. Nose,"Terrain Based Localization Method for Wreck Observation AUV," In Proceedings of OCEANS2006 MTS/IEEE Boston, pp.1-6, 2006.[4] S. Thrun, D. Fox, W. Burgard and F. Dellaert,"Robust Monte Carlo localization for mobile robots," Artificial Intelligence, No.128, pp.99-141, 2001.

Fig.1: AUV TUNA-SAND.

Fig.2: Positioning method based on terrain feature matching.

Fig. 3: Result of the real-time positioning estimation by the proposed terrain based localization method.

Fig. 4: Comparison of the performance, with the horizontal position errors of the three dives.

審査要旨 要旨を表示する

自律型水中ロボット(Autonomous Underwater Vehicle, 以下AUVと書く)は人がいけないうえに電波が届かない自然環境の水中で自律的に活動しなければならない。その行動の基礎の第一は、自己位置の特定(測位と書く)である。測位ができると、それに基づいて航法が決定されるのである。沈没船の調査や熱水チムニーの活動の観測などでは、目標地点に到達するために、地球座標系において数mの位置精度が要求される。従来の音響測位手法では、特別なランドマークに頼らない限り、全自動で特定点に到達することが困難であった。そこで、本研究では事前調査で得られている海底高度マップと、自機のソナーによって得られたローカルな地形を照合して、マップ内における位置を推定する手法を開発し、特定地点へ到達するために、外部的な補助を必要としない測位法を提案している。また、研究を進めるにあたって、手法を実装するプラットフォームとして最大設計深度1.500mの深海底調査用AUV「Tuna-Sand」(以下「TS」と書く)を新たに開発し、AUV「TS」を用いた水槽実験及び実海域実験を通じて提案する測位手法の有効性を検証している。

第1章では、AUVを取り巻く研究の背景を述べ、測位の問題点を議論している。

第2章では、AUVが深海底で、点的な観測項目に関する観測活動をおこなうために備えるべき機能について議論している。

第3章では、第2章に提示されたミッションなどをおこなうAUVの設計について議論し、結論としてプロトタイプAUV「TS」のハードウェアの設計製作をおこなっている。さらに、そこに第4章に提案する測位手法を搭載できるソフトウェア構造を構築している。

第4章では、本論文の理論的中核をなす地形照合による測位手法(Terrain Based Localization)(以下TBLと略す)を提案し、パーティクルフィルタ法を導入して、そのリアルタイム性を担保するAUVにおいて実現可能な手法を示している。

第5章では、ソフトウェアをAUV「TS」に搭載し、鹿児島湾のハオリムシサイト南方において展開し、提案するTBL手法の利点および問題点を明らかにしている。AUV「TS」の設計製作から実海域試験の準備と実行という総合的なプロセスを本論文が全てカバーしていることは、海中ロボット研究として特筆すべき事項である。

第6章では、研究をまとめ、提案するTBSの有効性を議論している。また、TBLを直接的には利用していないものの、AUV「TS」が明神礁およびベヨネース海丘に先行し、熱水地帯の観測に成果を挙げたことが言及されている。

このように、本論文は、TBLをパーティクルフィルタ法に結合することによって、特殊なランドマークを用いずに精度良くAUVの測位をする方法を提案し、かつ、1,500m級AUV「TS」を開発して実海域に展開することによって提案手法の有効性を示し、実海域観測に活躍できるものであることを示した。すなわち、ソフトウェアおよびハードウェアの両者を並行的に開発し、新たな測位手法を提案することに成功し、海中ロボット学の進歩に資するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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