学位論文要旨



No 124567
著者(漢字) 藤﨑,歩美
著者(英字)
著者(カナ) フジサキ,アユミ
標題(和) 数値モデルによるオホーツク海の海洋・海氷連成構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 124567
報告番号 甲24567
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7001号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 准教授 林,昌奎
 東京大学 准教授 早稲田,卓爾
 北海道大学 教授 三寺,史夫
内容要旨 要旨を表示する

オホーツク海は冬に海氷が発達する世界で最も低緯度に位置する季節海氷域である。四方を陸地に囲まれているため、外海から独立した特徴的な海水特性を有している。例えば北部では海氷生成に伴い高塩分水(ブライン)が排出されることにより冷たく重い高密度棚水(Dense ShelfWater,以下DSW)が生産される。DSWは中層(200-800m深)まで沈み込み、東サハリン海流により南部へと運ばれ千島海盆域でオホーツク海中層水へ注ぐ。千島列島付近では潮汐由来の強い鉛直混合がオホーツク海と北太平洋の中層水を活発に交換している。こうしてオホーツク海水は北太平洋中層水をベンチレーション(通水)し、北太平洋の中層循環に影響する(三寺・中村2007)。

オホーツク海は豊かな生態系を有することでも知られている。冬季の海氷生産に伴い鉛直混合が活発化すると深部の栄養塩が表層まで巻き上げられる。そして春に海氷が融解すると植物プランクトンの一斉増殖(ブルーミング)が生じる。このようにオホーツク海は一次生産性が高く、豊かな漁業資源域、そして二酸化炭素吸収源として果たす役割も大きい。近年ではDSWが植物プランクトンの増殖に不可欠な鉄の輸送を担うと指摘されており物質循環という観点からもオホーツク海は重要な海域である。

このようにオホーツク海の海洋構造は海氷と海洋の相互作用の上に成り立っている。このためオホーツク海の海氷-海洋連成構造を理解することは重要である。しかしオホーツク海における海洋データは海氷域における観測が難しいことから他の日本近海と比べ少ない。数値モデルによる研究を見ると、東サハリン海流の定量的再現(Shimizu and Ohshima 2006)、千島海盆域における中規模渦の再現(Uchimoto et al.2007)など一定の成果があげられている。しかしいずれも海氷を考慮しない海洋単独モデルによるものか、低解像モデルであるため中規模スケールの海氷梅洋相互作用に注目した例はほとんどない。

そこで本研究ではオホーツク海を対象とした中規模渦解像レベルの海氷-海洋結合シミュレーションを実施し同海域における海氷-海洋練成構造について調査を行った。海洋の物理モデルはPrinceton Ocean Modelをベースに開発されたオホーツクOGCM(Uchimoto et al.2007)を用いる。水平解像度は1/12度(約6×9km)、鉛直方向はz-σ座標系で45層である。海氷の力学モデルには氷盤衝突を考慮した弾粘塑性レオロジーモデル(佐川2007)を使用している。海氷の熱力学モデルはSemnter(1979)による0層モデルを採用している。気象データには気象庁領域スペクトルモデル客観解析値を使用した。

シミュレーションに先立ち、現実的な風成循環を得るために気象庁領域スペクトルモデル客観解析値の地上風速データを長期再解析値と比較した。また大気-海氷間抵抗係数C(DN)について沖合で唯一の観測である2002-2005年巡視船そうや航海中に行われた渦相関法による計測結果を解析し数値モデルにおいて妥当な値について検討した。まず地上風速データに関して米国が提供する長期再解析値(NCEP-II)と比較した結果、客観解析値は東西で26%、南北で22%小さかった。このため客観解析値の地上風速データをそのまま適用した場合と一様に1.25を乗じて適用した場合をそれぞれ数値モデルに適用し結果の妥当性を検討した。次にC(DN)の計測結果を解析した。計測中最も頻繁に遭遇したのは直径500m以下の比較的小さな氷盤が特徴的な氷況で、オホーツク海の海氷が変形や破壊を受け粗い海氷表面形態をなしていることを示していた。得られたC(DN)×103は1.8-6.0の範囲に分布し中間値3.2、平均3.4であった。Shirasawa(1981)はオホーツク海沿岸域の計測結果から数値モデル向けに2.5を提案しているが本計測結果の平均値はこれより大きい。またGuest and Davidson(1991)がまとめた一年氷上の値と比べるとrough ice(2.2-4.0)もしくはvery rough ice(3.1-5.0)上の値と同程度であった。これを受けて数値モデルではC(DN)×103を2から5まで変化させてC(DN)計算結果にどう影響するか考察した。

前述した風応力に関する考察を基に海氷-海洋結合シミュレーションを行った。

まずオホーツク海風成循環を代表する束サハリン海流について夏弱まり冬強まるという季節変動と観測と同様の流量の再現に成功した。C(DN)×103を2から5まで増加させると最大流量は倍程度まで増加したが、年によってC(DN)×103=4,5間で逆転するなど対応は単純ではなかった。

海氷分布は気象庁海氷解析図とよく対応しており海氷域面積の時間変動も再現されていた。C(DN)を増加させると海氷が受ける風応力が強まるため海氷域が広がることが予想されたが、海氷域面積はC(DN)によってほとんど変化しなかった。この要因には海氷域の広がりが力学的要素だけではなく比較的高い海水温による氷縁部融解によっても決まっていることが考えられる。一方で海氷域面積がC(DN)によって変化しなくても海氷移動速度とその下の海流速度はC(DN)と共に増加する傾向にあった。つまり数値予報モデルにおいて海氷域面積や海氷分布だけでC(DN)のチューニングをすることは不十分である。

次に高密度棚水(DSW)形成過程について調査した。海氷生産に伴い2-3月にかけて北部沿岸域の海底に高塩分水が沈み込む様子が確認できた。沈んだ高塩分水は周囲との密度差により不安定を生じ、数十kmスケールの強い相対渦度偏差を示した。

DSWの定義を-1℃以下、ポテンシャル密度26.75-26.9(σθ)以上とすると北西部陸棚域におけるDSW生産量は1998-1999年で0.22-039sv,1999-2000年で0.19-0.44Svであった(Sv=106m3/s)。後者は同時期のShcherbina et al.(2004)の衛星観測データによる見積もり0.3Svと対応する。

Itoh et al.(2003)は歴史的海洋観測データを統合して陸棚全域の年平均DSW生産量0.67Svと見積もった。彼らは冬の観測データが不足していたため4-9月のDSW体積を年間総生産DSW体積とみなした。本モデル結果で年平均DSW生産量を求めると1998-1999年で0.68-1.08Sv、1999-2000年で0.70-1.14Svであった。一方Itoh et al.(2003)と同じ仮定のもと年平均DSW生産を見積もるとそれぞれ0.41-0.65Sv、0.45-0.73Svと彼らの見積もりとよく対応した。彼らの手法では実際の年平均DSW生産量を40%程度過小評価することになる。

C(DN)×103を2から5まで増加させると北西部陸棚域における年平均DSW生産量は1998-1999年1.33倍、1999-2000年で1.27倍まで増加した。一方対応する海氷生産量の増加はそれぞれ1.16倍、1.11倍と、DSW生産が海氷生産に比例しない結果となった。このことは二つの仮説を提起する。一つはShcherbina et al.(2004)がDSW生産量見積もりに用いたDSW生産量と海氷生産量が比例するという仮定は妥当ではないということ、もう一つはC(DN)を増加させることで力学的な機構により海洋の塩分輸送が強化され、陸棚域へ高塩分水を供給しDSW生産を促進するというものである。陸棚域への塩分輸送にはC(DN)が海洋の反時計方向循環を強化し南部から北太平洋由来の高塩分水を陸棚域へ運ぶという水平輸送と、氷縁部で海洋表層へ伝わる運動量フラックスが不連続になることにより水平流速の発散が生じ深部から高塩分水が湧昇するという鉛直輸送が考えられる。両者を調査した結果、前者はC(DN)による明確な傾向は見られなかったが、後者の鉛直輸送はC(DN)を増加することで強化された。このようにDSW生産機構の新たな可能性として海氷が力学的に塩分を鉛直輸送する機構があることがわかった。鉛直輸送の水柱の径は30-50km程度であり、これは中規模渦解像モデルだからこそ観察できたものといえる。

最後にオホーツク海における海氷海洋熱交換について調査した。比較的暖かい北太平洋海水の流入により海氷-海洋熱ラックスFbが増大し、海氷成長期である2-3月でも局所的に1ヶ月0.3m以上の融解が起こっていた。Fbは融解を通じて氷縁位置を決定していた。海氷底面と海洋表層の温度差ΔTは氷縁に近づくにつれ増大していたため、主にΔTが氷縁を決定する大きなFbに寄与していると考えられる。最も融解が活発だった北部陸棚端や南部氷縁域では海氷に覆われていても100W/m2以上の熱が海洋から奪われていた。一般に海氷に覆われると海洋表層は大気冷却から断熱されるが、100W/m2という値は開放海面における大気冷却に匹敵するものである。Fbはその計測の難しさから一定とするような単純なモデルが採用されている例も多い。本モデル結果はそのような単純なモデルを用いると冬季の海氷融解に伴う熱交換を正しく考慮できなくなる問題を示している。

融解が顕著な場所では海洋表層からの熱吸収だけでなく海氷融解に伴う淡水供給が連続的に起こっている。これらは海洋の成層状態にも影響し、中層水の形成、塩分輸送にも寄与するだろう。冬季の海氷融解の影響はこれまで殆ど注目されてこなかった。本研究により示された新たな課題といえる。

審査要旨 要旨を表示する

海洋の約1割が、凍る海である。海氷はその表面特性により太陽光の殆どを反射し、海氷が無い状態に比べて1桁ほど、太陽からの熱吸収が小さくなる。従って、気温が下がり海氷ができると、海氷の効果により更に気温を下げて海氷が広がる。逆に気温が上がると海氷は加速度的に少なくなり更に気温が上がる。この正のフィードバック効果は、地球温暖化のほか、気候変動に関わる重要な問題である。また、海氷の下にできる冷たくて重い水は海洋の鉛直循環を引き起こし、豊かな海洋生態系の源となるほか、数千年をかけて地球を巡る海洋大循環の駆動力になっている。すなわち、海氷は地球温暖化問題をはじめとする気候・海洋変動問題の重要なキーの一つになっている。

オホーツク海は冬に海氷が発達する世界で最も低緯度に位置する辺縁海であり、海氷の存在のため、独特の構造をしている。海氷生産に伴う海洋の鉛直混合により深層部の栄養塩が表層まで巻き上げられ、春に海氷が融解すると植物プランクトンの一斉増殖が起きることにより、豊かな海洋生態系が実現されている。また、北部にて海氷生産による高塩分水(ブライン)が排出され、それにより冷たく重い高密度棚水(Dense Shelf Water, DSW)が生成される。このDSWは中層まで沈み込み、東サハリン海流により南部に運ばれ千島海盆域でオホーツク中層水へと注ぎ込む。さらに、千島列島間の海峡での激しい鉛直混合により北太平洋へと流れ、北太平洋中層水をベンチレーションしている。また、生物に不可欠な鉄分をアムール川河口域から運び、それがオホーツク海だけでなく北太平洋中層水に注がれ、長期の鉛直拡散により北太平洋の生態系を豊かにしているという仮説もある。すなわち、オホーツク海の海氷・海洋連成構造がオホーツク海だけでなく北太平洋の海洋構造にまで影響している訳であり、そのメカニズムを定性的・定量的に解明することは、極めて重要な課題である。本研究は、中規模渦解像レベルの海洋・海氷連成計算を初めて行い、その構造を定量的に解明したものである。以下、本論文の構成と内容を示す。

第1章は序章であり、オホーツク海の重要性を指摘するとともに、その研究の歴史と現状を概観し、中規模渦解像レベルの海洋・海氷連成計算の意義と重要性を述べている。

第2章は本研究で用いる数値モデルを説明している。海洋の物理モデルはPOMをベースに開発されたオホーツクOGCMを用いる。水平解像度は1/12度、鉛直方向にはz-σ座標系で45層という高解像である。海氷の力学的モデルには氷盤衝突を考慮して弾粘塑性モデルを拡張した拡張モデルを用い、海氷の熱力学モデルにはSemtnerの0層モデルを用いる。

第3章では、使用するデータと計算条件について説明している。

第4章は大気・海氷間抵抗係数の洋上計測結果を解析し、結果の妥当性について深く考察している。

第5章では、今回入力データに用いる気象庁領域スペクトルモデル客観解析値の地上風速データと各種長期再解析値を比較・考察している。その結果、気象庁客観解析値の地上風速データが少し小さい可能性があることを指摘している。

第6章は海洋・海氷連成計算を行い、既存の海洋観測データと比較することにより、気象庁客観解析値の地上風速データを1.25倍して計算する方が、より正しい結果が得られることを見出している。

第7章では、種々の計算を行ってDSW生成過程について調査している。まず海氷によるDSW生産の再現を確認し、それが、観測データに基づく過去の見積もりと整合することを確認している。そして、オホーツク海をその特徴に応じたいくつかの海域に分け、それぞれの海域でのDSW生産量とその要因について解明している。

第8章では、海洋・海氷間の熱交換について調査している。特に冬の海氷融解特性については、本研究で初めて明らかになったものである。

第9章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめている。

以上要するに、本論文は、中規模渦解像レベルのオホーツク海の海洋・海氷連成計算を初めて行い、その結果を詳細に解析することによりオホーツク海の構造特性を定量的に明らかにしたものであり、海洋工学、環境学、海洋学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク