学位論文要旨



No 124569
著者(漢字) 内田,誠
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,マコト
標題(和) 機能に基づく大規模ネットワークの分析とモデル推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 124569
報告番号 甲24569
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7003号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 白山,晋
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 准教授 増田,宏
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,複雑な大規模ネットワークを対象として,そのモデルを推定するという問題に取り組んだ.

ネットワークによって表現されるシステムは世の中のあらゆる分野に存在する.そして,一見すると互いに関係のない分野のネットワークが,その構造に共通の性質を有していることが見いだされている.さらには,そのような性質が,伝染病の蔓延といった感染伝播現象,システムの連鎖的な崩壊現象,製品の規格競争や世論の形成といった経済社会現象において重要な役割を果たしているということが示唆されている.

主体間の相互作用のネットワークとして表現されるシステムにおいて,望ましい機能の設計は,ネットワークの構造指針を得ることによって実現される.ところが,システムの基盤となるネットワーク構造の複雑さがその機能に与える影響は自明ではない.そもそも,ネットワーク構造がどのような複雑さを有するかに関する理解が十分ではないことも指摘されている.そのため,ネットワーク構造に着目し,その分析やモデル化を通じてネットワークの機能について考えることが多い.そのためには,対象とするシステムに対応するネットワークのモデルを適切に得るとともに,ネットワークのモデルによって機能が適切に再現されることが重要になる.

しかしながら,従来のモデル推定の方法には,1)既知の統計的な構造指標によって,現実のネットワークを十分に特徴づけることができていない,2)構造指標に基づいて推定されたモデルが,元のネットワークの機能を再現するとは限らない,3)従って,推定されたモデルは元のネットワークの機能の分析には適さない,という課題がある.

本研究では,これらの課題を解決すべく,モデル推定に対してネットワークの機能という新たな要素を導入し,未知の実ネットワークの分析とモデル推定を行う方法および方法論を提案する.

はじめに,従来手法の課題を再確認し,構造に基づくモデル推定の拡張と限界を明らかにする.次に機能モデルに基づくモデル推定の枠組みを示し,スピン相互作用ダイナミクスに基づく機能モデルの提案とともに,機能モデルに対する入出力のパターンに基づき,ネットワークの機能クラス示す.また,機能クラスは,新たなネットワークモデルの構築によって拡張できることを示す.さらに,機能モデルの拡張により,人工市場シミュレーションモデルにおけるエージェントのネットワークの推定に応用した.

提案手法は,従来的な構造に基づいて推定されるモデルでは保証されない機能の再現性について,機能クラスに基づき,実ネットワークと同じクラスの機能を実現することで,より高度なモデル推定を可能にものである.そして,その方法論は新たなネットワークモデルを構築する指針を与え,また現実の問題を意図した複雑な機能モデルを導入した場合でも有効である.

ネットワークモデルは,その生成機構や成長メカニズムとして定義される.提案手法によって機能クラスに基づくモデルを推定することは,対象とするシステムの機能が実現されるネットワークの生成機構や生成メカニズムを知るための手がかりを与える.そして,対象とするシステムに望ましい機能クラスに属するネットワークモデルの生成機構や生成メカニズムに注目することで,その機能を実現するための指針となるものであると考えられる.

本論文は全9章で構成されている.

第1章では,緒言として本研究の背景について述べた.複雑な大規模ネットワークとしてモデル化されるシステムを分析する際の,モデル推定の役割と重要性について述べ,構造に基づくモデル推定の従来のアプローチの課題と限界を指摘した.その課題を解決するという本研究の目的を設定し,ネットワークの機能に基づくアプローチによるモデル推定という提案手法の方向性を述べた.

第2章では,ネットワーク科学における先行研究を概観した.特に,複雑ネットワークのモデル化およびモデル推定に関する研究について,ネットワークの構造および機能という側面からまとめた.従来のネットワークのモデル推定の手法は主として構造のみに基づくものが主流であったことを指摘し,機能に着目するという本研究の位置づけと新規性を述べた.

第3章では,構造の統計的指標とネットワークの可視化に基づくネットワークのモデル推定手法を体系化した.従来のネットワーク可視化手法では不十分な点を指摘し,新たな可視化の手法を提案し体系に加えた.この方法によって,統計的な構造指標に表れない構造のパターンを可視化によって抽出することを可能にした.体系化したモデル推定の手法を二つの実ネットワークに対して適用し,ネットワークの分析とモデル推定を二つの実ネットワークの事例について行った.その結果,二つの事例とも,これまで考えられてきた構造指標やそのクラスに直ちに分類することはできないことを示した.これは,構造に基づく従来のモデル推定の方法の限界を示すものであると考えられる.

第4章では,ネットワークの機能モデルを考え,そのダイナミクスに基づいてネットワークをクラス分類し,モデル推定に利用する方法および方法論を提案した.機能モデルとして所与の初期条件を考えたスピン相互作用モデルを考え,初期条件を機能に対する入力,その後の時間発展的なダイナミクスを出力としたときの入出力の関係のパターンをネットワークモデルに対して求め,パターンのクラス分けとそのクラスをモデル推定に利用するというものである.また,入出力の関係のパターンが四つの基本的なクラスに分けられることを発見し,パターンが生じる要因とその普遍性を,システムの固有モードに着目して分析した.

第5章では,第4章で提案したモデル推定の手法を,6種の実ネットワークについて適用した.その結果,対象とした実ネットワークの性質に依存する固有のクラスに分類できることを確認した.それらのネットワークから発現する機能によるパターンをリファレンスであるネットワークモデルからのパターンと比較することによって,提案手法が未知の大規模なネットワークのモデル推定手法として適用可能であることを確認した.一方,推定が不十分である点も指摘した.

第6章では,第5章の結果において不十分である点がネットワークモデルに起因することを延べ,新たなネットワークモデルを構築するとともに,提案するモデル推定法の高度化を試みた.具体的には,提案手法によってある種の社会ネットワークのよいモデルであることが明らかになったCNNモデルの成長プロセスを拡張した.マスター方程式の解析および計算機実験により,次数分布は領域に応じて区分的な次数分布を再現することを示し,提案モデルで取り入れた拡張が,これまでにネットワークモデルによって再現されていない社会的ネットワークに特有の生成則を適切にモデル化していることを示した.また,このモデルによって新たな機能クラスが発現することを示した.

第7章では,提案手法の構成要素である機能モデルを拡張し,人工市場シミュレーションにおけるエージェントの存在環境の推定への応用を試みた.エージェントの相互作用と意思決定のモデルは,スピン相互作用に基づく機能モデルよりも複雑なものである.その場合でもネットワークに特有の機能クラスが発現することを示し,この実ネットワークと同様の機能を実現するモデルがCNNモデルであることを推定できた.これは,従来的な構造の統計指標に基づくモデル推定のみからは知り得ない結果である.より複雑な機能モデルに展開した場合でも,提案手法によるモデル推定は有効であることを確認した.

第8章では全体の結果について考察し,第9章で結論を述べた.

以上のように,本論文では複雑な大規模ネットワークのモデル推定という問題に対して,機能に基づく新たなアプローチを導入することで,機能の分析に適するモデル推定の方法および方法論を提案し,その有効性と応用可能性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、複雑な大規模ネットワークを対象として、そのモデルを推定するという問題に取り組んだものである。全9章で構成されている。以下に各章の概要を示す。

第1章では、緒言として研究の背景について述べている。はじめに、複雑な大規模ネットワークとしてモデル化されるシステムを分析する際の、モデル推定の役割と重要性について述べ、ネットワークのモデル推定に対する従来のアプローチの課題と限界を指摘している。また、従来の課題を解決するという本研究の目的を設定し、ネットワークの機能に基づくアプローチによるモデル推定という提案手法の方向性を示している。

第2章では、ネットワーク科学における先行研究を概観している。特に、複雑ネットワークのモデル化およびモデル推定に関する研究について、ネットワークの構造および機能という側面からまとめている。手法等の詳細を付録Aで補完し、資料的価値も高い。従来のネットワークのモデル推定の手法は主として構造のみに基づくものが主流であったことを指摘し、機能に着目するという本研究の位置づけと新規性を既存研究との比較により明確に述べている。

第3章では、構造の統計的指標とネットワークの可視化に基づくネットワークのモデル推定手法を体系化している。従来のネットワーク可視化手法では不十分な点を指摘し、新たな可視化の手法を提案し体系に加え、これまでのモデル推定手法を拡張した上で体系化した点に意義がある。また、体系化したモデル推定の手法を二つの実ネットワークに対して適用し、ネットワークの分析とモデル推定を行っている。結果として、構造に基づくモデル推定手法では、未知のネットワークに対してそのモデルの手がかりを与えるものの、不十分な点が残ることを指摘した。

第4章では、ネットワークの機能モデルを考え、そのダイナミクスに基づいてネットワークをクラスに分類し、それをモデル推定に利用する方法および方法論を提案している。はじめに、機能モデルとして所与の初期条件に対するスピン相互作用モデルを考え、初期条件を機能に対する入力、その後の時間発展的なダイナミクスを出力として求める。提案手法は、このときの入出力パターンをネットワークモデルに対して求め、パターンのクラス分けとそのクラスをモデル推定に利用するという独創的なものである。また、入出力の関係のパターンが四つの基本的なクラスに分けられることを発見し、パターンが生じる要因とその普遍性を、システムの固有モードに着目して理論的な側面から分析している。

第5章では、第4章で提案したモデル推定の手法を、6種類の実ネットワークについて適用している。それらのネットワークから発現する機能によるパターンをリファレンスであるネットワークモデルからのパターンと比較することによってモデル推定が可能になることを示している。一方、推定が不十分である点も指摘している。

第6章では、第5章の結果において不十分である点がネットワークモデルに起因することを論理的に述べ、新たなネットワークモデルを構築するとともに、提案するモデル推定法の高度化を試みている。構築したネットワークモデルは、これまで再現できていなかった実ネットワークにおける構造の特徴を適切に再現するものである。また、既存のネットワークモデルでは生じない新たな機能クラスが現れることを示している。

第7章では、提案手法の構成要素である機能モデルを高度化し、人工市場シミュレーションにおけるエージェントの存在環境の推定への応用を試みている。その結果、エージェントの相互作用および意思決定のためのより複雑な機能モデルに展開した場合でも、提案手法によるモデル推定は有効であることを確認している。

第8章では一連の結果について考察し、第9章で結語して本研究の結論および課題と展望について述べている。

以上のように、複雑な大規模ネットワークのモデル推定という問題に対して、機能に基づく新たなアプローチを導入することで、機能の分析に適するモデル推定の方法および方法論を提案し、その有効性と応用可能性を示している。提案手法は、独創的、かつ革新的なものである。また、実ネットワークに対する有効性も示されている。以上により、本研究は、高い工学的価値を有すると判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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