学位論文要旨



No 124570
著者(漢字) 永井,将貴
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,マサキ
標題(和) 仮想ポテンシャル場を用いた人工衛星の相対軌道計画法に関する研究
標題(洋)
報告番号 124570
報告番号 甲24570
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7004号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 教授 岩崎,晃
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

近年の情報通信技術の発展により、小型高性能な衛星の設計/制作が可能となり、複数の小型衛星を用いてミッションを遂行する「フォーメーションフライト」の概念が注目されてきた。また、国際宇宙ステーション建設に代表される滞在型/持続的宇宙開発により、宇宙機の保守管理やデブリの除去など、「軌道上サービス」も重要となってきている。これらのミッションでは、衛星同士のコラボレーションが不可欠であり、衛星の相対的位置関係を扱う誘導則や軌道計画法が必要となる。

従来は、ある基準点に対する相対軌道計画法として「CW誘導則」が用いられてきた。CW誘導則では、マニューバ時間を設定し、CW座標上(軌道上の基準点周りのローカル座標)の離れた2点を結ぶ軌道を設計する。マニューバ開始/終了時にそれぞれインパルス増速を必要とする。CW誘導則は、増速回数(2回)や増速特性(インパルス)が固定されており、誘導則の設計自由度が少ない。また、マニューバ時間の指定はできるが消費燃料の最適性が保障されない。その上、消費燃料を減らすための設計指針が見えず、最適化には時間空間で全数探索するなどの数値計算が必要となる。

これらの問題を解決するために、本研究では簡易で低消費燃料の相対軌道計画法を提案することを目的とする。CW誘導則には扱えない事例や条件に対応するため、「仮想ポテンシャル場」の概念を導入する。人工的に設定することや重ね合わせが可能であるポテンシャル場は、経路設計や衝突回避など、ロボット工学をはじめ様々な分野で応用されている。本研究では、相対軌道計画においてポテンシャル場の概念を導入し、基礎的な考え方を考察するが、ポテンシャル場の概念の可能性は大きく、将来にわたる発展が期待できる。

本研究ではまず、従来は位置/速度で把握していた衛星運動を、ポテンシャル中心位置(振動中心位置)とポテンシャル内運動(振動運動)の振幅/位相のパラメータで理解する。各パラメータを制御するための必要最小増速を明らかにし、燃料消費の少ない軌道計画法につなげる。単一衛星の軌道計画法は、軌道上サービスのミッションに応用でき、群衛星の軌道計画法はフォーメーションフライトへの応用が期待される。

群衛星の軌道計画では、隊形を完全に維持した誘導則を導き、これは具体的なInSARミッションにおいて有用であることを示す。また、InSARミッションにおける最適隊形が円隊形を含む等位相間隔配置であることを証明し、そのための隊形展開誘導則を導く。この隊形展開手法は、過去の研究と比較して必要増速を抑えられることを示す。

そして最後に、CW誘導則に倣って時間指定した軌道計画を導く。2インパルスだけでなく、3インパルスによる誘導則も提案する。3インパルスによる誘導則は、2インパルス時に比べて必要増速を少なくできることを示す。また、CW誘導則では必要増速を最小化するために時間空間における探索が必要となるが、ここでは全探索をすることなく準最適なマニューバ時間や制御力を導く方法を提案する。

本論文は以下のような流れで構成される。第1章の序論では、研究背景や従来手法の問題点などを述べる。第2章では、仮想ポテンシャル場の概念を導入して衛星運動を表現し、軌道計画に必要な基礎式を導出する。第3章では単一衛星の軌道計画を考える。単一衛星を扱う場合、群衛星を扱う場合と比べて拘束条件数が少なく、理論的最小増速の軌道計画を容易に提案できる。第4章では群衛星の軌道計画法を提案する。隊形を維持した軌道遷移や、隊形を変化させる手法を提案する。第5章では、提案手法を具体的なミッションへ応用する。群衛星による干渉合成開口レーダーミッションを例に、まずは最適隊形を数学的に導き、それに向かう誘導則を導く。第6章では、時間を指定した軌道計画法を提案する。同じく時間を指定するCW誘導則との違いや利点を明確にする。第7章では、提案手法に関して、特徴や利点、欠点についてまとめる。そして第8章では、本研究の結論と今後の課題について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)永井将貴提出の論文は、「仮想ポテンシャル場を用いた人工衛星の相対軌道計画法に関する研究」と題し、8章と付録からなっている。

近年、軌道上サービスや干渉型合成開口レーダー(In-SAR)のような複数衛星の相対関係が重要となる宇宙ミッションが実際に行なわれるようになり、衛星間の位置関係を望ましい状態に誘導する方法論の必要性が増している。その問題に対し、従来は円軌道を飛ぶ基準物体との相対運動を線形方程式で記述し、その厳密解を利用して誘導を行なうCW誘導則が主として用いられてきた。その場合、相対軌道はある時刻における位置・速度の6自由度で記述されることが多く、地球周回軌道の6要素のような直感的に理解しやすい表現法がなかった。また、CW誘導則は増速回数や増速特性が固定されているなど設計自由度は少ない上、消費燃料低減の設計指針が見えず、消費燃料最小化には移行時間を時間空間で全数探索するといった高負荷の数値計算が必要であることなど、その実問題への適用には問題点があった。

これに対し本論文は、移動ロボットの経路設計などの分野で実績のある「ポテンシャル場」の概念を導入し、相対軌道を記述する新しい枠組みと、それを利用した、設計自由度が高く簡易で消費燃料低減可能な相対軌道の計画手法を提案している。

本論文ではまず、従来は位置・速度で記述していた衛星の相対運動を、振動中心位置とポテンシャル内振動運動の振幅・位相のパラメータで表現している。これはちょうど、地球周回軌道を衛星の位置・速度ではなく軌道6要素で表現する方法と似ており、直感的に衛星の相対運動を理解することを助け、消費燃料低減化の指針を見えやすくしている。つぎに、相対軌道の設計問題を、その振幅・位相の変化の設計問題に翻訳することで、CW誘導則より見通しのよい設計ができることを示し、その応用として、消費燃料を低減できる誘導則や、群衛星隊形を維持・変更する誘導則へ適用できることを示している。また、初期・目標条件や軌道移行時間を自由に設定できる点や、障害物回避や接近方向指定などの要求を付加ポテンシャルの重ね合わせで簡易に導入できるなどの有利な点を述べ、それらをまとめて、本提案手法は実際に起こりうる様々な相対軌道設計問題に効果的に適用できると主張している。

第1章は序論であり、相対的な軌道計画法が必要とされる背景、および従来手法の問題点などを述べ、研究の目的を明確にしている。

第2章では、運動方程式から仮想ポテンシャル場を数学的に導出し、相対運動を表現する新たな枠組みを提案している。また、誘導を各パラメータの変化の計画と定式化し、それを変化させるために必要な最小増速を理論的に導出し、これは続く第3、4章で提案する手法の消費燃料最小性を判断する基準となっていることを示している。

第3章では、調整するパラメータが1つ、ないしは2つの場合の軌道移行を提案している。これらの手法は消費燃料最小性が保証されており、連続スラストにも適用できるなどの利点を持っていることを示している。

第4章では群衛星の軌道計画法を提案している。隊形を維持した軌道遷移や、隊形を変化させながら軌道遷移をする、消費燃料最小の誘導法を提案している。また、ここで提案された誘導法は衛星同士が衝突しない軌道移行であることも示されている。

第5章では、提案手法が具体的なミッションへ適用できることを示すために、複数衛星による干渉型合成開口レーダーミッションを例に、まずは最適隊形を数学的に導き、具体的な誘導法を導出している。

第6章では、初期・目標状態、移行時間を自由に設定できる軌道計画法を提案している。提案手法は、時間や状態を指定するCW誘導則と比較し、その利点を明確にしている。また、ロボット工学において既に実績のある手法を応用し、消費燃料を減らすための指針を提案している。

第7章では、提案手法に関して、特徴や利点・欠点を包括的に考察している。また、考察の一環として、重ね合わせが可能というポテンシャル場の特徴を利用した衛星経路設計法を提案し、障害物回避、接近方向の指定に応用している。さらに、移動ロボット経路設計におけるポテンシャル法には現れない本手法の問題点を明確にし、それらを解決してポテンシャル法を適用する方法や限界を述べている。

第8章では、本論文の結論と今後の課題について述べている。

付録では、本論文で比較対象となったCW誘導則の基礎、移動ロボットの経路設計の分野で用いられているポテンシャル法、そして、具体的なミッションとして第5章で取り上げた干渉型合成開口レーダーについて詳しく述べ、論旨を補完している。

以上要するに、本論文は、衛星間の相対軌道運動の設計が重要になってきた背景を踏まえ、従来誘導則の限界を明らかにした上で、ポテンシャル場の概念を用いて新たな相対軌道の表現の枠組みと相対軌道の計画法を提案し、いくつかの問題に適用してその有効性を検証し、特徴を明らかにしたものであり、宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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