学位論文要旨



No 124571
著者(漢字) 松谷,浩明
著者(英字)
著者(カナ) マツタニ,ヒロアキ
標題(和) 薄板周りの流れを計算するための境界埋め込み法の研究
標題(洋) Study on the Immersed Boundary Method to Compute Flow around Thin Plate
報告番号 124571
報告番号 甲24571
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7005号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 准教授 西成,活裕
 東京大学 准教授 姫野,武洋
内容要旨 要旨を表示する

鳥や虫の飛行手段である羽ばたき翼に興味を持ち、数値計算を行ってきた。羽ばたき翼は超小型の飛行体であるMicro Air Vehicle(MAV)にも応用可能である。鳥や虫、MAVは、小型、低速であるため、レイノルズ数が通常の飛行機に比べて極めて低い。そのため、粘性を無視できず、非圧縮性ナビエ・ストークス方程式を解く必要がある。そして、ナビエ・ストークス方程式を解くには、通常は物体適合格子が用いられる。しかし、羽ばたき翼を物体適合格子で解く場合、毎時間ステップ、格子を変形させる必要があり、計算に大変時間がかかる。そこで、物体形状と計算格子を分離できる境界埋め込み法に興味を持った。また、低レイノルズ数においては翼型の性能が落ち、薄板の方が性能が優れている。そのため、計算対象を薄板とした。本研究では、薄板周りの流れを解くために、独自の変数を導入した境界埋め込み法を考えだし、計算結果を解析解や可視化実験の結果と比較を行い、計算の正確さを確認した。

境界埋め込み法の特徴は、直交格子を使うことである。物体適合格子は、格子の形状そのものが物体の形を表す。しかし、境界埋め込み法では、流体の速度を物体速度に強制することで、直交格子内に物体を表現する。速度の強制方法は大きく分けて、フィードバック強制と直接強制の二種類分けられる。フィードバック強制は、変形する物体を主に扱う。周囲の速度場から物体境界上の速度を見積もり、そこから外力を計算して、周囲の格子点に外力を分布させる方法である。格子点と物体境界の間の変数のやりとりを仲介するものとして、デルタ関数がよく用いられる。直接強制は、物体境界に最も近い格子点での速度を、物体速度と隣の格子点の速度から計算し、その結果として外力が計算される方法である。これらの方法を基にして様々な境界埋め込み法があり、それぞれ長所と短所がある。フィードバック強制は、物体境界上で外力を計算するため、速度場の情報を集め、計算した外力を分布させるという手間がかかる。また、外力の計算で係数の理論的な決定方法がない、物体速度にちゃんと強制できるとは限らないなどの短所がある。直接強制は、物体境界周囲の格子点では、速度計算の方法を変えなければならない。

本研究では、デルタ関数を基に、速度強制の度合いを表す「重み」という独自の変数を分布させる手法を編み出した。変数の分布には、スタガード格子を用い、重みは各速度成分と同じ位置に分布させた。非圧縮性ナビエ・ストークス方程式の運動量保存の式と物体境界上の速度境界条件を、重みを用いて結合した。更に、圧力による速度補正の式にも重みによる制限を加えることで、物体境界周囲の速度場を強制した。流出境界条件では、流れ場全体の連続の式を満たすように無反射境界条件に手を加えた。運動の基本となる無次元周波数は、スパン長30cmの鳥の羽ばたきをモデル化して計算した。

計算結果と比較して、計算結果の正確さを確認するために、解析解や可視化実験を用いた。静止平板に対してはブラジウスの解を用いて、抵抗係数と速度分布を比較して、計算結果と近いことを確認した。微小振幅の上下および迎角振動の運動に対しては、揚力係数とモーメント係数にテオドレセン関数を用いた解析解がある。また、パネル法の一つである離散渦法を用いた計算結果との比較も行った。微小振幅では、揚力係数の計算結果では解析解、パネル法の計算結果の両方と極めて近いことを確認した。抵抗係数では、比較対象となる解析解、パネル法ともに非粘性のポテンシャル流が基になっている。そのため、計算結果と比較対象が基本的に合わず、比較に課題がある。また、上下運動では、静止時に比べて抵抗係数が低下しており、推力が発生していることを確認した。モーメント係数では、解析解、パネル法の結果と少し位相差があることを確認した。計算結果とパネル法で、上下面の圧力差の分布を比較することで、後縁付近での小さな差が距離によって増幅されていることが原因であることを確認した。振幅が大きくなると、計算結果では剥離の影響が目立つようになり、剥離を考えない解析解、パネル法の結果とは合わなくなることを確認した。

大きい振幅については、流れ場の可視化実験を行い、計算結果の渦度分布と比較した。実験は、2mmの厚みを持つアルミ板をコード長5cmと10cmの二種類用意した。それぞれのアルミ板に対するレイノルズ数は3200と7500になり、計算も同じ条件で行った。平板を動かすモーターの回転数は、無次元周波数がモデル化で算出した値と同じになるように設定した。風洞出口付近から煙を出し、平板の後流を高速度カメラで記録した。記録された流跡線と計算結果の渦度分布を比較すると、静止時の低迎角では、実験では厚みのためにカルマン渦のような渦が出来ているが、計算ではそのような現象は見られなかった。しかし、迎角が上がると厚みよりも剥離の影響の方が大きくなり、計算結果と同じ傾向を示した。上下運動および迎角振動では、同じく厚みよりも運動によって生じる剥離渦の方が目立つため、実験と計算結果は同じ傾向を示した。

解析解やパネル法、実験との比較から、薄板周りを計算するために独自の変数である「重み」を導入した境界埋め込み法は、薄板周りの流れを正しく計算できたと言える。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)松谷浩明提出の論文は、「Study on the Immersed Boundary Method to Compute Flow around Thin Plate」(和訳:「薄板周りの流れを計算するための境界埋め込み法の研究」)と題し、本文六章よりなっている。

第一章は序論であり、本論文の背景となっている鳥や虫の飛行手段である羽ばたき翼について触れ、その空力特性の数値解析手法を概観し、特に境界埋め込み法(Immersed Boundary Method)についてこれまでの研究に言及している。鳥や虫、小型飛行体MAV(Micro Air Vehicle)は、小さな寸法で低速であるため、通常の航空機などに比べてレイノルズ数がかなり低く粘性効果が顕著で、非圧縮性ナビエ・ストークス方程式を解く必要がある。羽ばたき翼を物体適合格子で解く場合には、格子を変形させる必要があり、計算時間が課題となる。物体形状と計算格子を分離できる境界埋め込み法は、このような場合に有効な計算手法と考えられ、本論文の主題となっている。

第二章では、支配方程式と境界埋め込み法について述べている。物体適合格子を用いた計算では、形状に合わせて格子を生成することが必要であるが、境界埋め込み法では、直交格子をそのまま利用できる。境界埋め込み法では、流れの速度を物体の移動速度となるように強制する。速度の強制方法は、大きく分けてフィードバック強制と直接強制の二種類に分けられる。フィードバック強制は、速度場の情報を集め計算した外力を分布させる煩雑さを伴う。また、外力の計算で係数の理論的な決定方法が無いことや、物体速度に強制できるとは限らないなどの課題がある。直接強制では、物体境界周囲の格子点で速度計算の方法を変える必要が生じる。

ここでは、デルタ関数を基に、速度強制の度合いを表す重み変数を分布させる手法を新たに提案し、計算の単純化を試みている。変数の分布にはスタガード格子を用い、重みは各速度成分と同じ位置に分布させている。非圧縮性ナビエ・ストークス方程式の運動量保存の式と物体上の速度境界条件を、重みを用いて結合している。更に圧力による速度補正の式にも重みによる制限を加えることで、物体境界周囲の速度場を強制している。流出境界条件では、流れ場全体の連続の式を満たすように無反射境界条件を改良している。

第三章では、境界埋め込み法の計算結果を検証するために用いられるいくつかの既存の解析法を要約している。非圧縮性ブラジウス境界層の速度分布と表面摩擦係数について言及し、ついで振動翼の比較基準となるテオドルセン関数について述べている。さらに、パネル法で非定常翼計算を行う手法について概括している。

第四章では、煙を用いた可視化実験のための低速風洞と、ヒービング(上下運動)やフェザリング(迎角運動)を行う薄板模型について概要を述べている。境界埋め込み法の研究においては、数理解析上の知見を深めることに加えて、計算から得られる非定常の流れ場が物理的な妥当性を有しているか定性的にも検証しておくことは、工学や技術応用の立場から肝要である。このような観点から、可視化実験と計算結果を比較することが企図されている。

第五章では、境界埋め込み法を用いた計算結果について述べ、基準となる解や可視化実験との比較考察を行っている。低レイノルズ数で飛行する生物などでは薄い翼形状が多く見られ、計算対象を二次元薄板としている。運動の基本となる無次元周波数は、鳥の羽ばたきから推定される値を用いている。静止薄板について、ブラジウス解による抵抗係数や速度分布と比較し、計算結果が妥当であることを示している。微小振幅のヒービングやフェザリングでは、テオドルセン解やパネル法による揚力係数の値が、境界埋め込み法の計算結果とほぼ一致することを示している。ヒービング運動では静止薄板に比べて抵抗係数が減少し、推力成分の発生が認められている。境界埋め込み法によるモーメント係数は、テオドルセン解やパネル法と比較して若干の位相差があり、後縁付近での小さな圧力差に起因するものと考察している。

薄板の振動振幅が大きい場合について、煙による後流可視化実験の流脈と境界埋め込み法による渦度分布を比較している。レイノルズ数は3200と7500の二つの場合を扱い、無次元周波数を鳥の羽ばたきを模擬した0.35に合わせている。ヒービングおよびフェザリングでは、運動によって生じる剥離渦が卓越し、境界埋め込み法による計算結果は概ね可視化実験を再現できることを示している。

第六章は結論であり、境界埋め込み法に重みを導入した手法を新たに提案し、基準となる解や可視化実験との比較を行い、本論文の手法が有効であると結論付けている。

以上要するに、本論文は運動物体周りの流れ場を計算する境界埋め込み法において、新しく重み変数を導入した手法を提案してその有効性を示したもので、航空宇宙工学上の貢献が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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