学位論文要旨



No 124576
著者(漢字) 佐々木,毅
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タケシ
標題(和) 空間知能化のための観測基盤の構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 124576
報告番号 甲24576
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7010号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 准教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

近年、センサやアクチュエータを空間に分散配置し、それらをネットワーク化することで空間の知能化を行う研究が広がりを見せている。空間知能化によって実現される知能化空間では、空間に埋め込まれたセンサが互いに情報をやり取りすることによって空間内の事象を認識し、その情報に基づいてアクチュエータがユーザに対して情報的・物理的サービスを提供する。本研究では、知能化空間による観測基盤の実現を目指し「効率的に知能化空間を構築するためのフレームワークと実装支援技術の提案」と「観測データの環境情報への構造化」を研究目的とする。

本論文では、まず序論にて本研究の背景である知能化空間についての現状と、知能化空間を構築していく上での課題について論じ、研究の目的を述べた。そして、本論文の構成について説明した。

第2章では、知能化空間の構成に関して満たすべき要件を述べ、知能化空間のフレームワークについて論じた。

知能化空間を実現するに当たっては、空間の広さ、状況、用途あるいは技術の進歩に応じて機能やデバイスを付加・削除・変更することが容易に可能な柔軟なシステムを構築することが望まれる。また、それぞれのセンサにおいて得られた情報を効率的に統合、共有することができる機能を持たせることも重要である。そこで、分散デバイスの密な連携を可能とし、さらに柔軟性、拡張性をもつ知能化空間のフレームワークとして、センサノード層、基本情報サーバ層、アプリケーション層、アクチュエータ層からなる階層構造を提案した。

各センサノードによって得られた情報は、観測の信頼度とともに対応する基本情報サーバへ送信される。基本情報サーバは信頼度に基づいて情報を統合し、必要があれば結果をセンサノードへ返す。センサノードへ戻された情報は次の観測に利用することが可能である。アプリケーションは必要な情報を持つ基本情報サーバに要求を出し、情報を受け取る。その後、受け取った情報に基づいてアクチュエータへコマンドを送り、ユーザに対し様々なサービスを行う。この構成では、観測とアプリケーションが分離されているため、アプリケーションは基本情報サーバのアドレスのみを知っていればよく、対象を観測しているセンサを検索する必要はない。さらに、アプリケーションプログラムに変更を加えることなくセンサデバイス及びノードの追加、削除、変更を行うことが可能となる。

第3章では、RTミドルウエアを用いたコンポーネント指向の知能化空間の実装について述べた。

現在の知能化空間は移動ロボットなど様々なロボットとの協調・連携までを視野に入れており、その構成はますます複雑化する傾向にある。そのため、複雑なシステムを構築し、さらには運用、保守、更新していくためのロボットシステム開発支援プラットフォームの選択について考察した。まず、ロボットシステムインテグレーションに求められる要件として、システム機能の要素への分割、接続性の確保を挙げた。そして、これらと知能化空間への適合性という観点から、既存のロボットシステム開発支援プラットフォームを比較し、OpenRTM-aistをRTミドルウエアとして用いて知能化空間を構築していくこととした。

コンポーネント指向のシステム構築を考えた場合、コンポーネント化を行う機能単位とコンポーネント間のインタフェースの設計が重要な問題となる。そのため、知能化空間の観測機能と移動ロボットナビゲーション機能に関してコンポーネントの設計指針を議論した。知能化空間の観測機能については、センサによる情報の取得と得られた情報の統合という2つの基本機能に分けて考察した。情報取得部はセンサからデータを獲得するセンサ部とそのデータを処理する情報処理部を、一方、情報統合部は情報を統合する情報融合部と統合した情報を蓄積するデータベース部をそれぞれコンポーネント化の単位とすることとした。移動ロボットに関しては、ナビゲーションに必要となる要素機能について述べ、これらの機能単位をコンポーネントとした。そして、RTミドルウエアを用いてそれぞれの機能をRTコンポーネントとしてモジュール化した。

第4章では、知能化空間の実装における問題の1つとしてセンサの自動キャリブレーションを取り上げた。各センサの座標系(ローカル座標系)において得られたデータを知能化空間の座標系(ワールド座標系)へ変換するためには、センサのキャリブレーションが必要となる。このセンサキャリブレーションは通常、環境に形状や位置が既知のキャリブレーションオブジェクトを配置し、その情報を用いて行う。しかしながら、知能化空間には多数のセンサが配置されており、これらを1つ1つ手作業で校正することを考えるとその手間は膨大なものとなってしまうため、センサキャリブレーションを効率的に行うための手法が必要となる。そこで、空間内の移動物体をキャリブレーションオブジェクトとして利用することで、分散センサを自動的にキャリブレーションする手法を提案した。これらの物体は空間内を自由に移動することができるため、予め多数のキャリブレーションオブジェクトを正確な位置に配置することなく広範囲のセンサをキャリブレーションすることが可能である。

まず、移動ロボットを用いた分散レーザレンジファインダの自動キャリブレーション法を提案した。提案手法では、自己位置推定によって得られる移動ロボットのワールド座標系での位置と各センサのローカル座標系での移動ロボットの位置の対応点に基づいてキャリブレーションが行われる。自動キャリブレーションを行った場合と手作業でキャリブレーションを行った場合との比較を行い、位置で0.10m程度、姿勢で0.05rad程度の差で結果が一致することを確認した。次に、提案手法をカメラキャリブレーションへと適用し、キャリブレーション手法の基本的な枠組みを変更することなく、提案手法が様々なセンサに適用可能であることを示した。

しかしながら、提案手法では移動ロボットのワールド座標系における位置推定が必要であり、移動ロボットの自己位置推定の精度がキャリブレーションの精度に大きな影響を与えるという問題があった。そこで、レーザレンジファインダのキャリブレーションを対象として、提案手法を予めIDを持たない一般の物体を利用する方法へ拡張することに関して考察した。本手法では、異なるセンサの観測領域の重なりを利用し、まず各センサのローカル座標系における同一物体の位置の対応関係からセンサ間の相対的な位置及び姿勢の関係を獲得し、その後その結果を基にワールド座標系における位置と姿勢を推定する。このとき、人間など一般の移動物体を利用する場合には、異なるセンサで観測された物体が同一物体であるかどうかの判定が必要となる。そこで、推定誤差に基づいて同一物体の対応付けの判定を行う手法を提案した。提案手法と手作業でキャリブレーションを行った場合の比較を行い、移動ロボットを利用する自動キャリブレーションと同程度の推定結果が得られることを確認した。本手法では空間内の全ての移動物体を利用できるため、多数のセンサのキャリブレーションをより効率的に行えるものといえる。

第5章では、人間の行動、物の特徴や動き、生じた出来事などをコンピュータが利用可能な形で結びつけること、すなわち、観測によって得られたデータを環境情報へと構造化することについて、人間の観測と観測結果の移動ロボットナビゲーションへの応用を具体例として述べた。

知能化空間で人間に物理的なサービスを行うロボットは人間の生活環境に合わせた適切な行動を実現することが要求される。最も基本的な機能の一つである移動に着目してみると、従来の屋内環境における移動ロボットナビゲーションは、環境地図を用い、最短経路に基づいて行われるのが一般的である。しかし、人間の生活環境においては、一方通行や右側通行といった環境そのものを観測するだけではわからない環境のルールや常識を学習し、人間にとって自然な経路を生成することが必要となる。また、人間の存在を考慮し、その行動を妨げることなく移動することも重要である。そこで、人間の歩行を観測することで、人間-ロボット共存環境でのナビゲーションに適した環境地図を構築し、効率的であるとともに人間にとって自然な経路計画を実現する手法について考察した。

人間が何らかの目的をもって移動する場合、経路の始点と終点にはその目的に応じた意味があり、空間における重要な点であると位置づけられる。そこで、人間の観測から頻繁に訪れる点などの重要点を抽出し、これらをノードとし、重要点間の移動の有無に基づいてエッジを付与したトポロジカルマップを構築した。トポロジカルマップを利用することによって、移動ロボットは効率的な経路探索を行うことが可能である。さらに、重要点を基にしたマップを初期マップとして用いることで、移動ロボットは人間にとって意味のある領域を優先的に探査することが可能となった。また、人間が頻繁に使用する歩行経路は効率的かつ環境のルールが含まれた経路であると考える。そのため、重要点を結ぶ人間の歩行経路から平均的な経路を主要経路として抽出し、これを移動ロボットの重要点間の移動経路として利用することを提案した。

さらに、獲得した環境地図及び主要経路を用いた移動ロボットナビゲーションを行った。知能化空間による移動ロボット支援システムを構築し、知能化空間が得た情報と移動ロボットが獲得した情報を用いて移動ロボットを主要経路に沿って正確にナビゲーションすることを実現した。

第6章では、結論として本研究で得られた成果をまとめ、今後の課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「空間知能化のための観測基盤の構築に関する研究」と題し全6章から構成され、空間に埋め込まれたセンサが互いに情報をやり取りすることによって空間内の事象を認識し、その情報に基づいてアクチュエータがユーザに対して情報的・物理的サービスを提供するための観測基盤の実現に関してまとめたものである。

第1章は「序論」と題し、本研究の背景である知能化空間についての現状と、知能化空間を構築していく上での課題について論じ、研究の目的及び本論文の構成について述べている。

第2章は「知能化空間フレームワークの提案」と題し、知能化空間を実現するにために、空間の広さ、状況、用途を踏まえて、技術の進歩に応じた機能やデバイスを付加・削除・変更することが可能なシステムを構築するための問題点を抽出し、必要となる要件を明らかにしている。これらの要件を満たすために、柔軟性、拡張性をもつ知能化空間のフレームワークとして、センサノード層、基本情報サーバ層、アプリケーション層、アクチュエータ層からなる階層構造を提案し、実システムによる検証を行い、提案したフレームワークの有効性を示している。

第3章は「RTミドルウエアを用いた知能化空間システムの構築」と題し、コンポーネント指向の知能化空間の実装について述べている。既存のロボットシステム開発支援プラットフォームを比較し、OpenRTM-aistをRTミドルウエアとして用いて知能化空間を構築していくことを提案している。知能化空間の観測機能に関しては、センサによる情報の取得と得られた情報の統合という2つの基本機能に分け、情報取得部はセンサからデータを獲得するセンサ部とそのデータを処理する情報処理部を、一方、情報統合部は情報を統合する情報融合部と統合した情報を蓄積するデータベース部をそれぞれコンポーネント化の単位とし、RTミドルウエアを用いてそれぞれの機能をRTコンポーネントとしてモジュール化し知能化空間システムを構築している。

第4章は「移動体トラッキングに基づく分散センサの自動キャリブレーション」と題し、知能化空間の実現における必須の機能としてセンサの自動キャリブレーションに関して述べている。このセンサキャリブレーションは通常、環境に形状や位置が既知のキャリブレーションオブジェクトを配置し、その情報を用いて行うが、知能化空間には多数のセンサが配置されており、これらを1つ1つ手作業で校正することを考えるとその手間は膨大なものとなるため、空間内の移動物体(移動ロボット)をキャリブレーションオブジェクトとして利用することにより効率化を行っている。さらに、一般の物体を利用する方法へ拡張することを提案し、移動ロボットを利用する自動キャリブレーションと同程度の推定結果が得られることを検証している。

第5章は「歩行経路観測に基づく移動ロボットナビゲーション」と題し、人間の行動、物の特徴や動き、生じた出来事などをコンピュータが利用可能な形で結びつけること、すなわち、観測によって得られた環境情報を構造化することに関して、人間の観測と観測結果の移動ロボットナビゲーションへの応用を述べている。観測基盤を用いて人間の歩行を観測することで、人間-ロボット共存環境でのナビゲーションに適した環境地図を構築し、人間が頻繁に訪れる点などの重要点を抽出し、これらをノードとし、これらの重要点を結ぶ人間の歩行経路から平均的な経路を主要経路として抽出し、これを移動ロボットの重要点間の移動経路として利用することを提案し、獲得した環境地図及び主要経路を用いた移動ロボット支援システムを構築し、知能化空間が得た情報と移動ロボットが獲得した情報を用いて移動ロボットを主要経路に沿って正確にナビゲーションすることを実現し、その有効性を明らかにした。

第6章は「結論」と題し、本研究で得られた成果をまとめ、残された問題と今後の研究方向を述べている。

以上を要するに、本論文は空間知能化のために不可欠な観測基盤を構築するため、分散デバイスの密な連携を可能とする柔軟性及び拡張性をもつ知能化空間のフレームワークとして、センサノード層、基本情報サーバ層、アプリケーション層、アクチュエータ層からなる階層構造を提案し、RTミドルウェアを用いて実装し、自動キャリブレーション機能を実現し、人間観測システムを構築することによって空間知能化の観測基盤の設計方針を明確にしたものであり、電気工学、ロボット工学に貢献することが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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