学位論文要旨



No 124581
著者(漢字) 北村,心
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,ココロ
標題(和) 二段階温度成長法による酸化亜鉛ナノロッドの成長と金微粒子析出への応用
標題(洋)
報告番号 124581
報告番号 甲24581
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7015号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 准教授 山下,真司
 東京大学 准教授 八井,崇
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

本論文は「二段階温度成長法による酸化亜鉛ナノロッドの成長と金微粒子析出への応用」と題し,全5章から構成される.近年,安全かつ安心への需要の高まりから人物の認証が重要になるのと同様に,人工物の真偽判定が課題となっている.現在一般的な偽造防止技術は製造者側の技術的優位性により安全性を保障している.これに対して,技術的優位性によらない偽造防止技術に物の固有性を利用した手法が提案されている.これらは人工物(材料,デバイス)の製造時に偶然に生じるばらつきを利用する方法である.製造時の偶然性は製造者でも再現することが不可能なので,偽造することは不可能である.真偽判定においては必ずしも全ての固体を別々に識別する必要はない.つまりある製品が大量に製造されているとき,その製品が本物か偽物かを判定するには,それら全ての製品に本物であることを示す同じ印をつけても良い.このような目的のために提案するのが,固有性の転写に近接場光を用いたナノフォトニックレプリカである.本研究ではナノフォトニックレプリカの原理確認のため,近接場光による金微粒子の析出を実現することを目的とする.近接場光を発生させる型には酸化亜鉛ナノロッド,レプリカにはガラス中に光析出した金微粒子を利用する.そのため,金微粒子の析出に適した酸化亜鉛ナノロッド作製と,それによる金微粒子析出が課題となる.

第1章は序論であり,研究の背景,目的,論文の構成について述べた.

第二章では,近接場光を発生させる型には酸化亜鉛ナノロッドの作製について記述した.酸化亜鉛ナノロッドの成長にはMOVPE法を用いた. MOVPE法では,亜鉛原料を有機金属ガスの形で供給し,基板付近で分子を熱分解する,熱分解した亜鉛原子を酸化させることで酸化亜鉛結晶を得る.本研究では亜鉛原料有機金属ガスとしてジエチル亜鉛ガスを,酸素原料には酸素ガスを用いた.

本研究で作製する酸化亜鉛ナノロッドはナノフォトニックレプリカの原理検証実験において使用することを前提としているため,酸化亜鉛ナノロッドに求められる性能には次の3つが挙げられる.1つ目は,基板に対して垂直であることである.ナノロッドの成長方向がランダムであると,ナノロッドが金微粒子析出層にうまく刺すことができないため,成長方向は基板に対して垂直であることが必要である.2つ目は,細い直径である.近接場光の特徴はその寸法が照射光の波長ではなく,光が照射された物質の寸法に依存することである.この近接場光の効果を十分発揮させるためには,ナノロッドの直径が波長に比べて小さいことが必要である.3つ目は,ナノロッド間の間隔である. ナノロッド間の間隔が狭すぎると,ナノロッドに発生した近接場光どうしが重複してしまう.将来的には,複数のナノロッド間の近接場光相互作用を含む転写も有用であると期待されるが,当面の原理確認研究においては各ナノロッドが分離できるほうが確認しやすいため,ナノロッドの間隔は近隣のナノロッドに発生した近接場光が重複しない程度に十分離れていることが必要である.

これらの要求性能を満たすため,本研究では二段階温度成長法を提案する.一般に,成長温度が高くなると直径の細いナノロッドが形成されることは知られているが,直径の細いナノロッドを基板に垂直方向にそろえて成長させることは困難であった.二段階温度成長法では,はじめに低温において基板に垂直なナノロッドを成長する.その後昇温し,高温において細いナノロッドを一段目の垂直成長した太いナノロッドの成長方向を引き継がせて成長させる.一段目を450℃で,二段目を750℃で成長させた結果,二段目の細いナノロッドの直径は平均17.7nmであった.このナノロッドについて透過型電子顕微鏡により結晶構造を評価した結果,単結晶構造を有し格子定数は酸化亜鉛と一致することが確認された.さらに成長方向は基板に対してc軸を垂直に成長することがわかった.また,一段目と二段目のナノロッドの直径差から,二段目のナノロッドの間隔が決まり,100nm程度の間隔を持たせて成長させることに成功した.フォトルミネッセント測定により光学特性を評価し,5Kから300Kの範囲で,酸化亜鉛からの発光が確認された.低温においても自由励起子からの発光が確認され,作製したナノロッドが良好な光学特性を有することがわかった.さらにフォトルミネッセンスの励起偏光依存性より,二段階目の細いナノロッドにおける量子閉じ込め効果の発現を確認した.エネルギーシフト量は5.1meVであり,ナノロッドを無限円筒井戸と近似した場合のシフト量と比較して妥当である.

酸化亜鉛ナノロッドの二段階温度成長法において,二段階目のナノロッドの直径と成長温度の成長温度の関係を調べたところ,650℃に最小値をもつV字型の変化を示すことがわかった.また,二段目のナノロッドの密度は成長温度の増加に対して,単調減少することがわかった.

第3章では,ポリイミド基板上への酸化亜鉛ナノロッドの成長について記述した.酸化亜鉛ナノロッドを用いた近接場光による金微粒子析出の際,ナノロッドの成長した基板と金微粒子析出用ガラス材料の密着性が重要となる.密着性向上にはフレキシブル基板上への酸化亜鉛ナノロッド成長が有効であると考えられるため,酸化亜鉛ナノロッドのフレキシブル基板上への成長を行った.フレキシブル基板にはポリイミドフィルムを用いた.このポリイミドフィルムは東レ・デュポン社製,カプトンでフィルム厚は125μmである.成長温度450℃で酸化亜鉛ナノロッドの成長を行い,走査型電子顕微鏡により六角柱構造のナノロッドの成長を確認した.ポリイミドフィルムはナノロッド成長後も柔軟性を維持していることがわかった.成長したナノロッドの構造評価を透過型電子顕微鏡観察により行い,ナノロッドは酸化亜鉛の格子定数と一致する単結晶構造を有し,c軸を基板に垂直に成長していることを確認した.ポリイミドフィルム上の酸化亜鉛ナノロッドは低温から室温まで酸化亜鉛からの発光を示し,室温スペクトルの半値幅は95meVであり,サファイア基板上の86meVと同等であることから,良好な光学特性を有していることがわかった.

第4章では,近接場光を用いた金微粒子析出について記述した.ナノフォトニックレプリカにおいて,近接場光の情報を写し取る側であるガラス中の金微粒子について,近接場光による金微粒子の析出を検証した.ガラス中への金微粒子析出には塩化金酸を含有したスピンオングラス材料を用いる.塩化金酸,エタノール,スピンオングラス材料,ジメチルホルムアミドを混合し,スピンコート法により基板上へ塗布し,真空デシケータ内で乾燥させる.塩化金酸の質量濃度は1.4wt%である.塩化金酸は波長320nm付近に吸収ピークをもち,光還元反応により金となる.

まず,近接場光による金微粒子の析出を確認するため,形状の既知のフォトマスクを用いた析出を行った.フォトマスクの密着にはマスクアライナーを使用し,光源には水銀ランプを用いた.その結果,金微粒子はフォトマスクのパターンを反映して,マスクエッジ部にのみ直線状に配列した金微粒子が析出した.近接場光の効果はフォトマスクのエッジ部に強く出るため,金微粒子の析出においてもエッジ部に強く発生した近接場光により反応が促進され,直線状の微粒子析出が起こったと考えられる.伝搬光による通常の光析出では,金微粒子の析出範囲の制限は照射光の回折限界で決まる.マスクエッジに発生する近接場光を利用した析出では,平均直径39nmで直線一列の金微粒子析出が実現された.本結果は金微粒子の析出において,近接場光の効果を導入することにより,位置の制御性が格段に向上することを示している.

次に,酸化亜鉛ナノロッドを用いてそこに発生した近接場光により金微粒子の析出を行った. 光源には,塩化金酸の強い吸収がみられる波長325nmのHeCdレーザを用いた.ナノロッドの周辺に発生する近接場光の分布を知るために,FDTD法による電磁界シミュレーションを行った.その結果,偏光に平行方向のナノロッドの対角に強い近接場光が発生することがわかった.実際に析出実験を行ったところ,金微粒子は酸化亜鉛ナノロッドの周りに析出することが確認された.金微粒子の平均直径は23.5nmであった. さらに一本のナノロッドの周辺には複数の金微粒子が析出し,最近接金微粒子間距離はナノロッドの直径程度であった. FDTDシミュレーション結果と比較すると,シミュレーションではナノロッドの偏光方向の対角に金微粒子が析出する結果であったのに対し,実際には析出方向が不規則となった.この結果は,波長325nmでは酸化亜鉛が照射光を吸収・発光するため,ナノロッド先端では偏光方向が保持されていないことに起因するすると考えられる.金微粒子析出においては,熱揺らぎにより先行的に核が形成されるとその核を中心に析出が進行するため,金微粒子は同心円状に連続することなく数個の微粒子となって析出したと考えられる.

第5章では,本研究で得られた成果をまとめるとともに,今後の展望を示した.以上本研究では,目的である酸化亜鉛ナノロッドを用いた,近接場光による金微粒子の析出を達成することができた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「二段階温度成長法による酸化亜鉛ナノロッドの成長と金微粒子析出への応用」と題し,全5章からなる。

第1章「序論」では、偽造防止技術に対する社会の要求が高まっていることを本研究の背景として記し、その要求を満たす為には近接場光を用いたナノフォトニックレプリカが有望であると指摘している。さらに本研究の目的は近接場光により金微粒子を析出してナノフォトニックレプリカの動作原理を検証することであると述べている。

第2章「二段階温度成長法による酸化亜鉛ナノロッドの成長」では、近接場光発生に用いる酸化亜鉛ナノロッドの作製について述べている。MOVPE法を用い、亜鉛原料としてのジエチル亜鉛気体分子を基板付近で熱分解して亜鉛原子を析出させ、それを酸化させることで酸化亜鉛結晶を得ている。ナノロッドをナノフォトニックレプリカに使用するには基板に対して垂直に成長し、直径が光波長に比べて十分小さく、ナノロッド先端の近接場光同士が重複しない程度に距離が離れている必要がある。これらを実現するため、本研究では二段階温度成長法を提案している。すなわちまず低温において太いナノロッドを基板に垂直に成長させ、その後昇温して太いナノロッドの先端に細いナノロッドを成長させる.一段目を450℃で,二段目を750℃で成長させた結果, 17.7nmの平均直径をもつ細いナノロッドの作製に成功している。このナノロッドは単結晶でありc軸が基板に対し垂直に成長したこと、ナノロッド間距離は100nm程度であることを確認し、さらに温度5K~300Kにて酸化亜鉛特有の強い発光を得ている。

第3章「ポリイミド基板上への酸化亜鉛ナノロッドの成長」では,ポリイミド基板上へのナノロッドの成長について記している。ナノフォトニックレプリカのためにはナノロッド用基板と金微粒子析出用ガラス材料の密着性が重要となることから、ナノロッドを厚さ125μmポリイミドフィルム上に成長させ、酸化亜鉛の格子定数と一致する六角柱構造のナノロッド単結晶のc軸が温度450℃において基板に垂直に成長したことを確認している。これは低温から室温まで酸化亜鉛特有の発光を示し,室温におけるスペクトル半値幅が95meVであることから、良好な光学特性を有することを確認している。

第4章「近接場光を用いた金微粒子析出」では,近接場光エネルギーの空間分布特性を写し取るためにガラス中の金微粒子を近接場光によって析出させたことを記している。金微粒子析出には塩化金酸を含有したスピンオングラス材料を、光源には波長325nmのHeCdレーザをそれぞれ用い、ナノロッド先端に発生した近接場光によりナノロッドの周りに平均直径23.5nmの金微粒子を析出させている。一方、FDTD法により電磁界シミュレーションを行い、実験結果がシミュレーション結果と良く一致することを確認している。また、熱揺らぎにより形成される核を中心とした析出の進行過程を分析し、金微粒子分布が入射光の偏光に依存する実験結果を説明している。

第5章「結論および展望」では、本研究で得られた成果をまとめ、酸化亜鉛ナノロッド先端の近接場光により微小な金微粒子を析出させてナノフォトニックレプリカの動作原理を検証できたことを示すとともに、今後の展望を示している。

以上を要するに、本論文は二段階温度成長法と称する新しい方法により成長方向、寸法、間隔の制御された酸化亜鉛のナノロッドの作製に初めて成功し、またこれをフレキシブル基板上での作製へと発展させるとともに、これを近接場光発生源として用いガラス中に金微粒子を析出させナノフォトニックレプリカの原理検証を行なったものであり、電子工学およびナノフォトニクスの発展のために寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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