学位論文要旨



No 124582
著者(漢字) 塩田,倫也
著者(英字)
著者(カナ) シオダ,トモナリ
標題(和) 選択領域有機金属気相成長の反応モデリングとモノリシック集積光デバイス設計応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 124582
報告番号 甲24582
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7016号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 准教授 霜垣,幸浩
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,結晶成長の1手法である有機金属気相成長(MOVPE: Metal-organic vapor phase epitaxy)の選択成長の反応モデリングとその光デバイスへの応用に関するものであり,化合物半導体デバイスの作成方法と新規な機能の創生に資するものである.本研究ではMOVPE選択成長の極限利用により,新しい多機能・高集積なモノリシック集積デバイスを開拓することを目的として,次の3つのアプローチで研究を進めた.(1) MOVPE選択成長の原理を反応モデル化することで,その振る舞いを理解し,制御手段を確立するというモデリングの展開(本論文3,4章),(2)従来の材料系であるInGaAsP系からAlInGaN系へと展開することで,材料起因の新機能を得ると同時に,モデルの材料普遍性を示すという材料的展開(6章),(3)そして確立したモデルを用いてこれまでにない機能を持つデバイスを設計するというデバイス的展開(5,7章)を行った.各章の詳細は以下の通りである.

まず第1章で本研究の主題となる,MOVPE選択成長の原理・応用の両方の観点から研究状況を述べた.現状の化合物半導体デバイスの進展状況と問題点について述べ,どのような解決手法を行うかを議論した.また,第2章では研究を進める上で不可欠な情報である,装置の構成・原理について述べた.

第3章では反応モデルとして,気相拡散モデルの役割について調査した.InGaAsPのMOVPE選択成長を行い,マスク周辺における膜厚分布や発光波長分布を調べた.一方で気相拡散を数理モデル化した気相拡散モデルを確立し,実験結果との比較を行った.III族原料それぞれにパラメータである気相での実効拡散長D/ksの値を与えることで,マスク近傍での膜厚や発光波長分布は精度良く推定することができることを示した.

第4章ではMOVPE選択成長の中で特徴的なファセット構造の形成について支配的な作用である,表面拡散のモデリングを行った.InP膜厚の時間的変化に着目することで,マスク上での原料の表面拡散は基本的に成長領域に拡散せずほぼ無視できるという,従来とは異なる知見を得た.更に,結晶表面の取り込みの性質として,結晶の特性である表面角度・面方位に依存したマイグレーション長を組み込む事で,ファセットの形成過程を説明できることを示した.

第5章ではこれまでに確立したMOVPE選択成長のモデルを設計手段として応用することを試みた.MOVPE選択成長を用いたモノリシック集積デバイスの特性を向上させるアプローチとして,選択成長領域に欲した特性を得るためにマスク形状を工夫することと,成長条件を工夫するという2つのアプローチがある.気相拡散モデルを用いたマスク設計により,InGaAsPでは従来問題点であった能動素子/受動素子間の遷移長が短くなるようなマスクを設計した.また同様に気相拡散モデルを用いて成長条件を設計することで,能動領域に引っ張り歪みを導入した能動/受動素子の集積化に成功した.

第6章では材料的展開として,これまで論じてきた材料系をInGaAsPからAlInGaN系へと展開し,気相拡散・表面拡散の効果を調べ,結晶成長モデルの材料的な普遍性を示すことを試みた.先ずGaNの選択成長を行い,InGaAsP同様に膜厚分布が気相拡散モデルに従うことを見出した.またこれまでなかったInNのMOVPE選択成長に成功し,InN製膜種のマスク近傍における振る舞いを調べ,Gaと比較して気相での拡散長が非常に長いことを見出した.発光デバイスとして重要なInGaNの選択成長では,GaNがマスク上へ核発生しやすく,選択成長による膜厚分布が得られないという問題点を見つけた.InN選択成長の知見を活かし,少量の水素を添加することでマスク上への核発生を抑制する手法を提案し,その結果面内での発光波長や膜厚の変化を大きくすることが可能となった.

第7章では6章における(Al)InGaN系の知見に基づき,選択成長を用いた発光ダイオードの作成を試みた.選択成長の効果によってまたIn組成はほとんど変化しないが膜厚が大きく変化する事に着目し,発光ダイオードの作成を試みた.MOVPE選択成長の気相拡散・表面拡散といった効果を有効的に活用することで,多波長発光や光取り出し効率の向上が達成され,MOVPE選択成長によるモノリシック集積デバイス及び数理モデルを用いた設計手段の有用性を示した.

最後に第8章では本論文を総括するとともに,果たした役割と,今後の進展を展望した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,"選択領域有機金属気相成長の反応モデリングとモノリシック集積光デバイス設計応用に関する研究"と題し,多元混晶化合物半導体の結晶成長において,一度の成長プロセスで多くの異なる組成を局所的に作り出すことができることから集積光デバイスの製造に有用な,有機金属気相エピタキシャル領域選択成長技術を対象として,その反応過程を統一的にモデリングし,成長組成の理論的予測を可能にするとともに,それを実際に集積光デバイス試作に応用したもので,8章より構成されている.

第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.第2章では,有機金属気相エピタキシー(MOVPE)の原理,装置構成と,選択成長の基本について解説している.

第3章は"InGaAsP/InP系選択成長の気相拡散モデル"と題し,反応モデルとしての気相拡散について論じている.まずInGaAsPのMOVPE選択成長を行い,マスク周辺における膜厚分布や発光波長分布を調べている.次に,気相拡散を数理モデル化し,実験結果との比較を行っている.III族原料の各々に,パラメータである気相での実効拡散長D/ksの値を付与することで,マスク近傍での膜厚や発光波長分布を精度良く推定することができることを示した.

第4章は"MOVPE選択成長の表面拡散モデル"と題し,MOVPE選択成長の中で特徴的なファセット構造の形成を支配する表面拡散のモデル化を行っている.InP膜厚の時間的変化に着目し,マスク上での原料の表面拡散は成長領域に拡散せずほぼ無視できるという,従来とは異なる知見を得ている.さらに,結晶面角度・面方位に依存したマイグレーション長を取り入れることで,ファセットの形成過程を説明できることを示した.

第5章は"MOVPE選択成長モデルの設計応用"と題し,上記で確立したMOVPE選択成長モデルを素子設計手段として応用することを試みている.選択成長領域に意図した特性を与えるにあたり,マスクの形状を操作する方法と,成長条件を操作する方法の二通りのアプローチがある.ここでは気相拡散モデルを用いた設計手法により,能動素子/受動素子間の遷移長が短くなるようなマスクを設計した.また同様に気相拡散モデルを用いて成長条件を調整・制御することで,能動領域に伸張歪み量子井戸を導入することに成功し,実際にTMモードでのレーザ発振を得た.

第6章は"(Al, InGa)NへのMOVPE選択成長モデルの適用"と題し,選択成長技術を上記InGaAsP系からAlInGaN系に拡張し,結晶成長モデルの普遍性を示すことを試みている.先ずGaNの選択成長を行い,InGaAsP同様に膜厚分布が気相拡散モデルに従うことを見出した.またInNのMOVPE選択成長に初めて成功し,InN成膜種のマスク近傍における挙動を調べ,Gaと比較して気相での拡散長が非常に長いことを見出している.発光デバイスとして重要なInGaNの選択成長では,GaNがマスク上へ核発生しやすく,選択成長による膜厚制御が難しいことを見出した.これに対し,InN選択成長の知見を活かし,少量の水素を添加することでマスク上への核発生を抑制する手法を提案している.その結果,面内での発光波長や膜厚の変化を大きくとることが可能となっている.

第7章は"AlInGaN系MOVPE選択成長多波長デバイス"と題し,6章の知見に基づく選択成長多波長発光ダイオードアレイの試作について論じている.選択成長の効果によってもIn組成はほとんど変化しないが,一方,膜厚が大きく変化することに着目して,量子井戸多波長発光ダイオードの設計,作製を行った.MOVPE選択成長の気相拡散・表面拡散といった効果を有効に活用することで,多波長発光や光取り出し効率の向上が実際に達成されている.

第8章は結論であって,本研究で得られた成果を総括するとともに将来展望について述べている.

以上のように本論文は,集積光デバイスの製造に有用な有機金属気相エピタキシャル成長における領域選択成長技術に関し,長波長帯光ファイバー通信に用いるInGaAsP系と可視光デバイスに用いるAlInGaN系を対象として,そのメカニズムを統一的に理解するためのモデルと制御方法を確立するとともに,同手法を適用して伸張歪量子井戸TM偏光赤外レーザおよび多波長可視発光ダイオードアレイを設計試作し,モノリシック集積化技術としての有用性を実証したものであって.電子工学に貢献するところが多大である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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