No | 124583 | |
著者(漢字) | 谷澤,健 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タニザワ,ケン | |
標題(和) | 光ファイバ通信における波長・偏波モード分散の能動的補償のための適応制御方式 | |
標題(洋) | Adaptive Control Methods for Active Compensation of Chromatic and Polarization Mode Dispersion in Optical Fiber Communications | |
報告番号 | 124583 | |
報告番号 | 甲24583 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7017号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では,光ファイバ通信における波長・偏波モード分散を光領域で適応的に補償するための,可変補償器の制御方式の高度化とその検討について述べる. 光ファイバ通信において,波長分散や偏波モード分散等の各種インペアメントの静的な補償技術の発展は,伝送速度の高速化と長距離化に大きく貢献してきた.しかし,一波長あたり100Gb/sを超えるようなさらなる高速化や,通信経路がダイナミックに変動するようなネットワークの高度化に向けて,静的な補償ではファイバの敷設環境の変化や通信経路の変化にともなうインペアメントの変動に対応する補償ができない.そこで,近年,適応的なインペアメント補償技術の研究・開発が活発に行われている. 光領域での適応的な補償は,可変の補償器と伝送品質のリアルタイムモニタを組み合わせることによって実現される.この際,補償器は,モニタ信号を用いて補償状態が最適になるように制御される.可変補償器とリアルタイムモニタに関しては,多くの研究・開発が行われている一方で,補償速度や精度等の性能に大きく影響を与える制御方式についてはこれまであまり詳細な検討がなされていなかった. そこで,本論文では,光ファイバ通信におけるインペアメントのなかでも伝送品質への影響が比較的大きい波長分散と偏波モード分散の適応補償における制御方式に着目し,補償性能を向上させる方式の提案と検討について報告する.本論文は,波長分散適応補償の制御方式を扱う章(2章,4章,5章,6章)と偏波モード分散適応補償の制御方式を扱う章(3章,7章,8章)の大きく二つから構成される. 適応的な波長分散補償の制御方式 波長分散は温度や歪等のファイバの敷設環境の変動による影響が比較的小さなインペアメントの一つである.そのため,適応補償は,主に伝送経路が再構築可能なネットワークにおける,伝送距離変化による波長分散変動を補償するために必要とされる.これらのネットワークでの適応補償への要求条件は「比較的大きな波長分散変動の高速補償」である. この要求条件を満たす制御方式を実現するために,我々は最急降下法を用いることを発案した.最急降下法は,近傍のみの情報からある目的関数が小さく(または大きく)なる点を繰り返し探索し決定する局所探索方式の一種であり,探索のステップ幅を目的関数の変数に対する偏微分値に応じて変化させることにより,高速な収束を可能とする最適化方法である.波長分散適応補償への適用では,目的関数として,あらかじめ準備しておいた理想の受信波形と実際の受信波形の差を採用した.これは,波形情報が,パイロット信号や送信機での特殊な変調を必要とせずに比較的低コストで取得できることによる.また,このような適応制御に最急降下法を実装する際に大きな問題となる偏微分情報の取得については,波長分散による伝送波形の変化を数式的に近似することにより,実測を行うことなく,リアルタイムで近似する手法を提案した.最急降下法を用いたこの方式では,偏微分成分を利用することにより,補償の探索ステップ幅が,最適点より遠い場所では大きく,近い場所では小さくなる.つまり,単純な固定ステップ幅の局所探索と比較して,より高速の補償が可能となる. 検証では,まず10Gb/sのNonreturn-to-zero (NRZ) on-off-keying(OOK)変調で伝送実験を行い,提案方式の有効性を確認した.また,同様の条件で伝送シミュレーションを用いて詳細な性能の評価を行い,補償範囲は±6000ps /nm,補償速度については1000 ps/nmの分散変動の補償に1秒程度と,高速かつ広範囲な適応補償を実現することに成功した.さらに,40Gb/sへのアップデートと補償精度の改善に関する検討も行い,この制御方式が,従来法と比較して適応補償性能を向上させることを確認した. 適応的な偏波モード分散補償の制御方式 偏波モード分散は,波長分散と異なり本質的に確率的な振る舞いをするために,時間による変動が大きなインペアメントの一つである.そのため,適応補償は,伝送経路の変動をともなうネットワークではもちろんのこと,point-to-pointの通信においても100Gb/sを超えるような分散耐力の小さな通信では必要とされる.つまり,要求条件は用いるネットワークによって異なり,「経路変動にともなう大きな偏波モード分散変動の高速かつ高精度な補償」と「ファイバの敷設環境の変動にともなう高速な偏波モード分散変動の補償」の二つが挙げられる.前者については,偏波モード分散補償器の構成が波長分散に比べて複雑になるため,最適な補償状態を単純な探索によって実現することが難しくなる.そのため,高速性に加えて精度も考慮に入れる必要がある.また,後者については,偏波モード分散の変動速度は10ms以下という報告があることから,経路変動にともなう波長分散変動量ほどは大きくないが,高速な偏波モード分散の変化にいかに追従して補償できるかが問題となる. 偏波モード分散の適応補償のための制御方式についても,波長分散と同様に局所探索に基づく探索制御を用いることを考えた.モニタ信号としては,波長分散に依存しない信号として偏光度を採用し,これを最大化(1に近づける)する方向に制御を行う.経路変動にともなう大きな偏波モード分散変動の高速かつ高精度な適応補償について,我々は単純な固定ステップ幅の局所探索方式では,局所最適値が制御方式レベルでの補償精度を劣化させることを確認した.そこで,補償時間を極端に増加させることなく局所最適値の影響を減少させる方式として,局所探索の探索ステップ幅にガウス確率密度関数に基づくランダムなゆらぎを与えることを提案した. 検証では,160Gb/sのNRZ-OOK変調で伝送シミュレーションを行い,単純な固定探索ステップ幅の制御方式との比較を行った.その結果,実際に提案手法を用いることにより,局所最適値の影響を回避する現象を確認した.また,統計的な比較より,単純な探索とほぼ同等の補償時間で,ローカルマキシマの影響を40%程度軽減できることを示した. ファイバの敷設環境の変動にともなう高速な偏波モード分散変動の適応補償について,我々は,波長分散と同様に最急降下法を用いることを考えた.この際,偏微分成分については,補償器に入射する直前の偏波状態をモニタし,ミューラー行列を用いた偏波の数学的な取り扱いを用いて補償器の後での偏波状態を近似できることを利用して,実測を必要としないリアルタイムでの取得方法を提案した.この方式は,局所探索における各制御変数の補償の方向と大きさを,偏微分成分を用いることにより適切に決定し,補償状態の高速な最適化を可能とする. 偏波が数msのオーダで高速に変動する状況を仮定して160Gb/sのNRZ-OOK変調で伝送シミュレーションを行った.その結果,3-4ms程度の速度で偏波が少しずつ変動する状況では,単純な固定探索ステップ幅の探索制御方式では追従して適応補償することができないが,提案する最急降下法を用いる制御方式では,伝送状態を安定に保つことができること確認した.また,偏波の変動速度や変動の大きさを変化させて検討を行い,この方式による適応補償が有効に動作する範囲を検証した. これらの研究成果は,これまで体系的な検討が行われてこなかった適応的波長・偏波モード分散補償技術における制御方式について,既存の探索方式の比較・検討にとどまらず,光ファイバ通信における物理的な性質を有効に利用した方式を提案したという点において,実用上のみならず,学問的にも価値のあるものと考えられる. | |
審査要旨 | 本論文は、"Adaptive Control Methods for Active Compensation of Chromatic and Polarization Mode Dispersion in Optical Fiber Communications (光ファイバ通信における波長・偏波モード分散の能動的補償のための適応制御方式)"と題し、光ファイバ通信における波長・偏波モード分散を光領域で適応的に補償するための可変補償器の制御方式の高度化方法を提案しその性能検討を述べるものであり、英文で執筆され、9章からなる。 光ファイバ通信において、波長分散(CD)や偏波モード分散(PMD)等の各種インペアメントの静的な補償技術の発展は、伝送速度の高速化と長距離化に大きく貢献してきた。しかし、一波長あたり100Gb/sを超えるようなさらなる高速化や、通信経路がダイナミックに変動するようなネットワークの高度化に向けて、静的な補償ではファイバの敷設環境の変化や通信経路の変化にともなうインペアメントの変動に対応する補償ができない。そこで、近年、適応的なインペアメント補償技術の研究・開発が活発に行われている。しかし、補償速度や精度等の性能に大きく影響を与える制御方式についてはこれまであまり詳細な検討がなされていなかった。本論文は、光ファイバ通信におけるインペアメントのなかでも伝送品質への影響が比較的大きいCDとPMDの適応補償における制御方式に着目し、物理に基づいた適応制御を導入することによって補償性能を向上させる方式の提案とその性能検討結果について報告している。 第1章は"Introduction"であり、研究の背景と本論文の構成が述べられている。 第2章は"Chromatic dispersion and its compensation in optical fiber communications"と題し、CDとその補償技術に関する基本事項をまとめている。 第3章は"Polarization mode dispersion and its compensation in optical fiber communications"と題し、PMDとその補償技術に関する基本事項をまとめている。 第4章は"High-speed adaptive chromatic dispersion compensation based on steepest descent method"と題し、最急降下法を用いる適応的なCD補償方法を発案し、伝送実験による提案方式の検討を報告している。この手法は、受信波形情報から制御変数に対する偏微分情報をリアルタイムで近似的に求める工夫をすることにより、補償状態の最適化に必要なループ数を減少させようとするものである。検証では、10Gb/sのNonreturn-to-zero (NRZ) on-off-keying(OOK)変調で伝送実験を行い、提案方式の有効性を確認している。 第5章は" Performance Analysis of Steepest Descent-Based Feedback Control of Tunable Chromatic Dispersion Compensator "と題し、前章で提案された方式の詳細な性能について、伝送シミュレーションを用いた評価を述べている。10Gb/sの伝送速度において、補償範囲は±6000ps /nm、補償速度を示す補償器の最適化に必要なループ数は10回以内と、高速かつ広範囲なCDの適応補償が実現可能であることを示している。 第6章は" Proposed Adaptive Chromatic Dispersion Compensation in Higher Bit-Rate Transmission and Improvement of the Compensation Quality "と題し、提案方式の40Gb/sへのアップデートと補償精度の改善に関する検討が述べられている。波形情報をより正確に採取することで、最適化の精度が向上することを確認し、さらに、提案方式が40Gb/sの伝送速度でも±450ps /nmという大きなCDを高速に補償可能であることを示している。 第7章は"Search Control Algorithm Based on Random Step Size Hill- Climbing Method for Adaptive Polarization Mode Dispersion Compensation "と題し、PMDのより正確な補償を実現するための制御アルゴリズムの提案と伝送シミュレーションによる検討を報告している。提案手法は、通常の探索制御における探索ステップ幅にガウス確率密度関数に基づくランダム性を付与するものである。検証は、160Gb/sのRZ-OOK変調で行われ、制御探索空間に存在するローカルマキシマの影響をおよそ40%程度軽減することに成功している。 第8章は"Fast Tracking Algorithm Based on Steepest Descent Method for Adaptive Polarization Mode Dispersion Compensation "と題し、ファイバの敷設環境の変化によって生じる高速のPMD変動を追従補償するための制御アルゴリズムの提案と検証が述べられている。提案では、高速の補償器最適化を目指すために、CDの補償と同様に偏微分成分の近似手法を用いて最急降下法を導入している。前章と同様の条件でシミュレーションによる検討が行われ、1-3m毎に偏波状態が変動する状況でも、追従補償を実現できることが示されている。 最後に、第9章は"Conclusion"であり、本研究の成果をまとめている。 以上これを要するに、本論文は光ファイバ通信における動的な波長・偏波モード分散の問題を克服するため、適応的な最適制御手法を体系的に検討するとともに、光領域における新たな適応制御アルゴリズムを提案して、高い補償性能を実証するとともにその諸性質を明らかにしたものであり、電子工学への貢献が少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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