No | 124589 | |
著者(漢字) | 林,靖之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハヤシ,ヤスユキ | |
標題(和) | 二次元光圧ポテンシャルを用いた高機能微粒子操作 | |
標題(洋) | Functional particle manipulation system using two dimensional optical potential landscape | |
報告番号 | 124589 | |
報告番号 | 甲24589 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7023号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究は2005年4月から現在までに東京大学生産技術研究所黒田・志村研究室において黒田教授、志村教授の指導のもとに行われたものである。研究テーマの選定から始め、実験器具の選定および発注、計算プログラムの作成、光学実験まで一貫して行ったことは本研究の特徴のひとつである。 1. 背景 光トラップ技術ではレーザービームを用いて光放射圧による光圧ポテンシャルを形成し、微粒子を2次元および3次元的に捕捉することができる[1,2]。約40年前にAshkinによって報告されて以来、これまでにさまざまな研究が行われてきた[3,4]。捕捉可能な物質は数十nm~数十μmサイズの誘電体粒子、金属粒子、および細胞やウィルスなどの生体試料である。近年、従来の単一ビームと比べてより空間的に広がった光強度分布を用いた微粒子マニピュレーションが脚光を浴びている[5]。このタイプの光トラップ技術では複数粒子の並列操作および動的な操作が可能となり、単なる捕捉の枠を超えたマイクロレベルの機能発現が可能となる。これまでに、位相変調器によって形成されたホログラム多点光パターンを用いた複数粒子配列操作、特殊光モードによる光駆動型マイクロポンプ、そして光による微粒子ソーティングなどが報告されている[5,6]。しかし、これら新たな取り組みはいまだ発展途上にあり、多くは限定的な光パターンを利用したものである。より自由度の高い2次元光パターンを利用した機能発現化が発展として期待されている。 2. 目的 本研究の目的は次のように設定した。自由度の高い光強度分布によって形成される2次元光圧ポテンシャル下の粒子の運動特性を調べる。そして拡張性の高い機能を有した微粒子操作を提案する。 3. 研究内容 2次元光パターンの基本構成要素として非対称二重ピーク光強度分布を想定し、対応する2次元光圧ポテンシャル下での微粒子の運動特性を調べた。また、複数のピークを有する非対称非周期光強度分布に光パターンを拡張させて運動特性を調べた。光強度分布は強度変調モードの空間光変調を用いて形成した。それぞれの光パターンを利用することでソーティング機能および配列機能が発現可能であることを実証した。非対称二重ピーク光強度分布を用いたシステムでは、ブラウン運動によるポテンシャル井戸間遷移を利用したソーティングを提案し特性を初めて明らかにした[7]。非対称非周期光強度分布システムでは、異なるサイズを3種類含む混合粒子に対する並列ソーティングおよび配列処理を流れの無い状態で初めて実証した[8]。さらに、発展として流路内でのソーティング方法を提案し実験検証した。詳細を以下に示す。 3.1. 非対称二重ピーク光強度分布内微粒子操作 トラッピング面内の光強度分布を非対称二重ピークストライプ構造とし、光放射圧によって微粒子に誘起される光圧ポテンシャルおよび粒子の運動特性について調べた。強度分布のピーク間距離は粒子サイズよりも長く設定した。この場合、溶媒よりも高い屈折率を有する誘電体に誘起される光圧ポテンシャルは、光パターンの長軸方向に垂直な断面で非対称二重井戸構造となる。準安定サイトAと安定サイトBの間に存在するポテンシャルバリアは物質のサイズ、光パワー、ピーク間距離の増加とともに高くなる。溶媒中に存在する物質はブラウン運動によりサイトAとBを確率的に行き来する。サイトBをAと比べて十分に深くすると、初期状態としてサイトAに存在する粒子は最終的に大部分サイトBに存在することとなる。移動のタイミングはバリア障壁の高さ、すなわち粒子サイズに依存する。研究では以上の機構を実験かつ理論的に明らかにした。また、この機構を利用した微粒子ソーティング方式を提案し、その特性を評価した。本方式では、要求された条件に応じて最適な光強度分布が存在する。これに対し、ソーティングの高性能化を目的として時間変調を有する光パターンを導入し、特性評価を行った。サイズ差の小さい粒子のソーティングや高純度なソーティングを目的とした場合、定常光パターン方式と比べて時間変調光パターンによる方式が有利になることが示された。 3.2. 非対称非周期光強度分布内微粒子操作 本方式では三重ピークストライプ構造の光強度分布を使用した。ピークは1方向に順に高くし、間隔を不均一かつ対象粒子サイズ程度のオーダーにした。この場合、2つのピーク間距離と粒子サイズの関係に応じて構造の異なる3タイプの光圧ポテンシャルが形成される。いずれのピーク間距離よりも小さい粒子には3重井戸構造、2つのピーク間距離の間のサイズをとる粒子には2重井戸構造、そしていずれのピーク間距離よりも大きい粒子には単一非対称井戸ポテンシャルが形成される。このようなポテンシャル下での粒子の運動は光放射圧による確定的な輸送とブラウン運動による確率的な輸送の組み合わせとなる。強度の一番低い極大位置に粒子を導入した場合、粒子はそれぞれ隣接する準安定サイトに確定的に輸送され、その後確率的な井戸間遷移によってより安定なサイトへ移動する。研究ではこのような運動特性を実験かつ理論的に検証した。そしてソーティングや自動配置システムとしての機能性を提案し、特性評価を行った。本方式では光強度を調整し、バリア障壁を熱エネルギーと比べて十分に高くすることで確定輸送のみによる微粒子の仕分け作業が行われる。これにより3.1方式と比べて作業速度の高速化が実現された。また、非対称三重ピーク光強度分布を用いているため3種類の粒子の並列ソーティングが流れの無い状態で可能となる。本方式ではサイズごとに粒子の到達位置が指定される。この機構を利用して本方式と従来の配置システムを融合させてサイズ認識型自動配置機能を実証した。 3.3. 流路内ソーティングシステム 非対称非周期光強度分布によるソーティング方式のマイクロ流路デバイスへの適用可能性を調べた。流路内ソーティングでは、光パターンの長軸方向を流れに平行に配置し、粒子を指定位置に導入するための2次元光パターンを新たに付け加えた。このようなシステム構成を用いて連続的なソーティング処理を実験的に実証した。また、光強度分布のピーク間隔を調整することで、他の組み合わせでの分配処理も可能であることを実証した。本方式では、流れによる抵抗力と光放射圧が垂直に微粒子に作用するため、流速に対して広帯域なソーティングが可能となる。 4. まとめ 本研究では自由度の高い光強度分布によって微粒子に形成される2次元光圧ポテンシャルについて調べ、2次元光圧ポテンシャル下の粒子の運動特性を明らかにした。そして、得られた知見を元に2タイプのオリジナルなソーティングシステムを提案し、実証した。さらに、発展系としてサイズ認識型自動配置機能や流路内ソーティング処理を提案し、実証した。 | |
審査要旨 | 光放射圧を用いた光マニピュレーションでは、非接触に微粒子や生体物質を操作することが可能である。この技術はすでにさまざまな研究分野で活用されているが、それらの多くは単一ビームによる1粒子操作である。一方、光マニピュレーションそのものの研究は、空間的に広がった光強度分布を利用することによる複数粒子の並列操作へと近年トレンドが移っている。また、21世紀に入り、単純な捕捉や操作の域を超えた光によるマイクロレベルでの機能発現などの試みも報告されている。しかし、これらの取り組みの多くは、いまだ多点光パターンやビームの特殊モードといった限定的で柔軟性に欠ける光強度分布の利用にとどまっている。 林靖之君は、空間光変調器を用いて2次元光強度パターンを作り、これを顕微鏡光学系を用いて結像投影することにより、任意の2次元光パターンを利用した高い拡張性をもつ機能発現の実現を目指した研究を行った。さらにその応用例として、光圧ポテンシャルによる微粒子のソーティング・システムを試作し、その高性能化・高機能化を試みた。 論文は8つの章から構成されている。第1章は導入であり、この分野の研究の背景、本博士論文の目的とねらい、および論文の構成が述べられている。 第2章は一般的なレーザートラッピングにおける、光圧の発生およびそれに伴う光圧ポテンシャルの従来理論がまとめられている。粒子サイズが波長より十分小さい場合には電気双極子モデルが、逆に波長より十分小さいときには幾何光学モデルが一般的に適用される。また、それらの中間域における計算法についても触れられている。さらに、同じ2次元光強度分布に対して、作られる光圧ポテンシャルがサイズによってどのように変化するかについても述べられている。特に非対称な2つのピークを持つ光強度分布によって作られる、非対称2重井戸型光圧ポテンシャルの粒子サイズ依存性について、実際の計算例とともに詳しく述べられている。 第3章は与えられた光圧ポテンシャルの中での、微小粒子のブラウン運動についての議論である。第2章で検討された非対称2重井戸型光圧ポテンシャル中での、粒子の拡散運動によるポテンシャルの極小サイト間の粒子の遷移に関して、理論的に検討している。またサイト間のポテンシャルバリアの高さと遷移確率あるいはサイト滞在時間の関係についても定式化されている。 第4章は本論文で行った第5章以下に述べられている実験系に関する詳しい説明である。使用した倒立顕微鏡光学系、空間光変調器、サンプル形状、計測システム、制御システム等に関して述べられている。 第5章は非対称2重井戸型光圧ポテンシャルを用いた微粒子ソーティングの実験とその結果の解析である。直径1 μmと1.5 μmの2種類のポリスチレン微粒子を用い、実際にソーティングを行った。光圧ポテンシャルの実測、光パワーと光圧ポテンシャルの関係の実測、ソーティング効率の定義と計測、および理論値との比較検討を行った。また、光パターンに時間変調を加えた場合のシステム特性を数値計算によって評価した。この手法は、ブラウン運動による輸送を利用した光ソーティングの初めての報告であり、小さいブラウン粒子に対して得に有効である。 第6章では、非周期的かつ大きさの異なる3つのピークを持つ光強度パターンを用いた微粒子ソーティング方式を提案し、これを実験的に検証した。この光強度分布は、3種の直径の異なる粒子に対してそれぞれ1重、2重、3重という全く異なるポテンシャル極小値(ポテンシャルの井戸)を与えるため、確率的でない、確定的な輸送過程によるソーティングが実現される。この実験は、流れの無い系におけるサイズの異なる3種以上の粒子の並列ソーティングの初めての実証例となった。確定的プロセスであるため、第5章での手法と比べて、同レベルの光強度で処理速度が1~2桁向上した。またシステムのソーティング特性を理論および実験的に評価した。発展系として、このシステムを利用したサイズの異なる複数粒子の自動配列機能を提案し、デモンストレーションを行った。 第7章は、第6章で実証した手法を、流路内微粒子ソーティングに応用した例の検証である。この方式は、流路内でのソーティングとしては、流れによる抵抗力と光放射圧が競合関係に無い新しいタイプであり、他の方式に比べて許容される流速の範囲が格段に広いということを示した。この方式を用いれば、空間的光パターンの形状を変えることにより、3種の粒子を任意の組み合わせで3つの出力ポートに振り分けることができる。実際にマイクロ流路を製作し、平均流速25 μm/sにおける実験を行い、約90%のソーティング成功率となることを示した。 第8章は本論文の結論とまとめが述べられている。 本論文で提案、実証されている、空間光変調器を用いた任意形状の2次元光強度分布を用いる光圧光ソーティングは、従来の微粒子の単なる集光レーザースポットあるいはごく単純な2次元光パターンを使用した方式に対し、非常に高い自由度を持ったソーティングあるいはトラッピングシステムの構築が可能であることを示したものである。これにより、光圧ポテンシャルを用いた微粒子マニピュレーションが、さらに大きな発展性を持ち、その応用範囲が格段に広くなることが示された。この意味で微粒子マニピュレーション研究に与えた本論文のインパクトは大きく、光応用分野および工学の発展に寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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