学位論文要旨



No 124591
著者(漢字) 加藤,祐作
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ユウサク
標題(和) 有機トランジスタの大面積センサとアクチュエータへの応用
標題(洋)
報告番号 124591
報告番号 甲24591
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7025号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 染谷,隆夫
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 土井,正男
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 桜井,貴康
内容要旨 要旨を表示する

有機トランジスタは印刷技術を用いてプラスチックフィルムを基板として軽量・薄型・フレキシブル、かつ大面積に低コストで作製できることから次世代の回路素子として期待され世界中で研究が進められている。動作速度の指標である移動度は1 cm2/Vs程度と単結晶無機半導体と比較し劣るものの、機械的フレキシビリティー、大面積での低コスト性などさまざまな長所を有することから、シリコン半導体にとって代わるのでは無くこれまで半導体が使われてこなかった分野へのエレクトロニクスの展開が期待されている。有機トランジスタの長所を生かし近年では一般にディスプレイの駆動回路、RFIDタグへの応用が盛んに研究されている。一方われわれのグループではより新たな分野を切り開く応用例として大面積センサー・アクチュエーター応用を進めてきた。本研究ではさらに一歩進んだ新規大面積デバイスとして点字ディスプレイと大面積超音波シートの開発を行った。

1.高性能なフレキシブル有機トランジスタの作製

本研究はプラスチック基板上にフレキシブルかつ高性能な有機トランジスタを作製する技術を核として研究が進められた。まず、低温硬化ポリイミドをゲート絶縁膜に用いることにより、フレキシブルで高性能な有機トランジスタの作製に成功した。さらに、特に超音波シートという応用に向けてゲート接地AC特性の向上を行った。これまで有機トランジスタのAC特性については主としてソース接地(ゲートにAC信号が入力され、高速でトランジスタのスイッチングを行う)での移動度の向上や微細化、半導体・絶縁膜界面の改善などによるカットオフ周波数の向上が注目されてきた。しかしながら超音波デバイスを始め、大面積電力伝送シートや通信シートにおける非接触位置検出システムなどのようにゲート接地(ゲートに一定電圧、ソースドレインにAC信号が入力される)の構成での動作も非常に重要である。またこのような応用において、ディスプレイのアクティブマトリクスでの使用などと同様に、多数の素子を配する場合には高いオンオフ比が要求される。われわれはDCから10 MHzの広い周波数領域において、ゲート接地ペンタセン有機トランジスタのAC特性を系統的に評価した。その中で、高いオンオフ比を得るためにはカットオフ周波数を向上させるとともにオフ状態の改善が非常に重要であることが理解された。特にチャネル幅の大きい有機トランジスタにおいてはオフ状態の悪化がオンオフ比に対して支配的になる。本研究でゲート接地有機トランジスタのオフ状態はソースドレイン電極とゲート電極間のオーバーラップ面積にほぼ比例することが示された。さらにわれわれはソースドレイン電極幅を20 μmまで微細化することでゲート接地ペンタセン有機トランジスタにおいて1 MHz で103のオンオフ比を得ることに成功した。

本研究ではこの高性能のフレキシブル有機トランジスタを作製する技術を核として2つの新規大面積デバイスを作製した。ひとつは大面積センサとして超音波シート、もうひとつは大面積アクチュエータとして点字ディスプレイである。以下でその概要について述べる。

2.大面積超音波シート:大面積センサ

大面積エレクトロニクスにおいて圧力センサー・アクチュエーターなどに加え、人間および物体の非接触3次元位置計測は人間とエレクトロニクス機器のインターフェイスをよりスムーズにするためのデバイスとして非常に重要である。位置計測には光、電磁波、ミリ波も利用されることもあるが、超音波による位置計測はリアルタイム3次元イメージングを比較的簡便なシステムで、人体への影響なく実現することができる。超音波による位置・距離計測は一般に非破壊検査やソナー、車間距離計測、そして医療用超音波エコーに広く用いられているが、これらのアプリケーションはすべて物質内での計測例である。これに対しわれわれは空気中での3次元位置計測および大面積での距離計測アレイでの使用を想定しデバイスの開発を行った。そのためフレキシブル有機トランジスタとフレキシブル高分子圧電素子を2次元アレイ状に集積化することで大面積にフレキシブルな超音波システムを作製した。(図1)これらの構成要素はすべて大面積に低コストで作製するのに適している。 これはわれわれの知る限り世界初のシート型超音波デバイスであり、有機電界効果トランジスタアクティブマトリクスと高分子圧電素子による2次元超音波センサアレイの集積化によって実現された。

作製されたトランジスタの移動度は0.5 cm2/Vsであり、また、ゲート接地有機トランジスタの高速動作化を進めたことで40 kHzの信号を104以上のオンオフ比でスイッチングすることが可能となった。25 × 25 cm2のシート中に8 × 8個の超音波センサアレイが配置されている。作製されたデバイスは超音波の送受信ともに良好が行うことができ、1つの有機トランジスタと1つの超音波圧電素子からなる超音波セルはオンオフ比104以上得ることに成功した。さらにビットラインを共通にした1 × 8 の超音波セルアレイにおいてクロストークが十分に小さいことが確認され、オンオフ比104を得た。また、実際に本デバイスを用いて物体の位置測定に成功した。分解能は数mm程度であった。

本研究ではシート型に超音波デバイスが作製されており、空気中で用いることができ、低コストにリアルタイムで3次元イメージングが可能な素子として期待される。さらにイメージング素子としての活用以外にもロボットのボディに巻きつけるようにして用いればロボットのまわり360°すべて死角なしに高精度で感知することができる接近センサとして用いることも可能である。(図1)

3.点字ディスプレイ:大面積アクチュエータ

大面積アクチュエータとして、有機トランジスタとイオン導電性高分子アクチュエータを集積化し世界で初めてシート型点字ディスプレイを作製した。(図2)このシート型点字ディスプレイは、駆動回路として高性能の有機トランジスタアクティブマトリクス、アクチュエータとしてイオン導電性高分子アクチュエータをプラスチックフィルム上に集積化することで実現されており、軽量・薄型、耐衝撃性、機械的フレキシビリティーといった特長をもつ。本研究は視覚障害者の方々に便利なコミュニケーション装置を提供したというだけではなく、触覚ディスプレイを含むプラスチックアクチュエータの新領域の開拓に貢献している。

今回作製したプロトタイプの実効的な表示面積は4 × 4 cm2で、24文字(144点)を表示することができる。厚さは1 mm、重量は5.3 gと、非常に軽量・薄型である点字ディスプレイが実現された。これは、移動度1 cm2/Vsという、プラスチックフィルム上に作製した高性能な有機トランジスタと、高性能なイオン導電性高分子アクチュエータで作製されており、1点を表示するのにV(GS) = - 30 V、V(DD) = - 10 Vのとき、0.9 sであった。4名の視覚障害者を被験者とした触読実験を行ったところ、4名全員が正しく文字を認識することができた。特性のばらつきや、発生力、寿命など、今後さらなる改善が望まれるが、本原理による点字ディスプレイが正しく動作し、満足な特性を得られていることが確認された。

図1 大面積超音波シート

図2 (a)シート型点字ディスプレイ。軽量・薄型で機械的フレキシビリティー、耐衝撃性といった特長を併せ持つ。(b)シート型点字ディスプレイの利用例の一つとして、カードに搭載されたシート型点字ディスプレイのイメージ写真。電子マネーやプリペイドカードの残高、会員番号、など、必要に応じてさまざまな情報を表示することができる。

審査要旨 要旨を表示する

有機トランジスタは大面積での低コスト性、機械的フレキシビリティーなど無機トランジスタにはない特徴を持っており、これまで無機半導体が使用されてこなかった分野への応用が期待されている。これまでに有機トランジスタの長所を生かしたアプリケーションとして、フレキシブルディスプレイ、RFID、電子ペーパー、センサなどが提案されている。本研究では有機トランジスタを大面積センサ・アクチュエータのアクティブマトリクスとして応用することを目的とし、高性能フレキシブル有機トランジスタの作製、およびセンサ・アクチュエータで要求されるトランジスタ特性の実現を研究した。さらに応用例として大面積センサとして超音波イメージングシートを、大面積アクチュエータとしてシート型点字ディスプレイを作製した。

本研究の大面積センサ・アクチュエータは高性能かつフレキシブルな有機トランジスタを比較的簡易で低コストであるプロセスで作製する技術が確立されたことによって実現された。本研究では超音波デバイスや点字ディスプレイといった最終的な応用デバイスを実現することを目指し、そこで必要とされる性能をめざし改善を行った。例を挙げると、点字ディスプレイに向けてはアクチュエータを駆動するために大電流を流す必要があり、また人が直接触れるデバイスであるので低電圧で駆動できなければならない。超音波イメージングデバイスにおいては1 mVp-p程度と出力が非常に小さな高周波信号の出力を制御しなければならない。さらにこれらのアプリケーションの長所を最大限生かすためにフレキシブルな基板上へ低コストに大面積での作製に適合するプロセスで高性能な有機トランジスタを作製しなければならない。

本研究ではプラスチックフィルムを基板として低温硬化ポリイミドをゲート絶縁膜に用いることでフレキシブルかつ高性能な有機トランジスタを作製した。作製したトランジスタは飽和領域移動度1 cm2/Vs、オンオフ比106以上と良好な特性を示した。さらに、DCから10 MHzの周波数領域において、ゲート接地ペンタセン有機トランジスタのAC特性を系統的に評価した。高いオンオフ比を得るためにはカットオフ周波数を向上させるとともにオフ状態の改善が非常に重要である。特に、チャネル幅の大きい有機トランジスタにおいてはトランジスタのオフ状態の悪化がオンオフ比に対して支配的になる。ソース・ドレイン電極幅を20 μmまで微細化することでオフ状態の周波数特性を改善しゲート接地ペンタセン有機トランジスタにおいて1 MHz で103のオンオフ比を得ることに成功した。

有機トランジスタとイオン導電性高分子アクチュエータを集積化することで、世界で初めて、シート型点字ディスプレイを作製した。今回作製したプロトタイプの実効的な表示面積は4 × 4 cm2で、24文字(144点)を表示することができる。厚さは1 mm、重量は5.3 gと、非常に軽量・薄型である点字ディスプレイが実現された。これは、移動度1 cm2/Vsという、プラスチックフィルム上に作製した高性能な有機トランジスタと、高性能なイオン導電性高分子アクチュエータで作製されており、1点を表示するのにV(GS) = - 30 V、V(DD) = - 10 Vのとき、0.9 sであった。4名の視覚障害者を被験者とした触読実験を行ったところ、4名全員が正しく文字を認識することができた。

大面積・フレキシブル・シート型の超音波3Dイメージングシステムを作製した。これは有機トランジスタと高分子圧電素子の集積化によって実現されている。有機トランジスタはDC測定において飽和領域移動度0.5 cm2/Vsを示すだけでなく線形領域においても良好な特性を示し、またゲート接地AC測定においても1 MHzの信号に対してオンオフ比103と非常に良好な動作を示した。8 × 8 の超音波セルからなる25 × 25 cm2のイメージングシートが作製された。作製した超音波セルは送信、受信ともに40 kHzで104のオンオフ比が得られ、また1 × 8の超音波セルアレイにおいてクロストークは十分に小さくオンオフ比104が得られた。作製した1 × 8超音波セルリニアアレイで2Dイメージングを行ったところ良好なイメージを得ることに成功した。この超音波イメージングシートは布の向こう側を見ることができ、また、フレキシブルであるのでロボットの胴体などに容易に貼ることができることから360°死角のない接近センサとして用いることもできる。

以上、要するに、本研究においては、シート型点字ディスプレイとシート型超音波イメージングシステムという2つの新規大面積デバイスが実現された。そしてそれらの実現に向けて、フレキシブル基板上に高性能の有機トランジスタを作製する技術について研究を行った。特に超音波イメージングシートのような高周波をセンシングするアクティブマトリクス実現に向けて有機トランジスタのゲート接地AC特性が改善された。これらの研究成果は有機トランジスタの新応用として大面積センサ・アクチュエータの可能性を明らかにしたもので、物理工学における貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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