No | 124599 | |
著者(漢字) | 南,康夫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミナミ,ヤスオ | |
標題(和) | 超高分解能迅速Brillouinスペクトロスコピー | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124599 | |
報告番号 | 甲24599 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7033号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 物体内の音波の伝わる速さを調べることで物質の弾性率を求めることができ,音波の減衰する様子を調べることで,音波が媒質中のさまざまな自由度と結合しそのエネルギーが流れていく過程を知ることができる.弾性率や粘性率は物質の力学的性質を特徴付けるもので,その測定をすることは工学的にあるいは物理学的に非常に重要である. 最も一般的な音波の測定法には超音波パルス法や超音波共鳴法といった圧電素子を用いて超音波を送受信することよって測定するものや,Bragg反射法や光偏向法といった超音波の送信には圧電素子を用い,受信つまり検出には光を用いて測定する方法などがある.しかし,上述の測定法はどれも圧電素子を接触させるため音場を乱す場合や,そもそも測定対象に圧電素子を取り付けられない場合などの問題がある. 接触式の測定方法の問題を解決する方法としてBrillouin散乱を用いた方法がある.物質中では,熱揺動によって起こる密度の揺らぎが超音波となって常に伝搬しており,この熱揺動が起源の超音波のことを特に熱フォノンという.Brillouin散乱を用いた音波の測定方法は熱フォノンの伝わる速さや減衰する様子を調べる方法であるが,超音波の送信にデバイスを用いる必要がなく,また,超音波の受信つまり検出には光を用いるため完全に非接触である.本研究ではこのBrillouin散乱を用いた測定方法を採用するが,Brillouin散乱を用いた方法にも熱フォノンと光の相互作用時間が十分に長くないことによって,測定精度に不確定性が生じるといった問題がある.この問題は特に音速が速く,減衰が小さい固体の物質で深刻な問題となり,MHz域の超音波吸収係数を求めることは事実上不可能である. そこで,本研究では光との相互作用領域内を熱フォノンが何度も往復できるように試料をキャビティ内に閉じ込め,同一のフォノンを何度も測定する手法を用いた.この手法により見かけ上の熱フォノンと光の相互作用時間を長くし,測定の不確定性を低減させることに成功した.本研究により10(-6)という超高精度で音速を測定することが可能となった. Brillouin散乱の散乱能は小さいため,Brillouinピークの観察は困難であった.したがって,これまではロックイン検出を利用していたのであるが,最近の測定感度の向上により100μs~100 msでBrillouinスペクトルの観察が可能となった. さらに,上述の手法を組み合わせることで散乱能が気体固体に比べて大きい液体では超高分解能迅速Brillouinスペクトロスコピーを完成させ,10 msオーダーという短い時間で10(-4)という高い精度で音速を測定することが可能となった. 熱揺動によって起こる密度の揺らぎが液体の表面に現れ,表面張力を駆動力とする波が常に伝搬している.この表面張力波をリプロン(Ripplon)とよぶ.Brillouin散乱に似た原理でリプロン光散乱が起こる.リプロン光散乱を用いたリプロンの観察方法により,表面張力,純ずり粘性といった流体の運動を記述するのには欠かせない物性値を測定することができる.これらの値は工学的のみならず,物理学的にも重要である.というのは,例えば純ずり粘性の周波数依存性を調べることにより粘性緩和,つまり,試料内分子などが種々の自由度間でエネルギーのやりとりをする時定数を調べることができるためである.従来のリプロン光散乱法ではリプロンが波として伝搬していることが大前提であったため,水や液体金属といった粘性の小さい液体にしかリプロン光散乱法を適用することはできなかった.本研究では,粘性が大きな液体に光散乱法を適用し,伝搬しないリプロンを観察することにより,1000 cStという非常に高い粘性を測定するのに成功した. | |
審査要旨 | 本論文は「超高分解能迅速Brillouinスペクトロスコピー」と題し、フォノンの光散乱計測における周波数分解能の飛躍的な向上と迅速化を実現する超高分解能迅速Brillouinスペクトロスコピーを開発することを目的としている。 物体内のフォノンの伝搬から広帯域にわたる物質の力学物性を調べることができる。特に高周波域において熱フォノン計測により与えられる弾性率や粘性率は、物質の力学的な性質を分子ダイナミクスのレベルから解明する上で物理工学上非常に重要である。 最も一般的な音波の測定法には超音波パルス法や超音波共鳴法といった圧電素子を用いて超音波を送受信することによって測定するものや、Bragg反射法や光偏向法といった超音波の送信には圧電素子を用い、検出には光を用いて測定する方法などがある。しかし、上述の測定法はいずれも圧電素子を接触させるため音場を乱す、あるいは高圧・高温などの極限環境下のように測定対象に圧電素子を取り付けられない、という欠点があった。また波長が光波長と同程度となる高周波域では音波の励振そのものが困難になるという問題があった。 これら超音波励起型の測定方法の問題を解決する方法として、Brillouin散乱を利用した方法がある。物質中では、熱揺動によって起こる密度の揺らぎが超音波となって常に伝搬しており、この熱揺動が起源の超音波のことを特に熱フォノンという。Brillouin散乱を用いた熱フォノン測定では、超音波の送信に接触型圧電デバイスを用いる必要がなく、また、超音波の受信には光を用いるため完全に非接触である。本研究ではこのBrillouin散乱を利用した測定方法を採用するが、これまでこの方法には光学的分光器の分解能の不足により測定精度が超音波計測に比して決定的に劣るという欠点があった。また、熱フォノンによるBrillouin散乱は一般に光の散乱能が非常に小さく、その検出には長時間を要するといった問題点があった。そこで、本研究では以上の問題点を解決すべく、周波数分解能の向上、光ビート分光法の迅速化、測定感度の向上を図り、超高分解能迅速Brillouinスペクトロスコピーを開発した。 本論文は8章から構成されている。 第1章は「導入」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べられている。 第2章は「Brillouin散乱」と題し、本研究で扱うBrillouin散乱の基礎について詳述されている。 第3章は「装置幅と散乱光強度の実際」と題し、本研究で解決すべきフォノン測定の不確定性について詳述されており、また気・液・固体の三相についてのBrillouin散乱光強度の理論計算と実際の実験結果が比較検討されている。 第4章では「迅速Brillouinスペクトロスコピー」と題し、従来のロックイン検出によるBrillouinスペクトロスコピーを高感度化することにより、時間領域のゆらぎの実波形解析からBrillouinスペクトルを得る新たな分光法の開発について詳述されている。 第5章では「超高分解能迅速Brillouinスペクトロスコピー」と題し、共鳴器中で熱フォノンが共鳴する様子を上述の迅速Brillouinスペクトロスコピーで観察することにより、非常に高い周波数分解能が達成されたことが詳述されている。 第6章では「気体の回転緩和測定」と題し、気体水素の並進回転緩和を光散乱により観察した結果が述べられている。 第7章では「過減衰リプロン観察による高周波数における粘性測定」と題し、過減衰リプロンを観察することで、従来は観察できなかった高粘性の液体にリプロン光散乱法を適用できることが述べられている。この手法により1 cSt~1000 cStと広範囲の粘性測定が可能となり、ある種の会合性液体については粘性の緩和現象を示唆する結果も示された。 第8章では「結語」と題し、本論文の内容を簡潔にまとめている。 以上のように、本研究では熱フォノン共鳴観察および時間領域でのゆらぎ測定という新たな技術を導入し、フォノン測定の精度と迅速性を飛躍的に向上させることに成功した。また測定感度の向上にも取り組み、これまで検出が難しかった気体・固体中のフォノンについても上述の高精度・迅速測定が適用可能になった。さらに、過減衰リプロンの光散乱測定により、これまで測定が困難であったkHz ~MHz域の液体の粘性測定を可能にした。 このように本研究の成果は、フォノン物性を測定するの極めて高精度の手法を確立したという点で物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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