学位論文要旨



No 124603
著者(漢字) 宮井,清一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤイ,セイイチ
標題(和) 非晶質炭素系薄膜のミクロ構造とその熱特性及び機械特性
標題(洋)
報告番号 124603
報告番号 甲24603
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7037号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
内容要旨 要旨を表示する

本論文は7章から構成されている。非晶質炭素系薄膜は高硬度、低摩擦係数、化学的安定性などの特徴を持ち、成膜方法や原料の選択により様々な特性を持った膜が、ハードディスク、冶工具、生体材料の保護膜などに広く応用されている。トライボロジー的応用において、機械的特性だけでなく、摩擦熱を効率的に系外へ逃がし、膜の熱的な変化を防止するために、高熱伝導率の膜が必要である。機械的な特性評価はこれまで、多くの研究報告があるが、熱的特性については測定の困難さなどにより研究報告は多くない。熱伝導率の密度依存性を論じた報告があるが、密度だけではミクロ構造の違いが明確ではない。本研究では、成膜条件が膜のミクロ構造に及ぼす影響とミクロ構造がナノインデンテーション法による硬度、及び3ω法による熱伝導率に及ぼす影響を論じ、高硬度、高熱伝導率の膜を得るための諸条件を明らかにして、ミクロ構造による考察をトライボロジー的特性にも応用することを目的とする。

第1章では、序論として、非晶質炭素系薄膜の概要とこれまでの研究報告例を比較検討し、本研究の目的と研究手法が述べられている。

第2章では、炭素のみから構成されるテトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C)膜について、Si基板とWC/Co基板上に成膜した場合の、ラマン分光法によるID/IG、ラザフォード後方散乱/弾性散乱検出分析法(RBS/ERDA)による密度、及びX線分光分析法(XPS)によるsp3/sp2などのミクロ構造パラメータの成膜条件依存性について議論し、ta-C膜のミクロ構造モデルとして、Random Covalent Network (RCN)モデルより、ID/IGから求めたクラスターサイズLaのsp2結合のクラスターがsp3結合のマトリックス中に包摂されているとするクラスターモデル構造の方が、XPSから求めたsp3/sp2のsp2分率依存性を考察するのに適していることを明らかにしている。さらに、WC/Co基板上のta-C膜の方がSi基板上のta-C膜に比べてLaが小さく、マトリックス部分の体積分率が大きいため、sp3/sp2が大きく、密度が高くなることを示している。この基板によるミクロ構造の違いは、WC/Co基板自体の硬度が高いので、成膜初期においてイオンの反射によりsp3結合リッチな薄い膜が得られ、さらに膜厚が厚くなるとサーマルスパイク現象により、冷却速度が速いためsp3結合リッチな膜が得られることを示唆している。さらにこのWC/Co基板上のta-C膜の方が硬度、熱伝導率の最大値がそれぞれ、44.5GPa及び2.9W/mKとSi基板上の最大値31GPa及び1.7W/mKより高い値が得られるのは、上述したミクロ構造の違いによることを明らかにしている。

第3章では、メタン及びアセチレンを原料として、Si基板上に成膜した非晶質炭素(a-C:H)膜について、いずれも自己バイアス電圧が-500~-700V付近でID/IGが最小となり、Laが最小となることを示唆した。メタン原料ではsp3/sp2と密度がID/IGと共に減少するが、アセチレン原料ではsp3/sp2と密度がID/IGと共に増加することがRCNモデルでは説明できず、クラスターモデルによる解釈が適切であることを示している。このミクロ構造の違いにより、メタン原料の硬度と熱伝導率の最大値はそれぞれ19.2GPa及び1.4W/mKであるのに対して、アセチレン原料ではそれぞれ24.2GPa及び2.1W/mKが得られている。

第4章ではアセチレンと窒素を原料とする非晶質窒化炭素膜(a-CN:H)について、アセチレン:窒素=3:1においては、硬度、熱伝導率はいずれも自己バイアス電圧が-500~-700Vで最大値を示し、これは炭素と窒素の比N/Cが0.02から0.05に増加し、密度も増加するため、硬度、熱伝導率が増加、最大値をとり、アセチレンのみの場合よりいずれも低くなることを明らかにしている。RFパワー500Wにおいて原料ガスの窒素濃度を増加させると、N/Cの増加に伴い密度が減少し、ID/IG(La)が増加し、硬度、熱伝導率はN/Cが0.03~0.21まで増加すると共に減少し、それぞれ14~15GPa、1W/mK付近で飽和することを示し、これはLaの増加によりマトリックス部分が減少し、sp3/sp2が減少することに起因することを示し、窒素が含まれた場合でもクラスターモデルが適用可能であることを示している。

第5章では、第2章から第4章までの結果より、非晶質炭素膜の硬度、熱伝導率はID/IG依存性すなわちLa依存性があり、ta-C膜はa-C:H膜及びa-CN:H膜と同程度のLaでも硬度、熱伝導率は高く、これはマトリックス中のsp3結合が多く、密度が高いことによることを明らかにしている。また、硬度、熱伝度率いずれもLaの2次式で実験式が得られ、La=0まで外挿できることを示している。

第6章ではボールオンディスク法による摩擦磨耗試験において、試験したいずれの膜もボールと膜との接点における温度上昇は熱変性温度以下で、熱変性は起こらず、摺動による圧力により、Laが変化し、ta-C膜では摺動後密度が増加し、a-C:H膜及びa-CN:H膜では密度が減少することを明らかにし、クラスターモデルが適用できることを示している。

第7章では本研究により得られた結論がまとめられている。

以上要するに、高硬度、高熱伝導率の膜を得るための指針として、原料や基板、成膜条件を変えた場合にミクロ構造の考察には、密度だけでは十分でなく、La、sp3/sp2が重要であることを明らかにし、WC/Co基板上のta-C膜はLaが小、sp3/sp2が大、密度が大であるため、高硬度、高熱伝導率であり、摺動後、よりLaが小さくなり密度の高い耐久性の高い膜に変化することを示唆しており、クラスターモデルが機械的特性、熱的特性およびトライボロジー的特性の考察に有用であることを明らかにしている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「非晶質炭素系薄膜のミクロ構造と熱特性及び機械特性」と題し、7章から構成されている。非晶質炭素系薄膜は高硬度、低摩擦係数、化学的安定性などの特徴を持ち、成膜方法や原料の選択により様々な特性を持った膜が、ハードディスク、冶工具、生体材料の保護膜などに広く応用されている。トライボロジー的応用においては、機械的特性だけでなく、摩擦熱を効率的に系外へ逃がし、膜の熱的な変化を防止するために、高熱伝導率の膜が必要である。機械的な特性評価にはこれまで多くの研究報告があるが、熱的特性については、測定の困難さなどにより研究報告はそれほど多くない。熱伝導率の密度依存性を論じた報告があるが、密度だけではミクロ構造の違いが明確ではない。このような状況に鑑み、本論文は、成膜条件が膜のミクロ構造に及ぼす影響とナノインデンテーション法による硬度、及び3ω法による熱伝導率に及ぼす影響を論じ、高硬度、高熱伝導率の膜を得るための諸条件を明らかにするとともに、ミクロ構造による考察をトライボロジー的特性にも応用することを目的としたもので、全7章から構成されている。

第1章では、序論として、非晶質炭素系薄膜の概要とこれまでの研究報告例を比較検討し、本研究の目的と研究手法について述べている。

第2章では、炭素のみから構成されるテトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C)膜について、Si基板とWC/Co基板上に成膜した場合の、ラマン分光法によるID/IG、ラザフォード後方散乱/弾性散乱検出分析法(RBS/ERDA)による密度、及びX線分光分析法(XPS)によるsp3/sp2などのミクロ構造パラメータの成膜条件依存性について議論し、ta-C膜のミクロ構造モデルとして、Random Covalent Network (RCN)モデルに比べて、ID/IGから求めたクラスターサイズLaのsp2結合のクラスターがsp3結合のマトリックス中に包摂されているとするクラスターモデル構造の方が、XPSから求めたsp3/sp2のsp2分率依存性を考察するのに適していることを明らかにしている。さらに、WC/Co基板上のta-C膜の方がSi基板上のta-C膜に比べてLaが小さく、マトリックス部分の体積分率が大きいため、sp3/sp2が大きく、密度が高くなることを示している。また、このWC/Co基板上のta-C膜の方が硬度、熱伝導率の最大値がそれぞれ、44.5GPa及び2.9W/mKとSi基板上の最大値31GPa及び1.7W/mKより高い値が得られるのは、上述したミクロ構造の違いによることを明らかにしている。

第3章では、メタン及びアセチレンを原料として、Si基板上に成膜した非晶質炭素(a-C:H)膜について、いずれも自己バイアス電圧が-500~-700V付近でID/IGが最小となり、Laが最小となることを示している。また、メタン原料ではsp3/sp2と密度がID/IGと共に減少するが、アセチレン原料ではsp3/sp2と密度がID/IGと共に増加することがRCNモデルでは説明できず、クラスターモデルによる解釈が適切であることを示している。このミクロ構造の違いにより、メタン原料の硬度と熱伝導率の最大値はそれぞれ19.2GPa及び1.4W/mKであるのに対して、アセチレン原料ではそれぞれ24.2GPa及び2.1W/mKが得られている。

第4章ではアセチレンと窒素を原料とする非晶質窒化炭素膜(a-CN:H)について、アセチレン:窒素=3:1においては、硬度、熱伝導率はいずれも自己バイアス電圧が-500~-700Vで最大値を示し、これは炭素と窒素の比N/Cが0.02から0.05に増加し、密度も増加するため、硬度、熱伝導率が増加、最大値をとり、アセチレンのみの場合よりいずれも低くなることを示している。RFパワー500Wにおいて原料ガスの窒素濃度を増加させると、N/Cの増加に伴い密度が減少し、ID/IG(La)が増加し、硬度、熱伝導率はN/Cが0.03~0.21まで増加すると共に減少し、それぞれ14~15GPa、1W/mK付近で飽和することを示し、これはLaの増加によりマトリックス部分が減少し、sp3/sp2が減少することに起因することを示し、窒素が含まれた場合でもクラスターモデルが適用可能であることを示している。

第5章では、第2章から第4章までの結果より、非晶質炭素膜の硬度、熱伝導率はID/IG依存性すなわちLa依存性があり、ta-C膜はa-C:H膜及びa-CN:H膜と同程度のLaでも硬度、熱伝導率は高く、これはマトリックス中のsp3結合が多く、密度が高いことによることを明らかにしている。また、硬度、熱伝度率いずれもLaの2次式で実験式が得られ、La=0まで外挿できることを示している。

第6章ではボールオンディスク法による摩擦磨耗試験において、試験したいずれの膜もボールと膜との接点における温度上昇は熱変性温度以下で、熱変性は起こらず、摺動による圧力により、Laが変化し、ta-C膜では摺動後密度が増加し、a-C:H膜及びa-CN:H膜では密度が減少することを明らかにし、このような場合においてもクラスターモデルが適用できることを示している。

第7章では本研究により得られた結論をまとめている。

以上を要約すると、本論文は、原料や基板、成膜条件を変えた場合の非晶質炭素膜のミクロ構造の検討のためには、パラメータとして、密度だけでは十分でなく、Laやsp3/sp2が重要であることを明らかにし、WC/Co基板上のta-C膜はLaが小、sp3/sp2が大、密度が大であるため、高硬度、高熱伝導率であり、摺動後、よりLaが小さくなり密度の高い耐久性の高い膜に変化することを示すとともに、Laやsp3/sp2をパラメータとしたクラスターモデルが機械的特性、熱的特性およびトライボロジー的特性の考察に有用であることを明らかにしたものであり、システム量子工学に寄与するところが小さくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク