学位論文要旨



No 124604
著者(漢字) 篠原,靖周
著者(英字)
著者(カナ) シノハラ,ヤスナリ
標題(和) ジルカロイ中の水素化物形成挙動と軽水炉燃料被覆管劣化に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 124604
報告番号 甲24604
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7038号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 准教授 沖田,泰良
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
内容要旨 要旨を表示する

本論文の内容は5つの章により構成されている。各章の概要を以下に示す。

第1章では、本研究の背景となる照射損傷および水素化物によるジルカロイの脆化挙動に関する現状知見を説明し、脆化機構の解明に向けた課題を抽出した。課題は三つ挙げられ、一つ目は照射損傷組織における水素化物析出形態と機械特性に対する影響の把握、二つ目は、照射損傷組織における水素化物形成機構の把握、三つ目は燃料被覆管の脆化に及ぼす水素化物と照射損傷の重畳効果の機構の把握とした。以降の章では、これらの三つの課題に対応した内容を検討することとし、最後に、検討した脆化挙動評価モデルにより、今後の燃料サイクル運用において、燃料被覆管の脆化が特に懸念される使用済燃料の中間貯蔵に着目し、中間貯蔵時の燃料健全性について検討することとした。

第2章では、使用済燃料被覆管における水素化物のマクロな析出形態と機械特性への影響についての系統的な試験結果を整理することにより、その影響機構を検討するとともに、現状評価における課題を明確にした。課題として、使用済燃料被覆管の脆化挙動を理解するためには、マクロな観察データに基づいた評価に加えて照射欠陥と水素化物の相互作用を踏まえた、よりミクロな機構に基づいた理解が重要と考えられ、本観点に基づき、次章以降の検討を進めることとした。

第3章では、水素イオン照射下TEM内その場観察により、従来確認されていなかった照射損傷組織における水素化物形成機構についての基礎的検討を行った。水素化物は、周囲のマトリックスに転位を放出しながら、ジルコニウム六方晶底面上で部分転位を層状に形成することにより発達することが確認された。また、照射損傷を受けた材料においては、未照射材に比べて水素化物の成長が抑制される傾向が認められたが、これは、供給される水素が照射欠陥における微小水素化物形成に寄与することが要因として考えられる。

第4章では、破壊力学に基づいたアプローチを適用したモデル化を実施し、燃料被覆管の脆化挙動について、従来考慮されていなかった照射材に特有と考えられる微小水素化物を考慮したミクロな破壊モデルを用いて検討した。微小水素化物を考慮したモデルを用いた評価結果は、照射材の引張試験データの傾向と概ね一致しており、同モデルの妥当性が確認された。本結果より、照射材に見られる水素脆化と照射脆化の重畳効果の要因として、照射材に特有である微小水素化物の存在が重要な役割を果たしていると考えられる。

第5章では、燃料サイクル運用において、燃料被覆管の脆化が特に懸念される使用済燃料の中間貯蔵に着目し、中間貯蔵時の水素化物析出状態(配向析出、水素化物の成長および密度変化)を2章の試験データを踏まえて予測し、3章および4章により確立した脆化挙動評価モデルを用いて評価することにより、貯蔵時の燃料健全性維持について検討した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はジルカロイ中の水素化物形成挙動と軽水炉燃料被覆管劣化に及ぼす影響に関する研究で、7章より構成されている。

第一章は背景および目的であり、近年世界的動向となっている軽水炉燃料の高度化運用が、経済性向上および使用済燃料排出量低減等の観点から更なる推進が要望されることを踏まえ、その結果として高負荷条件下におかれる燃料要素の重要な技術的課題の一つとして、炉心材料の健全性確保を挙げた。特に燃料被覆管については、使用環境下のみならず使用後再処理までの中間貯蔵期間の放射性物質閉じ込めのための最重要構造材であると位置づけ、その材料劣化機構、すなわち腐食反応に伴う水素脆化の解明ならびにこれに及ぼす照射効果は極めて重要な課題であるとした。

そして燃料被覆管の脆化機構の解明および今後の燃料サイクル運用に資することを目的とし、以下の観点から研究を進めた。

(1)ジルカロイ燃料被覆管中の照射損傷組織における水素化物の析出形態と機械特性への影響に関する知見を整理し、その影響を検討するとともに、現在の評価手法における課題を明確にした。

(2)水素イオン照射下TEM内その場観察法により、従来確認されていなかった照射損傷組織における水素化物形成機構についての基礎的検討を行った。

(3)破壊力学に基づいたモデル化により、マクロな脆化挙動をミクロな破壊モデルを用いて評価し、水素化物と照射損傷の重畳効果の機構を検討した。

(4)上記(1)~(3)項の検討結果を踏まえた燃料被覆管脆化挙動のモデル化を行い、今後の燃料運用において、燃料被覆管の脆化が特に懸念される中間貯蔵時の燃料健全性について検討した。

第二章は、上記(1)に対応し、使用済燃料被覆管における水素化物析出形態および機械特性、これらの関係について明らかにした。ジルカロイ-4使用済燃料被覆管に対して周方向負荷応力、保持温度および冷却速度を実験パラメータとして様々な水素化物析出形態を持つ試料を作製した。試料の金相観察により水素化物の析出形態と試料延性との関係を評価し、延性低下が水素化物の析出方位、密度および長さと関連することを示し、これらをまとめた指標を用いて整理した。同時にこの手法による整理にはばらつきが多いことを見出し、水素化物におけるミクロな割れの集積と進展が脆化に至ると考察し、ミクロな機構に基づいたマクロ特性評価が重要であると結論し、第三章以降の研究へと発展させた。

第三章は上記(2)に対応し、ジルカロイ中水素化物の成長挙動の動的観察を実施した。未照射または高エネルギーNiイオンを中間貯蔵条件と同等の照射量まで予照射した電子顕微鏡試料に対し、加速器結合型TEM内にて150keVあるいは20keVのH2+イオン注入による組織変化をその場観察した。

そして、未照射材の水素化物の成長が〈1120〉方向であること、水素化物の成長に伴う転位の形成と発達を確認した。そして水素化物の成長が部分転位の発達挙動と関係することを突き止めた。また、高エネルギーNiイオン予照射した試料では、水素化物の成長方向は未照射材と同等であるがその速度は抑制された。一方で照射欠陥クラスタが徐々に成長し、双方の成長挙動を解析した結果、注入された水素が水素化物の成長に寄与するだけでなく、照射欠陥位置における水素化物の形成にも寄与していることを明らかにした。さらに、水素化物を詳細に解析し、成長方向が部分転位の運動方向に強く関係し、また階段状に積層することで従来報告されてきた形態と合致することを明らかにした。

第四章は上記(3)に対応し、脆化挙動の破壊力学的検討を行った。水素化物が母材に比べて非常に脆いことから微小クラックとして取扱い、その形状パラメータ(クラック長、幅、間隔、向き)を用いて破壊力学的に解析した。第三章の結果を踏まえ照射損傷組織を考慮した脆化挙動モデルを作成し、マクロな実験と対比させ、モデルが試験データと概ね一致することを確認した。このことから使用済燃料における照射欠陥が水素化物の形成に関与し、かつ力学的にも重要な役割を果たしていることを示した。

第五章は上記(4)に対応し、使用済燃料中間貯蔵時の燃料健全性を評価した。第四章で構築したモデルを、中間貯蔵条件に適合させて脆化度合いを評価し、燃料健全性維持のための貯蔵条件について検討した。そして周方向応力を配向しきい応力以下の条件に保持することによって、現状の国内実機貯蔵条件と想定される冷却開始温度570K、冷却速度10-3K/hにおいて顕著な脆化が生じないことを示した。

第六章および第七章は結論と将来展望である。本研究における成果を、使用済燃料被覆管の現在の脆化評価における問題点の明確、その場観察実験から初めて明らかにしたミクロ挙動を元にした脆化機構の破壊力学的モデル化、さらに使用済燃料中間貯蔵時における燃料健全性保持条件の明確化、であると総括し、これらの精緻化に向けた課題を整理した。

以上を要するに、本研究では、従来手法では困難であった使用済燃料の中間貯蔵技術にかかる評価手法を実験と理論を総合する形で開発したものであり、また基礎的観点からも初めて得られた知見も多く、システム量子工学の進歩に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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