学位論文要旨



No 124605
著者(漢字) 新井,淳
著者(英字)
著者(カナ) アライ,ジュン
標題(和) MPS法による流体解析手法の拡張に関する研究
標題(洋)
報告番号 124605
報告番号 甲24605
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7039号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 准教授 陳,
 東京大学 准教授 秋元,博路
 東京大学 准教授 酒井,幹夫
 東京大学 講師 文屋,信太郎
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,MPS法の流体解析手法に関して実用上重要な,圧縮性・非圧縮性流れの統一解法および乱流解析手法に関する研究を行った.

流体問題に対する粒子法として代表的なものは,SPH (Smoothed Particle Hydrodynamics)法やMPS(Moving Particle Semi-implicit)法などがある.前者のSPH法はもともと宇宙物理学の分野において開発された圧縮性流れ解析の手法であるが,その後構造計算にも用いられるようになってきている.近年では非圧縮性流れを計算するアルゴリズムも提案されている.SPH法における非圧縮性流れの解析では,基本的に圧縮性流れの支配方程式に基づき,若干の圧縮性を与える手法や,後述のMPS法と同様に非圧縮性流れの支配方程式を半陰的に解く手法とが提案されている.後者のMPS法は非圧縮性流れの粒子法アルゴリズムとして開発され,MAC(Marker And Cell)法と同様な陰的計算を行い,非圧縮条件を課している.またMPS法は流体のみならず,剛体や弾性体,塑性体などの固体力学計算にも用いられている.また,粒子法の特徴として,流体の分裂や合体,流体構造連成などの複雑現象を取り扱い易い.

ところで,工学的な問題においてしばしば,マッハ数の大きい高速な流れで衝撃波といった圧縮性流れ特有の現象が無視できなくなり,圧縮性流れの支配方程式に基づくアルゴリズムが必要となる.さらに,液相や気相などが共存する場合は,各相におけるマッハ数が大きく異なることがしばしばあるため,非圧縮性流れと圧縮性流れが同時に解析できることが望ましい.しかしながら,MPS法ではこのような解析を行うアルゴリズムはこれまでに提案されていない.またSPH法はもともと圧縮性流れの計算を行うように開発された手法ではあるが,圧縮性流れと非圧縮性流れを同時に解析するアルゴリズムは見られない.

また,現実の流れにおいてはレイノルズ数が数千~数万といった流れとなることが少なくない.このような流れを正しく解析しようとする場合,必要な計算解像度を得る事は現在のコンピュータの性能をもってしても困難であるため,解像度以下の現象を模擬する乱流モデルが必要となってくる。MPS法に乱流モデルを導入した研究としては,後藤らのSPS(Sub Particle Scale)乱流モデルがある.また,SPH法に乱流モデルを導入した例としては,SPH-LES(SPH Large Eddy Simulation)モデルが後藤らによって,SPSモデルを用いたものはShao and Jiによって報告されている.また,Violeau and Lssaによって壁面モデルを用いたk-εモデル,EARSM (Explicit Algebraic Reynolds Stress Model),LESモデルを用いた報告も見られる.このように粒子法においても,近年乱流モデルを使用した計算例が見られるが,未だ報告は少ない.また,壁面を含む流れの場合は,壁面近傍での解像度不足が懸念される.格子に基づく手法では,壁面近傍ではアスペクト比が大きい計算格子を用いることで壁面近傍における解像度を確保することが行われる.粒子法においても解像度を可変とするようなモデルもいくつか報告されているが,実用的な問題へと適用する場合には計算負荷の観点から壁面近傍での解像度を確保する事は難しい.

このような背景から,本研究ではMPS法の工学的問題への広範囲な適用において重要な,圧縮性・非圧縮性流れの同時解析アルゴリズムの提案を行う.また,MPS法にLES乱流モデルを組み込むとともに,壁面を含むような実用計算で不可欠となる壁面モデルを提案する.

MPS法に基づく圧縮性・非圧縮性流れの解析手法としてMPS-AS (MPS for All Speed)法を提案する.MPS-AS法はC-CUP(Constrained Interpolation Profile, Combined Unified Procedure)法と同様に,圧縮性流れの基礎方程式より導かれた圧力の発展方程式を陰的に解くことで,圧縮性および非圧縮性流れの統一的な解法を可能としている.

圧縮性流れ解析の検証問題としてMPS-AS法を衝撃波管問題へ適用した.一次元および二次元の計算に関して理論値とよい一致が見られた.密度比が5倍程度の強い衝撃波に関しても,理論値と比較的良く一致しているが,不連続面近傍での振動などが見られた.また,今回用いた人工圧力の係数も適切なものを選ぶ必要があった。よって,より性能の高い人工粘性あるいはTVDスキームなどといった,効率的な振動抑制手法に関する検討が必要と思われる.振動抑制の課題は残るものの,圧縮性流れの基礎的な検証問題である衝撃波管問題への適用によって,MPS-AS法の圧縮性流れへの適用に関する妥当性が示された.

非圧縮性流れの検証計算として行った単相のダム崩壊問題について,ダム先端の位置に関して従来のMPS法と同程度の結果が得られ,MPS-AS法が非圧縮性流れの解析も行えることが示された.また,密度誤差の時間変化を調べた結果,圧力のボアソン方程式のソース項に関して基準数密度をブレンドすることで,従来のMPS法と同程度に非圧縮性が満たされていることが確認できた.気液二相のダム崩壊問題についても,気相,液相で異なる状態方程式を用いて計算が行えることが確認できた.気相が液相中へ取り込まれ気泡を形成する様子なども捉えられている.しかしながら,このような密度差が大きい計算では不安定になりやすいことがあり,計算の安定化に関するさらなる検討が必要と思われる.

MPS-AS法の応用問題への適用として,圧縮性を考慮した壁面への液滴衝突解析を行った.この解析は,原子力プラントの配管や航空機の機体,ガスタービンエンジンのブレード等に高速な液滴が衝突することで,機械的な衝撃を生じて壊食を促進させる現象を念頭においている.MPS-AS法による計算結果は,衝撃波の伝播速度や形状に関して実験と一致した.また,壁面における圧力のピークが液滴中心軸よりずれた位置に存在する結果となり,実験や理論解析による報告と同様な傾向が見られた.最大圧力の予測に関しては,Rochesterによる実験的な式に近い値となった.衝突速度が速くなると実験式よりも大きな値をとる傾向が見られるが,これはRochesterも指摘しているように実験における圧力センサーの時間的あるいは空間的な解像度が不足するため,平均化された値が得られるためと考えられる.今後,得られた圧力からどのように減肉を予測するか,低圧部におけるキャビテーション発生の考慮,三次元計算などが課題として挙げられる.

MPS法による乱流解析のための乱流モデルの導入,および壁面モデルの構築を行った.乱流モデルとしてはLES乱流モデルを導入した.壁面モデルとして,対数則速度分布に基づく0方程式RANS(Reynolds Averaged Navier Stokes)を使用した渦動粘性の決定,および流体粒子一壁面粒子間には壁面摩擦応力によって決定される渦動粘性係数を与えた.さらに壁面より離れた位置ではLES計算を行うハイブリッドモデルとした.検証計算として,平行平板間乱流に適用した.壁面近傍の平均速度が,対数則速度分布へと収束する結果が得られ壁面モデルの妥当性が示された.また,速度の変動強度を算出し妥当なオーダーで変動強度が計算されていることが示された.エネルギースペクトルを算出した結果,乱流に特有な-5/3乗則の領域が現れていることが確認できた.

応用的な乱流場への適用として立方体周りの乱流場解析を行った.この流場には壁面への衝突,剥離,再付着といった工学的に重要かつ基本的な乱流を含む.得られた結果を実験結果と比較した。計算で得られた流線は,実験に見られるような立方体前方,上面および背後にある主要な渦を再現している.立方体後方の渦の位置や再付着点に関しては実験よりも後方に位置する結果となった.これは,実験では流入条件として発達乱流を与えているのに対して,計算では一様流を与えたことで,立方体への到達までに境界層が十分発達せず,乱流による運動量の混合が小さくなっているためと考えられる.平均速度場に関しては,立方体前方および上面においてより平坦な分布となったが,これについても流入条件の影響が考えられる.以上のような相違が見られるものの平均速度は全体的に実験と同様な傾向が見られた.速度の変動強度に関しては立方体前方で計算の方が小さい結果が得られている.立方体上面および後方に関しては実験と比較的良い一致が見られた.また,立方体後方の流路中央部における主流方向速度のエネルギースペクトルを算出し,-5/3乗則の領域を確認した.今回の計算における空間解像度は-5/3乗則の領域まで解像できており,現実的な計算負荷でこのような複雑な乱流場の解析が行えることが示された.

以上のように,本研究では流体解析においてMPS法を工学的な応用問題へ適用する上で重要な,圧縮・非圧縮性流れの統一解法,および乱流モデルの構築を行った。また様々な検証計算によって手法の妥当性を確認した.これらの成果はMPS法による流体解析が取り扱える分野を,大幅に拡大しうるものであると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文はMPS法による流体解析手法の拡張に関する研究で、5章より構成されている。

第1章は序論で、研究の背景と目的が述べられている。数値解析手法の代表的な方法が示され、その中で粒子法は流体の分裂や合体、流体構造連成などの複雑現象を取り扱い易い。代表的な粒子法にはSPH (Smoothed Particle Hydrodynamics)法とMPS(Moving Particle Semi-implicit)法がある。MPS法は流体のみならず、剛体や弾性体、塑性体などの固体力学計算にも適用されている。工学的な流体の問題においてしばしば、衝撃波を伴う圧縮性流れを解析する必要がある。さらに、液相や気相などが共存する場合は、非圧縮性流れと圧縮性流れが同時に解析できることが望ましい。しかしながら、MPS法ではこのような解析を行うアルゴリズム.はこれまでに提案されていない。また、レイノルズ数が数千~数万といった流れを解析しようとする場合、乱流モデルを導入する必要がある。粒子法においても近年乱流モデルを使用した計算例が見られるが、未だ報告は少ない。

このような背景から、本研究ではMPS法の工学的問題への広範囲な適用において重要な、圧縮性・非圧縮性流れの同時解析アルゴリズムの提案を行う。また、MPS法にLES(Large Eddy Simulation)乱流モデルを組み込むとともに、壁面を含むような実用計算で不可欠となる壁面モデルを提案するとしている。

第2章ではMPS法に基づく圧縮性・非圧縮性流れの解析手法としてMPS-AS(MPS for All Speed)法が提案されている。MPS-AS法はC-CUP (Constrained Interpolation Profile,Combined Unified Procedure)法と同様に、圧縮性流れの基礎方程式より導かれた圧力の発展方程式を陰的に解くことで、圧縮性および非圧縮性流れの統一的な解法を可能としている。検証問題としてMPS-AS法を衝撃波管問題へ適用した。一次元および二次元の計算に関して理論値とよい一致が見られた。密度比が5倍程度の強い衝撃波に関しても理論値と比較的良く一致しているが、不連続面近傍での振動などが見られた。非圧縮性流れの検証計算として行った単相のダム崩壊問題について、MPS-AS法が非圧縮性流れの解析も行えることが示された。さらに、気液二相のダム崩壊問題について、気相、液相で異なる状態方程式を用いて計算が行えることが確認できた。MPS-AS法が、圧縮性、非圧縮性および圧縮・非圧縮が共存する流れに適用できることが示された。

第3章では応用問題へのMPS-AS法の適用として、圧縮性を考慮した壁面への液滴衝突解析を行った。この解析の目的は、原子力プラントの配管等に高速な液滴が衝突することで壊食を促進させる、液滴衝撃エロージョンの現象に対する知見を得ることである。計算結果は衝撃波の伝播速度や形状に関して実験と一致した。最大圧力の予測に関しては、Rochesterによる実験的な式に近い値となった。MPS-AS法を用いて液滴衝撃エロージョンの解析をおこない有益な知見を得ることができた。

第4章ではMPS法による乱流解析のための乱流モデルの導入、および壁面モデルの構築を行った。乱流モデルとしてはLES乱流モデルを導入した。壁面モデルとして、対数則速度分布に基づく0方程式RANS(Reynolds Averaged Navier Stokes)を使用した渦動粘性係数を与えた。検証計算として平行平板間乱流を解析した。壁面近傍の平均速度が対数則速度分布へと収束する結果が得られ、壁面モデルの妥当性が示された。また、速度の変動強度を算出し、妥当な変動強度が計算されていることが示された。エネルギースペクトルを算出した結果、乱流に特有な-5/3乗則の領域が現れていることが確認された。

応用的な乱流場への適用として立方体周りの乱流場解析を行った。得られた結果を実験結果と比較したところ、計算で得られた流線は実験に見られるような立方体前方、上面および背後にある主要な渦を再現した。立方体後方の渦の位置や再付着点に関しては実験よりも後方に位置する結果となった。また、立方体後方の流路中央部における主流方向速度のエネルギースペクトルを算出し、-5/3乗則の領域を確認した。今回の計算は-5/3乗則の領域まで解像できており、現実的な計算負荷でこのような複雑な乱流場の解析が行えることが示された。

第5章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。

以上を要するに、本研究では流体解析においてMPS法を工学的な応用問題へ適用する上で重要な、圧縮・非圧縮性流れの統一解法、および乱流モデルの構築を行った。また様々な検証計算によって手法の妥当性を確認した。これらの成果はMPS法による流体解析が取り扱える分野を大幅に拡大しうるものであると考えられ、システム量子工学の進歩に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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