学位論文要旨



No 124606
著者(漢字) 稲垣,健太
著者(英字)
著者(カナ) イナガキ,ケンタ
標題(和) MPS法を用いた固体解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 124606
報告番号 甲24606
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7040号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
 東京大学 准教授 酒井,幹夫
内容要旨 要旨を表示する

製品開発において、その健全性を評価するために構造解析がなされている。従来、構造解析には主として差分法や有限要素法に代表されるメッシュ法が使われてきた。こうした手法においては、コネクティビティ情報を必要とするメッシュデータの作成に多大な労力がかかる。またメッシュが大きく変形するような解析が困難であったり、リメッシングを行う必要がある場合に計算負荷が大きくなるため、適用範囲に限界があった。近年、越塚-岡により開発されたMoving Particle Semi-implicit(MPS)法は、連続体を粒子で記述し、構成方程式を粒子間の相互作用モデルで置き換えて解析を行う手法である。MPS法の利点は接触、大変形、破壊を容易に取り扱うことができることである。これを踏まえ、固体の解析対象に対しMPS法を適用することで従来の手法では困難であった現象を効率的に解析する手法を開発する。具体的には弾性および剛体の接触解析手法を用いたコンクリートキャスクの地震応答解析、弾塑性解析手法の開発とキャスクの弾塑性解析、破壊シミュレーションと可視化である。

MPS法を用いた効率的な接触解析手法を開発した。従来の有限要素法のような格子を使用する解析では,構造物同士の接触を効率よく計算することが困難であった。一方、個別要素法では,構造物を剛体としてモデル化するため,構造物の変形を考慮できない。構造物の強度評価解析では,変形および接触を扱う必要がある。また,一般的な構造物は,剛性の異なる材料で構成されることが多く,すなわち,ヤング率が大きな材料と小さな材料を同時に解析する必要がある。この場合,ヤング率が大きな材料に合わせて時間刻みを小さく設定する必要があるため,計算時間が莫大になってしまう。これまでの手法では,上記のような構造物の変形,破壊および接触を計算することや剛性が著しく異なる材料で構成される構造物を効率よく計算できなかった。これらの問題を解決するため,MPS法による衝突解析手法を開発した。ヤング率が比較的小さな部位を弾性体でモデル化し,ヤング率が大きくなる部位を剛体としてモデル化する弾性体-剛体連成手法を用いることで計算の効率化がなされた。また床面を粒子ではなく1つの大きなポリゴンと仮定し、相互作用モデルを構築することで解析に必要な粒子数を少なくした。これらにより剛体近似を使用しない場合に比べて数倍の計算の高速化が実現された。

本手法をコンクリートキャスクの地震応答解析に適用した。コンクリートキャスクの構成要素であるコンクリート容器、キャニスター、鉛の蓋、使用済み燃料棒を粒子を用いて2次元でモデル化した。神戸波を入力として用い、キャスクの傾斜角,浮上りおよび水平方向すべりの算定を行った。過去の実験および解析の結果と本解析の結果を比較し,これらの値がおおよそよく一致することを確認した。またガタがある場合とガタがない場合では,ガタがある場合において角度,浮上り,すべりが小さく抑えられる結果となった。これはガタがある場合においてキャニスター貯蔵容器間で接触が起こりエネルギーの散逸が起こり,角度やずれが小さくなるためと考えられる。また,鉛直方向の浮上りが減少することにより,地面からの摩擦が働き水平方向へのすべりが小さくなるものと考えられる。ガタを導入することによりコンクリート容器の揺れやすべりが押さえられるという傾向は過去に行われた実験結果と定性的に一致した。これらのことから本手法がコンクリートキャスクの地震応答解析に適用可能であることが示された。今後,3次元化や詳細な形状のモデル化を施した解析を行い,検討する必要がある。

MPS法による弾塑性解析手法を開発した。本研究で開発した弾塑性解析モデルおよびアルゴリズムは,次のとおりである。粒子間の相対位置から剛体回転成分を除去したものにMPS法のgradientモデルを適用して各粒子位置でのひずみテンソルを計算する。ひずみと応力の関係は増分形式で記述する。まず弾性状態を仮定し仮の応力を計算し降伏診断を行う。降伏と判断された場合,Von-Misesの降伏関数を仮定した基礎式を用いる。応力ひずみ曲線がbi-linearであると仮定し,後退型Euler積分法を適用して解き応力を評価する。応力を偏差成分と圧力成分に分割し粒子の加速度を計算する。その際,圧力成分では反発力しか働かなくすることで計算の不安定性を回避する。この手法によって弾塑性体の挙動を常に安定して解析することが可能となった。また、接触計算を行う時に粒子の近傍関係から法線ベクトル方向を近似的に求め、反発力がその方向に働くモデルを開発した。これにより物体表面で粒子の凹凸が影響してしまうという問題を解決した。

本手法の妥当性を検証するために2種類の数値解析を実行した。内圧のある円管の解析に適用し,理論解と比較してその妥当性を検証した。本体系では,任意形状の粒子配置についても検討した。その結果、形状の再現性に優れた粒子配置を用いることで結果の精度が向上することが確認された。また,本研究で開発したMPS法による弾塑性解析手法を圧縮変形解析に適用し,既往の文献で報告されている体系について、有限要素法およびSmoothed Particle Hydrodynamics法から得られた結果と比較した。本研究で開発した手法により得られた結果は,既往の文献の結果と一致した。

また、原子力発電所で発生する使用済み核燃料の輸送に用いられる輸送用キャスクのフィンの大変形解析に本手法を適用した。これらの輸送用キャスクには周囲に除熱性能と強度を得るために放射状にフィンが取り付けられている。輸送用キャスクの落下事故が発生し、フィンが地面と接触し大変形する様子の解析を行った。フィンの一つを切り出したものを試験体とし、上部にハンマーを衝突させることで落下事故を模擬した。初期形状でのフィンの傾斜が0度、10度、20度、40度の4ケースで計算を行った。0度、10度の場合でダブルヒンジモードの変形が起こり、20度と40度のケースではシングルヒンジモードの変形を示した。この結果は過去に行われた実験結果と定性的に一致するものであった。

以上より,本手法の妥当性と大変形問題への適用可能性が確認された。今後の課題として解析精度の向上,大変形解析への適用が考えられる。

MPS法を用いた破壊解析とその可視化手法の開発を行った。近年の計算機の大容量化に伴い,数値シミュレーションは産業界で広く用いられ、様々な分野に応用されている。その応用として防災シミュレータがある。これは地震や津波などの災害による建造物への被害を解析する手法として用いられる。もう一つの応用として外科手術シミュレータがある。メスの動きなどの入力に対して臓器の物理的に正しい挙動をシミュレーションし、その結果を出力としてユーザに伝達するごとでメスの医師のトレーニングや手術の方針決定のツールとして使われる。これらの技術においては物体の破壊を高速に解析する手法およびその可視化手法の開発が必要である。そこで構造解析において、従来のメッシュを用いる手法では取り扱いが困難だった破壊現象の解析にMPS法を適用するための手法の開発とその検証を行った。

従来の粒子法における破壊解析手法では破壊断面の法線方向が粒子の相対位置ベクトルに限定されてしまう、表面の粒子が飛び散ってしまう、という2つの問題点があったが、セパレーションテンソルを導入することによりそれらを解決した。セパレーションテンソルは粒子に働く応力から慣性項となる成分を除去したものである。破壊診断にこれを用いることで上記の問題点が解決された。本手法を円環の衝撃破壊解析に適用し、実験結果と比較した。それらが良い精度で一致していることを確認した。

粒子法における破壊解析をそのまま可視化しても写実的な映像が作れない。この問題を解決するために可視化手法の開発を行った。以下にその手法を述べる。まず、ポリゴンを入力とし、それをレイキャスティング法によって粒子化する。その際粒子とポリゴンノードの相対位置を記憶しておく。次に、粒子法によって解析を行う。その結果を用いてに各粒子における変形勾配テンソルを最小自乗近似を用いたモデルで計算し、それを用いてポリゴンノードの相対位置を計算する。これにより粒子の変形にともなってポリゴンノードが移動することで変形をポリゴンで描写することができる。また破壊が発生した場合にはそこに新たなノードとポリゴンを生成することで破壊を含む現象を可視化する。本手法により物体の剛性によらず動的な破壊現象をリアリスティックに可視化することが可能となった。

以上の研究により、従来手法では困難であった接触、大変形、破壊を含む現象の粒子法による効率的な解析が可能となった。また、解析例によってその有効性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はMPS法を用いた固体解析に関する研究で、5章より構成されている。

第1章は序論で、研究の背景と目的が述べられている。従来、構造解析には主として差分法や有限要素法に代表されるメッシュ法が使われてきた。こうした手法においてはメッシュデータの作成に多大な労力がかかる。またメッシュが大きく変形するような解析が困難であったり、リメッシングを行う必要がある場合に計算負荷が大きくなる。Moving Particle Semi-implicit(MPS)法は、連続体を粒子で記述し、構成方程式を粒子間の相互作用モデルに置き換えて解析を行う手法である。MPS法の利点は接触、大変形、破壊を容易に取り扱うことができることである。これを踏まえ、固体解析に対しMPS法を適用することで従来の手法では困難であった接触、大変形、破壊を含む現象を効率的に解析する手法を開発することが研究の目的であるとしている。

第2章ではMPS法を用いた効率的な接触解析手法を開発した。従来の有限要素法のような格子を使用する解析では、構造物同士の接触を効率よく計算することが困難であった。また、一般的な構造物は剛性の異なる材料で構成されることが多く、ヤング率が大きな材料に合わせて時間刻みを小さく設定する必要があるため、動的解析では計算時間が莫大になってしまうという問題があった。そこで、ヤング率が比較的小さな部位を弾性体でモデル化し、ヤング率が大きくなる部位を剛体としてモデル化する弾性体-剛体連成手法を提案した。

本手法をコンクリートキャスクの地震応答解析に適用した。コンクリートキャスクの構成要素であるコンクリート容器、キャニスター、鉛の蓋、使用済み燃料棒を粒子によって2次元でモデル化した。このうち、コンクリート容器のみを弾性体、その他の剛体として扱う。神戸波を入力として用い、キャスクの傾斜角,浮上りおよび水平方向すべりの算定を行った。過去の実験および解析の結果と本解析の結果を比較し、これらの値がよく一致することを確認した。またガタがある場合とない場合では,ガタがある場合において角度、浮上り、すべりが小さく抑えられる結果が得られた。本手法がコンクリートキャスクの地震応答解析を効率的に行えることが示された。

第3章ではMPS法による弾塑性解析手法を開発した。開発した手法では、ひずみと応力の関係を増分形式で記述する。まず弾性状態を仮定し仮の応力を計算し降伏診断を行う。降伏と判断された場合、Von-Misesの降伏関数を仮定した基礎式を用いる。応力ひずみ曲線がbi-linearであると仮定し、後退型Euler積分法を適用して応力を評価する。応力を偏差成分と圧力成分に分割し粒子の加速度を計算する。その際,圧力成分では反発力しか働かなくすることで計算の不安定性を回避する。本手法によって弾塑性体の挙動を常に安定して解析することが可能となった。

本手法の妥当性を検証するために原子力発電所で発生する使用済み核燃料の輸送に用いられる輸送用キャスクのフィンの大変形解析を行った。フィンの一つを切り出したものを計算体系とし、初期形状でのフィンの傾斜が0度、10度、20度、40度の4ケースで計算を行った。0度、10度の場合でダブルヒンジモードの変形が起こり、20度と40度の場合ではシングルヒンジモードの変形を示した。この結果は過去に行われた実験結果と一致した。以上より、本手法の大変形問題への適用性が確認された。

第4章ではMPS法を用いた破壊解析とその可視化手法の開発を行った。こうした技術は防災シミュレータや外科手術シミュレータなどへの応用を想定している。本研究ではセパレーションテンソルを導入することにより、任意の向きの破壊面を扱える安定な手法を開発した。本手法を円環の衝撃破壊解析に適用し、実験結果と良い精度で一致していることを確認した。

さらに、粒子法における破壊の解析結果を写実的に可視化する手法の開発を行った。まず、ポリゴンを入力とし、それをレイキャスティング法によって粒子化する。その際粒子とポリゴンノードの相対位置を記憶しておく。次に、粒子法によって解析を行う。その結果を用いてに各粒子における変形勾配テンソルを計算し、ポリゴンノードの相対位置を決定する。これによって変形をポリゴンで描画することができる。また破壊が発生した場合には、そこに新たなノードとポリゴンを生成することで破壊を含む現象を可視化する。本手法により剛性の大きい物質および小さい物質の動的な破壊現象を写実的に可視化することが可能となった。

第5章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。

以上を要するに、本研究では従来手法では困難であった接触、大変形、破壊を含む現象に対して、粒子法による効率的な解析手法を開発した。また、計算例によってその有効性を示した。こうした成果はシステム量子工学の進歩に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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