学位論文要旨



No 124608
著者(漢字) 淡路,俊作
著者(英字)
著者(カナ) アワジ,シュンサク
標題(和) ICP-MSを用いた高精度多元素同時分析法による海底鉱物資源中の希少金属元素の分布と濃集機構の解明
標題(洋)
報告番号 124608
報告番号 甲24608
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7042号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,泰浩
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 縄田,和満
 東京大学 教授 矢野,雄策
 高知大学 教授 臼井,朗
内容要旨 要旨を表示する

レアメタルと呼ばれる希少金属元素は,ハイテク産業において必要不可欠な元素である.科学技術の発展によって,様々な種類のレアメタルが製品に用いられるようになってきており,経済産業省によってレアメタルに指定されている元素は現在47元素と天然に存在する元素の半分以上がこのレアメタルにあたる.しかし,このレアメタル資源は特定の国に偏在していることから,供給構造が極めて脆弱であるという問題点を抱えている.最先端産業を核として経済成長してきた我が国にとって,レアメタルの安定確保は極めて重要な課題といえる.近年,そのことを背景に海底鉱物資源がレアメタルの供給源として再度脚光を浴びており,開発に向けた動きが本格化している.深海底にはマンガン団塊やコバルトリッチクラストといった鉄やマンガンの酸化物を主要成分とする鉱床や,海底熱水性鉱床と呼ばれる鉄や銅,亜鉛,鉛の硫化物を主要成分とする鉱床が存在している.これらの海底鉱物資源は,陸上の資源に劣ることのない品位と埋蔵量を誇るにも関わらず,深海底での開発という技術的な難しさから未開発のままである.陸上の資源が産出国の政治情勢に極めて左右されやすいのに対して,海底資源は日本の排他的経済水域(EEZ)内であれば,主導的な開発が可能であり,また公海上であっても国連海洋法条約に準じた形での開発を行うことができるため,安定した供給が期待できるという利点がある.日本の近海においても海底熱水性鉱床やコバルトリッチクラストなどの有望な海底資源が相当量賦存していることが知られている.しかし,これら様々なタイプの鉱床についての主要元素のデータは数多く存在するものの,レアメタルについては今までほとんど注目されてこなかったため分析データが不足しており,レアメタル資源としての経済的評価を行う段階に入れないのが現状である.そこで本研究では,硫化物鉱床や酸化物鉱床などの様々な鉱石試料に適用が可能であり,あらゆる金属元素の分析を簡易かつ網羅的に行うことができる汎用性の高い手法の開発を行うことを第1の研究目的とした.そして,本研究によって開発された手法を様々なタイプの海底鉱物資源に適用することによって,海底鉱物資源におけるレアメタルの濃集度と濃集機構の解明を第2の研究目的とした.

本分析手法は,近年急速に普及の進んでいる誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)のみを用い,レアメタル44元素を含む全61元素の高精度同時分析を可能とする.ICP-MSは高感度で幅広いダイナミックレンジを有することから,鉱石試料中の微量元素の同時分析に最適な分析装置であるといえる.本分析手法の特長として,以下の3つが挙げられる.(1)酸分解を用いた試料の溶液化の過程において,フッ酸,硝酸,過塩素酸を組み合わせた90℃以下での低温加熱によって揮発性元素の損失を防ぎ,それに続く硝酸,塩酸,フッ酸を用いた処理によって測定元素全てを溶液中に安定保持することが可能となった.(2)特定元素の濃縮や分離などの技術を一切用いず,全61元素を完全に同時分析するため,極めて迅速かつ低コストの分析手法である.(3)微量元素の同時分析においてもっとも注意を必要とする酸化物や2価イオンなどによるスペクトル干渉の補正に,適切な算術的な手法を採用することで高精度同時分析が実現できた.

本研究によって開発された分析手法を海底鉱物資源として有望であると考えられる(i)鉄マンガン団塊,(ii)鉄マンガンクラスト(コバルトリッチクラスト),(iii)中央海嶺系海底熱水鉱床,(iv)島弧背弧系海底熱水鉱床,(v)含金属堆積物の5種類に適用した結果,以下のことが明らかとなった.

(1)酸化物鉱床である鉄マンガン団塊およびクラストは,ほとんどの元素において地殻存在度を上回る濃集が認められた.鉄マンガンクラストは海水からの鉄マンガン酸化物の沈殿によって形成され,その際に海水から様々な微量元素を吸着する.その成長速度は100万年に数mm程度と極めて遅く,この遅い堆積速度がレアメタルの高い濃集度の要因である.一方,鉄マンガン団塊は海水からの沈殿と間隙水からの沈殿の混合によって形成される.鉄マンガン団塊はクラストに比べて,間隙水からの供給によりNi,Cu,Zn,Cdなどの卑金属に高い濃集度が認められ,Mn,Tl,Sbといったレアメタルにわずかに富む.これに対して,Te,Pt,Co,Bi,Pb,Rh,W,REEなど多くのレアメタルについては,鉄マンガンクラストの方が高い濃集度を示すことが明らかになった.クラストについてフィリピン海域の試料と太平洋域の試料とで比較すると,前者は希土類元素(REE)を除く多くのレアメタルの品位が著しく低い.フィリピン海域は大陸から近いため砕屑物成分の混入が多く,それによって成長速度が速まり濃集度が低下していると考えることができる.一方,太平洋域について見てみると,VRh,Te,W,Ir,Ptなどの有価金属において水深が浅いほど濃集度が高いという傾向が認められる.また,地域ごとの濃集度には有意な差は認められなかった.これらのことから,日本のEEZ内である南鳥島周辺海域が開発対象としてもっとも有望な海域であると考えられる.

(2)中央海嶺系および島弧背弧系海底熱水鉱床の硫化物試料についてはCu,Zn As,Se,Rh,Pd,Ad,Cd,Sb,Te,Re,Ir,Au,Pb,Biといった元素で高い濃集度を示すのに対して,Ti,Y,Zr,Nb,Cs,REE,Thなどの含有量が著しく低いという,酸化物鉱床とは対照的な濃集パターンを示す.また組成のばらつきが極めて大きく,鉱床の品位の評価には十分な分析データの蓄積が必要であるといえる.中央海嶺系に一般的な塩基性岩を母岩とする硫化物試料にはCu,Te,Se,In,Moなどの元素が濃集しているのに対して,酸性岩や堆積岩が熱水の母岩となっている島弧背弧系の試料はPb,Sb,As,Tl,Bi,Cd,Au,Ag,Snなど多様なレアメタルに高い濃集度を示すことが分かった.また,中央海嶺系でも超塩基性岩を母岩とする熱水鉱床の硫化物試料において,多くのレアメタルで一般的な中央海嶺系の熱水鉱床と類似しているのに対して,Auにだけ特異的に高い濃集が認められた.

(3)含金属堆積物は,酸化物鉱床の一種と考えられるため,レアメタルの濃集パターンは鉄マンガン団塊/クラストに類似している.しかし,堆積物の成長速度は千年で数mm程度と鉄マンガン団塊/クラストと比較して1000倍程度速いため,多くのレアメタルの品位は低い.一方,Ceを除くREEの含有量についてのみ見てみると非常に濃集度が高く,鉄マンガン団塊/クラストに匹敵することが明らかとなった.

(4)鉄マンガン団塊/クラストの開発にあたって回収対象として検討されている元素(Co,Ni,Cu,Pt)のみで売鉱価格を試算すると鉱石1トンあたりそれぞれ30,000円および40,000円となるが,それにレアメタルも回収対象とすると売鉱価格はそれぞれ55,000円および87,000円と2倍程度になる.今後レアメタルの需要が増加することは間違いなく,将来的に回収対象元素を増やすという選択肢は十分にありうるであろう.また,海底熱水鉱床については,中央海嶺系の硫化物鉱床がCuに富むのに対して,島弧背弧系ではZn,PbやAu,Agを含めた多様なレアメタルに富むという特徴がある.単純な売鉱価格では,前者が80,000円程度であるのに対して,後者が60,000円程度という結果となった.ただし,島弧背弧系の熱水鉱床はバリエーションが大きく,鉱床ごとに大きく価値が異なる可能性が高い.本研究成果を生かした多量多元素の化学分析による品位の把握が開発にあたって重要となるであろう.含金属堆積物には,REE以外に有望なレアメタルが少ないため,全体的な売鉱価格は低く,鉄マンガン団塊/クラストと比較して5分の1程度である.しかし,泥であることの採掘の容易さや破砕処理が不要であること,精錬にかかる費用を抑えられる可能性が高いことなどの大きなメリットがあることから,含金属堆積物はREEに特化した資源として極めて有望であると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,海底鉱物資源に含まれるレアメタル44元素を含む全61元素をICP-MSを用いて高精度かつ迅速に同時分析する手法を開発することを第一の研究目的とした.本分析手法では,酸処理過程を改良することによって,様々なタイプの鉱石試料の溶液化が可能となり,それに伴う元素の揮発や沈殿による損失も抑えることに成功した.さらにICP-MSにおいて分析値への影響が懸念されるスペクトル干渉を算術的に補正する手法を確立したことによって,高精度の多元素同時分析が可能になった.

本研究によって開発された分析手法を,鉄マンガン団塊,鉄マンガンクラスト,中央海嶺系海底熱水鉱床,島弧背弧系海底熱水鉱床,含金属堆積物の5種類の海底鉱物資源に適用した.その結果,酸化物鉱床である鉄マンガン団塊/クラストはほとんどのレアメタルにおいて地殻存在度を上回る濃集を示すことが分かった.また,鉄マンガン団塊に比べて,クラストの方がほとんどのレアメタルにおいて高品位であった.さらに鉄マンガンクラストについて海域による濃集度を比較した結果,日本近海のフィリピン海域の試料は大陸からの砕屑物成分の混入の影響により,太平洋域の試料に比べて有意に品位が低いことがわかった.太平洋域の試料について見てみると,レアメタルの濃集度は海域の違いには依存せず,むしろ水深に依存することが示された.日本のEEZ内である南鳥島周辺海域が開発対象としてもっとも有望な海域であると考えられる.開発に際しては,回収対象にレアメタルも加えることで売鉱価格は2倍にもなることが分かった.

一方,海底熱水鉱床の硫化物試料は,極めて高い濃集度を示す元素と著しく低い元素との差が大きく,酸化物鉱床とは対照的な濃集パターンを示すことが分かった.中央海嶺系に一般的な塩基性岩を母岩とする熱水鉱床と比較して,酸性岩および堆積岩を母岩とする島弧背弧系の熱水鉱床は多様なレアメタルに高い濃集度を示す.また,中央海嶺系でも超塩基性岩を母岩とする熱水鉱床では,一般的な中央海嶺系の熱水鉱床と比較して特異的に高いAuの濃集が認められた.硫化物鉱床は組成にばらつきが大きいため,鉱床品位の把握には本研究成果を生かした多元素の化学分析データの蓄積が必要であると言える.

含金属堆積物は酸化物鉱床の一種と考えられるため,レアメタルの濃集パターンは鉄マンガン団塊/クラストに類似している.しかし,多くのレアメタルの品位は低い.一方,Ceを除くREEの含有量は非常に高く,鉄マンガン団塊/クラストに匹敵することが明らかとなった.泥であることの採掘の容易さや破砕処理が不要であることなどを考慮すると,含金属堆積物はREEに特化した資源として極めて有望であると言える.

よって,本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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