No | 124611 | |
著者(漢字) | 氷室,蓉子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒムロ,ヨウコ | |
標題(和) | 高機能ポリマーメディエータを基盤としたバイオセンサー | |
標題(洋) | Synthesis of high Performance Polymeric Mediators and Evaluation of Biosensors based on them | |
報告番号 | 124611 | |
報告番号 | 甲24611 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博士第7045号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | マテリアル工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 酵素は基質の酸化還元、脱水素反応などを触媒するが、これらの反応は同時に電子授受反応でもある。酵素固定化型アンペロメトリックバイオセンサーは、酵素を電極上に固定化し、いくつかの電子授受反応を解して酵素と電極間の電子移動を行い、電流値を計測し基質の定量を行うセンサーである。分離操作を必要とせず小型化、迅速な測定が可能、という点から、医療や環境計測での応用が期待されている。本研究では電子授受反応を仲介するものとして電子メディエータを採用している。 使い捨てのセンサーであれば電極上に酵素やメディエータを固定化(水不溶化)する必要はない。しかしながら繰り返し使用するセンサーやマイクロデバイス(ほかのセンサーを汚染してはならない)への応用を想定した場合、酵素やメディエータを担体に固定化し水不溶化することが求められる。メディエータは化学架橋により電子授受能力が失われることはほとんどないが、酵素はたんぱく質であるため、化学架橋などにより立体構造が変化し、失活する恐れがある。一方、一度架橋すれば熱などの刺激で立体構造が変化することを防ぐため、活性が維持されるという表裏一体の利点もある。 筆者は、メディエータ兼酵素固定化担体としての機能を持つポリマーメディエータを合成することを考案した。ポリマーをメディエータとして機能させるには一定比率以上のメディエータユニットを導入する必要がある。また、試料として水溶液を用いるためハイドロゲル構造をとるポリマーが望ましい。分子構造、モノマー配列などポリマーにメディエータユニットを導入する際のパラメータを考え、酵素固定化にも影響しない分子設計を行った。そこで、本研究では新規なバイオセンサー用ポリマーメディエータを創成するために酵素-メディエータ-カーボン電極間の電子授受について検討し、また酵素固定化担体としての機能についても検討した。 2.フェロセンを有するポリマーメディエータを用いたバイオセンサーの創製 2.1 目的 フェロセンは酸化還元メディエータとして広く知られている物質であり、ビニルフェロセン(VFc)はビニル基を持ち付加重合によりポリマーを得られるフェロセン誘導体である。共重合体としてハイドロゲルかつ水不溶性ポリマーを形成する2-ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)を用いた。序論で述べたようなポリマーメディエータの合成を期待し、poly(VFc-co-HEMA) (PVH)(図1)を用いたグルコースセンサーを作成し、メディエータ能と酵素固定化担体としての評価を行った。 2.2 実験方法 2.2.1 PVHの合成と電気化学特性評価 PVHは仕込み比75:25 ,ラジカル共重合により合成し、リン酸緩衝性食塩液(PBS)中でサイクリックボルタメトリー(CV)により電気化学特性を評価した。 2.2.2 グルコースセンサーの作製とグルコース濃度測定 グラッシーカーボン電極上にPVH膜を形成し、ヘキサンジアミン (HMDA)とグルタルアルデヒド(GA)を用いてグルコースオキシダーゼ(GOx)を固定化した。 グルコース応答電流の測定はリン酸緩衝性食塩液(PBS)中で、任意量のグルコース溶液を加えて行った。酵素とメディエータとの電子授受効率を間接的に評価するため、測定試料中の溶存酸素濃度の調節を行った。 2.2結果と考察 2.3.1 PVHの合成と電気化学特性評価 VFcはラジカルを捕捉し重合を止めやすいという性質があるため、仕込み比に対しモル分率が低くなった。仕込み比75:25のVFcモル分率は0.27、数平均分子量(Mn)は3.7×104、分子量分布は1.2、収率は15%であった。吸水すると40%程度の重量増加が観察された。 PVHのCVを行ったところ、2回目の走査でフェロセンの酸化還元電位付近に鋭い電流値ピークがみられた。図2にCVを示す。標準電極電位はE0=0.38V (vs. Ag/AgCl)、走査速度が上がるにつれて酸化還元ピーク電位の差が大きくなった。 2.3.2 グルコースセンサーの作製とグルコース濃度測定 図3にPVHをポリマーメディエータとして用いたセンサーの溶存酸素濃度の違いとグルコース応答電流値の相関を示す。溶存酸素濃度が高くなるにつれて、閾値が高くなる傾向が見られた。センサー上の酵素の近辺に酸素分子とPVHが存在している場合、酸素が先に酵素の電子授受に寄与し、酸素の反応が飽和状態に達したあとPVHと酵素の電子授受が始まったと考えられる。 最後に1日ごとにグルコースの測定を行った。化学架橋で酵素を固定化する手法の利点は、酵素の立体構造が保持されpH変化や高温における酵素の立体構造の変化および失活を防ぐことである。図4では室温(23℃)において180 mg/dLにおけるグルコース応答電流値測定を行った結果を示し、図5では体温と同程度の温度(37℃)において測定を行った結果を示す。HMDAとグルタルアルデヒドのSchiff結合により、酵素が安定的にセンサー上に固定化され、14日間のグルコース測定を行うことができたと考えられる。 3.キノンを有するポリマーメディエータを用いたバイオセンサーの創成 3.1目的 酸化還元型酵素の場合、自然界では酸素が電子授受の担い手である。酸素は分子量32g/molの低分子物質であり、拡散速度が速く、酸素の影響を完全に取り除くことは難しい。第2章ではフェロセン系のメディエータについて扱ったが、溶存酸素存在下において酵素はフェロセン分子よりも先に酸素と反応した。本章ではハイドロキノン系メディエータを使ったグルコースセンサーについて議論する。 ハイドロキノンは生体内の酸化還元をになう物質である。酵素との電子授受速度が速く、溶存酸素存在下において、低グルコース濃度領域でも応答電流が生じることが確認されている。しかし、ハイドロキノンは水溶性でセンサーに固定化することが困難であった。本研究では、ポリマーの側鎖にハイドロキノン誘導体を結合させることで固定化し、メディエータとして使用することを試みた。 3.2 実験方法 3.2.1 PDAMの合成と電気化学特性評価 まず、バックボーンポリマーとしてメタクリル酸(MA)とHEMAの共重合体であるpoly(MA-co-HEMA)を仕込み比60:40でラジカル重合により合成した。MAのカルボキシル基に2,5-ジヒドロキシアニリンを結合し、PDAMを得た(図6)。CVによりPDAMの電気化学特性を評価した。 3.2.2 グルコースセンサーの作製とグルコース濃度測定 グラッシーカーボン電極上に PDAM膜を形成し、HMDAとGAを用いてGOxを固定化した。その後PVHを用いたセンサーと同様にグルコース濃度測定を行った。 3.3 結果と考察 3.3.1 PDAMの合成と電気化学特性評価 仕込み比60:40のpoly(MA-co-HEMA)のMAモル分率は0.57、MAのカルボキシル基の2,5-ジヒドロキシアニリン置換率は0.88であった。PDAMのCVを行ったところ、-0.19 Vに酸化電流ピーク、-0.35 Vに還元電流ピークが見られた(図7)。 3.3.2グルコースセンサーの作製とグルコース濃度測定 図8にPDAMをポリマーメディエータとして用いたセンサーの溶存酸素濃度の違いとグルコース応答電流の相関を示す。閾値が見られず、溶存酸素濃度が高くなると電流密度/グルコース濃度の傾きが小さくなる傾向が見られた。酸素の影響を完全に免れることはできないがセンサー上の酵素の近辺に酸素分子とPDAMが存在していても、酵素の電子授受がおこったと考えられる。ただし、空気中と平衡な溶存酸素濃度(8-10 mg/L)において、グルコース濃度50 mg/dLでグルコース応答電流が飽和するという現象が見られた。 図9に24時間ごとに42 mg/dL におけるグルコース応答電流値測定を行った結果を示す。電流密度が次第に下降していくものの、補正を行えば十分使用可能であると考えられた。 4.PVHとPDAMの電気化学特性比較および酵素固定化担体としての機能比較 図10はPVHの、図11はPDAMのpHを変化させたCVを示している。PVHの酸化還元電位はプロトン濃度に依存しないが、PDAMのそれはプロトン濃度によって変化することがわかった。これはPDAMがヒドロキノンと同じ酸化還元機構を持つことを裏付ける結果である。また、ピーク電流値の大きさもプロトン濃度によって変化した。電子移動反応がプロトンに依存することがPDAMの特徴である。 PVHとPDAMはメディエータの種類は異なるが、HEMAを一成分とした共重合体である。両者の酵素固定化担体としての機能を比較したところ、どちらも酵素の流出が少なく、また酵素の活性が維持されグルコースセンサーとしても繰り返し測定において安定した電流値特性を得ることができた。 理想的なポリマーメディエータとは、酵素固定化能を持ち、電極との密着性が高く、電子移動反応がほかの物質に依存したり妨害を受けたりしないポリマーメディエータである。すべての条件を満たしたポリマーメディエータを得ることは難しいが、PVHとPDAMは用途によって使い分ければ適切なポリマーメディエータとして使えると考えられる。 以上の結果より、電極上に固定化でき、酵素の固定化担体となり、繰り返し測定可能な2種類の高機能ポリマーメディエータが創成できた。 図1 PVHの構造 図2PVHのCV 図3PVHを用いたセンサーによる、異なる溶存酸素濃度条件下でのグルコース濃度測定結果 図4 23℃において180mg/dLのグルコース応答電流値測定を1日ごとに行った結果 図5 37℃において180 mg/dLのグルコース応答電流値測定を1日ごとに行った結果 図6 PDAMの構造 図7 PDAMのCV 図8 PDAMを用いたセンサーによる、異なる溶存酸素濃度条件下でのグルコース濃度測定結果 図9 23℃において、42mg/clLのグルコース応答電流値測定を1日ごとに行った結果 図10 pHを変化させたPVHのCV 図11 緩衝液のpHを変化させたPDAMのCV | |
審査要旨 | 酵素固定化型アンペロメトリックバイオセンサー(以下、バイオセンサーと称する)は、酵素の基質特異性を利用して、酵素触媒反応における消費物もしくは生成物を電流値として計測し基質の定量を行うセンサーである。酸化還元酵素と電極間の電子移動を、電子メディエータを介して行うタイプのバイオセンサーは、反応生成物の濃度に依存せずに測定が可能であることから、医療や環境計測で応用されている。特に、同時多項目測定用マイクロデバイスや生体内埋め込み型マイクロセンサーへの応用を想定した場合、微小領域に活性な酵素を高密度に固定化する必要性、さらには酵素とメディエータを担体に固定化し溶出を防ぎ長時間、繰り返しの使用に対する安定性を確保することが求められる。これは、メディエータ機能を有し、かつ酵素固定が可能なポリマーを担体とすることにより解決されると考えた。そこで本研究では、メディエータ機能を効率よく発現し、酵素を固定化できるポリマーを、分子構造、モノマー配列などに着目し分子設計した。またバイオセンサーの機能についても検討した。 本学位請求論文は全体で5章から構成されている。 第1章では、バイオセンサーの要素技術、最近のバイオセンサーの発展の動向を解説し、特に繰り返し使用センサー、微小領域に酵素を固定化する必要のある同時多項目測定デバイスや埋め込み型センサーへの応用を想定した場合の酵素とメディエータの固定化の重要性について述べている。また、酵素やメディエータの固定化についてほかの研究者の試みとメディエータの漏れや酵素の失活といった問題点を検討し、本研究の背景および意義となる部分を述べている。 第2章では、vinylferrocene (VFc)をメディエータユニットとして用い、ハイドロゲルの材料として知られる2-hydroxyethyl methacrylate (HEMA)あるいは疎水性モノマーの材料として知られるn-butyl methacrylate (BMA)を共重合モノマーとして用いたpoly(VFc-co- HEMA) (PVH), poly(VFc-co-BMA)(PVB)の合成と電気化学特性評価、酵素固定化担体としての機能、繰り返し測定用センサーとしての安定性についてまとめている。合成したPVHは吸水しハイドロゲルとなり、メディエータユニット比率が0.27と低いにもかかわらずポリマーメディエータ-電極間の電子移動反応が見られているが、PVBでは電子移動反応が見られず、ハイドロゲルを形成することがポリマーメディエータとして適当な要素であると結論している。グルコース酸化酵素(GOx)は、PVH表面に1,6-hexamethylenediamine(HMDA)とglutaraldehyde(GA)を用いた化学架橋により酵素の溶出を抑制し固定化されることを見出した。PVHはグラッシーカーボンとの密着性もよく、GOxを固定したグルコースセンサーでは2週間にわたって安定したグルコース応答電流が確認できている。ただし、大気下での平衡溶存酸素濃度におけるグルコース濃度測定では、25 mg/dL以下でのグルコース応答電流が見られなかった。この閾値濃度は、溶存酸素濃度が高いほど高くなる傾向があり、この現象はメディエータユニットであるビニルフェロセンの酸化還元特性に由来すると結論している。 第3章では、ハイドロキノンの誘導体である2,5-dihydroxyaniline (An(OH)2)をメディエータユニットとして用いたpoly((2,5-dihydroxyphenyl)-methacrylamide-co-HEMA) (PDAM)の合成と電気化学的評価、酵素固定化担体としての機能、繰り返し測定用センサーとしての安定性についてまとめている。ハイドロキノンがラジカルの捕捉剤として機能することを考慮し、バックボーンポリマーとなるpoly(methacrylic acid-co-HEMA)の合成を行い、メタクリル酸のカルボキシル基にアミノ基を持つ(An(OH)2)を結合し、ポリマーメディエータ(PDAM)を得ている。ハイドロキノンには酸化還元にかかわるヒドロキシル基が2個存在し、PDAMはポリマーメディエータと電極間の2電子移動反応を示している。PDAMはPVHと同様に塗布し乾燥するだけでグラッシーカーボン電極上に固定化でき、HMDAとGAを用いた化学架橋によりGOxを固定化でき、グルコースセンサーは2週間にわたって安定したグルコース応答電流を確認できた。HEMAを用いたハイドロキノン系のポリマーメディエータにおいても、ハイドロゲルを形成する共重合体として、酵素固定が可能であることも確認している。また、大気下での平衡溶存酸素濃度における測定では、グルコース濃度の閾値が見られず、この現象はメディエータユニットである(An(OH)2)の酸化還元特性に由来すると結論している。 第4章では、PVHとPDAMの電気化学特性を比較し、また両者の酵素固定化担体としての機能を比較している。酵素の溶出が少なく、また酵素の活性が維持されグルコースセンサーとしても繰り返し測定において安定した電流値特性を得ることができる固定化方法は、メディエータの種類によらずHEMAを一成分とした共重合体を固定化担体とした化学架橋型の固定化により実現されることを示した。 第5章は、電極上に固定化でき、酵素の固定化担体として機能するポリマーメディエータの創成に関する総括である。メディエータの溶出を抑制するための解決策としてのポリマー化の提示と、ポリマーを酵素固定化担体として酵素の溶出をも抑制する技術は、酵素センサーの基盤技術として利用できると結論している。 本研究は、メディエータユニットを持ち電極への固定化が容易で酵素固定化担体としても機能するポリマーメディエータについて系統的に検討しており、バイオセンサーを繰り返し測定センサー、同時多項目測定デバイス、埋め込み型センサーに使用する場合に問題となる酵素やメディエータの溶出を抑制する解決策を提示している。酵素固定化担体としてのポリマーメディエータの確立は、バイオマテリアルとしての有用性を示せたものであり、医療デバイスや環境計測の発展にマテリアル工学の観点から大きな貢献をもたらすものと評価できる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |