No | 124612 | |
著者(漢字) | 松下,智紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツシタ,トモノリ | |
標題(和) | GaP副格子交換エピタキシーの研究とその波長変換素子への応用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124612 | |
報告番号 | 甲24612 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7046号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | マテリアル工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 分光、リモートモニタリング、センシングの分野において、指紋領域と呼ばれる近赤外から中赤外領域(1 μm - 20 μm)で小型かつ広い波長可変域を有する中赤外コヒーレント光源が渇望されている。このコヒーレント光源を実現する手段として、差周波発生(difference frequency generation: DFG)および光パラメトリック発振(optical parametric oscillation: OPO)などの非線形光学効果を利用した下方波長変換が期待されている。 GaPはこの中赤外コヒーレント光源用の波長変換材料としてきわめて有望である。まず、二次非線形光学定数が70 pm/Vと比較的大きく、透明領域が0.55 μm-2 μmまで広く透明である。さらに、1.064 μmの二光子吸収係数が0.011 cm/GWで、1.0 μm帯において光学損傷が問題となっているGaAsと比べると3桁も小さく、1.0 μm帯ポンプ光の二光子吸収に起因した光学損傷を回避可能である。そこで、1.02 μm-1.1 μmの間で単一縦モードcw発振する固体レーザYb:YAGをポンプ光源として採用し、GaPをOPOの波長変換素子材料として組み合わせることで、超小型で中赤外領域において超広帯域波長可変光源を実現できる。また、GaPはSiとほぼ格子整合するために、Si基板上にGaP波長変換素子とSi電子デバイスをモノリシック集積化することが可能である。このようにGaPは利点が多いにもかかわらず、波長変換材料として用いられてこなかった。これは、GaPが閃亜鉛鉱構造であり光学的等方性を有するがゆえに複屈折位相整合を達成できないためである。近年、GaAsは副格子交換エピタキシーという空間反転結晶を得る成長技術により、擬似位相整合(quasi phase matching: QPM)波長変換素子の道が開かれ、さまざまな波長変換に利用されはじめている。 そこで本研究では、GaPにおいて副格子交換エピタキシーを実現することと、さらにGaPベースのQPM波長変換デバイスを作製してGaPの非線形光学材料としての高い潜在能力をしめすこと、さらにGaPベースの新規波長変換デバイスの提案を行うことを目的とした。 副格子交換は、GaAsなどIII-V族化合物半導体のエピタキシャル成長中にGe等のIV族原子を数原子層挿入することで、GaとAsの副格子配列を変えようとするもので、GaAs/Ge/GaAsへテロ構造にて達成される。GaP系材料にこれを適応するためには、ほぼ格子整合(格子不整合量0.4 %)するSi層を中間層として採用し、GaP/Si/GaPへテロ構造を作製する必要がある。本研究ではまず、固体ソースMBEを用いて、GaP(100)ジャスト基板、[011]と[011]方向に4°微傾斜した3種類のGaP基板上にGaP/Si/GaPヘテロ構造を作製した。この構造に異方性エッチングにて副格子配列を確認したところ、[011]に微傾斜した基板上のGaP/Si/GaP構造において副格子交換が確認され、はじめてGaPの副格子交換エピタキシー技術の開発に成功した。透過型断面TEM観察から、その副格子交換メカニズムが、逆位相境界(anti-phase boundary:APB)の自己消滅であることが確かめられた。今回の成長条件においてはAPBがGa-Gaボンドからなる{1nn}A面に形成されることが明らかとなった。得られた副格子交換GaPエピタキシャル膜の結晶性は副格子交換GaAsと比較して劣ってはいるものの、周期空間反転QPM素子作製の基板技術を開発できた意義は大きい。 次に本研究では、GaP/AlGaP導波路型QPM素子の設計を行った。AlGaPの屈折率を分光エリプソメトリーで調べ、有効媒質近似を用いてAlGaPの屈折率を0.006のオーダで決定することができる。この屈折率データに基づいてGaP/AlGaP導波路型光パラメトリック素子の設計を行い、コア幅9 μmを持つ埋め込み導波路において、5本の異なるQPM周期の導波路とYb:YAGレーザによるポンプ光波長チューニングを用いることで、1 μmから10 μmまで超広帯域な波長可変域を実現できることを示し、パルス発振するYb:YAGレーザで光パラメトリック発振を実現できることを示した。 さらに、GaAsと比べると圧倒的に先行研究の少ないこの系におけるプロセス開発を進め、GaP/Si/GaP(100)副格子交換エピタキシー、フォトリソグラフィーとウェットエッチング技術を駆使し、周期的空間反転構造の作製に成功した。さらに導波路用作製プロセスを新たに開発し、GaP/AlGaP導波路型QPM素子の作製に成功した。作製したGaP/AlGaPリッジ導波路型QPMデバイスにて、1.064 μm光パラメトリック蛍光測定を行ったところ、1.605 nmにシグナル光を検出することに成功した。これは、GaP/AlGaP系素子における初めての疑似位相整合達成である。また、素子温度を変調することにより、シグナル光の波長を変えることができ、シグナル光は0.5 nm/Kで、アイドラ光が2 nm/Kで変化した。この過程から見積もられた規格化変換効率は、50 %/(W・cm2)であった。シグナル光線幅32nmから見積もられたロスは、16dB/cmと比較的大きいため、今後、GaAs系QPM素子に導入されている導波路内段差解消平坦化プロセスの導入または、リッジ形状の異方性をなくすドライエッチングの導入が必要である。 積層方向の空間反転構造を利用した横方向疑似位相整合と曲げ導波路QPMを組み合わせた新しいタイプの高性能波長変換デバイスをはじめて提案した。幅0.5 μm のGaP/Aloxリブ導波路に対して曲げ導波路QPMの設計を行った。曲げ半径30 μmで基本波TE00モードと第二高調波TM00モードでは疑似位相整合を達成することはない。一方、基本波TE00モードと第二高調波TM10モード間においては位相整合達成可能であり、2つのコア厚で疑似位相整合が達成された。この過程に対して横方向疑似位相整合を達成することにより、それぞれ、1850 %/Wの高効率を実現することを示した。さらに、曲げ半径20 μm、10 μmについても基本波TE00モードと第二高調波TM10モード間横方向疑似位相整合特性について変換効率を見積もったところ、それぞれ、163 %/W、2.56 %/Wであった。変換効率を決定する要因としては、変曲点でのモード結合損による伝搬損失に起因する効率の頭打ち係数が支配的であることがわかった。曲げ導波半径を小さくすることで、曲げ導波路接合部分でのモード結合損が大きくなり、最大変換効率が減少結果となった。曲げ半径30 μmの曲げ導波路を正方形基板上に折りたたむことにより、一辺1.2 mmという超小型なSHG素子を実現する可能性を同時に示した。既存の直線導波路QPM波長変換素子サイズと比較して、LiNbO3と比べて1/50に小さくすることが可能であることを明らかにした。 以上の研究を通じて、GaPを用いた真に実用的な波長変換デバイスが実現可能であることを示すことができた。本研究の成果は、高い性能を有するGaPを用いた高性能波長変換デバイスの開発の基礎となるものである。これを契機に、GaP波長変換デバイスの研究開発が進展することを期待している。 | |
審査要旨 | 2次非線形光学効果を利用したレーザ光の波長変換は、既存のレーザでは実現できない波長域のコヒーレント光を得るための手段としてレーザ光学の分野で不可欠な技術である。また、単に波長を変えるだけにとどまらず、高度な光信号処理の機能を持たせることも可能であり、将来のフォトニックデバイスで重要な役割を果たすことが期待されている。強誘電体系酸化物結晶を中心とした従来の非線型光学材料と比較してはるかに高い光学的非線形性を有する化合物半導体は、波長変換素子の材料として高い潜在能力を持ち合わせているが、複屈折位相整合不可なために、擬似位相整合(QPM)に必要な結晶反転技術なしには実用的な波長変換素子の開発はありえない。 本論文は、「GaP副格子交換エピタキシーの研究とその波長変換素子への応用」と題し、GaPについて初めておこなわれた極性反転結晶技術の研究とGaP/AlGaP系導波路型QPM波長変換素子の開発についてまとめたものであり、全6章からなる。 第1章は序論であり、研究の背景として赤外波長可変コヒーレント光源の必要性と既往の研究についてまとめたうえで、本研究の目的を示している。第2章では、立方晶系化合物半導体を用いていかにして位相整合を達成するかについて考察を加えて副格子交換エピタキシー技術の導入が不可欠であることをあきらかにし、中間層にSiを用いたGaP/Si/GaP(001)副格子交換エピタキシーの可能性について検討する必要があることを述べている。 第3章では、GaP/Si/GaP(001)副格子交換エピタキシーの実現に成功したこと、そしてそのメカニズムについて検討した結果が述べられている。固体ソース分子線エピタキシー法を用いて、方位の異なるGaP(001)基板上でのSi極薄膜成長とその上へのGaPエピタキシャル成長をおこなった。成長したGaPエピタキシャル層の副格子配列を反射高エネルギー電子線回折、異方性エッチング、透過電子顕微鏡観察によって調べた結果より、 [110]方向に微傾斜したGaP(001)基板上でのみ再現性よく副格子交換が実現できることをあきらかとしている。また、透過電子顕微鏡観察の結果から、主に{1nn}A面(n = 1, 3, 4)上を伝搬する逆位相境界の自己消滅によって副格子交換が実現していると結論している。 第4章では、GaP/AlGaP導波路型QPM波長変換素子の設計結果と、GaP/Si/GaP(001)副格子交換エピタキシー技術を用いたGaP/AlGaP導波路QPM型波長変換素子の作製プロセス、作製した素子のパラメトリック蛍光による特性評価の結果についてまとめている。埋め込み導波路型素子とリッジ導波路型素子について並行して素子設計をおこない、いずれも実用的で高性能な素子となる得ることを示している。それぞれの素子の長所・短所を踏まえて、より作製の容易なリッジ導波路型素子の作製に本研究で取り組むことが述べられている。続いて、本研究で検討を加えた素子作製プロセスについて、最適化されたレシピが詳細に記述されている。GaP/AlGaP系の光導波路素子作製の研究例はほとんどなく、この部分は地味ながら本論文のハイライトの一つといえる。さらに、作製したGaP/AlGaPリッジ導波路型QPM素子の特性を、波長1.064 μmの連続発振Nd:YAGレーザをポンプ光源としたパラメトリック蛍光法によって評価した結果が述べられている。GaP系素子としては初のQPMが達成されたこと、温度チューニング特性が理論計算とほぼ一致していることなどが報告されている。また、実験的に得られた波長変換効率が理論値と同じオーダーであったことからGaP/AlGaP系QPM素子の潜在能力の高さを証明できたとしている。QPM構造の作りこみによって発生したかなり高い伝搬損失が実用化への障害であり、プロセスの改善によって低損失化をはかる必要があることを最後に指摘している。 第5章では、曲げ導波路構造を利用した新しいタイプの波長変換デバイスの提案と、GaP/Alox(酸化したAlP)系でこれを実現するための具体的設計の結果がまとめられている。曲げ導波路を用いたQPMにおいて低損失化に不可欠な比較的大きな曲げ半径とQPMを両立させるための手段の一つとして高次横モードの利用が可能であることを指摘したうえで、最低次モード・高次モード間変換に伴う効率の極端な低下を回避できる横方向QPM素子を新たに提案している。最適設計の結果として、1.2 mm四方の小型素子で2000%/Wを超える高効率波長変換が可能であることを示すとともに、積層方向に極性反転構造を有するジグザグタイプGaP/Alox横方向QPM素子の作製プロセスの提案もおこなっている。 第6章では本研究の成果をまとめ、本論文の結論を述べている。 以上のように、本論文はGaP副格子交換エピタキシーとGaP系導波路型波長変換デバイスの研究に初めて取り組んだ結果をまとめたものであり、その成果は実用素子開発の重要な基礎を与え、非線形光学の発展に大きく貢献したといえる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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