学位論文要旨



No 124616
著者(漢字) 伊藤,海太
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,カイタ
標題(和) プロセスモニタリングのための非接触高感度AEシステムの開発
標題(洋)
報告番号 124616
報告番号 甲24616
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7050号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榎,学
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 准教授 井上,純哉
内容要旨 要旨を表示する

プロセスモニタリングは、材料の製造プロセス自体を非破壊評価 (Non Destructive Evaluation, NDE) の手法を用いて監視するものである。これを実施することでプロセス自体や製造された材料の良否を判定することができ、プロセス制御に必要な情報を得たり、製造された材料の健全性を担保したりすることが可能になるため、特に先進的な材料の開発と生産のためには非常に有用な技術である。

プロセスモニタリングに用いるNDE手法には、一般的な供用前試験や供用中試験 (定期検査) で必要とされる、材料中の「どこに」「どのような」欠陥が発生しているかという情報に加えて、プロセス中の「いつ」欠陥が発生したかという情報も提供できることが要求される。このため、プロセスモニタリングにはAE法のようなin-situなNDE手法が必要となる。特に、レーザAE法はレーザ干渉計をセンサとして用いることでAEの非接触計測を実現しており、高温や真空のように材料のプロセッシングでは頻繁に用いられるが、PZTセンサによる接触式計測は困難という環境であっても、プロセス中の材料に影響を及ぼさないような計測が可能であるため、プロセスモニタリングの手法として非常に有用である。しかし、レーザAE法はレーザ干渉計の感度や安定性がPZTセンサよりも低いため、現在まで広く利用されるには至っていない。

本論文は、レーザAE法が抱えているこの感度と安定性の問題を解消し、これを実用的なプロセスモニタリング手法とすることを目的として、非接触と高感度を両立できる新たなAE計測システムを開発した。

第1章の序論で本論文の基礎となる諸事項について紹介した後、第2章では従来型のAE計測システムがレーザAE法やプロセスモニタリングに使用されることを想定していないという現状を受け、これらに対応するよう新たに開発したAE計測および解析システム "Continuous Wave Memory" (CWM) について詳しく述べた。従来型のAE計測システムは、ノイズフィルタやAE事象検出のためのしきい値電圧など、複数のパラメータを計測前に設定する必要があり、また設定された条件に合致したAE事象のみが記録対象であった。この方法はノイズが多いレーザAE法や、プロセスの段階によってAE信号とノイズの種類やレベルが変化するプロセスモニタリングに対して使用することは適当とは言えないものである。このような環境においても適切な計測を行うためには、実測波形の解析結果に基づいて有効なAE信号だけを選択できるノイズフィルタやAE事象の検出条件を設定できることが望ましい。そこで、CWMではAEセンサから入手可能な全情報、すなわち計測開始から終了までの全波形を連続的に記録するようにした。

AE法で全波形を処理するためには、10 MHz以上の周波数でサンプリングした数チャンネルの波形を連続的に記録でき、さらにこの入力データ量を上回る処理が行えるコンピュータが必要である。また、柔軟な解析を行うためには、波形処理が専用の回路ではなく、ソフトウェアで行える必要がある。そこでCWMはCPU、メモリ、ハードディスク、AD変換ボードなどのハードウェアを並列化することで高速化を図った。さらに、波形データの入出力や解析など複数の処理の優先度を自動的に判断しながら並行して行える波形処理ソフトウェアを独自に開発した。また、CWMの内蔵ソフトウェアには従来型のAE計測システムと同様のAE事象検出とAEパラメータ算出の機能に加え、連続AE波形を処理する機能を搭載した。例えば、連続波形の時間-周波数解析、周波数ドメインのノイズフィルタなどである。

第2章の後半では、こうして開発されたCWMの性能を検証するため、まずセラミック繊維マットの圧縮試験のモニタリングを行った。この試験では極めて高頻度にAEが発生するため、AE事象を逐次処理する従来型のAE計測システムではデッドタイムのため計測漏れを起こしてしまうが、波形を連続的に記録するCWMではデッドタイムが存在せず計測漏れも起こらなかった。次に、パルスレーザによる微小振幅の擬似AE信号をレーザAE法で検出する試験を行った。CWMは従来型のAE計測システムではノイズに埋没しているため検出できない微小振幅のAE信号を、まず連続波形の時間-周波数解析によって発見し、次に周波数ドメインのノイズフィルタを適用することで検出することに成功した。

第3章では、このCWMを用いて従来型のAE計測システムでは困難な大気圧プラズマ溶射 (Atmospheric Plasma Spray, APS) によるセラミック皮膜の成膜プロセスのモニタリングを行った。計測された連続AE波形に含まれていた数種類のノイズはCWMによって原因を特定して除去することができた。まず、プラズマジェットによる振動のノイズは、有効AE信号の成分よりも低い周波数帯にあったためPruningによる周波数フィルタの適用で除去できた。続いて、レーザAE計測系自体が持っているバックグラウンドノイズは、有効AE信号の成分と同じ周波数帯にあったが有効AE信号より弱かったため、Soft-thresholdingによって除去できた。さらに、レーザの散乱による持続時間が異なる2種類のノイズ事象は、それぞれ持続時間が10 μs以上のものは試料の鏡面研磨で残された傷が、10μs未満のものはレーザ干渉計の焦点付近を浮遊する粉末が原因であると特定できたため、それぞれ試料の準備工程と治具を改善することでまず発生を抑え、残ったノイズも有効AE事象と誤認されないよう自動的に処理することができた。また、一時的に大きなノイズに見舞われることが多いレーザAE計測中により多くのAE事象を検出するため、ノイズの多い1つのチャンネルを自動的に無視できるAE事象の検出法を実装した。

このようにCWMとレーザAE法を利用することで、APSの溶射中も含めた非接触高感度プロセスモニタリングが実現された。その結果、セラミックスのトップコート (TC) 内では溶射後だけではなく溶射中にもき裂が発生することが分かった。そこで、予熱条件やTCの溶射条件を変えた試験を行い、これらのパラメータがTCの微視割れ発生に与える影響を評価した。従来、溶射中のAE計測が行えなかったときには、溶射終了後にAE事象が検出されない条件でも断面を観察するとき裂が見られる場合があった。しかし、本研究によって溶射中にもAEを計測できるようになったところ、き裂と対応するようなAEが溶射中に発生していることが分かった。また、以前の報告では、溶射後の冷却過程で検出されるAEは、セラミックスのTCと金属のBCおよび基材との熱膨張係数の差のために、試料の温度低下にともなって試料側面のTC/BC界面付近に熱応力が集中して生じたき裂によるものと示されていた。しかし、本研究で溶射中のAE計測を行ったところ、溶射中にはTCの一部が局所的にプラズマ流を受けることによるTC内部の大きな温度差のため熱応力が発生し、TCのラメラ界面のうち最も弱い部分がはく離するというメカニズムが推定された。さらに、CWMによる波形解析と有限要素法による波形シミュレーションの結果の比較から、本試験で検出可能な溶射中のTCはく離は最小で半径0.5mm程度と見積もられた。

このようにCWMとレーザAE法を用いることで、非接触かつ高感度のプロセスモニタリングが可能になった。本研究の成果をもとに様々な材料や環境のプロセスモニタリングが行われるようになることを期待する次第である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,材料の製造プロセスを非接触かつ高感度にモニタリングする非破壊評価手法として,レーザAE (Acoustic Emission) 法による新たな計測および解析装置を開発したものである.さらに,この装置を用いてプラズマ溶射法によるセラミック皮膜の成膜プロセスをモニタリングすることにより,従来の装置では不可能であった溶射中に発生する皮膜での微視破壊を評価している.論文は全4章で構成されている.

第1章は序論であり,非破壊評価法,AE法,AE波形の時間-周波数変換法,プラズマ溶射法などについて述べている.まず,非破壊評価法について,供用中の材料に対する定期検査に広く利用されている現状を紹介するとともに,先進材料の開発に際して重要となる製造プロセス制御のためのモニタリングへの応用の可能性について述べている.次に,このプロセスモニタリングの手法として,材料中での損傷の発生をリアルタイムに検出可能なAE法について述べ,なかでも非接触計測が可能なレーザAE法が,材料へのセンサの取り付けが不要でかつ高温環境でも使用できるために有効であると結論している.ただし,従来のAE計測装置がプロセスモニタリングを目的として設計されていない点や,レーザAE法の感度が従来の圧電素子を用いる手法より低い点などを問題点として指摘している.そして,これらの問題に対してはAE波形の信号処理による対処が有効であると述べたうえで,短時間フーリエ変換やウェーブレット変換などの手法を紹介している.さらに,プラズマ溶射とそれにともなうセラミック皮膜の破壊についての過去の研究を紹介している.

第2章は,レーザAE法によるプロセスモニタリングのための新たなAE計測および解析システム (Continuous Wave Memory, CWM) の開発について述べている.従来の装置はAE事象の発生時のみ波形を記録するのに対して,CWMは全計測時間の波形を記録するものである.このため従来の装置は,AE波形記録の開始トリガ (しきい値電圧) の事前設定が必要であり,AE信号とノイズの特性がプロセスの進展にともない変化するプロセスモニタリングでの使用は困難である.これに対して,CWMではこの事前設定が不要であり,計測中だけでなく計測後にも連続波形を再生することで様々な信号処理を用いた解析が行うことができる.この膨大な連続波形データを効率的に処理するため,CWMのハードウェアではCPUやハードディスクを並列化し,またソフトウェアは高速処理と安定した計測を両立するため,既製の波形処理ソフトウェアを利用せず独自に開発している.また,従来のAE装置と同様のAE事象ごとのパラメータ算出機能に加えて,連続波形の記録・再生および高いカットオフ性能有する周波数領域でのノイズフィルタ機能を実装している.次に,CWMの性能の検証を行っており,セラミック繊維マットの圧縮にともなって発生する高頻度のAE事象の漏れのない検出や,パルスレーザによって励起された微弱な擬似AE信号の検出が可能であることを示し,従来型装置に対するCWMの優位性を明らかにしている.

第3章では,このCWMを用いた大気圧プラズマ溶射 (Atmospheric Plasma Spraying, APS)プロセスのモニタリングについて述べている.APSにおいてはき裂の発生が材料の特性に影響を与えるため,プロセスモニタリングが必要と考えられるが,信号レベルと比して高いノイズのために従来の計測装置では損傷モニタリングは不可能であった.そこで,レーザAE法とCWMを利用することにより,計測された連続波形から複数のノイズ成分を除去することで,溶射中のAEの検出に成功している.さらに,予熱温度やトップコートの膜厚を変えた試験において,AEの発生時刻および位置標定の結果と試料断面の観察結果を比較することにより,検出されたAEは溶射中に試験片中央付近のトップコート内部で発生するはく離,溶射終了後に試料側面からトップコートとボンドコートの界面付近を成長するはく離,およびトップコートの縦割れに対応していると推定している.また,得られたAE波形と有限要素法によるシミュレーション結果の比較によって,本実験で検出可能なき裂半径は約0.5mmであると結論している.

第4章は結論であり,プロセスモニタリングに応用可能な非接触高感度のAE計測を行うために,レーザAE波形の連続計測と解析が可能なCWMを開発することにより,従来は不可能であったAPSプロセス中の損傷発生のモニタリングに成功したと結論している.

以上,本論文は材料の製造プロセスのモニタリング手法として新たにAE法の開発とその応用を行い,プロセス中に発生する材料内での動的な損傷挙動を明らかにしたものであり,マテリアル工学の発展への寄与が大きいと判断できる.

よって本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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