学位論文要旨



No 124617
著者(漢字) 鈴木,崇久
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカヒサ
標題(和) 酸化物粒子分散鋼の組織形成機構と組織微細化に関する研究
標題(洋)
報告番号 124617
報告番号 甲24617
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7051号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 准教授 井上,純哉
 東京大学 講師 長汐,晃輔
内容要旨 要旨を表示する

鉄鋼材料の微細組織は材料特性に大きく影響する因子であり、微細組織の形成機構の理解と制御が材料特性の向上には不可欠である。現代社会の基盤材料である鉄鋼材料には社会の発展と共に常に特性向上が求められてきたが、特に構造用鉄鋼材料においては近年の環境意識の高まりから消費量の減少や輸送機械の軽量化による燃費向上につながる鉄鋼材料の高強度化と建築物や輸送機械の安全性につながる高靭性化の二つの特性の両立が強く要求されている。鉄鋼材料には多くの強化機構が存在しているが、その中で組織微細化だけは強度と靭性の両立が可能な強化方法であり、鉄鋼材料の特徴である固相変態を活用した組織微細化技術が検討されてきた。現時点では加工熱処理プロセスによる組織微細化が実用化されており、またこのプロセスによる現行レベル以上の組織微細化・特性向上の研究も行なわれている。しかしこの方法による微細組織は熱的に不安定であり、構造物に適用するには溶接部での組織粗大化・特性劣化が問題となる。これに対し、鋼中に酸化物介在物粒子を分散させて変態時の不均一核生成サイトとして活用することで組織微細化を図る技術も存在する。この方法で得られる微細組織は熱的に安定であるため溶接部など高温にさらされる部分の組織微細化に活用されており、特に溶接部の靭性向上に大きく寄与している。しかしこの方法で活用されている酸化物は溶鋼の脱酸反応生成物であるために個数やサイズ分布の制御は困難であり、酸化物による組織微細化における組織制御と酸化物分散の関係についての定量的な研究はほとんどなされておらず、更なる組織微細化のための指針も得られていない。

本研究では酸化物分散による組織微細化技術の発展に必要な基礎研究として、鋼中に酸化物粒子を分散させるために必要な知見である酸化物からの鉄の凝固核生成機構の検討、酸化物の分散によるフェライト固相変態時の組織形成機構の検討、及び酸化物分散量がフェライト組織微細化に及ぼす影響の定量的評価を行ない、鋼中への分散に適した酸化物選択の指針と組織微細化における酸化物分散条件の指針を得た。

まず初めに、鉄の凝固における酸化物からの核生成について調査した。これまでも多くの研究者によって鉄の凝固における介在物粒子からの不均一核生成の検討は行なわれており、主に溶鋼中に介在物粒子を分散させたときの凝固過冷却の値によって介在物の凝固核生成能が評価されてきた。これらの研究から介在物粒子とδフェライトとの結晶格子整合性が良い場合には凝固過冷却が小さく、介在物からの核生成が起こりやすいことが報告されている。しかしながら、溶鋼中の介在物からの凝固では凝固が開始したサイトの同定と鉄との結晶方位関係の直接観察は困難である。本研究では単結晶酸化物基板上で微小な溶融鉄を凝固させる方法を用いることで凝固界面を明確にし、酸化物の結晶面及び酸化物種による凝固過冷却の変化と界面における結晶構造から凝固核生成の支配因子を検討した。単結晶酸化物基板にはAl2O3(0001),(11-20), MgO(100), (111)を選択し、試料鋼にはC-Mn鋼及び1%Ti添加鋼を使用した。

単結晶酸化物基板上でのC-Mn鋼の凝固過冷却は基板により差が見られMgO(100)上での過冷却が最小であった。一方でTi添加鋼では全ての基板上でC-Mn鋼よりも小さい過冷却で凝固することが確認された。Ti添加鋼と単結晶Al2O3基板の界面をSEM-EDS及びXRDで解析したところ、界面に単結晶Al2O3とエピタキシャルなTi2O3の反応層が形成されていることが確認された。Ti添加量による凝固過冷却の変化とThermo-CalcによるTi2O3反応層形成の熱力学計算からTi2O3の生成と凝固過冷却の減少が対応していることが確認された。Ti添加鋼と単結晶MgO基板の界面には明確な反応層の形成は見られないが、MgO中へのTiの侵入がEDSによって示されており、MgO基板表面もTiによる改質を受けていると考えられる。この結果を基に従来提案されてきた界面における格子整合性と凝固過冷却の関係を調査したところ、C-Mn鋼で最小の凝固過冷却を示したMgO(100)基板とbcc-Feは結晶格子整合性が非常に良く、XRDによる酸化物基板との界面における鉄の結晶方位改正からも整合関係が保たれていることが確認された。一方、Ti添加鋼により表面が改質された酸化物基板上では格子整合性に無関係に非常に小さい過冷却で凝固核生成しており、bcc-FeとTi2O3の界面エネルギーを凝固過冷却の値から推定したところ一般的な鉄‐酸化物界面のエネルギーとひかくして界面エネルギーが著しく小さいことが示された。またTi2O3と化学的な性質が似ているV2O3の基板を使用した場合にも凝固過冷却の減少が見られ、酸化物基板の化学的性質が凝固核生成能に影響していること考えられる。さらに、実際にTi2O3粒子を溶鋼中に分散させた場合の鋼の凝固組織を観察し、Ti2O3分散時にはAl2O3分散やTiのみ添加した場合よりも明らかに凝固組織が微細化することが確認された。

固相変態であるフェライト変態においても鋼中の酸化物粒子は核生成サイトとして働き組織微細化に寄与することが知られている。そのため多くの研究者によってフェライト核生成に有効な酸化物粒子の検討が行なわれており、Ti2O3やTiOの有効性が報告されている。これらの酸化物から生成するフェライト組織はアシキュラーフェライトと呼ばれる微細で複雑な特徴的な組織を示すが、アシキュラーフェライトの生成は特定の酸化物を分散させた鋼に限定されるためにその組織形成機構には未だに不明な点も多い。そこで本研究では粉末冶金法により酸化物粒子を体積分率で1.0%まで高密度に分散させ、その際の組織形成機構を調査した。

まずフェライト生成に寄与する酸化物の検討を行なうために、有効性の確認されているTi2O3, 効果が無いと報告されているAl2O3に加え、Ti系複合酸化物のMnTiO3をそれぞれ体積分率1.0%分散させた試料を作製し、1400℃でオーステナイト化させた後に5℃/sで連続冷却した組織を観察した。その結果、Ti2O3分散試料では従来研究で報告されていた様にTi2O3からのアシキュラーフェライトに加えてポリゴナルフェライトの生成も確認された。MnTiO3分散試料でもアシキュラーフェライトの生成が確認されたが、Al2O3分散試料では酸化物からのフェライト生成は見られずにプレート状フェライト組織となった。この組織の結晶方位をEBSPにより解析したところ、Al2O3分散時のプレート状フェライトは旧オーステナイトとKurdjumov-Sachsの結晶方位関係(K-S関係)を満たしており一般的なせん断型変態組織であると考えられるが、アシキュラーフェライトが得られた組織ではK-S関係に加えてK-S関係とは似ているが異なる結晶方位関係を有するフェライトも観察された。この結晶方位関係は従来の研究では報告されていないため、仮にNear K-S関係と呼ぶこととしてその結晶方位関係と生成メカニズムを調査した。その結果、Near K-S関係のフェライトはアシキュラーフェライト組織が生成する場合に一般的に見られる組織であること、Near K-S関係はK-S関係のフェライトと双晶の関係にあることが確認された。アシキュラーフェライトはオーステナイト粒内でせん断的に変態するために周囲に大きなひずみを発生させるため、これを緩和するように双晶関係にあるNear K-S関係のフェライトが生成すると考えられる。

次にTi2O3の分散量による組織微細化の進展を調査した。Ti2O3投入体積分率と粉末のミキシング時間を変化させることで体積分率とサイズ分布の異なるTi2O3分散を達成し、それらの試料の組織を比較した。変態温度の影響を除いて酸化物分散量の影響を比較するために550℃で等温変態させた組織を比較したところ、Ti2O3の分散個数密度の増加と共に組織がプレート状フェライトからアシキュラーフェライトに変化して微細化する傾向が示された。しかしTi2O3の分散量が一定の水準以上では組織微細化効果に差が見られず、酸化物分散の増加だけでは組織微細化は飽和してしまうことが示された。この微細化飽和時の組織サイズの支配因子を解明するために、鋼の組成と変態温度を変化させてフェライト変態の駆動力と組織サイズの関係を調査したところ、変態駆動力が増大するほど組織サイズが微細化することが示された。それでも大部分のTi2O3粒子はフェライト核生成サイトとして機能していない。このようなフェライト生成サイトの働きの有無が組織サイズを支配していると考えられるので、それに影響する局所的な変態駆動力の変化をもたらすと考えられる、フェライト‐オーステナイト界面における炭素分配と拡散、及びフェライトへの膨張変態によるひずみ場の発生が、フェライト核生成頻度に及ぼす影響を考察した。その結果、550℃では炭素の拡散距離は非常に短く組織サイズに影響しないこと、ひずみ場の影響は数ミクロンに達するため組織サイズに影響している可能性があることが示された。またこの考察に基づいて更なる組織微細化に必要な因子を検討し、不均一核生成における酸化物上のフェライトエンブリオの接触角の低減、より核生成能の高い酸化物が必要であるとの指針を得た。

審査要旨 要旨を表示する

鉄鋼材料の高強度化と靭性や延性の両立には組織の微細化が有効であり、これまで加工熱処理を中心とした組織微細化技術が開発され、さらに近年、それを発展させた大歪加工による組織の更なる微細化技術が検討されてきた。しかし組織の超微細化を実現する歪加工量を得るには、製品の形状や圧延能力上の制約が非常に大きい上、達成された微細組織は熱的に不安定であることから溶接構造物への適用に大きな課題がある。このような背景から、本研究では鋼中に微細酸化物粒子を導入し、それを核とした鋼の組織形成の機構を明らかにすることによって、大歪加工に頼らず熱的にも安定な、新たな鋼の組織の微細化技術の創出を検討した。酸化物を核とした鋼組織の形成は、これまで鋳造及び溶接の研究において多く検討され、一部実用化されてきたが、凝固や固相変態の促進に寄与する酸化物の因子や、酸化物分散により得られる組織の生成機構には依然不明な点が多く、また達成可能な組織微細化レベルについての研究例も無いため、この技術の潜在的な可能性については未だに明らかになっていない。

本論文では、この観点から凝固時と固相変態時の鉄鋼材料の組織形成について組織制御に寄与する酸化物因子の検討を行なうと共に、酸化物を高密度に分散させた場合に得られる鉄鋼組織の生成機構と酸化物分散条件による組織サイズ変化を検討することで、酸化物分散による更なる組織微細化のための指針を得ることを目的としている。

本学位請求論文は5章から成る。

第1章では序論として従来の鉄鋼材料組織微細化の研究について概説している。鋼の加工熱処理による組織微細化との比較から酸化物分散による組織微細化の特徴を確認し、凝固課程と固相変態課程における酸化物からの組織形成について従来の研究の経緯と未解明の点を明らかにした上で、本研究で解決すべき課題を明確にしている。

第2章では鋼の凝固課程における酸化物からの凝固核生成について、Al2O3及びMgOの単結晶酸化物基板上で試料鋼の凝固過冷却を測定することで、酸化物の凝固核生成能を検討している。鋼の凝固過冷却を酸化物種・結晶面ごとに直接的に評価し、bcc鉄‐酸化物間の格子整合性の向上とともに凝固核生成が向上することを確認している。また、試料鋼にTiを添加してAl2O3及びMgOの単結晶基板表面を、結晶構造を保持したまま改質した結果、界面のTi酸化物が凝固核生成能を著しく向上することを見出している。この理由について古典的核生成論に基づく界面エネルギーの検討から考察し、化学的に類似したV2O3も高い凝固核生成能を有するとの実験結果と併せて、酸化物の化学的な性質が凝固核生成に大きく影響することを示している。さらに、これらの実験結果に基づき、TiとAl2O3を含んだ鋼の凝固組織が実際に等軸微細化することも示している。

第3章では鋼の固相変態過程における酸化物からのフェライト核生成について、酸化物種がフェライト組織に及ぼす影響と得られる組織についての検討を行なっている。鋼中への酸化物分散手法として粉末冶金法を用いることで、酸化物分率の範囲を従来研究よりも一桁多い1.0 vol.%まで検討している。酸化物粒子としては、従来研究でフェライト生成能が報告されているTi2O3と比較材としてフェライト生成能が低いと報告されているAl2O3、 さらにTi2O3が鋼中Mnを吸収してフェライト生成に寄与するとされるMnTiO3を用い、それらを分散した鋼に、溶接の粗粒熱影響部(CG-HAZ)に相当する熱履歴、ならびにその過程での任意の温度での等温保持を与えて、粗大オーステナイト組織からのフェライト生成を詳細に検討している。その結果、Ti2O3とMnTiO3のフェライト生成能を確認するとともに、酸化物からのフェライト生成は、比較的高温ではポリゴナルフェライト、低温ではアシキュラーフェライトが主体であること、前者は旧オーステナイトに対してランダムな方位を持つのに対して後者はKurdjumov-Sachsの方位関係を有することを明らかにした。さらに、2つのフェライトの中間温度域からKurdjumov-Sachs関係と双晶関係にあるフェライトが生成していることを新たに見出し、その結晶学的特徴を明らかにするとともに、その生成がKurdjumov-Sachs方位関係によって生じる変態歪を打ち消すものとの機構を初めて提案している。この結晶方位関係は従来研究では報告されておらず、本研究で酸化物粒子を高密度に分散したことで存在が顕在化し初めて見出されたといえる。

第4章では、鋼の固相変態過程において酸化物粒子の体積分率や個数密度などの分散条件が最終的な組織の微細化に及ぼす影響を検討している。前章と同じく粉末冶金法により酸化物粒子分散量を制御することで検討し、酸化物体積分率が0.1vol.%のオーダーでは酸化物の増加とともに組織の微細化は進むが、1.0 vol.%のオーダーに達すると酸化物が増加しても組織微細化は進展せず、組織サイズが飽和する傾向があることを示している。この組織微細化の飽和の機構を、微細酸化物分散の界面エネルギー効果、フェライト変態の溶質分配効果、変態ひずみによる局所的な変態抑制の観点から考察し、変態駆動力を変化させた実験との比較から、変態歪の影響の可能性を示唆している。また酸化物分散により微細化された鋼組織のビッカース硬さを測定し、高密度の酸化物分散により微細化された組織も従来の加工熱処理による組織微細化と同様に強度が向上することを示している。

第5章は本論文全体の総括であり、また本論文で得られた成果を基に今後さらに検討すべき課題を示している。

以上のように、本論文は、酸化物粒子を分散した鋼の凝固、固相変態の組織形成を検討し、酸化物を核とした組織の形成挙動、それらの結晶学的な性質、組織の微細化と酸化物粒子の体積分率、個数密度の関係を明らかにしたものであり、組織微細化に必要な酸化物種類の選択とその分散条件についての知見を与えている。これらの知見は酸化物粒子分散による鋼の組織微細化を今後さらに進展させるための学術的な基礎知見を与えるものであり、鉄鋼材料の組織制御技術の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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